やらされた悪行により、悪夢を見るようになってしまった伊504だが、蝦尾女史や潜水艦の仲間に慰められ、再び自分を取り戻すことが出来た。明日からは夜間警備にも参加するとのことで、医務室から出てもう他の潜水艦達と相談を始めている。私、若葉も、三日月と一緒にさりげなくその話を聞かせてもらっていた。
その際、未だに検査着というのも良くないというので、先程の来栖提督が調達してくれた新品の水着に着替えていた。洗脳されていた時代に使っていたものとは違う、伊504として本来着るべきである白いスクール水着。だが、普段使いにこれはどうかと訴え、呂500と同様に制服を着ることに。
呂500は雷の制服と同じものであるため、伊504も同じ制服を着ることとなった。カーディガンの色を変えた程度。どちらも海外から日本に国籍を変えた者同士という共通点もあり、同じ姿になると姉妹に見えなくも無い。
「ごーちゃん、似合ってますって」
「おー、やっぱり潜水艦だけど服は欲しいよね。はにゃはにゃ♪」
伊504も大喜びであった。先程までの落ち込み方は彼方に消え去っていた。今回は建前では無く、匂いからも負の感情はあまり感じなかった。
開き直ったといえば嘘になるが、ストレスになる程のダメージは無くなっている。仲間達に励まされたのが非常に効果的だった様子。昼食の時もそうだったが、一番仲が良いのは呂500。次がイムヤか。後は蝦尾女史に随分と懐いている様子。
「今日からエビちゃんのとこで寝かせてもらうんだー」
「そうなんだ。ちょっと羨ましいかもって」
「多分また
医務室で独りで眠ると、またあの夢を見たときに辛いだろう。そのため、蝦尾女史が添い寝をすることになるらしい。蝦尾女史の部屋は今は1人部屋であり、実験道具がいろいろと置かれている状態ではあるが、眠るときくらいなら害は無いはずと、蝦尾女史側からどうかと話してくれたそうだ。
伊504が夜間警備に参加している時は、その時の誰かが添い寝を替わることになるのだが、その時はその時で決める。雷だったり、夕雲だったりするのだとか。
「イムヤは制服着ないの?」
「は? あー……私はまぁこれでいいから」
「そんなこと言わずにいいじゃーん。あ、なんならほら、ワカバの制服とか借りるとかさぁ。あたし達とは違うやつだし」
私の名前が出るとイムヤの態度も途端に変わる。イムヤと私は体型も似たようなもの。おそらく普通に着ることが出来るだろう。
ちらりとこちらを見てきた。私としては別に構わないが、イムヤはどうしたいのか。
「若葉がいいなら、うん、制服着てもいいかな。これの方が動きやすいんだけど、見栄えが悪いかなとは前から思ってたりはしてたの」
「別に若葉は構わない」
「じゃあ借りる。ごめんね」
さりげなく三日月に謝っていた。私の物を持っていくのは三日月が許さないかもと思っていたが、それくらいならと普通に許可を出したようである。
そのうち三日月も私の制服を着たり、逆に私が三日月の制服を着ることになるかもしれない。それはそれで楽しそうではある。
実際着せてみたら、思った以上にノリノリだった。私と違って着崩すことはしていなかったが、それでも私と同じ制服が着れたことを、素直に喜んでいるように思える。
「こういうの初めてだから新鮮だわ」
「それは良かった」
制服の下にウェットスーツを着たままではあったが、そこには突っ込まないことにした。イムヤにはイムヤのポリシーがあるのだと思う。
五三駆で行なった夜間警備は何事もなく終了し、私達は就寝する。ただ夜の海をグルグル回るだけだが、一時的にでも潜水艦の脅威が取り除かれたとなれば、思った以上に気が楽である。
今回は少し予感があった。伊504の救出という大きな仕事も終わり、ついに大淀の背中に手が届きそうというところに来たことで、夢に呼ばれるのでは無いかと。
『予想してた?』
「ああ、少しな。ちょうど今境目だろう」
『だね。それに、そろそろ終わりが近いからね』
案の定、夢の中でシグと話すことになる。隣にはチ級もいてくれた。一度話が出来たら、ずっとここにいてくれているみたいだ。シグと共に私の手助けをしつつ、行く末を見守るということらしい。
「チ級も元気そうで何よりだ」
コクリと首を縦に。見えている口元も微笑んでおり、大分感情を見せるようになってくれている。この身体の持ち主として、信用してもらえていると思えば嬉しいものだ。
『ごーちゃんも救えたから、後は大淀と側近の伊勢日向だけだね』
「ああ。だが、大淀が完成してしまったらしい」
『みたいだね……それは残念だよ』
シグも大淀には因縁があるのだから、この報告は悲しいものだっただろう。チ級は部外者のようだが、私達2人が落ち込んでいるように見えたか、少しアワアワしながらも、少し悩んで私とシグの頭を撫でてきた。
表情は口元からしかわからないが、仮面から唯一出ている輝く瞳も、何処か優しげな光に見えた。私達のことを心配してくれているのがよくわかる。
「チ級、ありがとう。若葉は大丈夫だ」
『
笑顔を見せるとホッと安心したようだ。
『さて、じゃあいつもの。ごーちゃんは大丈夫、保証する。なんて、飛鳥先生と蝦尾さんのコンビ治療の前には
「いやいや、シグに保証してもらえれば、若葉が安心出来る。これからも頼む」
『ふふ、そう言ってもらえると、
ニンマリと笑うシグを見ると安心する。やはりシグから問題ないことを聞けると、事が済んだと実感出来るほどだ。若干依存してしまっているかもしれない。
