大淀に支配された三日月が自害を命じられたが、三日月の中にいる駆逐棲姫、ぽいのお陰でそれは食い止められた。対処の方法はわからないが、旗風が気絶させることでひとまずはどうにかなっている。
そして私、若葉は、三日月をいいようにされた怒りと憎しみに呑み込まれ、さらなる進化を促された。痣が拡がり、シグの使っている艤装まで海水から生成され、私はより深海棲艦の侵食が深くなった。思考にも大きく影響し、洗脳により敵対している伊勢に対しても容赦は無くなっている。殺意以外に無い。
「こんなにも、こんなにも変わり果てるなんて! 私にもまだ伸び代がありそうですね! 調べたい! その身体を余すところなく調べたい!」
私の姿を見て大喜びしている大淀。私の変化により自分の進化まで考え始めている。そんなことさせるわけが無いだろう。大淀はここから逃すわけにはいかない。この場で全員血祭りにあげてやる。伊勢も日向もまとめてだ。
「大将さぁ、テンション上がりすぎでしょ。あれ、割と面倒臭そうだけど?」
「構いません。しっかりと捕らえていきましょう! 艦隊司令部より各艦に伝令。駆逐艦若葉を捕らえよ」
工廠内で暴れ回っている支配された者達がビクンと震え、一斉に私を見る。施設を破壊するという命令から上書きされ、全員が一斉に私だけの敵になった。面倒くさい。
いの一番に突っ込んできたのはやはり朝霜だった。得意の棍棒を振り上げ、全力のスピードで私の眼前に。工廠から跳んでここまで来たのなら流石だ。誰も追いつけない。しかし、私の邪魔をするのなら容赦しない。三日月と同じように気絶させてやる。
「朝霜、殺されたくなければ来るな」
それで止まってくれれば苦労はしないが、残念ながら無表情で襲いかかってきた。ならば敵だ。痛い目を見てもらう必要がある。棍棒を回避し、その勢いを利用しての蹴り。腹に思い切り食い込み、工廠まで吹き飛び壁に激突し、そのまま気絶。夕雲達が駆け寄るのが見えた。
敵ならば全部アレだ。殺してもいいとまで思っている。手加減出来ているだけありがたいと思ってほしい。今のが最後の手加減だろう。
「若葉! こっちはちゃんと止めておく!」
「そうしてくれ。今の
摩耶の声には反応しておく。その摩耶は私に向かおうとしている鳥海を必死に止めていた。単純な格闘能力なら鳥海の方が段違いに高いだろうが、進行を防ぐために砲撃も織り交ぜながら足止めしている。
セスは先んじて気絶させられていたようだ。エコが支配下に置かれていないお陰で、気絶させること自体も簡単だった様子。むしろエコがやったように見えた。エコと暁で工廠の隅に移動させている。
「……シロ、クロ、加減出来ないと言っただろう」
今度は海中から私の脚を掴む者。イムヤ達を撃退してしまったか、無表情のシロクロが私を捕らえるために海中に引き摺り込もうと手を伸ばしていた。生きて捕らえるのなら一番わかりやすいだろう。海上艦である私には最も的確。
だが、それは私が仲間に手が上げられなかった場合だ。もう知ったことでは無いのだから、いくら
「若葉待って! すぐに引っ込めるから!」
「殺さないであげてってー!」
私が思い切り蹴り飛ばしてやろうとしたところで、イムヤが海中から飛び出し、シロの頭を締め上げながら引き剥がしてくれた。また、呂500もそれに追従してクロを引き剥がす。2人ともボロボロではあったが、まだ動けるようで何より。施設への砲撃を食い止めてくれたのは本当にありがたい。
「あい! さっさと沈んじゃおうねー。ばいばーい」
そしてその2人を伊504が引っ張り、海中へと沈んでいく。消え際にこちらにウィンクするのが見えた。仲間になったばかりだというのに、頼もしい限りだ。
