継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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同調した身体

私、若葉が一矢報いたことにより大淀は撤退。それにより、突然の襲撃から施設を守ることに成功した。

しかし、刻まれた傷痕は大きい。私はさらに侵食を拡げ、シグと同調したことで深海の艤装を生成するところまで来てしまった。また、深海の侵食が脳にまで達してしまっている者は、須く支配を受けてしまったことで施設の敵にされてしまっている。今は眠っているが、目を覚ました時にどうなっているかはわからない。

 

戦闘後、反動で眠ってしまった私が目を覚ました時、外はもう暗くなっていた。時計を見ると、夕食が終わって少し経ったくらいの時間。戦闘終了から大分時間が経っている。昼食前に襲撃されたせいで酷く空腹。

眠っているのは医務室のベッド。身体がボロボロだったからか、脚には包帯も巻かれている。あの時に脚はやはりおかしくなっていたようである。修復材もほんの少し使ってもらえたようだった。

 

「く……あぁ……」

 

まだ身体は軋むようだが、弾丸のような攻撃でガタついた脚の痛みは幸いにも無くなっており、立つことも歩くことも支障は無さそう。今回の進化が改装と同様の効果を持っていたとしたら、私は戦闘中に一度全回復している。司令部の支配もそこからは効かなくなっていたし、全回復が無かったらもっと眠り続けていたか。

目覚めたらいつも隣にいるはずの三日月がいないだけで、ものすごく違和感を覚えた。人肌が恋しいという訳ではないのだが、とても寂しく感じる。

 

「……うぐ……」

 

軋みを我慢しながら身体を起こす。ここで眠ることになったからか、検査着に着替えさせてくれたらしい。なら、私の変化した身体も全て見られたというわけだ。自分でもよくわかっていないというのに。

 

「あっ、えびちゃんせんせぇ! わかばおきたよ!」

 

耳元で初霜の声。私達の看病をしてくれていたのか。初霜の後ろには安堵した表情の姉の姿も。

あの戦闘に参加していなかった2人だからか、蝦尾女史のサポートとして医務室でお手伝いをしていたようだ。なら、私達に検査着を着せてくれたのは姉達であろう。

 

「おはようございます若葉ちゃん」

 

初霜に呼ばれて蝦尾女史も来てくれる。起きたものから治療の説明をしなくてはいけないということだそうだ。飛鳥医師ではなく蝦尾女史なのは、同性の方が話しやすいだろうということで。

今回はただのケアでは済まない。一度ここで仲間として認識されてからの、最悪の敵による支配だ。簡単に開き直ることが出来るかもわからない。艤装を装備していないため、蝦尾女史1人でも止めることは可能だろう。朝霜だけは申し訳ないがと強めのワイヤーで縛り付けられていた。

 

「お主が二番目じゃな。最初は旗風であった」

「……あいつが一番重傷だったろう」

「なので、例の傷薬を使いました。身体中包帯ではありますが、もう出歩いていますよ」

 

回復力が高いというよりは、今までの生活の結果では無いかと思う。下呂大将の調査に付き合い、時には深海棲艦を殲滅し、時には鎮守府すら鎮圧する。そんなことを続けているから、妙に強靭な身体を手に入れたのでは無かろうか。旗風は一応旧式艦であるはずなのだが。

他の者は私が大分痛めつけてしまったというのと、精神的なダメージがかなり大きく、回復に時間がかかってしまっているらしい。シロクロですらまだ眠ったままというのは珍しい。

 

「さて、では若葉ちゃんの検診をさせてください。眠っている間にある程度は調べましたが、本人の言葉で聞きたいこともあります」

「了解した」

 

検査着をはだけ、蝦尾女史に触診も込みでいろいろと調査される。眠っている間に血液を採ったり皮膚などの成分の解析もしてくれているらしく、その結果も教えてもらえるそうだ。

自分の裸体に若干の違和感を覚えながらも、触診は進む。肌触りは以前と変わらず、失敗作のような変質は無いようで安心する。初霜が私の身体をマジマジと見てくるのがくすぐったい。

 

「鏡、見ますか」

「ああ、頼む。顔が一番気になっている」

 

痣が拡がった感覚はあった。両眼とも呑み込まれていることも実感している。

 

「ああ……やはり」

 

案の定、燃え上がるような痣は私の左頬を起点に枝分かれし、鼻を経由して右眼にも伸びていた。顔の真ん中を痣が横切った形になる。まるで三日月の顔の傷である。そういう意味ではお揃いになったかもしれない。瞳の色もオッドアイではなく三日月やシグと同じ色に統一された。

