いつもと違う真っ昼間。こちらからの襲撃より先に大淀が施設にやってきてしまった。深海棲艦化し、自らを『司令部棲姫』と名乗った大淀は、完成した際に手に入れたという力、悪しき艦隊司令部の力を披露。その結果、深海棲艦と、深海の浸食を脳に受けている者が支配されてしまい、施設内で強制的に内乱を引き起こされてしまう。
私、若葉と三日月、そしてリコは大淀の支配に抵抗し、その場から動けないでいた。その内乱の様子をただただ見せつけられる。
「どうですか若葉さん。出来ることなら貴女自身の意思でこちらに来てくれると助かります。ここの人達もいい実験台になると思うんですよ。それに、上質な姫にもなりそうですし。みんな私と同じように深海棲艦へと変えてあげます。そうなれば最後の時までは幸せに暮らせますよ。まぁ、このままだと大部分は死んでしまいそうですけどね」
ふざけたことを囁いてくる。余程私のことを気に入っているのか、常に私の肩を抱いてくる。まともに動ければ振り払って首を落としてやるのに。
それにこんな状態ではその意思があっても口で答えることは出来ないだろう。その意思があるのなら、命令に屈しろということか。絶対に思い通りにはさせない。
「でも、貴女は簡単には屈しないでしょうね。わかっています。ですから、今の貴女に一番効果的な手段を使うことにしました」
ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべる。わざわざ見えるように。
「司令部より駆逐艦三日月へ伝令」
耳を疑う命令。全域への命令ではなく、三日月1人に集中。おそらく頭への衝撃はより強くなっているはずだ。
「繰り返す。駆逐艦三日月へ伝令」
もう一度。今度はわざわざ私に三日月が屈するところを見せるため、私の向きを再び変えてきた。
今までの2回の全体命令と集中された2回の命令を受け、三日月は涙を流して抵抗していた。歯を食いしばり、決して屈しないと耐えている。酷い頭痛と意図しない身体の硬直、少しでも屈してしまえば即座に施設の敵として行動させられる最悪な状況に、必死に抗っている。
それを応援することすら出来ない自分があまりにも不甲斐なく、悔しさに涙が出そうだった。私も絶対に屈しない。三日月のためにも、抗い続けてやる。
「司令部より伝令。
そこにさらなる命令。立て続けに与えられる頭への衝撃で、三日月が痙攣するのが見えた。抵抗に抵抗を重ね、精神を摩耗し、限界を超えて耐え続けた結果、食いしばる歯から力が抜けたのが見えてしまった。
途端に三日月の瞳は虚ろに曇り、力が抜けるように膝をつく。ビクンビクンと痙攣しながら、大淀の命令に身を委ねているようにも見えてしまった。
「三日月!」
その様子を見た雷が三日月に駆け寄ろうとする。工廠内を飛び交う艦載機の空爆を掻い潜りながら前に進む。
だが、その足は
三日月の全力の精度で放たれた主砲による砲撃が雷の足元を撃ち抜く。虚ろな瞳の三日月の首がグリンと回り、雷に照準を合わせた。表情はなく、他の者と同様にただ大淀の命令を聞くだけの
「み、三日月まで……」
雷の動揺が手に取るようにわかる。いくら水鉄砲を使い、敵を殺さずに倒せる唯一の戦力だとしても、仲間に向けて主砲を向けるのは抵抗がある。特に仲間思いである雷なら尚更だ。それに、水鉄砲で止まってくれるとは限らない。
それでも三日月は容赦なく雷に対して攻撃をしていた。いつもは私達を手助けしてくれる最高最善の砲撃が、今は最低最悪の反逆として牙を剥いてきた。
あのままでは雷が危ない。実力が劣っているわけでは無いのだが、相性というものがある。狙う前に狙われては意味がない。
「いかずちちゃん、あられがえんごするから」
「如月も参加するわ。妹の不手際だもの!」
そこに援護として霰と如月がついた。そもそも三日月対策で作られた如月と、さらに如月のような存在を見越して訓練していた霰だ。三日月を相手にするには最も相性がいい最善の選択。
相手が三日月であるが故に抵抗はあると思うが、心を鬼にして攻撃を繰り出してくれた。少し怪我をするくらいなら許容範囲と言わんばかりである。それは仕方のないことだろう。
