継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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落ち込む姉妹

昼食に近いくらいの時間で、治療が完了した朝霜が目覚めた。侵食を治療されたことにより、常に艤装を装備し続けなければならないリミッターの外れた身体は元に戻った。

私、若葉が匂いを確認して、治療が完全に終わっていることを確認した。シロは今回は欠席。あんなことがあった翌日では、まともに動けない。

 

「おお、ホントに痛くねぇや!」

「それは良かった。治療は成功だな」

 

艤装を外した状態で最初にやった時のように鉄パイプを握り締めるが、どれだけ全力を出して握っても凹みすらしなかった。以前の状態でそんなことをやったら最悪の場合、朝霜の指や腕が壊れていた可能性だってある。それが無くなったことで、朝霜は正しく艦娘へと戻れたことになった。

 

「はぁ、これで部屋の片付けで苦労しなくて済むのね」

「力加減ミスってドアノブぶっ壊したのはマジで悪かったって」

 

心底安心したように溜息を吐く風雲と、それを知ってか知らずかケラケラ笑う朝霜。寝るときに拘束具を着けていたほどの状態だ。風雲も相当苦労していたようである。

部屋の一部を壊してしまうのは日常茶飯事。食事の時ですら、朝霜は専用の食器を使っていた程である。だが、そんな生活も今日まで。

 

「こいつとももうおさらばかぁ。ちょいと寂しいねぇ」

 

今まで使っていた日常生活用の艤装をしみじみと眺めている。完成させられ、艦娘としては壊された証でもあるそれは、長いこと使われていたため、随分と傷だらけになっていた。

 

「いざって時のために、部屋に置いといちゃダメか?」

「僕はそれでも構わないが、風雲はどう思うか」

「置いておくくらいなら別に。またこの前みたいに襲撃受けたときには役に立つし」

 

使い続けていただけあり、大分愛着が湧いているようである。許可が貰えたことをとても喜んでいた。ついさっきまで自分の身体の一部だったものなのだから、手元に置いておきたいのだろう。その気持ち、わからないでもない。

 

「では、これで治療完了だ。これからもよろしく頼む」

「あいよ。あたいもでっかい恨みが出来ちまったからな」

 

二度も支配されるというのは屈辱の極み。今回の治療により最大限深海棲艦に対する支配が効かなくなったため、戦える機会さえ与えられれば確実に参加するだろう。朝霜もそれくらい恨みが溜まっていた。

朝霜だけではない。今回の件で支配された者全員が同じように大淀に対して憎しみを募らせている。勿論三日月も。それを慰めるためにも、私が側にいてあげるのだ。

 

「まぁ、あたいなんて軽いもんだけどな。二度目だし。シロクロはマジで落ち込んでたからな……」

 

目覚めたときは三日月が一番危なかったが、その時に酷く落ち込んでいたのはシロクロだ。初めて持ってしまった、今まで一緒に暮らしてきた者への悪意と殺意で大泣きしてしまった。クロは一切隠さず、シロはセスに背中を押されたことで決壊した。外見相応に泣きじゃくる姿は、見ていていたたまれないものであった。

今は2人のことをセスが見てくれている。セスだって同じように支配されていたが、戦闘そのものに参加していない分、2人よりはダメージが小さい。それに、今はエコをシロクロに貸し出し中だ。アニマルセラピーで癒されていてくれればいいのだが。

 

「朝食の時も食欲が無いように見えた。ストレスで何かしらの体調不良を起こしかねないな」

「ならそれとなく確認しておく。若葉(ボク)なら匂いである程度わかる」

「ああ、頼む」

 

こういうときに嗅覚を使わないでどうする。いろいろとやってきたおかげで、ただの匂い以外もほぼわかるほどにまで成長してくれた。前々からもそうだったが、今の私に隠し事は出来ない。嘘の匂いどころか喜怒哀楽もわかる。

 

「ホント便利よね……若葉の鼻」

「ありがたいことにな」

 

この戦いが始まってすぐに手に入れてしまった力ではあるが、ここまで重宝することになるとは思わなかった。

 

 

 

昼食後、来栖提督の到着までもう少し時間があるらしく、休憩の時間を使って三日月と共にさりげなくシロクロに接触する。私も両眼が侵食されたものの、三日月ほど使い慣れていない。もしかしたら三日月の眼でも何かわかることがあるかも。

