夕食を食べ終え、三日月が目覚めるのを待つ私、若葉。その間に初霜はおねむのようで、姉に連れられて医務室から退場。私は充分眠ったため、徹夜も可能である。蝦尾女史は私に付き合ってくれるらしい。エコもここにいるおかげで万が一の場合は番犬になってくれる。
私は最低限三日月の目覚めを待つつもりだが、当然他の者の目覚めも待っている。特に不安なのはシロクロとセス。三日月と共に初めての反逆行為であるがために、心が擦り切れていないか心配だ。
「こんな言い方は悪いが、三日月とシロクロとセス以外は
「反逆行為そのものが初めて……ですもんね。特に三日月ちゃんは……」
「
自信過剰な発言に聞こえなくもないが、三日月は私に対して悪意をぶつけてしまったのが大きい。もし立場が逆だったとしたら、私も心が折れてしまいそうだ。三日月に合わせる顔がないし、その悲しみだけで負の感情が増幅されてしまう。
それも心配だった。三日月も私と同じような身体だ。負の感情が増幅した場合、私のように身体が良くない進化をしてしまう可能性がある。それを抑えるためにも、目覚めたらすぐに慰めてあげたい。
「三日月ちゃんを慰めることが出来るのは、若葉ちゃんだけでしょう。何かあればお手伝いします」
「ああ、任せてくれ。
これは私にしか出来ない。三日月のことなら全て私に任せてくれればいい。
夜も更け、日が変わるほど。夜間警備からの連絡もなく、今は平和な深夜。まず最初に目を覚ましたのは、一番傷がついていなかったであろうシロクロだった。相変わらず目を覚ますタイミングも同じ。
起きると同時にクロが泣き出してしまった。初めて持たされた真っ黒な悪意と、正気に戻ったことによる罪悪感に一気に押し潰されてしまった。逆にシロは毅然とした態度でクロを抱きしめている。だが、シロも罪悪感で精神的なダメージを受け、手が震えていることがわかる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「クロちゃん……大丈夫……みんなわかってくれてるから……」
「ああ、お前達が操られていたことはみんなわかっている。だから、気にするな」
それくらいしか慰めの言葉はかけられない。幸いにも、シロクロのせいで誰かが傷付いたということはない。施設も壊れていないのだから気にすることはない。
「ああ……もう、すごく嫌な気分だよ」
続けてセスも目を覚ました。エコにより気絶させられたくらいなので、頭に大きなタンコブが出来ている程度。軽傷な上、その性質からセスからの被害は一切ないため、罪悪感も少なめ。しかし、施設に対しての悪意は持たされたので、それにより気分悪そうにしている。
主人が目を覚ましたことで、エコが嬉しそうに飛び付いた。セスだけが支配されていたおかげで、自立稼働する艤装のエコには一切影響が無かったことが功を奏した。セスもそこは喜んでいる模様。
「セス、大丈夫か」
「うん、大丈夫。自分の性質にこれだけ助けられたのは久しぶりだよ。ごめんなエコ、心配かけたね」
エコを撫で回した後、ベッドから降りてシロクロの元へ。アニマルセラピーよろしく、エコをクロに抱かせてやった。
同じ深海棲艦であり、施設に辿り着いた深海棲艦の中でも古参、且つ、揃って工廠で働いているので仲もいい。エコを抱いたクロは、外見相応の子供のように泣きじゃくる。
「クロ、しばらくエコを貸してあげる。可愛がってあげてくれ」
「……うん……ごめん……私……」
「辛いのはわかってる。私も被害者だしね。だからさ、一緒に乗り越えような」
エコを撫でるクロを撫でるセス。まるで歳の離れた姉妹のようだった。シロもセスに懐き、一緒にクロを撫でている。シロが特殊だからか、クロの幼さがより際立っているようにも見える。
「シロ、お前もだよ。妹の前だからって、泣いちゃダメってことは無いんだから」
クロを撫でながらも、シロを抱き寄せた。泣いてもいいように、その豊満な胸にシロの顔を埋めさせる。すると、緊張の糸が切れたかのように震えだし、グスグスの鼻を啜る音が。
クロの前であるという手前、シロも大分我慢していたようだ。セスに抱き寄せられ決壊した様子。
「おーい、若葉、この拘束解いてくんねぇかな。あたいはもう大丈夫だから」