「伊勢、邪魔をするなと言っているだろう」
「私の仕事は邪魔をすることでもあるからさ、大人しく捕まってくれない?」
「抜かせ。お前らの思い通りになるわけが無いだろうが」
合間に首を飛ばす勢いで伊勢が刀を振るってくるため、こちらに関しては回避することで精一杯。近付いても殴り飛ばされた。間合いを取ろうとしても、低速戦艦のデカい図体のわりには素早い。
ならばと、せっかく手に入れたのだから魚雷を放つ。魚雷の扱いは正直初めてだが、雷撃に精通しているチ級がサポートしてくれているおかげで的確に伊勢に狙いを定めることが出来た。当たれば下半身は吹っ飛ぶ。
「ちょっとちょっと、殺す気!?」
「お前は
「そういうわけにはいかないんだよね。大将が望んでるから、君はここで捕まってもらうから、さ!」
魚雷を回避し、思い切り海面に主砲を放つ。違法改造された戦艦主砲故に、とんでもない威力。水飛沫も相応に立ち、私の視界は全て埋まってしまう。
だが、伊勢の殺意の匂いはプンプンしていた。水飛沫に紛れて移動し、真正面ではないところから敢えて水飛沫に突っ込んで私を薙ぎ払う算段だ。ならば私が先に行ってやる。
「バレバレなんだよ、お前の行動は」
全力で水飛沫に突っ込み、私の出せる最大の力を以て伊勢に体当たりを決める。匂いによる位置の確認は正解。刀を振りかぶる伊勢の腹に私の肩が食い込み、激しく吹き飛ばす。
「いったぁ!? ちょっと嗅覚強くなりすぎじゃない!?」
「知るか。とっとと死ね」
さらに勢いをつけ突っ込もうとしたが、今度は赤城と翔鶴の妨害が入る。あの巨大な艤装で並んで滑走し、私の進路を妨害してきた。この2人には以前さんざん疲れさせられたため、怒りも割り増しされている。邪魔をするなら殺す。完膚なきまでに殺す。屈辱を味わわせてやる。
だが、その前に2人の艤装に矢が突き刺さり、直に艦載機に変化。艤装の中を突き破るように爆発して破壊していく。
「若葉、相方の不手際は私達がどうにかするわ」
「ちょっと痛い目見せてあげて!」
加賀と瑞鶴のサポートのおかげで邪魔が無くなる。だがそのままでいても艦載機は発艦出来るだろう。それも進むためには邪魔なもの。赤城と翔鶴には黙っていてもらわなくてはいけない。
「
加賀と瑞鶴のおかげで機能停止した2人の艤装に魚雷をぶち当てつつ、翔鶴の艤装の上に飛び乗り首根っこを掴み上げる。艤装の接続を破壊した後、首を絞めつつも赤城に放り投げた。直撃してそのまま海面に激突。
追い討ちしてやろうと思ったが、翔鶴の艤装に乗ったことで視界が開け、大淀の姿を捉えることが出来た。
「見えたぞ、大淀」
「時間稼ぎご苦労様。三日月さんはもう起こしましたよ。駆逐艦三日月に伝令。若葉を屈するまで痛めつけよ。発言を許可する」
せっかく旗風が気絶させてくれたというのに、大淀が余計なことをしたらしい。自害させようとしても動かなくなるのなら、私を痛めつけて捕まえやすくするために使おうとしているわけだ。大淀の性根が腐っていることがよくわかる。
冷たい視線でこちらを見てくる。心の底から私を嫌悪している瞳。意思すらも支配された可哀想な三日月。必ず救ってやる。
ぽいの姿はあの時以来見えなくなってしまった。この行動も止めようとしてくれているのだろうか。出来ることならもう一度お願いしたい。
「いい加減にしてもらえますか。迷惑なんですよ」
「今のお前にはな」
今度は大淀から渡された軽巡主砲を放ってまで私の妨害をしてくる。本来装備出来ないようなものを無理に使わせられて、1発撃つごとに三日月の身体にガタが来ているようにも見えた。
