目が覚めたのはお昼時。夜間警備をした時はいつもこの辺りがのんびりになる。切羽詰まった状況ではあるのだが、こういうところで焦りが出ないのはいいことだとは思う。
夢の中でシグに話されたことは、今でも心に残っている。家村提督の部下であり、最後まで守ろうとした艦娘の成れの果て。深海棲艦と成り果てても、提督の無念を晴らすために襲撃し、返り討ちに遭った駆逐棲姫。2度の死を乗り越え、今では私、若葉に力を貸してくれるシグ。その仇だけは絶対に討ちたいと、夢の中でも決意した。
「若葉さん……おはようございます」
少し心配そうな三日月の声。あの話を聞いて妙な顔をしていたようだ。
「何かあったんですか? その……泣いているように見えますが」
「泣いて……? 本当だ……」
言われて気付いた。私は眠りながら泣いていたらしい。シグの壮絶な境遇を聞き、夢の中では言葉も無かったが、全て表側に出ていたようだ。
「シグと話をした。……あいつは家村提督の部下だったらしい」
「え……!?」
三日月はぽいからそういった話は聞いていないとのこと。ぽいの方がまだそれを思い出していないか、シグとリンクして思い出しているが敢えて話していないかは定かではない。
私は少し疑問に思ったから聞いてみたものの、三日月はそういうタイプではないか。それに、話を聞く限りぽいはそう言った説明を自分からするようなタイプでもない。説明するくらいなら遊ぶタイプだろう。
「そう……なんですか。ぽいちゃんはそんな雰囲気を出さないので……」
「……絶対に仇を討とう。大淀はやはり許せない」
「はい、勿論」
私と三日月は一層の決意を深めることになる。
だが、安寧は長く続かない。
昼食前に哨戒機を飛ばしていた加賀が突如施設内に警報を鳴らした。哨戒機が何かを発見したらしい。以前にここまで逃げてきた暁をリコが発見したことがあったが、似たようなものか。
しかし、警報を鳴らしたというのは物騒なこと。緊急性が高いということなのだろうが、何があったのだろう。
「どうした!」
加賀がいる工廠へと駆け付けるが、その時点でわかった。水平線付近に何者かがいる。警報が鳴り響いてすぐにここまで駆け付けてあの場所なのだから、加賀もほぼ目視で見つけたのかもしれない。
「あれは……いや、まだ昼だぞ」
「時間なんて関係ないわ。むしろあちらから来るなんて思わないでしょう」
水平線の向こうを睨みつける加賀。哨戒機によりそれが何かはわからないが、こんなタイミングで数人でやってくるなんて、大体誰かがわかるというもの。
おそらく完成品。夜ではなく昼に襲撃してくるなんて今までに無かった。いや、こちらに向かう来栖提督や下呂大将を大淀自身が襲撃したときは明るい時だった。
「嘘だろ……なんでこんな時に」
警報により工廠に戦力が集まった辺りで、あちらの戦力の顔が視認できるくらいにまで近付いてきた。ここまで来れば嫌でもわかる。
大淀だ。
どう見ても大淀だ。周りにいるのは2人だけ。帯刀している空母だか戦艦だかわからないような2人が、話に聞いている伊勢と日向か。
だが、以前に見た大淀とは雰囲気が違っていた。今までの2回は、以前から何度か見ている明石と似た制服姿であったが、今は違う。深海棲艦へと変化した後の赤城や翔鶴のような黒尽くめの衣装。艦娘らしさを残さず、自分は深海棲艦であると誇らしげに見せるような姿である。
加賀が哨戒機に紛れさせ、爆撃機を飛ばしていたが、大淀は涼しい顔。伊勢と日向が飛ばす艦載機によりそれは全て迎撃されており、攻撃は一切届かず加賀の歯軋りが聞こえた。
そうこうしている内に、工廠前まで辿り着いてしまった。その頃には私も艤装を装備し、臨戦態勢に。他の者も順次装備していく。危険なので飛鳥医師と蝦尾女史にはここに来てもらわないようにしており、初霜も姉が匿ってくれている。それ以外は工廠に集まっており、それこそ施設総出で大淀を出迎える形になってしまった。
「あら皆さんお揃いで。随分と増えたようで何よりです。人様の部隊を倒しては味方につけるなんて、まるで将棋のようですね」
