大淀に支配されていた者達が目を覚ました。一度気を失えば支配から解き放たれるようだが、その時の記憶は残っているようだった。そのため、その時の悪意と行動に罪悪感を残す羽目になっていた。
三日月も当然例外では無い。私を罵倒し、暴力を振るった記憶は全て残ったまま目を覚ましたため、発狂寸前だった。負の感情が渦巻き、より自分を深く堕としていってしまったが、壊れる前に私、若葉が愛を伝えることで、どうにかすることが出来た。
そして今、深夜ではあるが2人で医務室から自室に戻ってきた。2人して検査着。寝間着に着替えることなく、そのままベッドへ。
「お互い……大分壊れてしまったな」
首筋のヒビ割れを撫でる。身体中についた傷とは違う、ある意味自傷の痕。これは三日月が私を想って出来た傷痕でもあるため、不謹慎ではあるが、ほんの少しの悦びもある。
お互いを想っていることが如実に現れたものと思うと、私の身体を覆う痣だって愛着が湧くというものである。
「いいんです。これが私の罰だと思いますから。若葉さんだって、顔に……」
「これは
元々頬から左眼に伸びた痣の時点で隠しようがなかったが、ここまで来るともう仮面くらいしか手段がない。なら全て曝け出した方がいいようにも思える。
「三日月も、ほら、ここが」
三日月の跳ねた髪を弾く。私とお揃いの侵食が進んだ結果。シグと同調したことでこのような影響が出た私だが、三日月は真っ先に頭に影響が出てしまうために出てしまったか。
一緒のものを持つというのはいいことだ。髪は真っ白に染まってしまったが、それでも三日月は三日月だ。私より髪も長いから、より
「今の若葉さんと同じなんですね。また一緒のものが手に入りました」
「ああ、一心同体だ。どちらも欠けちゃいけないんだ」
またもやいい雰囲気に。さっきは人前だったので止められてしまったが、見られて恥ずかしいような相手は自分達の部屋にはいない。もうここからは止められない。
「三日月、1つだけお願いを聞いてもらっていいか」
「私に出来ることなら何でも。私は若葉さんに酷いことをしました。その償いをしたいです」
それに関してはあまり考えないでほしいのだが、ここまで親密になったのだから、少し思い切った提案がしたかった。
「その若葉さんというのをやめないか。
「えっ、それはどういう……」
「呼び捨てとタメ口。ダメか?」
三日月は真面目で丁寧な性格だ。誰に対しても敬語を使う。姉妹に対してすらだ。会ったことは無いが、妹に対してはどういう態度を取るかは知らないが。敬語というのは少しだけ距離を感じる。
私は三日月の特別になりたい。今でも充分特別な、大切な存在なのはわかっている。私だってそう思っているし、三日月からもそういう思いを匂いで感じる。だから、他の者にはない何かが欲しかった。それがこれだ。
「す、少し、恥ずかしいですね……でも、若葉さんのお願いですし……が、頑張ります」
「辛かったらやめてくれても構わない。強制はしないから」
「い、いえ! 若葉さんのお願いですから!」
三日月には勇気のいることなのかもしれない。普段とは違うことをお願いしているのだから、抵抗があってもおかしくないのだ。
「……若葉」
おずおずと、呼び捨てにしてくれた。思ったより喜びが強い。それ以上に、三日月も嬉しそうだった。お互いに特別になり、周囲が見えていなかったとはいえ思い切り愛を語り合い、そして先に進もうとした。
「ありがとう。これでまた一歩先に進めた気がする」
「若葉、うん、私はもっと先に進みたいわ」
大切な人と共に生きていくだけで、こうも昂る。こうしていられるだけでも心が落ち着く。もっと一緒にいたい。深く繋がりたい。愛したい。
「三日月……」
「若葉……」
私達はずっと一緒だ。今日はもう踏み止まれそうに無かった。私達はそのまま先へ。
私の身体が変化してしまったことで、夢の中に呼び出される。
