元は一方的な断絶だったが、シロの強行により、シロクロ姉妹との和解に成功した三日月。
クロの積極的過ぎる性格が三日月には苦痛にしかならなかったのだが、和解してしまえばその明るさに癒される。
「姉貴、ホントありがとね。私だけだとまっすぐ突っ込むしか出来なかったから」
「……いいの……私も……何もしてないのに嫌われるのは嫌だし」
それこそ、三日月の今までの行いは、シロクロのトラウマを刺激するようなことだったのかもしれない。
何もしていないのに深海棲艦だからというだけで侵略者と揶揄され、無抵抗であることを示しても攻撃を受けた。救われた先でも同じように扱われたら、いくら温厚なこの姉妹でも、
「でも、どうやったの?」
全裸で押しかけたとは流石に説明していなかったようだ。私が説明しようとしたが、シロが人差し指を口に押し当て、薄く微笑む。なるほど、
あの強行を後々思い返して、シロは自分がやらかしたと思っているようだ。話題が出た途端に顔が赤く染まっていた。私が知る限りで一番の表情の変化である。
「……秘密」
「えー、ずっこいずっこい! ワカバ、教えてよー!」
「すまん。口止めされている」
「ミカヅキ!」
「若葉さんが話せないのなら、私からも何も言えません」
シロの奮闘は、私達の中だけに留めておく。クロは仲間外れにされたみたいで文句を言っていたが、その辺りは姉に一任。私達がどうこう言うべきではない。
シロクロ姉妹と和解してからさらに3日。三日月が目を覚ましてから約1週間の時が経過した。あとは飛鳥医師だけ、という状況になっても、三日月は未だ殺意に近い敵対心を持ったまま。これは仕方のないことだと飛鳥医師も話していたものの、やはり少しテンションが低いように思えた。相手の種族がどうであれ、患者からここまで嫌われるというのもなかなか無いらしい。
「三日月、ちょっといいか」
部屋に摩耶が訪ねてきた。艤装整備の際のツナギ姿であったために、一度経験のある私には察しがついた。三日月が漂着して3週間、シロクロの艤装と並行して修理していた三日月の艤装がついに完成したようだ。
私の時は丸1ヶ月かかったのだが、それは初春型艤装の
「工廠集合」
「わかりました。艤装の件ですか」
「ああ。さっき完成した」
摩耶についていき工廠へ。飛鳥医師を除く全員がそこで三日月を待っていた。
そこには、私の時と同じように真ん中に艤装が鎮座していた。いつも見る自分のものや、雷のものとも違う形状。言われてみれば、文月達のものと近しい形状をしている。
流れ着いた艤装のパーツを組み込んでいるために、当然ながら歪な継ぎ接ぎ艤装ではあるが、性能は私達が使っているものと同じである。重いものを持てるようになれるし、海上を駆けることも可能。武装はないが、艦娘としての性能は全て戻ってきたといえる。
「テストだ。若葉、お前アシストしてやれ」
「了解」
お互いに艤装を装備し、私が先に海に立つ。いくら酷い戦場を経験したといえど、海に立つことに抵抗は無かった。三日月も艤装を装備し、海に足を下ろす。
「立てます」
「よし、じゃあ適当に海に出てくれ」
私が手を引く形になり、海に出た。ここ最近は私も艤装を装備して海に出ることは無かったため、気持ちいい。こういう息抜きも必要だと思う。
三日月も久々の海に、少し雰囲気が違う。私達の中には1人もいない長い髪をたなびかせ、それなりのスピードで海を駆ける。ストレスを解消するのにも使えそうだ。
「気持ちいい……本来海はこういうものですよね」
「ああ。いい天気の時に出るのが一番だ」
お互いに知っているのは嵐の戦場。特に三日月は夜で且つ嵐の中での戦闘という、
三日月はほぼ全身の皮膚が深海棲艦のものに置き換わっているためか、潮風が前より気持ちよく感じるそうだ。かくいう私も、腕に感じる風は顔に受ける風とは感覚が違う。
「……私は、もっとこの風を感じていたいです。戦いの中に身を置くのではなく、穏やかなこの海で」
「そうか。若葉もそう思うぞ。艦娘なのにな」
戦闘するために生み出された生体兵器である私達が、戦闘から離れることを望み始めている。この施設で過ごすことで、穏やかな日常がどれほど幸せであるかを感じることが出来た。
三日月も私と同じように感じているようだった。最悪の戦闘が一番最初の経験だったというのもあると思う。戦いなんてしなくても生きていけるのがわかると、これが手放したくなくなるものだ。