「ふふ、三日月さんは私に屈してくれましたよ」
再び私の耳元で呟いてくる大淀。この阿鼻叫喚を心底楽しみながら私にまざまざと見せつけ、私の心を揺さぶってくる。
私の心が弱ければ、今の時点で心が折れていたかもしれない。三日月は大淀の支配に屈してしまい、今や私にすら刃を向けてくるような存在だ。諦めの気持ちが湧き上がってきてもおかしくない。
だが、私はついさっき、シグの思いを直に聞いている。私利私欲で二度も犠牲になったシグが持つ大淀への復讐心は、この施設で暮らす誰よりも強い。それに応えるためにも、私は屈するわけにはいかないのだ。
「司令部より駆逐艦若葉へ伝令」
今までとは比べ物にならない衝撃。だが負けない。三日月が屈した今、私は絶対に屈するわけにはいかない。
「繰り返す。駆逐艦若葉へ伝令」
何度も頭をハンマーで殴られているような強制力の衝撃。歯を食いしばり、大淀の命令に反抗する。
本来なら司令部からの指示に従わない艦娘などいないのだろう。強制ではなくあくまでも伝令。こちらの意思も反映される。ある意味私は、この時点で司令部の指示を無視する反逆者みたいなもの。
「強情ですね。ですが、私の支配からは逃れられません。早く屈した方が気が楽ですよ。楽しい楽しい虐殺を始めましょう」
楽しそうに囁いてくる。何が大淀をここまでさせるのか。
「司令部よりリコリス棲姫に伝令」
今度はリコに集中攻撃。あくまでも私は最後にするつもりのようだ。
リコまで敵に回ったらさらに面倒臭くなる。空襲が格段に酷くなり、本人が喧嘩慣れしすぎているせいで近付くこともままならない。陸に上がっている今、この中で最も面倒臭いのは間違いなくリコだ。
「繰り返す。リコリス棲姫に伝令」
三日月や私の時と同様、二重に命令をかける。
「私が……お前に屈すると思っているのか」
だが、リコは反応が違った。私達は口も利けないのに、大淀の命令に屈することなく、それに対して反応できる。動けないようだが、首は大淀を見据え、今まで見た事も無いような形相で睨み付けていた。
「あら、あらあら、想定外というのはいるものですね」
「私は陸上施設型……他の奴らと違って
「その割には動けないようですが。まぁいいでしょう。動けないなら戦力外。事が済んだら首でも落として
艦では無いという他には無い特性から、大淀の支配からは逃れられているようだが、深海棲艦という種族であるがために半分程度は効いてしまうと。予断は許さない状況ではあるものの、私よりは耐久力がありそうである。
「では改めて若葉さんに尽力しましょうか」
だからこそ、問題はもう私のみになってしまったわけだ。屈してなるものか。大淀のいいように扱われるだなんて死んでもゴメンである。
仲間達が敵として暴れ回ろうが、私は折れない。三日月だって必ず救う。だが、身体が動いてくれない。こればっかりは、力を借りる借りないの問題では無い。むしろ借りれば借りるほど、侵食が強まるほどに、支配の力もまた強まると考えた方がいい。
「私の声では折れないでしょうから、趣向を変えましょう。司令部より駆逐艦三日月へ伝令。
命令を受けた三日月がビクンと震えると、途端に攻撃をやめて大淀に付き従うように移動。私の目の前に来たというのに視線は一切こちらに向けず、事もあろうか大淀に跪いてしまった。
度重なる衝撃で屈してしまった三日月は、完全な操り人形。こうしている記憶があるかは定かではないが、もし覚えているのなら私が必ず立ち直らせなければ。
「三日月……!」
「すまないが、邪魔しないでもらおう」
「そうそう、うちの大将のやりたいことをやらせてあげてくれないかな」
三日月の行動を止めようとした雷だが、今度は伊勢と日向がそれを邪魔する。
抜刀し、
「動かなければ何もしないから、ちょっと待っててね」
「我々も無駄な殺傷はしたくない。君達には利用価値があるからな」
動きたくても動けないのだろう。あの威圧は並大抵のものではない。動けば死ぬと確信できてしまうほどのものだ。如月は冷や汗をかき、霰は脚が震えていた。雷はこんな中でも打開策を探してくれているが、すぐに見つかるようなものではない。