思考やら外見やらに影響が与えられたが、シグと完全に融合したわけではなく、相変わらず夢の中では会話が出来る。もう話せないということもなく、よき友人であり協力者、そして一心同体の相方として、ずっと私を側で見守っていてくれる。
だが、今日の夢の中は少し雰囲気が違った。いつもよりも明るく感じる。いつもは夜の海のため、こんなに明るくない。まるで夜間警備の最後の方に見られる夜明けの空だった。
『若葉、若葉、よく来てくれたよ! 聞いてよ聞いて!』
「焦らなくていいぞ」
いつも以上に満面の笑みである。一緒にいるチ級も、仮面の奥に喜びが見え隠れしている程だ。余程嬉しいことがあったのだろうか。
前回夢に出た時から変わったことと言えば、私の身体が大きく変化したことと、みんなが支配されてそれを解いたこと、あとは三日月と。
『若葉、ついに来たよ。この世界に三日月ちゃんも
「……そうなのか!?」
『そうだよ! ということは、やっとぽいちゃんにも会えるってことだよね。喜ばずにはいられないよ!』
抱きついてくるくらいの大喜び。確かにそれは喜ぶべきこと。常々、向こう側の駆逐棲姫ぽいとは話をしてみたいと思っていたが、それがついに叶ったという。この世界の明るさもそれが起因するもののようだ。
だが、お互いにより深く堕ちてしまったことで夢の世界が繋がるとはどういうことだろう。以前に身体が2つなんだから夢も2つと話していたはずだが。
『いやぁ、あれで夢まで繋がるだなんて、
「シグには見当がついているのか?」
『当然でしょ。繋がってるんだよ。心も、
ニヤニヤしだしたシグ。逆にチ級は目を逸らした。仮面越しでもわかるほど、顔を赤らめている。
勿論シグは私が起きてから寝るまでをずっと見守られている。冗談ではなくおはようからおやすみまで私の側に居続けているわけだ。だから、私が寝る前までにやっていたことを全て知っている。
「……見てたのか」
『嫌でも見ることになるでしょ。身近でされたんだから』
「すまない。正直、シグのことは完全に頭から抜けていた」
『いいよいいよ。三日月ちゃんしか眼中に無いもんね』
ニヤニヤが止まらない様子。なんて小憎たらしい笑顔か。それに比べてチ級の初々しさよ。
見た目とは違い、シグは耳年増だったのかもしれない。私が言えた話ではないが。
『とにかく、せっかく夢が繋がったんだ。ここでも会いに行こうよ』
「そうだな。
『だろう? そういうところも、思いは一つさ。そこでいろいろ話そうか』
手を繋がれて、猛スピードで行ったことのない水平線へと駆け出された。私にはわからないが、あちらの方に三日月達はいるらしい。シグとしてはぽいもこちらに近付いてきているのが何となくわかるそうだ。さすがは真に同じ存在。夢の中でもそういうところは敏感。
この夢の中では基本はシグのみ。つい最近にチ級が見つかったところだ。私の身体にはそれ以外に使われているものと言えば、腹の皮膚のリ級ではあるが、さすがに皮膚には意思は宿っていないようで、反応も何もない。
それなのに、シグに引っ張られる先には人影があった。夢の中だから私達が考えたものが実体を持ってるなんてこともあるかもとは思ったが、今までのことから考えるとそういったことは無いだろう。
「三日月……!」
「若葉!」
私もだが、三日月も相当驚いているようだ。本当に夢が繋がっているだなんて思っていなかった。シグの言ったことを信じていなかったわけではないのだが、あまりにも唐突すぎた。
そして三日月の隣、シグと全く同じ外見の者、駆逐棲姫が同じようにこちらに三日月を引っ張ってきていた。以前に聞いていた通り、私の知る駆逐棲姫、シグとは表情がまるで違う。満面の笑みでも少し子供っぽい。
『若葉、はじめましてっぽい』
「ああ、お前がぽいか」
『そうだよ。三日月が名前付けてくれたっぽい!』
確かにぽいぽい言っている。これはぽいと名付けたくなる気持ちもわかる。私でもそう付けてしまいそう。
