継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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姉の強行

三日月が目を覚まして3日の時が過ぎた。

私、若葉は自分で宣言したこともあり、三日月の側からほぼ離れずに生活している。本来やるべき仕事である艤装整備を摩耶達に任せ切っているのは少し気が引けるものの、三日月の社会復帰も優先事項ではあるので、今はこれが私の仕事だと考えて三日月に付きっきりになっている。

 

その間に雷と摩耶とは会話が出来るようにはなったが、未だに目は合わせられない。艦娘への嫌悪感は残っているが、仲間の艦娘への嫌悪感は徐々にではあるが緩和されてきている。私にはさらに懐いたと摩耶に冷やかされるほどに。

だが、飛鳥医師とシロクロはまだまだ難しい。合間合間に隙を見てクロが顔を見せるが、その度に私の後ろに隠れるようにして怯える。飛鳥医師とうっかり顔を合わせてしまった時に至っては、嫌悪感を一切隠さずに攻撃的になってしまった。

過去のトラウマにより人間への嫌悪感が強すぎて、殺意まで抱いてしまっていた。これは流石に問題だ。飛鳥医師が命の恩人だといくら説明しても、人間だから信じられない、自分のことを実験台としか思っていないのだと聞く耳を持たない。

 

これが今の一番の課題。どうすれば飛鳥医師のことを信じてくれるか。

 

 

 

日課のランニングを終えて自室に戻ると、既に三日月は目を覚ましていた。なんだかんだこの3日間は私の部屋で寝泊まりし、着替えまで私の部屋に持ち込む始末。あてがわれた自室を使うつもりはもう無いのだろうか。

 

「お帰りなさい……若葉さん」

「……ああ」

 

1人にして戻ってくると、必ずベッドの隅で蹲っている。まだ皆が眠っているとはいえ、嫌悪感と恐怖に板挟みされている状態。こうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。

今回は早朝ということもあり、まだ着替えてもいなかった。私がこの部屋にいないとそういうこともしない。着替えという無防備な状態を、安全が確定していない状態で行うのはあり得ないとのこと。

 

「若葉は着替える。三日月も」

「はい」

 

安全が確保されたことで三日月も着替え始める。私のことを安全なものと判断するようになってくれたことは素直に喜べるが、ならば私と一緒なら飛鳥医師と話せるようにくらいはなってもらいたいものである。

 

「……若葉さん、今日も借りれますか」

「構わない。好きに使えばいい」

 

そう言われて貸し出しているのは、私が愛用している黒のタイツである。

三日月の制服は、交流のある第二二駆逐隊の1人、長月と全く同じ黒の長袖セーラー服。だが、膝下丈の靴下であるために、脚にある傷が他人からモロに見える状態なのが、三日月的には辛いらしい。そのため、それを私のタイツで隠している。

誰かと会うわけでも無いが、見られるという可能性にトラウマを刺激されるのなら、そういう形で隠せばいい。どうしても隠せない場所に傷痕があるのだから、せめてそういうところは全て隠す。

 

「傷が見えなくなると……少し落ち着きます」

「そうか。なら好きなだけ使えばいい」

 

そういった行いに、誰も否定的な意見は出さない。私達だって、嵐の音が苦手だったり嫌悪感を抱いたりするのだ。三日月はそれがちょっと過剰なだけ。飛鳥医師に言わせてみれば、潔癖症のようなものだから全然マシだと。何も問題は無い。

 

と、ここで扉がノックされる。こんな時間に呼ばれるのはなかなか無いこと。飛鳥医師はもう起きている時間ではあるが、状況がわかっているので私の部屋を訪ねてくることはまず無い。

 

「開いているが」

「……シロ。クロちゃんは……まだ寝てる」

 

声が聞こえた瞬間に、三日月が即座にベッドに飛び退き布団を被った。三日月が形成している膨らみが小刻みに震えているのがすぐにわかる。

積極的に関係を持とうとするクロとは違い、それをただ後ろから見ているだけのシロが、1人で行動すること自体が稀。余程逼迫しているのだろうか。

 

「……ミカヅキ……いるよね」

「ああ」

「入りたい……ダメ?」

 

隠れているものの、首を横に振っていることはわかる。消極的なシロですら、その種族故に三日月には恐怖の対象となってしまっていた。

この3日間、一度も三日月に話しかけたことも無く、クロが妙なことをしようとした時に抑制する役に徹していたくらいだ。だが、その間にいろいろ考えていたのだと思う。

 

