継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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明るい世界

翌朝。私、若葉と三日月は、夢の中での5人での団欒を終えて目を覚ます。そして、お互いの状況を見て苦笑した。寝間着代わりに使っていた検査着は大きくはだけており、昨日寝る前にやったことを如実に表している。若干いつもと違う匂いもするが、他の者にはわからない程度だろう。

 

「おはよう、三日月」

「……おはよう、若葉」

 

昨日のお願いは続行してくれている。三日月に呼び捨てにされると昂るような感覚に襲われる。そのまま三日月を愛したくもあるが、朝から盛るのは少しまずい。下手をしたら時間も忘れてしまう。

この想いは必死に抑えて、着替えを用意する。昨日は夜は少し遅かったため、早朝のランニングはお休み。トレーニングは午後にやるとして、今はいつもの制服で。脚の傷を見せないように毎日貸し出しているタイツも、今やお揃いということで嬉しい要素だ。

 

「なんだか、変な感じ。昨日はあんなに辛かったのに、若葉のおかげで世界が明るいの」

「そうか。立ち直ってくれたのならよかったよ」

「若葉に愛されて、私は死ぬなんて選べなくなっちゃった。私も若葉と一緒にいたいもの」

 

タメ口で話してくれるのも新鮮だ。私だけの特権。三日月と一番親密な証。

ふと、三日月の首元が気になった。目を覚ました時に侵食されてしまった首筋のヒビが、制服を着ていても悪目立ちしているのがわかる。私はもう隠せないほどに痣が拡がってしまったため、マフラーは必要ないかもしれない。せっかくだから三日月に使ってもらった方がいいだろうか。

 

「三日月、首のヒビはどうする。隠すか?」

「あ、これ……どうしよう。若葉は隠した方がいいと思う?」

「どうだろうか……三日月も正直隠しようが無いところまできているもんな」

「それはあんまり言わないでほしいかな」

 

少しムッとしたような顔になるが、匂いから不満は感じられない。私相手には表情も豊かだ。喜怒哀楽をハッキリ見せてくれる。それも嬉しい。私はその上、夜の顔も知っているのだから、尚満足だ。

 

「妙な傷がついているわけでも無い。三日月が見せるのに抵抗が無いのなら、そのままでもいいと思う」

「そっか。じゃあ今はそのままにしておくわね。でも……その……昨日みたいに歯を突き立てるようなことは控えてね? いつか傷が付いちゃう」

「す、すまない。気をつける」

 

あまり激しいことをするのもよろしくないということだ。反省しよう。愛が深すぎるのも考えものである。

 

 

 

朝食後、そのまま打ち合わせの時間。私達が目を覚ますまでは待っていてくれたらしい。全員揃ったこのタイミングで、裏側で行なわれていたことが公表される。

 

「大淀の襲撃の件は既に連絡済みだ。わかり得る限りの情報を伝えた結果、近日の襲撃を見送ることになった」

 

私達が眠っている間にその辺りは連絡をしていたようで、下呂大将は大淀の艦隊司令部のことを聞いたことで、作戦を練り直そうと考えたらしい。

急がなくてはいけない状況ではあるのだが、深海棲艦を支配する能力を持っている以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるのが普通。施設への襲撃で使わなかっただけなのか、そもそも使えないのかは定かではないが、堅実に行くのならそこは考慮するべき。

もしこの時間を与えたことで艦娘すら支配する能力を手に入れていたとしたら、見送ったことが間違いとなってしまうのだが、下呂大将はそれも込みで敢えて時間を使うことを選んだようだ。

 

「伊勢と日向の実力も今回でわかったから、それも作戦の見直しに使うそうだ。とはいえ、なるべく時間は空けないと言っていた。明日の予定を2日か3日ほど先送りにするという程度だ」

 

元々は今頃襲撃準備だったそうだ。だが、こんなことが起きてしまったので今の作戦は御破算。

 

「それと、今回の大淀の能力を鑑みた結果、我々から出せる戦力は大きく縮小されることになる。むしろ出さない可能性も考えておいた方がいいだろう」

「はぁ……その報告が一番辛いところですね」

 

酷く落ち込む赤城。真っ先に支配され、施設への空襲と私の攻撃の妨害をしているため、今回の通達が一番堪えているようである。恨みと憎しみの方向性が大淀一点に集中したものの、そこで暴走して周りに被害を与えるだけとなってしまうのはよろしくない。

