初霜の一言から生まれた曙発案の伊504捕縛作戦が、今晩決行される。来栖鎮守府の明石が作ってくれた、艤装に使われる鋼材が練り込まれたそれは、駆逐艦の砲撃くらいでは破れない程の強度らしい。これならば、伊504が対抗したとしても捕縛が出来るだろう。
この今までにない作戦を確実に成功させるため、今回はほぼ全員が夜間警備に出られるように準備をする。昨晩担当した私、若葉率いる五三駆も、2日連続となるが今晩も出られるように仮眠を終えた。発案者である曙がやたらやる気になっていたので、私達もそれに乗っかる。
「赤城、翔鶴は予定通り、曳網を持って最東端へ。そこに便乗するのは五三駆と潜水艦2名。乗せられるのか?」
「ええ、3人までなら滞りなく。翔鶴も問題無いわよね?」
「はい、私の艤装の方が赤城さんのものよりも台座が大きめですので、赤城さんが乗せられるのなら問題ありません」
私は赤城の艤装に乗せてもらった経験があるので、あの時の滑走を体験している。一緒に乗るのは勿論三日月。それと潜水艦を1人のため、イムヤに便乗してもらう。翔鶴の方には曙と雷。便乗するのは呂500。
私達が赤城と翔鶴の艤装に搭載される理由は、海底から私達が警備の最東端にいることを知られないようにするため。特にイムヤと呂500は追い込みの要として動くことになる。
私達は作戦開始となった瞬間に曳網の補助。万が一海上に浮上してくるようなことがあれば、私達が即座に対応することになる。仕事はないかもしれないが、念のための配置だ。
「対潜部隊として夕雲型4人を九二駆として配置。引率は加賀と瑞鶴。こちらは通常通りの夜間警備で頼む」
「あいよ。対潜はあたいが一番得意だかんね。任せてくれよな」
変則九二駆で夜間警備となる。特に対潜性能が高い朝霜が陣頭指揮を執り、伊504を追い込む。海上からの追い込みなので、明石の持ってきてくれた熟練見張員は全てこの部隊に使うこととなっている。
「さらに、二四駆で周辺警戒。人数の多さであちらからも警戒されるかもしれないが、海上に出てこれないようにするならそれはそれで都合はいいはずだ」
「ですね。あくまでも哨戒の域に留めます。対潜装備はこちらもしていきますので、その際はお役に立ちます」
二四駆による補助で、行動範囲をより狭めていく。なるべく網の方に追い込むためには人数が必要だ。
それに、あちらが伊504のみで来るとは限らない。以前の暗殺部隊のように、人形を引き連れて一転攻勢を仕掛けてくる可能性だってある。それを事前に食い止めるための追加部隊だ。
「潜水艦隊はいつも通り6人。予定していたメンバーでいい。シロとクロが先導する形でよかったか」
「大丈夫! 私達がアイツを追い込むから!」
「何度も……逃がさないよ」
2度逃がしているためか、シロクロもやる気十分。特にクロは追い詰めたいという気持ちが匂いからも感じ取れる。
「明石には施設の近くで待機してもらいたい。赤城と翔鶴が駆け込んできたところから引き揚げ開始だ。出来るか?」
「お任せください。意地でも引き揚げますから!」
「私も手伝うよ。近海の哨戒しがてらでも出来るでしょ」
明石は施設付近で私達の帰りを待ち、戻り次第艤装のクレーンで引き揚げ開始。そこに手間取ることのないように、器用なセスも補助に入る。エコを使っての施設近海の哨戒もしつつ、その時を待つことにした。
「残りは施設防衛。この隙を突いて、またあの暗殺部隊が来るとも限らないからな」
暗殺部隊の話が出て、潜水艦達から負の感情が漏れ出る。自分達と同じような犠牲者がまた現れかねないと考えると、どうしても嫌な気分になるのだろう。
そんなことをされても、絶対に死なせない。また同じように全員救ってやる。もうあちらの思い通りには行かせない。
「……何度も言うが、僕は司令官じゃないからな?」
説明が終わったところで、飛鳥医師からは珍しく冗談めいた言葉が出る。緊張感高まるこの場を和ませるためか、慣れないジョークで空気を弛緩させた。
「決まってたじゃねぇか。完璧なブリーフィングだったぜ!」
「君達が決めた作戦を復唱しただけだろうに。僕にはそちらの知識が無いから立案能力は皆無だぞ」
これにより、冷たい空気も少しは温まった。一息ついて、改めて言葉を紡いでいく。
「捕らえたらすぐに伊504の治療が出来るよう、僕と蝦尾さんで例の薬を作っておく」
「前にも言った通り劇薬ですので、何かあってもなるべく処置室には近付かないようにお願いしますね」
