継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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決死の漁

万全の態勢で夜間警備に挑む深夜。想定通りに伊504が現れた。今まで通り単独での監視ではなく、今回は潜水艦による部隊を編成して向かってくる。こんな時に限って面倒極まりない。

私、若葉率いる五三駆は最東端、伊504がおそらく通過したであろう地点で待機。曳網の先端の縄を握り、その時を今か今かと待ち構えている状態。捕縛作戦最初期は私達に出番は無い。海中のシロクロ率いる潜水艦部隊と、海上の朝霜率いる変則九二駆による対潜で牽制する。

 

「朝霜、伊504以外の連中はソナーに引っ掛かるか?」

『それは大丈夫そうだぜ。だけど伊504だけは相変わらずソナーに引っ掛からねぇ! 見張員には見えてるらしいけどな!』

 

それは安心した。見張員にすら見えないとなると本当にお手上げだった。それならば、先に随伴の潜水艦を全員気絶させ、伊504のみにした状態で予定の作戦を実行したいところ。

随伴の潜水艦は当然人形、つまりは自爆装置を持っている。どういう形であれ、現状は伊504に命の手綱を握られているということだ。撤退にも使われるだろうし、そもそも連れてきたということは、今回は施設を攻撃するつもりだったと考えられる。

 

『随伴のが攻撃してきたよ! 今回は逃げようとしない!』

『よっしゃ! なるべくこっちに誘導頼むぜ!』

 

私達は音声で状況を確認するしか無い。特に今ここの集まりでは、インカムを持つのは私だけ。私が聴いて、周りに伝える。三日月は私の耳に頭を近付けてどうにか音を聴いているようだが。

 

『くっそー! 結構手練! 前の暗殺部隊とちょっと違う!』

『海の上にまで攻撃してきますね。おかげで場所がわかりやすいです』

 

海風からも確認出来たようだ。それほどまでに今回はあちらからの攻撃も激しいようである。

今までに2回、監視を妨害して撤退させているからか、あちらは今回こちらの数を減らしに来ているようにも思える。流石に随伴と一緒に監視するとは思えない。

 

「……あれも捨て駒か。自爆で何人か巻き込むために連れてきてるんじゃないのか」

「あり得ますね。こちらの数をなるべく減らせれば良しと考えていそうです」

 

だから突破力だけに特化した人形。人間魚雷でないだけマシだが、その分散々使い倒して不要になったら爆発させるという腹立たしい戦術が可能になってしまっている。あわよくば施設内で爆発させて、飛鳥医師を抹殺。リコや鳥海も爆殺されていた可能性がある。

捕縛作戦と重ねられたのは偶然なのだろうか。それとも、何かを見てこの数に変えたのか。例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人数を増やしたとか。

 

『っしゃあ、来いやぁ! 潜水艦達はあたいらの爆雷避けてくれよ!』

 

海上からの攻撃は、敵味方関係なしの対潜攻撃。分別しての攻撃は流石に出来ないため、容赦無しに爆雷を放る。どうせ殺傷能力のないダミーの爆雷なのだから、当たっても死なないと躊躇無し。

それは事前に潜水艦達からも許可が出ていた。本当にいいのかと何度も聞いたが、何度も許可が出された。必ず避け切るから好きにやってくれとも。

潜水艦達は暗殺者として仕込まれている記憶を全て残している。当然、その力を何もかも残したまま味方についてくれているわけだ。相手も同じだとしたら互角かもしれない。

 

「くそ……待っているだけがこんなに苦痛だとは」

「我慢しなさい。私達には私達の仕事があるわ」

 

この戦闘に参加出来ないため、焦燥感が募る。だが、赤城が言うように私達には私達の仕事がある。今持ち場を離れたら、どうせ撤退するであろう伊504を捕らえられる確率が低くなる。だから、今は我慢の時。

仲間達は強い。信用してあの場所を任せているし、信用されてこの場所を任されている。戦闘の音だけを通信で聴きながら、私達はその時を待つ。

 

『打ち上げて!』

『っらぁ!』

 

クロの声と同時に強烈な水流の音。その後に爆雷が爆発する音が聞こえた。海中と海上のコンビネーションで、随伴を1人ずつ確実に処理しているのだろう。

音だけ聴いていても、多少は有利に働いているようだ。見張員のおかげで朝霜筆頭に対潜攻撃が的確に当てられている。

自爆前に気絶させるという作戦は確実に出来ているようだ。代償として至近距離でダミーの爆雷が爆発しているせいで鼓膜がイカれてしまっているようだが、それはまだ治せる。

 

『まず1人!』

『みんないいよ! いい感じに動けてるね! ガンガン行こう!』

 