やたらニコニコしている大淀は気味が悪かった。見るたびに笑顔ではあったが、今回は輪をかけて嬉しそう。こちらとしては気分が悪い。
「あら、あらあらあら、若葉さん、さらに進んでいますね。初霜さんをぶつけたのは正解だったようです」
舐め回すような視線に激しい嫌悪感を感じた。飛鳥医師の施術があるとはいえ、自らの力でここまで来たことが一番興味深いらしい。その視線は、敵対ではなく興味1つ。あわよくば
「何をしに来た」
「ふふふ、私の姿を見せに来たんです。貴女達がさんざん抗ってくれたおかげで、我々の技術はここまで辿り着けました。念願の身体、全てを滅ぼす力をようやく手に入れたんです。だから、いの一番に見せたくて」
何処までも小馬鹿にしたような態度。今の姿になれたことが嬉しくて、どうしても私達に自慢したかったと。ふざけた奴としか思えず、施設の者からは怒りの匂いが漂う。
「今までありがとうございました。若葉さんと三日月さんを見て今の手段を思い付きました。赤城さんという例外もありましたが、翔鶴さんという成功例も出来ました。全て貴女達のおかげです。感謝の意を込めて、私自ら最後通告です」
「答えはわかっているでしょう」
容赦なく赤城が艦載機を発艦。それに追随するように翔鶴も攻撃を開始した。しかし、当たり前のように伊勢と日向の艦載機がそれを迎撃。工廠内からの発艦であるために、赤城も翔鶴も発艦した数は多少は抑えざるを得なかったが、航空戦艦とは思えないほどの精度と搭載数である。
「わかってましたとも。一応確認です。それに、せっかく
何をしようとしているかはわからないが、何かをする前に攻撃しなくては。そのために艤装を装備しているようなものだ。
その発言を聞いた直後にリミッターを外して地面を蹴る。伊勢と日向がどれほどの使い手なのかはわからないが、簡単に追い付かれては困る。私と同時に朝霜も飛び出していた。同じスピードが出るのだから助かる。
しかし、私達の攻撃が、大淀に届くことは無かった。
「艦隊司令部より伝令」
大淀の言葉が頭に突き刺さるように響き渡り、途端に動けなくなった。私だけじゃない。一緒に突っ込んだ朝霜も動けなくなっている。さらには赤城や翔鶴も艦載機の発艦が止まっている。大淀の一声を聞いただけで、頭がガンガンする。
「鳥海! どうした!?」
「リコさん!?」
摩耶と暁の叫び声。ということは、まだ工廠から出ていない鳥海や、そもそも動くつもりもないリコにも今の声は届いているということか。ならば、さっきまで私の側にいた三日月も同じ状態。
声すら出すことが出来ず、大淀を睨み付けるしか出来ない。その私の顔を見て大淀は心底嬉しそうに満面の笑みを見せつけてくる。
「繰り返す。艦隊司令部より伝令」
再び頭に叩き付けられる大淀の言葉。意識を失いそうになるほどの衝撃に、危うく屈しかける。
私がこれなら、三日月はどうなっているのだ。身体が動かないため、三日月の様子が見れない。遠くて匂いもわからない。
「各艦に伝令。
ふざけるなと叫びたかったが、声が出せず動くことも出来なかったため、どうにかその命令に屈しないように耐える。頭はまだガンガンと殴り続けられているような衝撃。
だが、私の見えないところで最悪な事態が起きていた。少なくとも一緒に突撃していた朝霜は、踵を返して工廠に戻って行ってしまう。朝霜はあの二度の衝撃で屈してしまったのだろう。つまり、
「朝霜さん、やめなさい!」
夕雲の絶叫。朝霜が大淀の命令に従い、施設の者に襲いかかってしまった。当然だが、雷以外は全員実弾兵器だ。撃てば相手を傷付ける。朝霜が突然向かってきたことで、対応が出来なくなっている。
他でもそうだ。鳥海が同じように暴れ、仲間達を襲っていた。それだけでも酷いのに、赤城と翔鶴が艦載機を発艦し、工廠を破壊せんと行動を始めてしまった。
「若葉さん、頑張りますね。流石と言っておきましょう。ほら、貴女のお仲間が私に屈し、奴隷のように働く姿を見てあげてください」
動けない私の向きをわざわざ変えてまで、今の惨状を見せつけたいらしい。何処までこちらを馬鹿にすれば気が済むのだ。