「すまない」

「……そう……でも入る」

「おいなら今何のために聞いた」

「誠意」

 

私がダメだと言っても強行してきた。そこそこ長く一緒に生活してきたが、こんな積極的なシロは見たことが無かった。

 

「お前……」

「クロちゃんがね……どうしても仲良くなりたいって言うの……だから……ちょっとお姉ちゃんが頑張る……」

 

部屋の中に入ってきたシロは()()()()()。以前にクロがやろうとしたことを引っ叩いて止めたというのに、クロがいないことをいいことにシロがやらかしてきた。正面の部屋だから出来る無茶。

クロと同様、自分に攻撃の意思がないことを示しつつ、腹に傷を持つ同類であることも示した。覚悟のいる行動である。

 

だが、見てもらわなくては意味がない、三日月は視界にも入れたくないと言わんばかりに布団を被ってしまっている状態。その塊がブルブルと震えているのも見てわかる。無理に引き剥がすわけにもいかず、私は何も出来ない。

 

「ミカヅキ……私達は貴女と仲良くしたいだけ……決して嘘はつかない……決して裏切らない……だから……見て。私は非武装……絶対に攻撃しない」

 

この3日間でずっと話し続けた。シロもクロも深海棲艦かもしれないが私達の仲間だと。ゆっくりとでいいから、接してほしいと。少しずつ、少しずつ。

三日月自身は無理だ無理だと言って躱してきたが、今回はもう、そうは行かないところにまで来てしまっている。シロの強行ではあるが、三日月に決断を迫る時。

 

「……三日月。シロは本当に非武装だ。どうやってもお前を攻撃することは出来ない」

「で、でもっ」

「信じてくれ。シロも覚悟を持ってここにいる」

 

これはシロクロといい関係になれる最後の機会に思えた。シロの勇気と覚悟を汲み取って、私も三日月にお願いする。自分の立場を利用するようで申し訳なかったが、私がお願いすれば、少しだけは今のシロを見てくれるのではないかと思った。

 

「……わかりました。若葉さんを信用すると言ったのは私です。信じます」

 

ここで何かあったら、今までの数日間で築き上げたものが全て崩れ、むしろマイナスになってしまうだろう。私達にも嫌悪感を向け、最悪の場合この施設を破壊しようとしてしまうかもしれない。そうでなくても、せっかく助かった命を投げ出してしまう可能性もある。

それでも私はシロなら大丈夫と踏んだ。今のシロの覚悟は、めちゃくちゃかもしれないが、信用出来る。先程自分でも言っていた通り、嘘もつかないし裏切らない。三日月を相手にするためには必要な要素を全て持っている。

 

布団が少しめくれて、三日月の頭が出てきた。シロの姿を見てギョッとした。

 

「いや、あの、ホントに、なんて格好で来てるんです!?」

「非武装……丸腰。これでも気になるなら……隈なく調べてくれても構わない……」

 

そう言いながらも、一定の位置を保ち続ける。シロが判断した、三日月に近付けるギリギリの距離。おそらく、これも正解を拾っているのだと思う。

 

「そこまでして……私をどうしたいんですか」

「さっきも言った。私は……私達姉妹は、貴女とお友達になりたいだけ。それ以上でも……それ以下でもない」

 

三日月の視線は、シロの腹、治療痕に行っていた。自分と同じ、この施設で処置された証である。

実際これは、飛鳥医師の人間性を表すものでもある。艦娘でも深海棲艦でも関係なく治療している証拠。命は全て同列であり、救えるものは救うという考えの象徴。

 

「ワカバと同じように……私達ともお話をしてほしい。もし何か裏切るようなことをした場合……容赦なく罵倒してくれて構わない。 貴女の一存で……私を殺してくれてもいい」

 

あまりにも飛び過ぎな発言。これは流石に私が止める。

 

「シロ、そこまではダメだ」

「……私達は……それだけの覚悟がある。ミカヅキと敵対する意思が無いということを知ってほしい。私達は……三日月を攻撃した深海棲艦とは全く違う」

 

シロの目は真剣だ。嘘も無ければ裏切りもない。本気でそう思ってこの発言をしている。嘘偽りのない、透明な瞳で三日月を見つめている。

流石の三日月も、ここで折れた。

 