クロが歓喜するように、潜水艦隊が即戦力であることはとても大きい。経験をそのままに仲間になってくれているのは、禁断症状というデメリットがあるものの、メリットの部分が非常に大きい。だからこそ自爆させているようにも思える。これ以上こちらの戦力を増やさないように、使い捨ての駒を使い続けるだろう。

そもそも人形を使うこと自体が間違っているということに気付いてもらいたいものだ。あちらが小賢しい手段を使えば使うほど、こちらの戦力が整うのだから。

 

「伊504も攻撃に参加しているか」

『してない! 相変わらず後ろから指示出してるだけ!』

 

やはり既に撤退する算段を考えている。全ての敵が自分より施設側にいることを把握しつつ、東にいるのは赤城と翔鶴のみというのも織り込み済みで撤退の経路を考えているはずだ。

だからこそ、ここでその考えを掻き回すための奇策。全くの別方向からの急襲。イムヤと呂500が、伊504の想定していない東側からの突撃。イムヤは暗殺者の時の記憶があり、呂500は前任者である時の記憶を取り戻している。さらには装備もタービンで高速仕様。

 

『この……っ!』

 

あちらからの合図のためにも、イムヤと呂500にも通信装置は渡してある。2人が伊504の真後ろについたことが通信からわかった。このまま捕らえられれば御の字。だが、そう簡単に行かないのも予測済み。

 

『うぇあっ!? そーゆーの良くないと思うな! 何処にいたのさ』

『後ろにも目があるっていうの!? 今の完全に不意打ちだったでしょ!』

『あたしは何度も捕まった経験があるからそういうの避けるの得意なの。はにゃはにゃー』

 

通信先からでも小憎たらしい笑みがわかるようだった。本人の顔は知らないが。

真後ろから突撃しても回避されたらしい。呂500もブレーキを踏まざるを得なかったようである。回避と撤退に特化しているとはいえ、背後からの不意打ちすら避けるとはどういうことか。

 

『あー、でも、もう終わりにしよっかな。こんなに人が集まってるなんて思ってなかったし。あ、でも何かいろいろ積み込んでたよね。武器がこんもりしたダイハツ見たからね。あたし対策かな? 全員分の対潜装備なんて用意しても、あたしには届かないよ。残念でしたー』

 

こう話している間も隙を見て捕らえようとしているのが、水流の音でわかる。が、その手は空を切るかの如く擦り抜け、伊504には全く届いていないようだ。見据えられながらの戦いは、ほぼ確実に避けられると見て間違いない。

 

『それじゃ、あたしはこれで。あ、みんなサクッと自爆しちゃってねー』

 

案の定、自分の撤退をサポートさせるために随伴の潜水艦達を自爆させようとした。

が、爆発音はしない。伊504の指示は海の底に消えていく。

 

『……あれ?』

『自爆なんてさせるわけないでしょ。もっと人数連れてきてから言いなよ』

 

クロからの通信の音からは、鈍い音も何度か聞こえていた。あの艤装をただぶつけるなどして、早急に気絶させることに特化したのだろう。そうでなくても他の潜水艦達と連携して無理矢理浮上させ、海上にいる九二駆や二四駆に処理を頼んだようだ。

思った以上に潜水艦隊が頑張ってくれた。潜水艦同士の戦いも想定に入れた立ち回りで、戦闘補助も上手く出来ていた。クロが合間合間に絶賛していただけあった。

 

『うわ、その子達ってそんなに強かったっけ。あたしが使ってた時はそんなじゃなかった気がするんだけどなぁ』

『ちゃんと意思を持ってんだから、人形なんかに負けるかっての。大人しく捕まってくんない? そろそろアンタ、面倒くさいんだよ』

 

クロにしては強い物言いだ。何度も逃げられたことで苛立ちが隠せないようになっている。

 

『んー、Lo odio(嫌だよ)。あたしが捕まるわけないじゃん。あれだけ捕まえられなかったのに、もしかして人数いれば捕まえられるとか思っちゃってる? E 'un pazzo(バカだなぁ)

 

水流の動きはやたら激しくなっていた。話しながらでもスイスイ逃げ回り、徐々に撤退経路に舵を切っている。回り込んでも、一斉に取り囲んでも、一切お構い無し。どれだけスペックが高いのだ。

 

Addio(さよなら)ー。また会おうね。次はいっぱい連れてくるから、覚悟しててねー』

 

やはり撤退。周囲をこれだけの人数に囲まれているのに、こちらが攻撃しないことをいいことにヒラリヒラリと躱していく。

だが、周りにこれだけいるので、回避に精一杯のように聞こえる。これだけ人数を揃え、周囲を取り囲んでもやっとここまで。逃げることに精一杯になるほどにまで追い込んでいるのなら、ここからの作戦がうまく行きやすくなるというものだ。

