継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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漁船の帰投

決死のトロール漁は大成功に終わり、伊504を捕縛することに成功。作戦に参加していた潜水艦全員も巻き込まれる形にはなってしまったが、伊504が連れてきた随伴の潜水艦も纏めて捕縛することが出来たのは非常に大きい。怪我人はいるものの、誰も命を落とさずに終えることが出来た最善の勝利である。

捕縛された伊504はダミーの爆雷により気を失っているため、急ぐことなく工廠に到着。むしろ急ぐと、網にかかった潜水艦達を海底に擦り付けることになってしまうため、ここまで来たら慎重に。今はギリギリ海底から浮いている状態のはずだ。まだ気を失っていないイムヤと通信しながらここまで運んできているからわかる。

 

「明石! セス! 曳網を受け取ってくれ!」

「了解です! うわ、血塗れ!」

 

私、若葉率いる五三駆は、手の感覚が無くなるほどに握り締めていた曳網の縄を、工廠で待機していた明石とセスに渡した。その時にゆっくりと潜水艦達は海底に着地させる。ようやく腕にかかる負担が無くなり、血が通っていくように痛みが腕全体に回り出した。

 

「酷い怪我……すぐに治療するわね!」

「すまない……さっきまで感覚が無かったが、酷い痛みだ……」

 

施設で待機していた暁と如月に、ズタズタになった手を治療してもらう。修復材を薄めた艦娘用の傷薬を霧吹きで吹き掛けてもらい、後は時間経過での治療。これなら修復材の使用量も減らすことが出来るし、治療時間自体も自然治癒よりは早く終わる。寝て起きたらおおよそ治っているだろう。艦娘の身体に感謝。

 

「セス、準備出来ました?」

「ああ、言われた通りにセットした。これで引き揚げていい」

「それじゃあ、引き揚げまうぇいいっ!?」

 

艤装のクレーンに曳網を引っ掛け終わり、工廠の陸から引き揚げようとしたのも束の間、明石がその重みに耐えられず海に引き摺り込まれそうになってしまった。咄嗟にセスが明石の身体を支えるが、ジリジリと海側に持っていかれそうになっていた。

網が海底に着いているため安定はしていたが、いざ持ち上げようとすると力が足りていない。支えが有れば何とかなりそうだが。

 

「何をやっているんだ何を」

 

そこに、リコの艤装がズリズリと這ってきて、その巨大な腕で明石を掴み上げる。これにより明石の身体は安定し、ゆっくりと網が海上に引き揚げられてきた。

セスも引き揚げられていく網を絡まないように引っ張りサポート。私達の血が滲む縄に何の嫌気も感じず触れてくれるのは嬉しいものである。

 

「そ、想定より重かった……支えてくれれば引き揚げられますんで、このままお願いします!」

「ああ、安定性には自信がある」

 

さすが陸上型。そこから動かないということに関して他の追随を許さない。艤装も大きく、安定性抜群。これなら潜水艦達の重みに負けて海に落ちることも無いだろう。

明石が握られている絵面はあまりよろしくはないが、痛みを感じていないようなのでそのまま引き揚げ続行。

 

「周辺警戒。まだ潜んでるかもしれないわ」

「全部終わるまではしっかり哨戒機飛ばしとくから!」

 

事が済んでもまだ落ち着けない。特に潜水艦による狙撃は、一度喰らった最悪な事態である。それを防ぐため、加賀と瑞鶴を筆頭に、空母隊がこのタイミングでの襲撃を警戒する。先程までフルスペックで海を駆け抜けた赤城と翔鶴もそこに参加。九二駆にも引き続き夜間警備を続けてもらい、施設に近付く者がいないようにしてもらう。

 

『大丈夫……ちゃんと浮上していってるわ』

 

イムヤからの通信も頼りに、明石が慎重に釣り上げていく。さすが工作艦、安定さえすれば、あの量の潜水艦もいとも簡単に引き揚げさせられることが出来るようだ。私達とは力の使い方が違う。

そして、海上からもその網が見える程にまで浮上してきたが、ここからが問題。明石のクレーンではそのまま上に上げるということは当然出来ない。そのため、陸地に転がらせる形で引っ張り上げる以外に選択肢が無かった。

 

「このまま引き揚げちゃうので、ちょっと我慢していてくださいよ!」

 