他の痣もそうだ。左胸や脇腹、腰までの痣はさらに伸び、尻を越え脚に先端が届いていた。普段使っているタイツが無ければ、服を着ていても痣がスカートから外に出るほどだ。もう半分は痣で埋まっているようにも見えた。

 

「前回の状態からさらに拡がっています。感覚的にですが、前回は3割程度だったものが、現在は6割を超えています。場所的に、心臓は勿論のこと、肺も埋め尽くされているのでは無いかと思います。開腹して見たわけではないので分かりませんが」

「確かに、今までと感覚が違う気がする」

 

息が熱いとか、逆に冷たいとか、そういうのは無い。だが、何となく匂いが違う。自分の息の匂いというのはあまり嬉しくないのだが。

 

「わかば、いっぱいくろくなってる。いたくないの?」

「ああ、おかげさまでな」

 

痣の部分をつつくのはやめてもらいたいが、子供の好奇心なのだから仕方ないだろう。払い除けるのはやめておいて、甘んじて受けている。最初は心配そうな顔だった姉も、これには苦笑気味。

 

鏡を見ていてもう一つ気になったのは、髪。色が変わったとかは無いのだが、今までに無かった癖っ毛があった。今まで眠っていたことによる寝癖では無い。まるで犬の耳のような跳ねた毛。

指で弾くとピンと動いてから元の位置に戻る。セット出来なそうなのでこのままに。

 

「その髪は、白露型の改二に見られる特徴ですね」

「白露型……二四駆の」

「はい。海風ちゃんや江風ちゃんにも似たようなものがあるのを覚えていますか?」

 

言われてみれば確かに。だが私は初春型。白露型とは無縁の……と考えた時点でピンと来た。シグはもしかしたら白露型だったのでは無いか。それなら納得が行く。

そういうところでもシグが表に出てきていると考えると、私とシグの心は完全に一つになったと言えるだろう。

 

「わかば、わんちゃんみたい。かわいい!」

「そうだな、これだと犬の耳のようだ。鼻も利くしな」

 

初霜の言う通り、私はより犬に近付いたと言える。大淀には駄犬だの狂犬だの言われた覚えがあるが、今の私は何なのだろう。変わらず狂犬か。

 

「身体としては健康体です。機能不全を起こしている場所はありません。ただし、血液検査や細胞の分析から、若葉ちゃんは()()()()へと昇華されてしまっています」

 

謎の存在とはどういうことだ。医学や解剖学では言い表せないものなのだろうか。

 

「どういう……?」

「艦娘と深海棲艦の細胞が完全に混ざり合っているんです。侵食ではなく融合、飛鳥先生の治療や完成品とはまた別物です。以前の飛鳥先生の表現を使わせてもらうのなら、若葉ちゃんの侵食は土に染み込む水ですね」

 

大淀の侵食は土に対する木の根と言っていた。引っこ抜くことで元の土に戻せるので、蝦尾女史の作った薬が効く。だが、私の場合は飛鳥医師が最初考えていた通り、土に染み込んでいく水。土と完全に結合して、取り除くことは簡単には出来ない。

 

()()()()()と言っても差し支えありません。なので謎と表現してしまいました。この成分を解析して、艦娘のものと深海棲艦のものとで分離させるのはかなり難しいんじゃないかなと。出来ないとは言いません。私もそういう研究者の端くれとして、調べていきたいと思いますので」

 

つまり、治す手立ては殆ど無いと。治したらシグとお別れになってしまうので、元よりもう治すつもりが無いのだからいいのだが、突き付けられるとなかなか堪える。

痣が拡がる左の掌を眺める。今まではどうだったか知らないが、今のこの痣はもう消えないものと考えた方がいい。もう長く付き合いのあるそれなのだから、見ていても違和感すら感じない。

 

「そう……か。いや、それならそれでいい。最初から治療するつもりは無かったんだ。若葉(ボク)はこの状態が若葉(ボク)だからな」

 

私の言葉を聞いて蝦尾女史が少し驚いたような表情に。姉も怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ボク……? ああ、脳の侵食が深くなったことで口調にも影響が……」

「ん? ああ、そういえば……シグの口調が移ったか」

 

違和感なく使っていたが、そういうところもシグと同調したらしい。それだけ脳への侵食が深くなったということなのだが、これくらいなら日常に支障は無いので問題ないか。最初は驚かれるかもしれないがそれくらいなら順応してくれるだろう。