クロはセスから預かっているエコを撫でながら癒されており、シロに至ってはセスに甘えているほどである。そのおかげか、体調不良のような感じは見えない。

 

「シロがそうしている姿を見るのは初めて見るな……」

「……うん、ちょっと……ね」

 

クロの前ではちゃんと姉として振る舞うシロでも、今回のことはとても大きく響いているらしく、施設の中でも一番甘えやすいセスに抱きついて癒されていた。虚勢を張っているわけではないのだが、心の傷はシロの方が大きかったということなのかもしれない。

妹は姉に甘えられるが、姉はそういう相手がいない。シロはそういう相手をセスに見出したようである。セスもそこに否定的な感情は見えないため、今だけは3人姉妹のようになっている。

 

「ワカバはどうしたの?」

若葉(ボク)の艤装の件が聞きたかった」

 

直接()()()を話すのは憚られる。そのため、私が変化した際に得た艤装のことを振って感情の匂いを読み取ることにした。

艤装も自分としては気になっている部分だ。いつも使っている初春型艤装に追加して、太腿にシグの艤装が生成されてしまったのだから、今の私は普通ではない重装。メンテナンスも他よりかかることになるため、シロクロやセスに迷惑をかける可能性もある。余裕があれば自分でもメンテはするつもりだが。

 

「正直驚いた。あれは完全に深海棲艦の艤装だよ。しかも新品」

「ねー。私達みたいに作っちゃった感じなのかな」

 

エコの腹を撫でながらも笑顔で応えてくれるクロ。今のところはアニマルセラピー効果もあって感情は穏やか。シロもセスの温もりにより比較的穏やかである。

3人が私の追加で生成された艤装の解析をしてくれていた。今までの継ぎ接ぎ艤装とは違った、完全な新品な艤装。成分は深海棲艦のそれと全く同じ。私とシグの同調の結晶。

 

若葉(ボク)の中の駆逐棲姫と同調した結果だ。侵食が拡がった結果でもあるか」

「……そっか、あの時、ワカバものすごく怒ってたもんね。侵食が拡がってもおかしくないか」

「ワカバは……怒りと憎しみが力の根源みたいだからね……」

 

徐々に声のトーンが落ちていく。何を話してもどうしてもあの件に繋がってしまう。そうなった時、すかさずエコが頬を舐めた、こうしてみると本当に犬のようである。シロの方はセスがしっかりとケア。

感情の匂いも穏やかさが失われて、あっという間に悲観と自己嫌悪に埋め尽くされる。思い出さないように耐えていたのを、私の言葉で崩してしまったかのように思えた。

 

「どうしても、ね。あの時のことを思い出してしまうらしい。まぁ私もなんだけど」

「……すまない。気を利かせることが出来なくて」

 

セスのメンタルケアのおかげで、また泣きじゃくるようなことは無くなっている。だが、今朝も泣きながら目を覚ましたらしい。伊504と同じように悪夢を見てしまっていたそうだ。

あの時のたった数十分の話でも深く深く刻まれてしまっている。シロは吐いてしまうほどに憔悴していた。

 

「私は殆ど痛手を負ってないからね。最低な気分だけど、まだ耐えられる。だけど、この子達にはちょっと重いんだよ。何かあるとすぐにそちらに引っ張られちゃうんだ」

 

苦笑する。セスだって悪意に満ちた思考に支配されていたはずだ。それでもまるで気にしていないような素振り。やはり、何もしていなかったというのが大きい。

 

「しばらくは私が一緒に寝ることにした。リコにも話を通しててね」

 

胸に顔を埋めて震えているシロの後頭部を撫でながら話すセス。クロもエコを抱きしめて顔を埋めている。大きなぬいぐるみを抱きしめているように見える。エコも空気を読んで大人しくしていた。

この施設にいる最初から深海棲艦である者達を1つの部屋に割り当ててケアをしていくという方針で行くようだ。艦娘より落ち着くだろう。シロはセスに、クロはリコに添い寝を頼んでいるのか。

 

「あまり若葉(ボク)は顔を見せない方がいいだろうか。刺激が強すぎるかもしれない」

「……大丈夫……」

 

エコを抱きかかえながらだが、クロが少し涙声で言ってきた。泣きじゃくることは無くても、泣かないわけではない。あの時の悪意の記憶に押し潰され、感情が激しく揺れている。

 

「ワカバが悪いわけじゃないもん……というか、ここの人達に悪い人はいないよ。私達が迷惑かけちゃっただけだから……」

「違うぞクロ。若葉(ボク)は迷惑だなんて思ってない」

 

