私、若葉が以前に救出した潜水艦達が援軍として施設に駆けつけてくれた。今回の敵は潜水艦の完成品伊504。潜水艦同士による戦いで捕縛を狙う。基本的には殺傷能力のある攻撃はせず、捕らえることに専念してもらうことになる。
私は今までの戦い方から、海中の敵には無力。駆逐艦なのに対潜を全く訓練していないツケが回ってきている。施設内で対潜が出来そうなのは、姫や完成品として活動をさせられてきた九二駆の面々。特に朝霜はその辺りが得意らしいので、いざという時はやってもらう。
「海上の夜間警備と海中の夜間警備は並行して行なってもらいたい。当然どちらからも来る可能性はあるからな」
「了解。今晩は若葉達の番だ。海中と連携したらいいのか」
「ああ。通信は海上にも伝わるようにする。もしかしたら浮上している可能性もあるからな」
海中のみではこちらを監視することは出来ない。そのため、伊504は定期的に海上に上がってきていると考えるべきだ。その瞬間を私達が確認出来ることはある。
「特に五三駆が夜間警備の時は、夜目が利く三日月がいる。若葉も今は利くんだったか」
「ああ、左眼だけだが」
「なら尚いいな。海上に出てきたときはよろしく頼む」
今施設の中で夜目が利く者はかぎられている。深海棲艦である者を省くと、私と三日月、摩耶しかいない。故に今後は引率に必ず夜目が利く者も加えられる。
今日は私と三日月がいるために問題はないが、九二駆の時は随伴には必須。今後は施設全体での優先事項になるため、いる者全員がリザーバー。今回の私達の引率はなんと五航戦である。
「僕は君達に頼らざるを得ない。頼んだ」
「ああ、任せてくれ。必ず伊504は捕らえる」
飛鳥医師に頼られるのはなかなか気分がいいものである。これならやる気も出るというものだ。
夜、夜間警備に早速繰り出す。こういう形で施設に貢献するのは初めての五航戦は、夜の戦いには慣れているものの何処か緊張気味。特に翔鶴は、今の身体になってから初めての警備任務である。自分がここにいていいものか悩んでしまうレベル。
「おそらくバレているのでしょうけど、私が警備任務なんてしていいのかしら……」
「気にしなくていいわよ! 今は猫の手も借りたいくらいだし、そもそも翔鶴さんの夜目と艦載機はとっても役に立つわ!」
悩む翔鶴を雷が慰める。自分の存在意義を肯定されたことで、安堵の匂いが漂うように。翔鶴はあれだけのことをやらかしても、若干メンタル弱めか。
「翔鶴姉はまだマシよ。私なんて夜目も利かないってのに」
「空母は多ければ多い方がいいわ。哨戒機は夜目利くんでしょ。落ち込むくらいなら哨戒機飛ばして」
「何処の曙も口悪いわねホント」
同じように悩む瑞鶴に口悪く説明する曙だが、心配しての言葉であることはちゃんとわかる。最低限、私にはその辺りは筒抜けなので、余計なこと言うなという感情が私に突き刺さるのもわかる。
実際、五航戦の哨戒機は本当に重宝している。私達の視野が届かない場所もきっちり見回し、本来なら確認漏れをしそうなところまで警備が行き届いている。空母による夜間警備は本当にありがたい。
『こちら潜水部隊。若葉、聞こえる?』
「ああ、聞こえるぞ、伊168」
『海中は異常無し。海底まで降りてる』
海上と同時に海中の警備も同時進行。全く同じ場所を見ているわけではないが、通信が行き届く範囲で隈なく見ていくことが目的。おおよそは私達の真下にいるようにはしているようだ。
あちらの隊長は、昼に話していた通り伊168。通信の後ろからも他の潜水艦の声がちょくちょく聞こえる。こちらが世間話をしながらの警備であるのと同じで、あちらも話をしながらの警備。ただでさえこちらも暗いのに、深海は昼でもくらいのだ。黙々と周回していると眠くなるし鬱屈してくる。
『シロクロが言ってた足跡みたいなのも見つけた』
「了解。それがいつ付けられたものかはわかるか」
『ちょっとわからないかな。でも、昨日今日ではないけど、最近じゃないかなって思う。海流で薄れかけてるから』
やはり伊504は海中に潜んでいる。今は見えないところにいるとしても、この海中の何処かにいると考えて間違いでは無い。