「わかりました。わかりましたよ。そこまで言われて怖いから帰れと言ったら私の人間性を疑われますから」

「素直になれよ」

「素直な気持ちですよ。深海棲艦は怖いです。私を死の淵まで追い込んだ恐怖の対象ですから。ですが……確かにシロさんは少し違います。話してみないとわかりませんね」

 

クロ相手には聞く耳を持とうともしなかったくせによく言う。とはいえ、施設の一員としてはさらに一歩進めた。

あとは飛鳥医師を相手にすることだけ。人間に対しては最も深く恨みが刻まれているため、まだ顔を合わせることも出来ない。

 

「なら飛鳥医師ともしっかり話してみろ」

「……あの人はいい人だよ……私達を治療してくれたし……艤装を直すことも許してくれたし……」

「シロはとりあえず服を着てこい」

「……ん」

 

やることをやったので満足気なシロは、鼻歌交じりに部屋から出ていった。表情は薄いが足取りは軽い。あんなに明るいシロを見るのは初めてかもしれない。全裸だが。

三日月はというと、布団から抜け出し、改めてベッドに腰掛けている状態に。シロ相手にも多少なり気を許すことが出来たようだが、最後に飛鳥医師の話題を出したことで表情が曇ってしまっている。

 

「……人間は嫌いです。何よりも嫌いです。シロさんは意思を見せてくれましたが、人間は意思を見せたとしても許せません。話してわかるような連中じゃないんです」

 

これはまだまだかかりそうである。どうにかしてあげたい。

 

 

 

朝食は私の部屋で。皆で食べる場では飛鳥医師と顔を合わせることになるため、それを避けるために。料理担当の雷には無理を言っているとは思うが、二つ返事で了承してくれた。曰く、

 

「三日月ももう施設の仲間だもの。今は患者って形だけど、過ごしやすいようにしてあげなくちゃ!」

 

だそうだ。慈悲の化身なのではと思えてしまうほどである。

 

「ご馳走様でした」

「ああ。食器は片付けておく」

 

朝食を食べ終え、食器を片付けようと立ち上がったところで、何かが近付いてくるような気がした。遠くからバタバタと足音がこちらに向かってくる。

嫌な予感がした時には遅かった。壊れるかと思えるほどの勢いで私の部屋の扉が開け放たれる。

 

「ミカヅキぃ!」

 

そして部屋に飛び込んでくるクロ。シロから朝食の最中に話を聞き、居ても立っても居られなくなった結果、即座に行動に移したというところか。

三日月は違う意味で恐怖を感じたようだった。シロと違う、行動力とコミュニケーション能力にステータスを全て振っているようなクロのハイテンションは、さながら暴走列車である。

 

「ひっ……!?」

「クロ、止まれ」

 

緊急時に備えて、私が盾になる。勢い任せに突っ込まれたら、三日月がおかしなことになるかもしれない。そもそもここは私の部屋だ。荒らされても困る。

 

「ミカヅキが私達と話してくれるって姉貴から聞いたから!」

「そうだとしても止まれ。危ない」

 

遅れてシロが私の部屋へ。

 

「ご、ごめんなさい……クロちゃん……止められなかった……」

「いや、問題は今のところ無い。話したいのはわかったが、三日月のことも考えてほしい」

「はーい。じゃあさ、午前中、午前中ちょうだい。私達がどんなのか教えるからさ」

 

三日月はというと、朝のシロ襲来の時と同じように布団に包まってベッドの端に蹲っていた。これではシロとは話せてもクロとは話せない、なんてこともあり得る。

 

「三日月、もう大丈夫だ。クロはちゃんと止まってる。シロが手綱を握った」

「……あの、勢い任せに来るのは本当にやめてください」

「ウッス」

 

何度言ってもやめることはなさそうである。シロも後ろで溜息をついた。

 

 

 

その後、午前いっぱいを使ってシロクロと会話をし、艦娘による侵略を受けるというどっちが悪人かわからなくなる事件に巻き込まれたことを聞いて、三日月の考え方が変わった。

深海棲艦は怖いままだが、2人は初期の私と同様の()()()()に昇格。会話は出来るほどの仲には進展した。

 

嫌いな者の中にも、それとは違う者もいる、ということが納得出来たようだ。

ならば飛鳥医師のことも、そのうち納得出来る日が来るだろう。

 




三日月は髪も黒いので(ここの三日月は半分白いですが)、いつもの黒セーラーに若葉のタイツとか穿いたら黒尽くめですね。

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