支配されたことが罪なわけがないのだ。気にするなと言って気にしなくなることは無いだろうが、ここの他の者のように開き直ってくれればいい。笑い話にしろとまでは言わない。ただ、あれは自分のせいじゃないとだけ刻んでくれれば。

 

「お前達は大切な仲間だ。だからこそ、若葉(ボク)も謝りたい。あの時は殺そうとしてすまなかった」

「ワカバ……」

「言い訳になってしまうが、リミッターを外していたせいで攻撃してくる者全てを敵として考えてしまったんだ。本当にすまない」

 

イムヤと呂500に止められていなかったら、あの時2人の首を折る勢いで蹴り飛ばしていた。そうなったら最後、2人ともこの世にいなかった可能性がある。そうでなくても重傷。飛鳥医師なら治せるかもしれないが、そもそもそういう怪我を負わせること自体が良くない。

 

「仕方ないよ……ワカバも……あの時は暴走に近かった……」

 

シロもおずおずと口を出してくる。セスにしがみついた状態はやめず、顔もこちらには向けない。

 

「シロ、クロ、気にするなとは言わないけどさ。みんなのおかげで施設には何も起きていないんだ。そんなに落ち込まなくていいよ。さっきクロが自分で言ったろう。ここの人達に悪い人はいないって。そこにはシロもクロも含まれてる。誰も悪くないんだ」

 

諭すように話すセス。そう、この施設の者は全員被害者だ。大淀のせいで捻じ曲げられただけで、今は何事もない被害者。自分に恨みと憎しみを向けてはいけない。向けるなら全部大淀に向ければいい。

と言っても簡単に行かないことはわかっている。時間をかけてケアしていく必要はあるだろう。シロクロは特に子供だ。何度も何度も慰めて、気にしなくなるまで親身に付き合っていく方がいい。何か吹っ切れるきっかけがあればいいが。

 

「うん……頑張ってみる……お仕事はちゃんとするから……」

「えらいぞ。辛かったら休んでもいいんだから」

「ううん、何もしない方が辛いもん。せめて工廠で働かせて」

 

こういう時は何もしていない方がダメな方向に沈んでいってしまうだろう。何でもいいから作業をしておけば、少なくとも罪滅ぼし出来ているように思える。何もしないよりマシだ。

 

「ワカバ……こんな私達だけど……いつも通り接してほしい……」

「勿論だ。シロもクロも、施設の仲間だからな。もう長い付き合いだろ」

「そうだね。うん、そうだよ。私達はワカバに拾ってもらえたから生きてるんだもん。いつも通りでよろしくね」

 

空元気に見えなくもないが、少しはまた穏やかに戻ってきたようだ。心が前向きになったのも匂いからわかった。すぐに元に戻ることは難しいとは思うが、この調子なら時間が解決してくれるだろう。

言いたいことがあれば好きに言ってくれればいい。やりたいことがあるのなら出来る限り応えよう。ゆっくりでいいから、前に向かってくれれば。

 

「ところで……聞きたいんだけど……」

 

気を取り直したところでシロが突然質問。

 

「何かあるのか?」

「ワカバと……ミカヅキ……何かした? すごく繋がりが……濃くなってる」

 

そうだった。シロは()()()()()()が見えるのだ。だが、おそらくそっち系の知識は無い。私と三日月の関係を細かくはわからない。知識外のことで繋がってるのなら、興味も出てしまうだろう。

 

「そういえば、昨日の夜も何かしそうだったよね。何したの?」

 

クロも好奇心旺盛に聞いてきた。途端に顔が真っ赤になる三日月。そういうところも可愛い。

 

「あー、シロ、クロ、それはお前達にはちょっと早い」

 

セスはわかってしまったらしく、有耶無耶にしてくれた。流石に知識のないものに説明するのはよろしくない。

というか誰に聞かれても説明するつもりはない。如月辺りは追及してきそうだが、何を聞かれても知らぬ存ぜぬを貫き通そう。

 

とにかく、シロクロは少しだけでも前を向いてくれた。あとはセス達に任せよう。何かあれば口を出せばいい。

 




子供故に罪悪感に苛まれるシロとクロでしたが、新しいお姉ちゃんセスの慰めで多少は前向きになれそうです。リコも姉妹になってくれるようなので、深海勢総姉妹。

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