「駆逐艦三日月に伝令。駆逐艦若葉は反逆者である。屈するまで痛めつけよ」
笑顔で言い放った。私の心を折るためだけに、わざわざ三日月を使ってまでやってきた。三日月にやらせれば私は折れると確信しての行動だ。
命令された三日月は無言で立ち上がり、私を睨み付ける。意思まで支配されてしまったのか、私に対して感じたことのないような悪意の匂いを放っていた。反逆者という情報を信じ込み、私は敵であるとしか感じなくなっているようだった。今までの依存にも似た愛情は何処かに消えてしまっている。
「発言を許可する」
ピクリと震えた。三日月の今の意思まで言葉にさせることで、私の心を確実に折りに来たか。だが、そんなことで屈してたまるか。
「反逆者は、生きている価値はありませんね」
冷たい声で吐き捨てるように呟かれた後、主砲で顔面を殴られた。艤装を装備しているおかげで骨が折れるようなことはないが、当然ながら激しい痛みにはなる。
「痛め付けられるだけで済むだけ、ありがたいと思ってください」
返しにもう一度殴られる。その衝撃で動けない私は海面に倒れ伏すことに。殴られた場所が悪かったか、鼻血が滴り落ちる。だが屈しない。まだだ。こんなことで私は折れない。
身体は動かせないが、目だけは反抗の意思を見せる。三日月に苛立ちの匂いを感じる。
「殺せないのが残念ですよ」
腹を思い切り蹴られる。本来なら吐くほどのダメージだが、三日月にやられた攻撃ならば耐えられる。三日月の意思でやっているように見えても、これは大淀による強制だ。意思まで支配され、洗脳され、愛は憎悪に切り替えられているだけ。ダメージが大きければ大きいほど、三日月の愛が深いものであるとも思える。
だから耐えられる。死なないようにしているのなら尚更だ。私はいつまでも耐えられる。逆に冷静になれるほどだ。
「早く屈してもらえますか。私にはこの施設を破壊する任務があるんです。貴女が屈しなければそちらに移れません」
踏みつけるように鳩尾を蹴られ、ついには嘔吐。食いしばる歯から力が抜けかける。だが、吐くだけで終わった。大淀の支配に屈するのはまだまだ遠い。
「はぁ、全く。こんな女を好いていたかと思うと反吐が出ますよ」
胸倉を掴まれ、海に沈められる。痛みから苦しみにシフトしたようだが、私には今の言葉の方が辛かった。意思を捻じ曲げられているとしても、三日月の口からは聞きたくない言葉だった。
例え脳への侵食の結果とはいえ、私と三日月は同じものを持つお互いに大切な存在だ。他の者は相思相愛と祝福してくれたし、私達もそれでもいいと思っていた。
それを、こんなくだらないことで、打ち砕かれた。
「まだ屈しませんか。いい加減にしてもらえますか」
海から引き揚げられた後、再び主砲で殴られる。左眼を強打され、一時的に片方の視力を失う。それでも屈しない。いくら三日月の言葉でも屈しない。馬乗りになられて何度も何度も殴られても、私の心は折れない。折れるはずがない。
私はもう数えきれないくらいの思いを背負っているのだ。ここで自爆させられた者。リミッターを外され自沈した者。完成までの失敗作。私がここに流れ着く前に殺された者。そしてシグを通して家村提督の部下達まで、全員。
怒りも憎しみも何もかもを背負い、私はここにいる。そんな状態で大淀に屈するわけがないだろう。その思いに応えるために、私は立っているのだから。
「駆逐艦三日月、攻撃を止めよ」
大淀の命令で三日月の攻撃が止み、気分悪そうに私を海面に放り投げた。いくら攻撃しても折れないため、ようやく諦めたか。
三日月が忌々しげに私を睨みつけて離れ、大淀の側へ。あの場所は本来、私の場所なのに。それがまた気に入らない。
「若葉さん、本当に強情ですね。その強情さが仇になることを教えてあげましょうか。これは貴女のせいですから、後悔してくださいね」
再び気に入らないほどの満面の笑み。私の行ないは間違っていない。それが仇になるとは一体何を。
「司令部より伝令。駆逐艦三日月、