おそらくあちらの方が夜目が利き、視野も広いのだと思う。海底から海面を見て人間魚雷の方向を指示していたくらいなので、伊168率いる潜水艦隊が施設から出撃した瞬間を遠目から見ていたとしても驚かない。
「引き続き頼む」
『了解。通信は定期的にやるから』
「それで頼む。こちらからも何かあれば伝える」
『ああ、あと』
改まった声。声からはさすがに感情は読めないので、あちらが何を考えているかはわからないが、少しだけ真剣な雰囲気。
『私のことはイムヤでいいわよ。いちいち伊168って呼ぶのも面倒でしょ』
「わかった。今後はイムヤと呼ぶことにする」
『ん、オッケー』
声が上擦ったようにも聞こえた。同時にイムヤの後ろからギャーギャーと声が聞こえる。自分だけズルい、自分も渾名で呼んでほしいと、通信越しでも聞こえるほどに騒いでいた。耳が痛く感じる。こちらの状況がわかったのか、通信がブツリと切れた。
「なんだったんだ一体」
思わず顔を顰めてしまったが、あちらは妙に盛り上がっていたので今は気にしないことにする。嫌われているわけではないのだから、あちらの行動を否定するようなことはない。
私の一連の会話の流れは仲間達にも聞こえており、イムヤの声は私にしか聞こえていなくとも、海底側は何事もないことは伝わった。
「アンタ潜水艦連中から好かれてるわね」
「救出したからか、若葉のことを随分と好いてくれている」
「若葉さんの人柄のおかげですね。流石です」
三日月も喜んでくれているので私も嬉しい。嫌われるよりは全然マシだ。
「哨戒機からは異常無しって」
「了解。なら予定通り移動する。警備を進めていこう」
瑞鶴からの報告を受け、夜間警備を再開。敵を発見するという第一目標故に緊張感は高いが、割と和やかに事が進んでいった。
緊張感だけではストレスで疲れが酷くなってしまう。こういう状況でも心は穏やかに。常に本調子を出すため、心身共に健康体で事に挑む。
時間にして日を跨いでしばらくしたくらい。話題は思ったより尽きず、五航戦に施設のことを話したり、愚痴大会が開かれたりとしていたところ、翔鶴の哨戒機に何やら反応があったようだ。
「海面に何かを発見。ここから9時の方向」
「雷、声は聞こえるか」
「ううん、何も。だから、イロハ級が生まれちゃったわけじゃないみたい」
発見したものは浮上してきたイロハ級の深海棲艦ではないことが確定。声が聞こえるようなものではないということは、艦娘、もしくは鬼級か姫級の深海棲艦になる。
今現れそうなものなら、当然伊504が妥当。哨戒機から見えたということは、あちらも確認している可能性は非常に高い。今までの用心深さから考えると、この時点で撤退を始めている。
「イムヤ、こちらで何かを発見した。そちらから何か見えないか」
『ちょっと待って。方向は?』
「9時の方向……あー、真東だ。ここから東」
方角に関しては少し曖昧ではあるものの、私達が現在どちらを向いているかはあちら的には微妙かもしれない。大まかでも方角を言ったほうが伝わるはずだ。
その瞬間、通信から物凄い音が聞こえ始めた。周囲の潜水艦達が一斉に東に向けて航行を始めたようだ。
来栖提督が準備してくれていたのか、今回の潜水艦隊は全員が捕縛を想定したタービン装備。伊504がそのように逃げるのなら、こちらも同じ手段を使うのみである。
「若葉達も向かうぞ。最大戦速で東へ」
潜水艦隊と同様、私達も出来る限りの速力で東へ向かう。この海域で東というと、暁がこちらに向かってくるのを見つけた方角。大淀の前回の拠点がある方角になる。
今は下呂大将が襲撃したお陰で占拠し返し、今頃は更地か別の提督の鎮守府として生まれ変わっているのだろう。おそらくは今回の件とは無関係。
「哨戒は止めないでくれ」
「勿論。ですが、海中に潜ったようです。見失いました」
「了解。イムヤ達も向かっている。そちらにも任せよう」
それでも私達は向かうだけ向かう。イムヤ達が追いついたとして、再び海面に顔を出してくるかもしれない。そのため、海面への目視確認を怠ることなく、常に警戒しながら猛スピードで東へと駆けた。
『若葉、こっちからは見えた! 結構深い!』
イムヤからの通信。私達からは見えないが、イムヤが目視での確認が出来たらしい。私達が海面で姿を見たと思ったら、既に深い位置まで潜っている。移動性能に特化しているだけあり、捕らえるのは至難の技だ。