次は朝霜。目が覚めたら縛られているという状態に、自分の立場を察したらしい。身体が壊れないように艤装を装備しているわけだが、そのせいでやろうと思えばベッドも破壊出来てしまう。
「すまない。万が一を考えてだな」
「わかってるわかってる。またベッドぶっ壊したら、何言われるかわかんねぇもんな」
拘束を解いてやると、ガチガチに凝り固まった肩を回してストレッチ。私からもゴキゴキと肩の音が聞こえるほどなのだから、身動きが全く取れなかったのは相当にキツそう。
「若葉手加減しなすぎだろ。あたい肋骨とか折れてたくさいぞ」
「すまない。
「そうかもしれねぇけどよぉ」
それも修復材などなどを使って治療したらしい。それほどまでの重傷を与えたのだから、少し罪悪感。
ああなるとどうしてもその辺りの理性が失われる。その上、頭の中が煮え滾っていたために、手加減など到底出来る状態じゃなかった。今の私のわかりやすい短所だと思う。
「いたた……摩耶も容赦無かったわ……」
続いて頭を押さえながら起きる鳥海。近接戦闘では勝ち目が無いために、あらゆる手段を使ってボコボコにされたらしい。特に摩耶の集中砲火は手がつけられなかったらしく、そのまま後ろから何者かに殴打されて気を失ったそうだ。セスを運んだ後のエコ辺りが妥当か。
「私は若葉さんに首根っこ掴まれて放り投げられたんですけど」
「翔鶴は酷かったわね。私はそれをぶつけられたわけなんだけど」
「わ、私は意識してませんから」
「わかってるわ。そんなことでまた喧嘩を再発するほど心は狭くないから。私の中の子達も、大淀への憎しみが増したみたい」
翔鶴と赤城も目を覚ましていた。相方に艤装を破壊された挙句、私が気絶させるために投げ飛ばしてしまっており、身体のところどころに鈍痛が残っているようだ。憎まれ口を叩かれるが、感情としては感謝の匂い。私が強引にでも止めたのは正解だったか。
やはり一度経験しているというのは大きい。また敵対させられたとしても、立ち直るのは早かった。罪悪感よりも先に、大淀への憎しみが先立つようである。
あとは三日月のみ。グッスリと眠っているようだが、何処か表情は暗くも感じる。目が覚めたらすぐに私が目に入るように、ずっとベッドの隣に待機している。
「……ん……」
その三日月が目を覚ましたのは、他のみんなが目を覚ましてから十数分後。薄らと目を覚まして、私と目があった瞬間、眠気が飛んだかのように目を見開いて青ざめる。
「……おはよう三日月。よく目を覚ましてくれた」
「あ……あ、いや、いやぁあっ!?」
頭を抱えて叫んでしまった。私を罵倒し、侮蔑し、暴力を振るい、正気に戻ったところでさらに支配され、後悔の上塗りをされている。そのせいで罪悪感が激しく、壊れてしまいそうなダメージになっていた。
まるで初めてここで目を覚ました時に戻ってしまったようだった。見るもの全てを拒絶し、否定の言葉を叫び続けた三日月に。だが、今回は怒りと憎しみの先が周囲全てではなく自分自身。自己嫌悪だけで異常なほどの負の感情が湧き上がっている。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いいんだ。三日月、
「嫌ぁ! なんで、なんでぇ!」
自己嫌悪で激しく混乱している。相思相愛だったはずの相手を、あの時だけは本心から憎み、世界で最も嫌う反逆者として感じていたのだろう。敵に支配されていたからと言っても、そういう感情を抱いてしまったことは現実である。
「殺して! 今すぐ殺してよぉ! 私なんて生きている資格なんて無いのぉ!」
「三日月、大丈夫だ。
負の感情の匂いが一段と強くなる。考え得る全ての負の感情、怒りも憎しみも悲しみも何もかもが自分に向き、自殺願望までもが芽生えてしまっていた。この世界にいたくないと、死を望むようになってしまった。
それは私が困る。三日月に居なくなられるわけにはいかない。一緒に生きていくから、『楽しく生きる』が実践できるのだ。三日月のいない世界なんて私にも必要無くなってしまう。
「三日月、落ち着こう」
「嫌、いやぁ、殺して、殺してぇ……あんなの、あんなの無いよぉ……」
ネガティブになりすぎている。それほどのことだったのはわかっているが、せめて私の前だけでは落ち着いてほしい。
「っあ、あぁあっ」
「み、三日月、どうした……」
過呼吸気味になっているが、問題はそちらではない。負の感情の匂いがどんどん強まっている。たった1人の者が出していい匂いじゃない。