 

「これくらいですね。身体的特徴にも微妙に影響がありますが、微々たるものです」

「そうか……よかった。五体満足であればそれでいい。戦えることが今は重要だから」

「お主はあまり無理をするでない」

 

軽く扇子で叩かれる。流石に鉄扇ではないので痛みは無い。姉の心配と親愛を感じる。

 

「そうだよー。わかばはやんちゃすぎだっておねえちゃんがいってたよ」

「うむ。侵食が拡がれば拡がるほどやんちゃになりおる。姉として少し不安じゃ。もう少し落ち着くが良い」

 

落ち着きたいのはやまやまだが、おそらく大淀の顔を見ればまた同じように暴れ回るだろう。ストッパーなど誰もいない。あいつが死ななければ、私に落ち着ける時は来ないと思う。

 

「検診はおしまいです。お疲れ様でした。昼食を摂らずに戦闘でしたから、お腹も空いているでしょう」

「ここで食べられるものだろうか。三日月を……」

「そう言うと思って、用意しておきましたよ。それに、若葉ちゃんはもう少し安静にした方がいいです。まだ痛みが無くなったわけではないでしょう?」

 

察しが良くてありがたい。私が寂しさを感じたのだ。三日月もきっと不安になる。目が覚めたときには、必ず隣にいてあげたい。錯乱するようなら抱きしめてあげたい。

 

「医療用ベッドですから、テーブルも設置できます。若葉ちゃんはここで食べてくださいね」

「助かる。腹が空いてそろそろキツい」

「じゃあ、はつしもがもってくるね!」

 

そう言って医務室から駆け出していってしまった。姉はそれを追うこともしなかった辺り、子供でもそういうことは信用出来るということか。

と、初霜がいなくなったところを見計らって、少し小声で話が続く。私も少し気になっていたことがあった。

 

「姉さん、あの時初霜はどうなっていた」

 

初霜も脳に深海の侵食を残している。そのため、あの時に暴走していてもおかしくないはずだ。姉が常に側にいてくれたにしても、あの様子を見る限り酷いことにはなっていない。

 

「うむ……突然おかしくなったのでな、その時点ですぐにわらわが気絶させた。眠らせておけば何もせぬよ」

 

そして目覚めたらアレだったと。一度気絶させれば支配からは解放されるということがわかった。意識が無ければ命令も聞くことは出来ない。この場から大淀がいなくなれば尚良しと。

すぐに気を失わせたことで、初霜はあの時のことは何も知らないで終わっているそうだ。寝て起きたら私がこんなことになっているので驚いたそうだが、罪悪感を持つようなことが起こっていないのなら安心だ。

 

「……なら、あの時大淀はわざわざ三日月を起こしてもう一度支配したということか……」

 

怒りが滾ってくるかのようだった。一度ならず二度までも三日月を弄んだ罪は重い。一度正気に戻っているのにまた支配により本心を書き換えられたのは、三日月にとっても辛いことだろう。目が覚めた後が怖い。

 

「ごはんもってきたよー」

「ああ、ありがとう初霜。助かる」

「えへー」

 

イライラしたところで初霜が戻ってきたため、そこは一旦ストップ。空腹も苛立ちを助長している可能性もあり、夕食を摂ることで落ち着こうと思う。それに、この初霜の前で悪態をつくのはいいことではない。

正直な話、初霜にはこのままでいてもらいたい。その存在が癒しそのものだ。だが、治療しなければ大淀の支配に巻き込まれるため、そのままにしすぎるというのも良くない。悩みどころ。

 

「初霜は食べたのか?」

「うん、もうたべたよ。おねえちゃんといっしょに!」

「うむ。じゃが、蝦尾殿はまだだったであろう。わらわ達が若葉を見ておく故、今のうちに済ませてはいかがか」

「ではお言葉に甘えて。少し席を外しますね」

 

ここからは少し姉妹での団欒に。こういうこともなかなか出来ないので、苛立ちは失われていき、心が穏やかになっていく。姉妹の交流もやはり大事だ。

 

だが、三日月はまだ眠ったまま。あまり急いではいけないとは思うが、早く目を覚ましてほしい。元気な姿を私に見せてほしい。

 




今の若葉は艦娘でも深海棲艦でも無い、だけどどちらの要素も持つ『わけのわからないもの』になっています。細胞が突然変異したようなもの。

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