 

『今』

 

小声で合図が来た。回避させつつも、徐々に一番いい位置に寄せていたのだろう。ついにこの時が来た。

 

「合図来たぞ! 三日月、しっかり持てよ!」

「はい!」

『こっちも準備完了よ!』

『翔鶴さんもオッケー! 行きましょう!』

 

五三駆が縄を持ち、少しだけ引き揚げた。絶対に離さないという意気込みの下、赤城に合図を送る。あちらも翔鶴に合図が送られたはずだ。ここからが本当の作戦開始。

 

「それじゃあ行くわよ。振り落とされないように、縄を離さないように!」

 

急加速により強烈なGがかかる。どうにか踏ん張るが、縄がやたら重い。加速の衝撃と曳網そのものの重さが全身にダメージを与える、それでも離さないように、縄を手首に巻き付けた。離したら終わりだ。

 

「重いな……!」

「肩が抜けそうです……!」

 

駆け抜ける内に、海上の九二駆と二四駆の姿が見え始める。今の戦場に到着したということは、この足下の深海で潜水艦達が頑張ってくれている。この真上に来たのだから、網にそろそろ。

 

「頑張って頂戴! ここからさらに重くなるわよ!」

 

赤城の言った通りだった。

 

『うぇえっ!?』

 

通信越しに伊504からの悲鳴が聞こえたと思った瞬間、網の重さが一気に増した。伊504だけでなく、近場にいた潜水艦を纏めて絡め取っている。通信の水流の音がさらに激しくなり、網の絞まるような音まで聞こえる。

いくら真後ろからの接近を避けられるとしても、ここまで広範囲の網の前では無力。ギリギリまでこちらが抵抗して、死なば諸共な精神で撤退を妨害し続けたおかげで、網の接近に気付くことを遅らせたのが勝因。

 

「ぐぅっ!?」

 

縄を握る手が悲鳴を上げる。決して離さないように手首に巻き付けたことで、それが余計に食い込み、肌に傷を作っていく。だがそんなことはもう気にしていられなかった。手袋くらいしてくればよかったと後悔はしているが。

私と三日月が必死に網を掴んでいる中、赤城は一切スピードを落とさずに駆け抜けてくれていた。少しずつ少しずつ翔鶴との距離を詰めて、網を畳み込むように。

 

『こっ、こんな馬鹿馬鹿しいので捕まってたまるかっての!』

『逃がさないですってぇ!』

 

網の中ではそれでも逃げようと伊504が踠いているのだろうが、一緒に捕らえられた呂500がそれを阻止するために掴みかかったようだ。高速で動く網の中、より身動きが取れなくなるように殴りかかる。

それを見た他の潜水艦達も、伊504を押さえ込むために踠いた。特に艤装ごと引っかかっているシロクロに至っては、ここでも伊504を気絶させようとかなり危険な攻撃まで仕掛けている。

 

『アサシモ! 爆雷!』

「ま、マジかよ! 後から文句言うんじゃねぇぞ!」

 

もう通信越しで無くとも朝霜の声は聞こえる。私達の高速移動に合わせて潜水艦の絡まる網を追ってくれていた。そんな中でのクロのこの指示だ。抵抗はあるが、潜水艦達の意思が全て一致した上なので、朝霜がこの激しい移動の中で的確な位置に爆雷を放る。

 

少しして、私の耳が壊れるのではないかと思えるほどの爆音が通信越しに聞こえた。

 

『きひっ……!?』

 

網にかかった伊504の声が、明らかに今までと違った。朝霜の爆雷が直撃したか、そうで無くても衝撃が頭を揺さぶったか、強烈なダメージを受けたことで肺の空気が抜けたような悲鳴だった。

伊504だけじゃない。一緒に網に絡まっている全員が同じように声を上げる。本当に死なば諸共。ダミーの爆雷であるおかげで死ぬことは無いだろうが、おそらく半数以上がこれにより気絶。

 

「誰か状況を説明してくれ!」

 

全員がやられてしまったとは思っていない。誰かは意識を持っていてくれるはず。

 

『……伊504……気絶してるよ……』

 

息も絶え絶えなイムヤの声。衝撃をモロに受けても、ギリギリ意識を手放さなかったようだ。それでもまだ安心するのは早計。喜ぶのはちゃんと網を全て引き揚げてからだ。

 

最初で最後の対潜掃討作戦は、最高の結果で幕を閉じようとしている。もう私の両手はズタズタだったが、これは名誉の負傷と言えるだろう。

 




決死のトロール漁、完遂。網には何人の潜水艦が引っ掛かっているのでしょう。

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