命令は捕らえること。私がどんな状態でも、生きていればひとまずはいいという判断なのだろう。三日月の砲撃は異常に的確、かつ、考えた瞬間にはもう放っている速攻の一撃だ。
しかし、三日月に私を捉えることは出来ないだろう。三日月の砲撃は、目で見て判断することが最初に必要だ。判断から砲撃までの間が無いだけ。その最初の段階が出来なければ、砲撃は出来ない。今の砲撃も、いつものものではなく近寄らせないための連射。
「救ってやる」
「そんなこと望んでいません。近寄らないでください。穢らわしい」
私の心を揺さぶるために罵詈雑言を並べ立ててくる。今の三日月には本心からの言葉になってしまっているのだろうが、私には効かない。
今までどれだけの敵と戦ってきたと思っている。三日月に口にされても、それで増えるのは大淀の罪だけだ。三日月には何の罪もない。正気に戻ったらきっと大きく傷付くだろう。メンタルケアは私の仕事だ。
「三日月、可哀想な三日月、少しだけ眠っていてくれ」
やはり本来使えない主砲を使っているため、取り回しが上手くいっていない。私がすぐに近付き、なるべく優しく首筋を叩き、再度気を失わせた。海面に倒れ伏すのは良くないため、しっかりと抱き留める。やはり三日月が側にいると落ち着くものだ。
残念なことに、三日月を相手取っている間に大淀は大きく離れていた。私の三日月を使って自分の身を守るとは言語道断。
「邪魔をするなと言ったよな」
「うわ、速っ!?」
先程吹っ飛ばした伊勢がもう復帰してきたのは背後からでも匂いはわかった。今は三日月を保護することで忙しいのだ。構っている暇などない。
三日月を抱き上げ、私が出来るトップスピードでその場から離れ、工廠に到着。眠っている三日月を雷に預ける。
「すまない、三日月を頼む」
「え、ええ、怪我はしていないみたいだし、朝霜と一緒に寝かしておくわ」
私の顔を見て少し怯え気味だった雷が少し気になったが、これで三日月の安全は保証された。もしかしたらまた大淀が何かしようとするかもしれないが、近付かせなければ多少はマシだろう。無理矢理起こすようなこともしない。
だが、その工廠にいきなり旗風が飛んできた。日向との一騎討ちをしていたはずだが、先程私が朝霜を蹴り飛ばしたように、旗風も工廠内の壁に激突。気を失ったわけではないが、身体中ズタボロにされていた。
「後れを取りました……相当な使い手です……」
刀を杖に立ち上がる旗風。致命傷は避けているが、大きく消耗させられている。いつも着ている黄色の羽織りは自らの血で染まり、頭からも血を流しているような状況。対する日向は全くの無傷。多少は服に切り傷くらいはついているが、血で染まった部分は見えない。
旗風相手にここまでの力を発揮するとなると、本格的にまずい相手だ。伊勢も疲れている素振りすら見せない。私が体当たりを1発当てた程度ではあるが、汗一つかいていないとなると、普通に持久力がおかしい。
「なかなか楽しかった。あと4人もいるのだろう。次は奴の姉とも死合ってみたいものだ」
「まだ生きてるもんねぇ。日向と
あれでもまだ本気で戦っていないのだと思う。大淀より余程厄介な敵だ。単純な戦闘力では下手をしたら大淀より上。それが2人もいるのだとしたら、今の状況では勝ち目が薄い。
だが、怒りと憎しみは止まるところを知らない。大淀を殺したくて仕方がない。伊勢だろうが日向だろうが関係ない。大淀だけ殺せればもうどうだっていい。
「とはいえ、支配下に置いた深海の者達は全員やられてしまいましたか。実験台には最高ですが、戦力としてはこの程度ですね」