「勿論、怪我人が出ないとも限らない。確実に治療出来るように準備はしておく」
治療の準備をしてもらっておけば、万が一のことがあっても安心だ。伊504だって完成品。敗北を感じたら自害の可能性がある。それは避けたいところだ。
施設には待つ者がいる。必ずやこの任務を達成させ、みんなで笑顔で帰投したい。
「じゃあ、作戦開始だ。よろしく頼む」
夜の海、私達五三駆は予定通り最東端に到着。この待機場所は、今までに伊504を発見して、惜しくも逃げられた場所よりもさらに東。伊504が現れるのなら、私達よりも西側で現れると思われている。最悪な場合は施設の間近になるのだが、施設にも仲間達は配置されている。そうなったらそうなった時。
少し時間を置いてから曳網を海に垂らし始めた。この姿を見られたら意味が無くなるのだが、先んじて潜水艦隊に周辺を警戒してもらい、いないことを確認している。シロクロの深海の眼で確認しているため、信用度は高い。
『うわ、これ私達にも結構見づらいよ』
垂らされていく曳網を見て海中からクロの通信が届く。深海の眼を以ってしても、明石の持ってきてくれた網は視認が難しいようだ。ならば、海上にまで続く網の先端もわかりづらいだろう。
網の部分自体は海底に着くほどにまで長く、引き揚げながら滑走してもらうことでどうにか絡み付かせることになる。そのまま工廠付近で待機する明石にパスして、そこからは一気に引き揚げてもらう作戦だ。今頃明石も今か今かと待ち構えていることだろう。まだまだ時間は早過ぎるくらいなのだが。
『それじゃあ、こっちは警備に入るから。見えたら連絡するね』
「了解。頼んだ」
今回は代表者がインカムを使い潜水艦隊と通信することになっている。こちらでは私と曙が、九二駆は朝霜が、二四駆は海風が、そして施設側では明石と摩耶がこの会話を聴いている状態。通信傍受までされたら敵わないため、通信による会話はなるべく少なくしている。
時間はまだ早い。私達は同じ場所で留まり、哨戒機による警備を続けるのみ。しばらくは来ないだろう。
今までの傾向からして、この時間から近海に現れることはない。基本的には日を跨いでからこの付近に現れる。今のところ昼の潜水艦隊の警備では一度も姿は確認されていない。
昼は私達が気付けないほどに遠方からこちらを観察し、夜は施設を攻め込む算段を立てるために近付いてくるのだと思う。
「それでは、ここからは離れます。合図が来たら同時に曳きますから」
「それでいいわ」
垂らすのは同じ場所からだが、待機は大きく離れてになる。大まかな場所は詳しい曙に決めてもらうため、移動するのは曙が乗っている翔鶴の方。ちょうどいい間隔を空けてもらい、海中からの合図が来た瞬間にこちらの戦いが始まる。
翔鶴達が離れていき、ここからは待ち。普段の夜間警備と違い、同じところで留まり、ただただ待つというのは今までにない。赤城は随時哨戒機を飛ばしてくれているが、私達はやることもない。海面に足を着けないように、艤装の上でひたすらに待機となる。
「合図が来たら、貴女達でこの縄を引いてもらう。同時に私が施設に向けて最大戦速で向かう。これで行けるわね」
「ああ。その前にイムヤが急速潜航だな」
「そうね。網までろーちゃんと最後の誘導になるから。多分一緒に絡まることになるわ」
網は今、海底にまで沈んでいる状態だ。そこから私達が少し浮かしたのち、赤城と翔鶴が引っ張るという流れ。
逃げ場を無くすためにも、イムヤが逆側からの追い込みをかける。タイミング的には、伊504を食い止めると同時に曳網に巻き込まれることになるだろう。これに関しては少々我慢してもらわなくてはいけない。
と、不意に三日月が少しだけ不安気な声を出した。匂いからもそれが感じ取れる。
「今日も来るんですかね……」
「来るでしょうね。ああいう輩は、常に最新の情報を味方に提供するために動いているはずですから」
赤城が忌々しそうに呟く。手瀬鎮守府に属していた時に似たようなことがあったのだろうか。その辺りは流石に聞くことが出来ない。ただでさえ散々な人生を歩んだ上に、深海棲艦として蘇るなんてことが起きてしまったのだ。人となりを聞くのも恐れ多い。
三日月の不安を取り払うため、少し抱き寄せた。4人も乗ると流石に狭い艤装の上だが、より強く接することで落ち着いてもらう。
「ただし、1人だけとは限らないわね。少数でも、またあの人形を連れてくる可能性はある」