赤城の中のみんなとの相談の結果、再び大淀の支配下に置かれるくらいなら、お呼びがかかるまで待機した方がいいという判断に至ったようだ。自らの手で捻り潰したくても、あの力ばっかりはどうにもならない。最も嫌うことをまたやらされるなんてゴメンだろう。

同じように翔鶴も肩を落としていた。せっかく和解して共通の敵を見据えることが出来たのに、戦えないとなると出鼻を挫かれたようなもの。

 

「襲撃に参加出来るものもいるが、そこは先生や新さんが決めることだ。我々が口を出せるところには無い」

「少なくとも、この前やられちまったのは出せねぇよなぁ」

「ああ。その場で敵が増えるのは避けたい」

 

艦娘に効くかはさておき、既に効いているという事実がある深海絡みの者は流石に無理だ。克服出来る見込みが無いのは辛い。私のみ侵食により支配を完全に克服しているため、そこはどうなるかわからないが。

 

「朝霜、君は治療を受ければ問題が無くなる。どうする」

「こうなっちまったら流石に受けるしかねぇなぁ。あんなことされりゃ、あたいでもムカつくってもんだし、取っ払えるなら取っ払った方がいいよな」

「わかった。朝霜は例の治療により侵食を取り除く」

 

朝霜は処置を受けることで脳の侵食を無くし、支配を受けない方向に持っていくとのこと。出来るのならその方がいいだろう。一番喜んだのは朝霜ではなく風雲であったのは言うまでもない。

 

「私は脚がこれですから出来ませんね」

「そう……だな。透析に混ぜ込む手段しか出来ていないからな」

「問題ありません。もし脳にだけ出来る手段が出来たら、よろしくお願いします」

 

鳥海は脚の件があるため不可能。あの大淀の相手をするのには戦力外となる。とはいえ、施設防衛の要にもなっているため、本人はそれならそれでと納得してくれている。一度ならず二度までも敵対させられ、今のままだと三度目も確定とあっては大人しくしているしかない。

 

「僕達はそもそもの立ち位置として、基本的に待つことしか出来ない。午後からはまた来栖が情報を共有するためにここに来てくれる。それ以外はいつも通りに過ごしてほしい」

 

作戦の再立案が必要になったため、大本営側からはここに来る余裕が無いようなので、来栖提督だけが来てくれるようだ。信用ある鎮守府と情報共有出来るのはいいこと。是非とも知ってもらいたい。

 

 

 

来栖提督がやってくる午後までにいろいろやっておく必要がある。そのため、まずは最優先とされた朝霜の脳の侵食の治療。セットさえしてしまえばあとは時間が解決してくれるものなので、朝食後にすぐに処置された。これにより、昼食くらいのタイミングで完治していることが約束された。

ギリギリまで風雲が側におり、最後までお互いに憎まれ口を叩いていたのは印象的だった。それだけ気が許せる姉妹というのがよくわかる。

 

それを待つ間に三日月の診察も行なわれた。昨晩は結果的に蝦尾女史しか見ていなかったのだが、飛鳥医師にもしっかりと診てもらう必要があるだろう。

当然私も付き添いということで参加。蝦尾女史も侵食が拡がる瞬間を見ていたため、サポートとして参加している。医者というよりは看護師のようなポジション。

 

「髪の色が全て白になってしまったのか。三日月は眼が起点だからか、頭が最優先で侵食されてしまうわけだな」

「はい。あとはこれを」

「ヒビ……か。若葉の痣に近しいものに見えるが、少し触診させてもらうぞ」

 

飛鳥医師が三日月の首筋に触れる。私も昨日何度か触らせてもらったが、ヒビというよりは妊娠線のように線が入っているようなイメージ。

 

「ふむ……このままであれば何事も無いだろう。ただし、これ以上侵食が拡がった場合は、良くない結果になるやもしれない。治療出来るものなら優先的にしておきたいな」

「ヒビが入っているということは、最悪な場合、そこから裂けてしまう可能性も」

「無くはない。なるべく大事にならないようにするのなら、首に何かを巻いておいた方がいいかもしれないな。負の感情の昂りがそこに直結する可能性があるのだから、万が一を考えると保険をかけておくべきだ」

 