そこで気付いてしまった。三日月の髪が、
自らの負の感情で、左眼から始まった深海の侵食が拡がっているのだ。私と同じように。三日月もより深いところに堕ちようとしている。
「三日月、落ち着け。落ち着いてくれ」
「殺して……誰か私を殺してぇ……」
「三日月! その気持ちはダメだ!」
心に受けたダメージが酷すぎて、深海棲艦の侵食が拡がる程になっている。危惧していたことが実際に起きようとしている。私の痣のように、三日月の首筋にヒビが入った。髪も犬の耳のように跳ね、より強い侵食がわかる。
怒りと憎しみにより深く堕ちた私とは違い、悲しみと自殺願望で堕ちようとしている三日月は自らの身体を崩壊させる侵食になりかねない。それはダメだ。最悪な場合、侵食による死まで見えてしまう。
「三日月! 落ち着け!」
時間や周りの目など気にせず、その侵食を止めるべく抱きしめる。私の温もりでそれが止められるかはわからないが、三日月ならそれで落ち着いてくれるはずだ。
「三日月、死にたいだなんて思わないでくれ。
「若葉さん……でも……私は……」
「死ぬのはダメだ。ダメなんだ。
三日月の気持ちを無視しているのかもしれない。私はこれほどに一緒にいたくても、三日月はもう私のことなど必要としていないかもしれない。それでも、私は想いを伝えたかった。さんざん伝えていたけれど、今だからこそ言葉にしてちゃんと伝えたかった。
「
侵食の影響だと思う。三日月が私と同じものを持っているから他人の気がしないというところから始まった関係でも今は本心だ。支配で私への憎しみが本心にされていた三日月と似たようなものかもしれないが、強制された本心と、自ら選び取った本心ではまるで違う。
普通では無いことだって理解している。周りから白い目で見られる可能性だってある。だがそんなこと知ったことでは無い。私は三日月のことを心の底から愛しているのだ。だから、それを言葉にしただけ。今までここまでの言葉を紡いだことは無かったと思う。だからこそ、今ここで口に出した。
「わ、私も、私もです。でも、だからこそ、私のしでかしたことが許せないんです。若葉さんを心身共に傷付けました。そんな私に……若葉さんの想いを受け取る資格なんて」
「
髪が跳ねるほどの侵食だ。三日月も私と同じほどに脳への侵食も拡がったはずだ。ならば、お互いの気持ちも同じように燃え上がっているのだと思う。きっとわかってくれる。
「……いいんですか……こんな私が若葉さんの側にいても」
「何度でも言うさ。いてくれ、ずっと」
三日月の負の感情の匂いが薄れ、そして無くなった。侵食もこれ以上進まないはずだ。結果的に髪は全て染まり首筋にヒビが入ってしまったが、それで終わったのなら問題ない。
「……ずっと一緒にいさせてください。私は若葉さんと一緒に歩きます」
「ああ、これからもよろしく頼む」
すごくいい雰囲気になっている。これは少し先に行くこともいいのではなかろうか。
強く抱きしめた状態。目と目が合う。ここまでの進展は今までなかった。愛を囁いたことでお互いに盛り上がっている。このままいっそもっと先へ。
「あー、若葉ちゃん、三日月ちゃん、気持ちはわかりますが、お部屋に戻りましょうか」
それを、蝦尾女史の言葉が遮った。そこである意味正気に戻った。
周囲を見ると、全員顔が真っ赤だった。朝霜や鳥海は目を背け、赤城や翔鶴は生温かい笑みを浮かべていた。シロクロに至っては涙も止まっていた。
「三日月ちゃんは殆ど怪我をしていません。お部屋に戻って大丈夫ですよ。若葉ちゃんは怪我をしていましたが、それだけ元気なら大丈夫です」
「そ、そうだな。三日月、医務室を出ていいようだから、部屋に戻るか」
「は、はい、はい……」
急に恥ずかしくなってきたので、逃げるように医務室を出る。三日月は耳まで真っ赤だった。私も同じだろう。
三日月が立ち直ってくれたのは嬉しい。もう死にたいだなんて言わないはずだ。伊504のように悪夢を見るかもしれないが、私と一緒にいれば多少は薄れるだろう。
だが、三日月も結果的に侵食は深くなってしまった。私と同様、より戻れないところへ。もしかしたら、三日月も私と同じ、謎の存在へと昇華されてしまったかもしれない。
若葉と三日月の関係はさらに進みました。言葉にしたことで依存度も高く。