リコの艤装に頼み少し下がってもらうと、岸を軸にして網をそのまま陸地に乗り上げさせた。正直、私も予想していたもの以上の大漁っぷり。姿を見ていない潜水艦達全員が引っかかっているのだから、施設から出撃した8人と、敵対していた伊504含む7人ほどが1つの網にゴチャゴチャと絡まっている。

無理矢理引き揚げるしかないので、陸側に面していた潜水艦は全員から潰されることとなってしまう。それがよりによってクロ。シロクロの艤装も一緒に絡み付いているものだから、それにも押し潰される形に。艤装を装備しているのだからそれで死ぬことは無いのだが、重くないわけでもない。当然クロの身体は悲鳴をあげる。

 

「ぐぇ!?」

「だ、大丈夫!? すぐに解くから!」

 

艤装の鋼材が練り込まれた曳網だろうが関係なしに、明石とセスが大型のニッパーやら何やらを使って切断していく。また使う時は妖精の力を借りて修繕するらしく、今はさっさと解くことが先決と容赦なく破壊した。

 

「さすがに重いよぉ!?」

「ご、ごめんねクロちゃん……お姉ちゃんがすぐ退かすから……」

「出ちゃう出ちゃう! 中身出ちゃう!」

 

いち早く抜け出せたシロが、クロを救出。曳網が破られたことで、目を回している潜水艦達が雪崩のように倒れ込んだ。クロもさっきまでは気絶していたが、あまりの重さに目を覚ましてしまったようだ。

その中央、同じように目を回している伊504がグッタリとしている。ウェットスーツとは違うが黒で統一された水着のそいつは、やはり呂500と同じくらいの見た目の子供。本来の伊504は白いスクール水着らしいのだが、今着ているこれはUIT-25の水着らしい。なんてややこしい。翔鶴は一番最初の名前、ルイージ・トレッリの名で呼んでいたし。

 

「あたた……と、とりあえず……任務完了ね……ごめん、ちょっともう無理……」

 

ずっと通信をし続けてくれたイムヤもここで力尽き、気を失った。結果的に自発的に行動出来そうなのはシロのみ。他の者はなんだかんだダメージを受けてしまったため、治療が必要となる。

 

「この子は先生のところね」

「おう、仲間の潜水艦達は医務室でいい。すぐに運んでやろうぜ」

 

摩耶と鳥海が潜水艦達に適切な処置をしていった。最重要である伊504は、鳥海が抱き上げそのまま処置室へ。気を失っている潜水艦達は一時的に医務室へ。イムヤや呂500も同じように連れていかれた。

 

「こちらは人形ですね。自爆装置の解除はされておられない様子。心苦しいですが、先に処理をさせていただきたいと存じます」

 

気絶させられている人形はまだ自爆装置が解除されていないため、気を失っている内に旗風が処理してくれた。私と曙が負傷しているため、残っていてくれただけでもありがたい。

 

「りみったー……はずれてるのかな」

「ですね。こちらの方々の方が優先順位は高いでしょう」

 

自爆装置が解除されても、リミッターは外されたままのため、早急に処置が必要だった。伊504よりも先に人形達の処置を優先する必要がある。

旗風が処置した者から順に、霰が処置室へと運んでいく。さすがにこれだけの人数を寝かせることは出来ないので、寝る場所を用意するところからだ。霰だけでなく、手が空いた者からすぐにそちらを手伝いに向かう。

 

「若葉達はすぐに休んで。後は暁達がやっておくから」

「貴女達は重傷だもの。今は疲れを取ってね」

「ああ……すまないが、後は頼んだ……」

 

自分達で言うのは何だが、一番身体にダメージを受けたのは私達五三駆だろう。血を見たのは私達だけ。その血も敵にやられたとかではなく、ある意味自傷。

治療してくれた暁と如月に後を任せ、五三駆は早々に休息を取ることにした。身体がガタガタ、腕には今までに感じたことがない疲労が溜まっている。痛いとか痺れているとかそういうものは飛び越えてしまっているようにも思えた。妙な熱を持ち、疼きとはまた違った感覚。

 

「さっさと寝ましょ……疲れたわ……」

「お風呂行きたいけど無理よねコレ……一刻も早く休みたい……」

 

雷がへばるくらいだ。この消耗は相当なものだ。普段の戦いとは違う戦いを終えて、みんな散々な状態である。

 