飛鳥医師も、三日月のメンタルの弱さは理解している。三日月もこの施設の中では古参に近い。第一印象は最悪だったが、長く付き合いがあるためにその辺りの理解度は高い。

そうそう無いにしろ、また何かしらの負の感情が発生して侵食が拡がろうとしたとき、三日月は次は首から伸びていくことになるだろう。私の痣が拡がるかのように、首から身体や顔の方にヒビが拡がり、最後は砕けてしまうなんていう不安が出てきてしまった。

 

「包帯を巻いておけばひとまずは大丈夫だろう。三日月、それで良かったか?」

「はい、それで結構です」

 

この戦場では負の感情が増福することもまだまだあるだろう。念には念を。毎朝私が首に巻いてあげるのがいいだろう。

 

「診察はこれで終わりだ。お疲れ様」

「飛鳥先生、朝霜ちゃんが目を覚ますまで休んでくださいね」

「そうさせてもらうよ」

 

明らかに疲れが見えた。匂いからもわかっている。それは蝦尾女史からもだ。

少なくとも三日月が目を覚ますまでの深夜まで蝦尾女史が起きていたのはわかっている。おそらく飛鳥医師もその時間まで起きていただろう。治療したものが全員目を覚ますまでは起きていそうな雰囲気はあった。

眠ったのは私達とどっこいどっこいくらいの時間だろう。その日は一日中研究やら治療やらを続けた挙句だ。途中眠っていた私とは違う。昨日から残った疲れと、単純な寝不足で、今の飛鳥医師は消耗しているはずだ。勿論蝦尾女史も。

 

「飛鳥先生が話を素直に聞くのは珍しいですね」

 

当たり前のように三日月の皮肉。私もそれは少し思っていた。今まではそれでも無理していたのが飛鳥医師。医者の不養生とまでは行かないものの、切羽詰まることが多く、結局体力で解決していたことも多い。

それに、私達の変化を見たら、まず確実に落ち込むところから始まると思っていた。私に関しては昨日の内に確認していそうだが、三日月のことを知ったのはつい最近だろう。

 

「蝦尾さんが加わってくれたおかげでな……それなりに心の余裕が手に入った。相変わらず君達の姿を見たから心にクるものがあるが」

「気にするなと言ったろう」

「だから気にしないようにしているんだ。治療法は常に探し続けている。若葉の細胞の件は僕も既に貰っているからな」

 

悲観的な部分を表に出さなくなったのは大きい。それだけ気を楽に持ってくれていると思う。

それもひとえに蝦尾女史の尽力のおかげだろう。サポーターとして生活の部分まで手を入れている。そこに元々のサポート要員である雷の手も加わるので、今の飛鳥医師は今まで以上に伸び伸びと活動出来ている。表情も若干健康的になったか。

 

「蝦尾さんには感謝しているよ。研究で余裕が出来るようになったのは本当に大きい」

「頑なに1人でやろうとしてたのは飛鳥医師だろう」

「巻き込みたくなかったんだ。他人を」

 

飛鳥医師の研究は他人に目をつけられることが多いような()()()もいくつかある。蘇生がその代表だ。それに他者を巻き込みたくないというところから、余程のことが無い限り、外部からの人との関わりを避けてきた。それ故に負荷が異常だった。

それも今は違う。作業に余裕が出来たことで、心にも余裕が出来た。おかげで負荷も減った。1人とはいえ巻き込んだ結果だ。仲間というのはやはり必要である。

 

「研究どころか、飛鳥先生の生活にまで関与出来るなんて感激ですよ。朝から晩まで一緒ですからね」

「実際助かってる。これからもよろしく頼むよ」

「はい、喜んで」

 

心の底から喜んでいる蝦尾女史の匂い。飛鳥医師も社交辞令ではなく本心からの感謝。お互いに信用している。つい最近出会ったばかりなのに、

私もこういう立ち位置となり、蝦尾女史がほのかに抱いている感情もわかるようになった。出来ることなら応援してあげたいものだ。好きなものと一緒にいられるというだけでもモチベーションは上がるし、日々が明るくなる。朝に三日月が言っていたように、世界が明るく見える。

 

この明るい世界を維持するためにも、この戦いは早く終わらせたいものだ。

 




夢が繋がったことは今は伏せています。どうしてそうなったかの説明が出来ないので。

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