片やシグの方も三日月に挨拶をしているようだ。すぐに仲良くなれたようで何より。チ級は少し遠目で見ていたが、シグに手招きされて紹介され、少し恥ずかしげに握手していた。
『ようやく会えた。
『三日月から聞いてたっぽい。私の片割れ!』
瓜二つの2人が手を合わせて
相性は当然とてもいい。すぐにでも打ち解けて、とても仲良くしていた。もしかしたら姉妹だったのかも。
「この中で会えるなんて夢みたい」
「夢なんだけどな」
「そういうことじゃなくて!」
プンスカと怒ったようだが、表情は明るい。こんな特殊な状況でまで繋がりが続いていると思うと、私も嬉しい。私達は本当に相思相愛だと実感出来る。
『ぽいは何処まで思い出した?』
『提督さんの艦娘だったっていうのと、大淀から鎮守府取り戻したかったってところまでっぽい。シグも?』
『うん。
別物になってしまったとしても、口調も思考も違うというのに、辿り着くところは全く同じ。やはり同じ駆逐棲姫であるということがよくわかる。初めて夢の中でお互いに会ってから、私と三日月は話が完全に一致していたし。
シグが独自に持つ情報は私の変化、ぽいが独自に持つ情報は三日月の変化のことくらいか。ならば、ぽいに三日月のことは聞いておきたい。
「シグ、ぽい、教えてほしい」
『いつものだね。大淀のことからにしようか』
「何かわかるんですか?」
『私達には少しだけ、かな。私はアイツの支配は効かなかったっぽい。三日月は効いちゃったけど』
軽く言うけど三日月にはダメージ。ぽいはそういう性格らしく、シグが余計なこと言うなとすかさず頭を叩いていた。
『若葉には効かないよ。
「ああ、蝦尾女史が言うには、
『そうだね。
嬉しそうに話す。まるで今の状態へと変化したことを喜んでいるようだった。特別な存在というのが琴線に触れたか。私も少しワクワクするところはある。
『三日月はまだちょっとまずいっぽい。でも、多分耐えられるっぽいよ』
「あの、ぽいちゃん、そのぽいは大丈夫か大丈夫じゃないかわかりづらいというか……」
『身体は動かなくなるっぽいけど、頭がおかしくなることは無いよ。そこは保証するっぽい』
三日月も私と同じ謎の存在に一歩踏み入れてしまっているらしい。少し違う負の感情による進化ではあったが、同じ駆逐棲姫のパーツからの侵食だからか、しっかりと細胞が混ざり合ってしまったようである。その辺りは明日の朝に蝦尾女史に調べてもらおう。
『あの大淀、
『だよね。翔鶴さんみたいに生きてる状態で変わっちゃったって感じっぽい。でも、なんか混ざり方が変な感じはしたかなぁ』
混ざり合ってはいるようである。私が謎であれば、大淀も謎。ただし、私のように細胞が完全に融合しているようなことは無いらしく、大淀はあくまでも深海棲艦へと変化しているに過ぎないらしい。
大淀の手で深海棲艦へと堕とされた翔鶴はそういう混ざり方をしていないそうだ。前々から練り込まれているような、そんな雰囲気なのだとか。
『でも、支配は本当に面倒くさい能力だね。若葉と三日月ちゃんが回避出来ても、他の子がね』
『三日月も動けなくなっちゃうから戦力外っぽい』
『君はもう少し言い方を考えた方がいいよ』
ぽいはシグ以上に口が達者らしい。それでも面白いことはよくわかる。これに振り回される三日月は大変だったろうに。
「……三日月も大変だな」
「あ、あはは……うん、ちょっと……ね」
三日月も苦笑するしか無いようである。
ここからは夢の時間が終わるまで5人で楽しむことにした。チ級もぽいには慣れたようで、楽しそうに遊んでいる姿が微笑ましかった。
私達はさらに一歩進んだだろう。心身共に、さらに楽しく生きることが出来るはずだ。これからも三日月と共に歩いていきたい。
三日月の季節メッセージでは、長月と望月に対してはタメ口なんですよね。姉である長月のこと呼び捨てにしていたりと、意外とフランクなのかしら。