工廠に戻り、艤装を下ろす。そのまま、また私の部屋に篭ることになるのだと思っていたが、それを出入り口の手前で摩耶と雷が止めた。相変わらず目を合わせようとはしないが、会話らしい会話は出来るようになってきている。突然歩みを止められ、何事かと驚いた。
「まだ何か……」
「ちょっとな。おい、もういいぜ」
出入り口から飛鳥医師が姿を現わす。その姿を見た瞬間に、三日月の身体が震えた。嫌悪感が爆発し、憎しみに顔が歪む。
「人間……!」
「僕と顔を合わせたくないのもわかっているつもりだ。だが、君の意思がどうであれ、僕は君に話さなくてはいけないことがある」
咄嗟に私が三日月を羽交い締めにして、その場から逃げることも、飛鳥医師に攻撃することも出来ないようにする。初めて顔を合わせたときは近付かれたくない一心で暴れ、その後は殺意を押し隠すこともせずに飛びかかろうとした。三日月の持つ人間への憎悪が強すぎるのは誰だって知っている。
それを知っていても飛鳥医師がこの場に現れたのは、もしかしたら話せるのが最後になってしまう可能性を考えてだ。三日月の選択次第では、これで施設を離れることになる。その前に、話をしたいと。
「晴れて君は完全復帰となる。傷も痛みを無くし、艤装も取り戻した。艦娘として活動するには、一切の支障が無くなった」
私が羽交い締めしている状態でも、ジタバタと暴れている。今のところは三日月を押さえ付けることは出来ているが、手を離したら確実に殴りかかってしまうだろう。話もまともに聞いているかわからない。
「君は患者では無くなった。自由の身だ。この施設を離れることも出来る」
これは摩耶からも聞いていることだ。施設に残るか離れるか。それが出来るように艤装を修理しているのだと。最初に風呂で話した時から、選択するべき時が来ることを示唆されていた。そして、その時が今だ。
まず間違いなくここを離れるという選択をするだろう。だが、そうすると三日月がどうなってしまうのかはわからなくなる。出来ることならそれは避けたい。
「君の意思を尊重する。だが、これだけは伝えたい」
私が押さえつけている三日月の目線に合わせるように、その場で膝をつく。鬼のような形相で、憎悪に満ちた視線を受けても、一切怯むことはない。純粋な瞳で三日月を見据えた。
「僕は君をこの施設の一員として迎え入れたいと思っている」
三日月の動きが止まる。ここまでしているというのに、この施設に何故置いておこうと考えられるのかが疑問のようだった。
「皆が君に言っているであろうことを僕も言おう。僕は君に嘘をつかないし、裏切ることはない。君を利用することもしない。人間のそんな発言を信じることは出来ないかもしれないが、どうか信じてほしい」
言葉でしか伝えられない、信念の話だ。嘘をつかない証拠、裏切らない証拠は、この場に用意出来るものではない。ただただ真剣に、純粋な気持ちで訴えるしかない。
私達は飛鳥医師のこの意思には何の疑いを持っていない。私達には隠し事はしているが嘘をついたことがないし当然裏切るようなことはされたことがない。シロとクロを治療したことで、私も飛鳥医師を信じられると確信している。
「君をそんな身体にしたのは、本当に申し訳ない。だが、命を繋ぐためには仕方がなかった。必ず元の身体に戻してみせる。だから……今だけは信じてもらえないか」
手を差し出す。それと同時に、私にアイコンタクトされたため。私も羽交い締めを解いた。事前に打ち合わせがあったわけではない。こうした方がいいと、察することが出来た。
握手に応じれば一員としてここに残ってくれるということになるが、そのまま殴りかかる可能性だってある。
おそらく、飛鳥医師は殴られてもいいと思っている。自分がやったことではない、ゲスな人間の行いに対する怒りを受けても、おそらく何も文句を言わず、ただやりたいようにやらせるだけだろう。
三日月はその場から動かなかった。飛鳥医師が差し出してきた手を見て、震えている。
「強要はしない。やはりここにいたくないという気持ちもあるだろう。いざという時は、君の行けそうな場所を斡旋する。君に選んでもらいたい」
ここに残るか、ここから去るか。三日月に決断を迫る。誰も何も言わない。ここまで来たら、もう三日月だけの問題だ。
本当に嫌なら去ることを選ぶだろう。私達がここにいてほしい、仲間に、友達になりたいと言っても、三日月はそう思っていないかもしれないのだから、何も言えない。