フラフラと部屋まで辿り着いた瞬間、そのままベッドに倒れ込むように眠りについた。限界を迎えていた。

そんな時でも三日月は私の隣。とても気分が落ち着き、気持ちよく眠れそうである。制服のままであるが、これはもう仕方のないことだ。明日は潮の匂いがついたシーツを洗うところから1日が始まりそうである。

 

 

 

一眠りを終えると、外は当然明るくなっていた。それでもまだ朝と言える時間であったので少しだけ安心。ここ最近、こういうことがあると基本的に昼まで眠ってしまうことが多い。眠り呆けていろいろとやらなくてはいけないことを放置してしまうのは良くないと思う。

治療された両手は幾分か良くなっていた。まだ動かすと少し痛いが、激痛というほどでもない。物を持ったりするのに支障をきたしそうではあるが、あと1日で終わるだろうというところ。修復材の傷薬が随分と効いてくれているようで何より。

 

「三日月、手の傷はどうだ。若葉は大分治ってくれたが」

「私も大分治ってくれました。でもまだ痛いですね……握ると痛みを感じるというか」

 

私と似たようなものだ。これは今日中は何かと協力しながら行動した方が良さそうである。

 

「いたた……傷自体はもうありませんけど、握り締めていた感覚がまだ残っているみたいに思えます」

「だな……だが、悪くない。若葉達が頑張った証だ」

 

この痛みのおかげで、潜水艦達は全員ほぼ無傷での帰投が出来たのだと思うと誇らしい。

三日月の言う通り、まだあの時の感覚が手に残っているようだった。必死に網を曳き、痛覚が無くなるほどにまで握り締めたあの時の感触。これならば、痛みも悪くない。

 

「三日月、風呂に行こう。昨晩はそのまま寝てしまったから」

「はい、そうしましょう。若葉さん、髪もボサボサですよ」

「だがその前に」

 

痛そうにしている三日月の手を握る。痛いのだったら撫でれば多少は痛みが引くだろう。三日月だけでなく、私も少し痛みが残っているのだから、お互いのために。

 

「これで少しは痛みは引くか?」

「はい……若葉さんの温もりが気持ちいいです。さっきまでの痛みが嘘みたい」

 

指までしっかり絡めて、お互いの熱をお互いに与え合う。こうしている間は痛みが薄れているようだった。肌が触れ合うと心地良いのはいつものことだが、いつもとはまた違った感覚。こういうのも悪くない。

 

「ずっとこうしていたいですが……先に進まなくちゃですね」

「ああ。痛かったらまたやってやるさ。若葉にもやってくれ」

「はい、また後から。いつでもやりますね」

 

名残惜しいが手を離した。より繋がりは強くなったように思えた。

 

『若葉、三日月、起きてるー?』

 

扉の向こうから雷の声。私達と同じくらいのタイミングで目が覚めたらしい。ある意味都合が良かったか。

 

「どうした」

「お風呂行きましょ。2人とも、昨日はそのまま寝ちゃったでしょ?」

「ちょうどその話をしていたところだ。纏めて入った方が楽だな」

 

あちらも同じことを考えていたようだ。鼻が利くために自分達の匂いはよくわかる。治療されたとはいえ手からは血の匂いがするし、あの時必死だった時の汗の匂いはより強くなってしまっている。早急に風呂に入りたい匂いにはなっていた。

私がこれだけ感じるのだから、雷や曙も同じだろう。最低限の身嗜みとしても、ちゃんと清潔にしておきたい。不衛生は艦娘とはいえよろしくない。飛鳥医師も注意してくるようなことだ。

 

「ついでにシーツ持っていくわね。今日洗っておかなくちゃ。あ、でも2人はベッド1つだったわよね。片方だけとりあえず頂戴」

「ああ、すまないな」

「いいのいいの。お洗濯も私のお仕事だし、今はお手伝いもしてもらえるしね。もっと私に頼っていいのよ!」

 

昨日あれだけの戦いをしたというのに、元気なものだ。さすがは雷、と言ったところか。頼られるとそれだけで体力が回復しているようにも思えた。私達はこんなにキビキビ動けそうに無い。

 

今日はずっとグダグダだろう。戦闘の後なのだから、これくらい緩い方がいい。緊張感の抜けた今くらいの調子で、心身ともにさらに休ませていきたいと思う。

 




いくら子供とはいえ、15人近くが1つの網に絡まっていたら重いとかそういう問題じゃ無いと思います。ついでにシロクロの艤装が大きなものなので、クロにかかった負担は相当なもの。中身出ちゃう。

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