『赤城さんと翔鶴さんの確執も無くなったみたいだし、目下の悩みは全部解決したんだね。後は大淀だけだ』
「それが一番の問題なんだがな」
『だね。結局
大淀自身との戦いはまだ2回。それを見ただけでも、奴が一体何なのかは不明のまま。
匂いとしては艦娘と深海棲艦が混ざり合ったもの。私や三日月のような侵食を受けたものとは違うし、姫や完成品のような混ぜ込み方とも違う。
『でも、得体の知れないのは確かだよね』
「本当に一筋縄では行かないな奴は」
『うん。でも、それも終わりだよ。どんな相手であれ、
勿論だとも。次に会ったときは、決着をつけるときだ。三度目の正直とも言う。
『勿論力を貸すよ。
少しだけ険しい顔になるシグ。大淀の話になると、どうしてもその恨みが表に出てきてしまう。そういうところはしっかり深海棲艦だ。いつもは底抜けに明るいと言うか、私との会話で平静を取り持っていると言うか。
匂いを感じられないのでシグの本心を掴むことは出来ないが、裏表のない性格であることは今までの付き合いで何となくわかっていることだ。私には決して嘘をついていない。
「シグは大淀に殺されたんだったな」
『そうだよ。最初に言ったと思うけど』
「ああ。そのだな、どう殺されたとかは覚えているのか?」
言葉に詰まるようだったが、私には全て話そうと思っていたようで、意を決したように話してくれる。
『覚えているというか、
「……いや、構わない。で、どうして大淀に」
『深海棲艦としては普通だよ。大淀のいた鎮守府を襲撃したんだ。それで、返り討ちにされたんだよね』
少し意外だった。完全に友好的な深海棲艦だと思っていたが、人間を襲うようなことをしただなんて。その時は頭の中も真っ黒だったが、死んだことで今のようになったということなのだろうか。
だが、憶測ではあるがシグはいろんな艦娘の想いの結晶だと言っていた。艦娘の想いの結果が鎮守府の襲撃というのなら、取り返しのつかないくらいの怒りと憎しみな気がする。手近にある鎮守府を襲ったのだとしたら尚更だ。
「何故……襲撃を?」
『……言わなくちゃダメ?』
「いや、言いたくないならいい。シグにだって若葉に曝け出せないことがあるだろう。無理強いはしない」
少し悩んだ後、小さく息をついた。私には隠し事もしたくないと、気持ちのいい笑顔を見せてくれる。
『実は……ね。
「……どういう、ことだ?」
『
絶句。正直な話、それは自分の中では予想出来なかった。言い方は悪いが、野良で生まれた姫が狩られたとばかり思っていたが、大淀とはそこまで大きな因縁があっただなんて思いもしなかった。
家村提督が大淀に殺されたということは下呂大将から聞いているが、どのタイミングでどう死んだのかは知らない。少なくとも私が建造された数ヶ月前には死んでいたし、そのときにはシグ自身も死んでいた。ラグは大分あるが、飛鳥医師なら拾ったシグの亡骸をそれくらい長期保存出来るようにはしているだろう。
『まだちゃんと思い出したわけじゃないし、これ以上思い出せないようにも思えるんだけどね。とにかく
家村提督が大淀に殺された時、最初から部下だった艦娘も口封じに殺されていたらしい。理不尽に殺された怒りと憎しみから深海棲艦化し、憎しみに呑まれて大淀を殺そうと襲撃したが返り討ちに遭い、その亡骸がこの施設の近海に流れ着いたということのようだ。
生まれ方としては赤城と似たようなものか。纏めて殺されたことでその艦娘のあらゆる感情が混ざり合って生まれたのがシグだ。怒りや憎しみだけではない。家村提督を守れなかった悲しみなども混ざり合っている。負の感情が多めであるのは確かであるが、正しい感情も数多く含んでいる。だからこんな明るく、協力的な性格なのだろう。そういうところは赤城とは違った。
私は言葉も無かった。シグは淡々と話してくれるが、正直気が気でなかった。私なんかよりも壮絶すぎる境遇に、何も言えなかった。
『完全に混ざり合ってるから、赤城さんみたいに
「そう……か……」
『引いちゃったかな。うん、ごめんね』
苦笑された。そんな境遇でも、笑顔が見せられるシグは正直凄いと思う。
チ級は訳がわからないという表情ではあるが、私の態度からいろいろ察したようで、シグを抱き上げて頭を撫でた。くすぐったそうに身をよじるシグだったが、抵抗は無い。
「シグ、お前の仇は必ず若葉が討つ」
シグのことは他人事ではない。自分のことのように憎しみが増したように思えた。奴にこれ以上、好き勝手させるのは気に入らない。
『これだけ思い出しても自分の手で決着がつけられないのは悲しい。だから、若葉に任せるしかない。ごめんね、でも、ありがとう若葉』
改めて握手。シグが思い出したことを曝け出してくれたことは嬉しかった。隠し事も無く、私のことをそれだけ信用してくれているとわかった。
なら、その思いには応えなくてはいけない。必ず大淀に引導を渡してやる。施設の者だけではない。シグの、家村提督の部下だった艦娘達の分も上乗せして、完膚なきまでに敗北させなくてはいけない。
『でも無理はしないでよね。
「当たり前だ。誰も死なせない。若葉だって死なない」
『だね。
「ああ、任せてくれ」
今まで好き勝手し続けてきた大淀に報いを受けてもらうため、私はより強く決意した。
シグとの思いは1つだ。必ず戦いは終わらせる。
シグの中には白露型全員が入っていると思っていただければ幸いです。