「……私は、人間も艦娘も大嫌いです。深海棲艦はまだ怖いです」
やっと面と向かって会話が出来た。少し涙目だが、表情から憎悪が薄れてきていた。嫌悪感はまだ残っているが。
「ですが……シロさんに教えられました。種族は同じでも……中身は人それぞれでした。怖い怖い深海棲艦でも……シロさんとクロさんは怖くないです。それに……みんな艦娘なのに……嫌いじゃないです」
話してみなくてはわからないと、三日月自身が言ったことだ。実際に今日までの3日間、クロとは話す機会が多かった。夜に押し掛けてくることもあった。それだけ話せば人間性がわかるものだ。
私は毎日常に側にいたが、雷と摩耶とも毎日少しは話す。雷は食事の時に、摩耶はあの後から何だかんだ風呂に付き合うように。そうやって毎日話すことで、自然と慣れていった。
それなら、飛鳥医師とも毎日少しずつでも接することが出来れば、慣れることも出来るし、人間性もわかるはずだ。嫌いな人間と毎日接するのは苦痛だとは思うが、今後のためには必要な気はする。
「人間は特に嫌いです……信じられません。命を軽視し、ゴミのように私を使えるような輩をどう信じろと言うんですか」
「……何とも言えないな。そういう者がいることは否定出来ない」
「だから……」
飛鳥医師から目を背けるが、おずおずと手を差し出し、飛鳥医師の手を取る。顔は真っ赤だった。
「私を信じさせてください。艦娘や深海棲艦が人によって違うのなら……人間もそうなんでしょう。貴方が信用に足る人物なのか、私に……見せてください」
人間を否定しながらも、飛鳥医師を信用出来るかどうかをこの3日間でずっと考えていたのだろう。極力接することのないようにしていたために、直接話すことは今の今まで無かったが、このタイミングで実現した。
この考え方の変化は、シロクロと和解できて視野が拡がったことにより促された。嫌いな者の中にも、それと違う者がいる。艦娘でも深海棲艦でもそうだったのだ。当然、人間でも。
「か、勘違いしないでください。私は貴方のことが大嫌いです。命を繋ぐためとはいえ、こんな身体にした元凶なんですから。絶対に元に戻してもらいますからね」
「ああ、約束する。必ず今の研究を完成させ、君の身体を元に戻す。それまで少し待っていてくれ」
飛鳥医師側から強く握手した。困ったような顔を見せるが、それを振り払うことはなかった。
同時に飛び込んでくるクロ。三日月に抱きつき、頬擦りする。
「よかったぁ! 出てくって言ったらどうしようかと思ったよ!」
「どうせ出て行っても嫌いなものばかりですから、少しはマシなココを選んだたけです」
「またまたぁ、居心地よくなってきてるんでしょ? わかる、わかるなぁ。私達は艤装が直ったらここを出て行くつもりだけど、その後もここに何回も来ると思うもん。マヤに整備してもらいたいしさ!」
初耳と言わんばかりにシロを見る摩耶。一切目を合わせようとしないシロ。とはいえ、整備を楽しんでいる節もあるので、摩耶は嫌がることなく喜んで整備をするだろう。
「三日月には私の家事を手伝ってもらおうかな?」
「家事……ですか」
「働かざるもの食うべからず! 仲間になったのなら、何かしらやってもらうからね!」
「仕方なくここにいるだけですが、タダ飯食らいと言われるのも癪なので、家事をお手伝いさせていただきます」
私と摩耶が艤装整備側に入るため、雷と三日月で家事をしていくというスタンスで取り決められそうだ。ずっと1人でやってきた雷は、そういう意味でも仲間が出来たことが嬉しそうだった。
「定期的に身体を診断させてもらいたい。何事も無いはずだが、時間経過で何か起きてもらっては困るからな」
「人間に触られるのは嫌です。……なので、若葉さん経由でどうぞ」
生活自体は今までと殆ど変わらない。側に付きっ切りになることが無くなるくらいで、三日月の体調管理などは私達がやっていく。三日月の身体に触れることは、私が一番慣れている。それは今後とも続けていくことになるだろう。
長かった三日月の問題も一時的に解消された。飛鳥医師への一方的な嫌悪感を持ったままではあるが、この施設の一員として、私達と一緒に生きてくれるようだ。
ならば、私と同じように『楽しく生きる』ことが出来るように、全力でサポートしていこう。
表情の変化が乏しく、悪態をつく、ツンデレ系な性格な三日月。完全な解決まではまだまだ遠いですが、ひとまずは解決。