「伊504か!」
『そう! 私達はアイツ知ってるから遠目でもわかる!』
元は伊504が指揮する部隊に所属させられていたのだから、どれだけ遠くにいたとしても見覚えがあるのなら判断出来る。
『ああもう! めちゃくちゃ速い!』
「若葉達も追う! 方向だけ上に指示をくれ!」
私達は追うことしか出来ない。常に海中に居続けられたら、手が届かない。対潜能力が素人以下であることを呪う。そもそもあちらは何故かソナーに反応が出ないインチキまである。
哨戒そのものがミスだったのかもしれない。哨戒機を見られたら嫌でも海中に潜るだろうし、あれだけ慎重ならその時点で撤退している可能性はかなり高い。
「何処にいるかわからないわ!」
「こっちから見えないのがホント鬱陶しいわ!」
高速で動いているというのもあるが、海中の敵は私達からは全く視認出来ない。移動もイムヤからの通信頼りだ。本当に向かっている方向にいるのかもわからない。
向こうは完全に逃げに特化していることは明白だ。こちらが先に発見しても取り逃がしてしまうのか。
『絶対逃がさない! こっちの方が少しだけ速いわ!』
「頼む! 打ち上げてくれればこっちで何とかする!」
『って、うわっ! 総員回避ーっ!』
急激な水流の音。おそらく魚雷。殆ど非武装と聞いていたが、やはりこういう時のために多少なり武器も装備していた。当てるためではなく、撹乱のために。
この一撃のせいで一気に突き放され、イムヤ達でももう手が届かないところまで行かれてしまったようだ。
『魚雷に煙幕まで仕込んでた! こっちを撒くのに特化しすぎ!』
「くそ……また取り逃した……」
また逃げられた。何なのだアイツは。
一旦全員で工廠に戻り、休憩がてら作戦会議。奴が今晩またここに戻ってくるかはわからないが、2度も3度も撤退を許していると思うと苛立ちが積もる。五航戦による哨戒は引き続き行なってもらい、こちらはこちらで次の一手を考える。
精神的な揺さぶりも兼ねた監視なのはすぐにわかった。いると思っていると行動が疎かになるし、これ以上見られてたまるかと焦りも出てくる。
「速さは私達と同じくらい。全速力でこっちの方が少しだけ速いかな」
「代わりに、魚雷やら煙幕やらで撹乱してくるというわけか」
「目眩しされて、それが晴れたらもういなかったわ」
キーッと苛立ちを隠さないイムヤ。イムヤも伊504に対して自爆を促されたという恨みを持っているため、撒かれたことが腹立たしいようである。他の者もそうだった。
「若葉達が無力なのが辛いな……海中には手出しが出来ない」
「夜だと尚更ですよね……」
昼でも見えないものが夜に見えるわけが無かった。目視頼りの戦闘は、夜にするものではない。それもあってかあちらは夜戦ばかりを仕掛けてくる気がする。
「摩耶達に頼むか。新装備を」
「いいかもしれないわね。今よりももっと速くなる装備?」
「タービンだけじゃ足りないなら、外付けでいろいろやってみるしかないだろう。推進装置か何かだな」
試行錯誤を繰り返せるほど余裕はないのだが、やれることは全部やっていかなくては堂々巡りだ。これ以上情報を渡してなるものか。もう殆ど渡してしまったようなものだろうが。
「次こそは捕まえるわ。こっちも腹が立つし」
「ああ。ただ見られているだけでもストレスは溜まるからな。敵に情報を流しているのなら尚更だ」
「ああもう、ホント面倒くさいわ」
みんなの心は一つなのだが、うまくいかないと気分が沈むもの。特にイムヤは苛立ちを隠さない。このために呼ばれたのに失敗したというのがどうにもこうにも気に入らないのだろう。
「ちょっと落ち着きましょ。はい、お茶」
そこで、落ち着くために雷がお茶を淹れてくれた。気分を落ち着かせるためにご馳走になる。相変わらず美味い。
「焦っていても仕方ないな。次に繋いで行こう」
これだけの人数が集まっても捕らえることが出来ない伊504。一体どうすればいいのだ。焦ってはいけないのはわかっているのだが、飛鳥医師に任されている分、うまくいかないと不甲斐なさを痛感してしまう。
今までとは毛色の違う敵となった伊504。一切戦闘は無いですが、スルリスルリと抜け出していきます。まるで銭形から逃げるルパン。