その言葉で今度はイムヤが震えた。イムヤには未だに禁断症状は残っているのだ。今この時ですら、人形として使われていた仲間達の亡霊が見えているのかもしれない。話題に上がるのも少し抵抗があるようだ。
「イムヤ、大丈夫だ。来たとしても誰も死なせない」
「……うん、また助けてほしい」
「任せろ。海の中は難しいが、上に出てきたら確実に助けてやるさ」
誰も死なないのが一番の勝利だ。当然、伊504だって救う。無傷とは行かないかもしれないが、命を失わせることはない。
そこで問題となるのが自爆だ。完成品であり監視役でもある伊504に自爆装置が組み込まれていることは考えにくいが、違う形で自爆することは考えられる。例えば、魚雷を近い位置で爆発させるとか。それを海中でやられた場合は、イムヤや呂500に食い止めてもらわなくてはいけない。
「今回はみんな気合いが違う。これで終わりにするんだ」
「……そうね。うん、弱気になんてなれないわ。あの子達のためにも、これで終わらせなくちゃ!」
「その意気だ」
イムヤの調子も戻ったところで、ここから長い待ち時間となる。いつもの夜間警備の時みたいに世間話をすることになった。
眠気覚ましも兼ねた世間話を続けて、時間としてはかなり経っていた。日を跨ぎ、そこからさらに経過して丑三つ時。これくらいの時間に夜襲を受けることが多かったので、少し気持ちを入れる。
「初めて襲撃を受けたのも夜だった。深夜ばかり、それも嵐の時が多い」
「なら、そろそろかしら。哨戒を少し強めるわ」
赤城の艦載機が少し多めに飛び立つ。相変わらず、深海棲艦の発艦は不思議だ。矢が艦載機に変化するのも不思議ではあるが、何もない空間からポンポン出てくるのは尚不思議。
「私達は発見してもわざと通過させるくらいがいいのよね」
「ああ、危険ではあるが、施設に近付かせた方がいい。その方が捕らえやすいからな」
あちらの警戒の仕方は普通とは違う。哨戒機でチラッと見ただけで撤退するほどだ。それを警備の最東端からさらに東に向けて飛ばしているのだから、私達の作戦海域に入ることなく撤退される可能性だって普通にあり得る。
しかし、最初の暗殺の時は、夜間警備の下を潜り抜けて施設を直接狙ってきた。まるで私達をおちょくっているようでもあった。今回もそうされるかもしれない。
結局のところ、来てみないとわからないというのが実情である。海中の敵に対しては匂いもわからないため、感情を読み取ることも出来ない。結局、駆逐艦なのに潜水艦には無力だった。よくもまあ、あの時のモグラ叩きが上手く行ったものである。
『敵潜水艦はっけーん!』
突如、クロの声が通信で鳴り響いた。
「来た……!」
「本当に通過されていたのね。警戒を厳としていたはずなのに、それはそれで悔しいわ」
などと言う赤城の表情は、いつもの表情から一転して深海棲艦のそれへと変化。隠す気のない殺意と攻撃的な深海の本能を表に出し、感情の匂いが一気に強くなる。
今回は一度も海上に姿を現さなかったということか。最初に見つけたのがクロであるくらいだし、うまく海中でエンカウント出来たようである。
「それじゃあ、私は行くわ」
「ああ、頼んだ。お前達が作戦の要だ」
「オッケー。必ず終わらせてやるんだから」
イムヤが艤装から降り、急速潜航。おそらく翔鶴側の呂500も同じように海に降りている。
ここからは通信回線は全てオープン。傍受されていようが関係ない。海上と海中の連携が物を言う。
「クロ、敵は伊504だけか」
『他にもいる! 1人だけじゃない!』
監視だけが目的ではないということか。いわゆる威力偵察に近いかもしれない。クロの言い方を聞く限り、以前の暗殺部隊のような大量の人形では無いみたいだが、1つの部隊として成立するくらいの人数はいるようである。
当たり前だが、潜水艦隊に自爆装置を止める手段は無い目の前で爆発される危険性は常について回る。
『自爆する前に気絶させりゃあいいだろ! クロ、あたい達んとこに誘導しな!』
『こちらも大丈夫です。いつでもどうぞ』
朝霜と海風の頼もしい発言。対潜攻撃で何かをする前に気を失わせればいいだけ。それが出来るだけの備えは今回はある。
施設で初となる対潜掃討作戦。これを最初で最後として、伊504との戦いはこれで終わりにしたい。絶対に逃がしてなるものか。
逃げの戦いを続ける伊504との戦い、ついに4回目となります。ここまで面倒な相手も今までいませんでしたね。