「自分の手を汚さない奴が言うな」
「それが司令部というものでしょう。人間の司令部は艦娘を手駒に使い、手を汚さずに深海棲艦を滅ぼす悪意の塊ですよ。私はそれを模倣してるに過ぎません。言うなれば、私にこの力を与えたのは人間です」
妙に人間のことを邪険に扱うような発言。元々全てを滅ぼすと言っているような輩だ。全方位に憎しみをばら撒いている者の言葉など、徹頭徹尾悪意に塗れていてもおかしくは無い。話を聞く必要も無いか。
「では仕切り直しましょうか」
「その必要は無いわ」
敵の3人が一箇所に固まったところを見計らい、加賀と瑞鶴が空爆を開始。もう伊勢と日向も巻き込むつもりで絨毯爆撃を繰り出した。本来ならば救わなくてはいけない被害者だが、四の五の言っていられない。大淀をどうにか殺さなくては、被害はひたすらに拡がるだけだ。
加賀からアイコンタクトを受けた。今だと。自分達の空爆が食い止められることも織り込み済みで、あちらに隙を作ってくれた。あの空爆の外には出られない。食い止められても爆撃はしている。今まで以上に動けないはずだ。
その思いを受けて、私は全力で海面を蹴る。今の私は1発の弾丸。私の持つ拳銃のような、大淀を貫くための渾身の一撃。狙いはもう決めている。私達を見下す目、妄言を吐く口を備える、その顔面だ。
「いい加減にしろよ」
今までで一番の速度が出た。大淀はおろか、
私が蹴り飛ばしたことで、大淀は見事に吹き飛ばされた。眼鏡は叩き割れ、鼻から血を撒き散らし、海面を滑るように飛んだ。伊勢と日向も驚愕の表情に変化していた。
初めて、今までこれだけ戦ってきて初めて、大淀に一矢報いた。小憎たらしい笑顔を踏み付けることで、今までのことを帳消しに出来ることはないが、多少はスッキリした。
「っは、はははっ! ここまでやりますか若葉さん! 楽しい! 本当に楽しい! うわ、鼻血なんて見るのいつぶりでしょう! 血、私の血ですよ!」
海面に倒れ伏し、鼻血をダバダバと垂らしながらも、大淀は笑みを失わなかった。むしろ余計に楽しそうに嬉しそうに高笑いまで。
グリンとこちらを見る瞳は狂気に染まっていた。私にその感情をこれでもかとぶつけてくる。興味から好意へ。歪んだ愛情のような混沌とした感情に吐き気がしてくる。三日月のものとは違う、汚らしい愛の形だった。
「アレが欲しい、心の底から欲しい! バラして、好きに弄りたい! 私のものにしたい!」
「はいはい、大将今回は撤退しよっか」
「箍が外れるとすぐにコレだ。すまないが撤収させてもらう。決着は次の機会に」
空爆はしっかりと抑え込みながら、加賀と瑞鶴に向けて主砲を向け放った。さすがにこればっかりは回避せざるを得ず、空爆はその時点でストップ。さらにはもう1発を足下に放ち、大きな水柱を目眩しに、大淀を連れて撤収された。
当然だがすぐに追おうとしたが、先程の一撃で痛めた脚を皮切りに、身体中に一気にガタが拡がっていく。リミッターを外した後の時間切れのようだが、痛みも伴いそれ以上だった。ヒビが入った場所からどんどん伝染していくような。
「くそ……くそ……」
今回は一矢報いることが出来たからまだマシだが、またもや大淀が殺せなかった。もう三度目だというのに、まだ殺すことが出来ない。もう自分が許せなかった。
追うことも出来ず、気が緩んだところで意識が落ちていく。施設は守れたが、三日月を守ることが出来なかった悔いは一生残ると思う。あの時の三日月の目は、それを許してしまった私への罰だ。
それはきっと今からより強い苦痛に苛まれる三日月のメンタルケアを行なうことで晴らしていきたい。