「くっそ、なんでまたコイツの相手をしないといけないのよ!」
朝霜は曙が処理している。ずっと鍛錬を怠っていなかった曙は、もう朝霜のスピードにも追い付ける。完成品として襲撃してきたときと同じように容赦の無い攻撃だが、的確に捌いていた。
せめて棍棒を撃ち落とすことが出来ればと、命中精度に特化した夕雲と風雲が艤装だけを狙って砲撃をしている。しかし、どうしても赤城と翔鶴の工廠内空爆が邪魔をして上手く狙えない。
「鳥海! どうしちまったんだ!」
その空爆は摩耶が墜としたいところなのだが、鳥海の攻撃が邪魔でこちらもやりたいことがやれないでいる。故に、今は巻雲が必死に撃ち落としていた。工廠内が傷付くのはもう諦めている。
「赤城さん! 正気に戻りなさい!」
「翔鶴姉! 何してんの!」
その2人の艤装を破壊すべく、加賀と瑞鶴が奮闘していた。以前翔鶴が使っていた刃の弓は加賀が引き継ぎ、近接戦闘により2人の空爆を邪魔する。決して傷付けることは出来ないため攻撃自体は全て峰打ちだが、多少は影響はある。
「リコさん、セスさん! ボーッとしていないで!」
本来なら空襲に参加しているはずのセスは、何もせずに突っ立っているだけ。ありがたいことに、エコは大淀の支配下に置かれていないらしく、攻撃を全てエコに一任しているセスは、こういう時には全く動けない。
これがいいことが悪いことかはさておき、如月の声に一切反応しないため、他の攻撃に巻き込まれかねない。リコも同様。おそらくリコは私と同じように屈せず耐えているのだと思うが、それでも動けないのは変わらない。
「ヤバっ、ろーちゃん、ごーちゃん、シロクロ止めるよ!」
「わかりましたって!」
「あい! 初仕事がこれって何さー!」
海面に浮き上がっていたシロクロの艤装の主砲が、施設に狙いを定めていた。施設内ではどう考えてもトップである大口径の戦艦主砲を喰らってしまったら流石にまずい。現状で動くことが出来ないセスとリコは確実に巻き込まれるし、そうでなくても施設そのものが倒壊する可能性だってある。
それに即座に反応したイムヤが、呂500と伊504を引き連れてそれを止めにかかる。無理矢理にでも海中に引きずり込めば、主砲の威力は激減するはずだ。
「未だに屈していないのは若葉さん、三日月さん、リコリス棲姫でしょうかね。何というか、流石ですね貴方達は」
このてんやわんやな大惨事を作り出しておいて、動けない私の肩を抱き、ニヤニヤと笑っている大淀。隣に控える伊勢と日向は、無言で護衛をし続けているだけ。私がこの状況を打破出来たとしても、この2人が即座に対応してくるだろう。
三日月も屈していないという情報が手に入ったのは良かった。動くことは出来ないが、施設に害を成すようなことをしていないだけマシ。だが、同じように現状を打破出来ないことが厳しい。
「何でこんなことが出来るんだって顔してますね。気分がいいので若葉さんには教えておきましょう」
これだけ近付かれたのに抵抗出来ないのが悔しくて仕方がない。大淀の上機嫌な匂いも嫌というほど嗅がされている。
「私は今の身体へと生まれ変わった事で、1つ手に入れたものがあります。軽巡洋艦娘である大淀のみが持つ、他の艦娘に無いもの。わかりますか?」
こちらが答えられないことを良いことに、勝手に並べ立てる。私が知るはずないだろう。ただでさえコイツのせいで艦娘同士の関係性がこの施設の中に殆ど限られているというのに。
「それは、
洋上での艦隊指揮を可能にするための装備、艦隊司令部。大淀が艦隊旗艦として特化設計されたことにより手に入れたシステムだ。本来ならば、大淀自身が出撃したとしても提督並の指揮が執れるという優れ物なのだが、
私の憶測では、深海棲艦への支配。司令という名の強制命令。私や三日月、今暴走している朝霜や鳥海は、深海の侵食が脳に回っているせいで影響下に入ってしまっている。
屈せずに耐えられるのは単純に質か。私や三日月は、
「私は少し名乗り方を変えましょうか。せっかくこの身体になれたのですし、こうなると大淀というのも少し違うと思いますから」
ニッコリ笑って耳元で囁いてくる。
「私は『