午後、昼食後の休憩も終わり、来栖提督が到着。今回の送迎は珍しく海風率いる二四駆。文月率いる二二駆は近海哨戒任務中らしい。また、いつも通り鳳翔がついているのはわかるが、明石まで来ていた。今回は少し事情があるようだ。
施設襲撃が真っ昼間に行なわれたというのもあり、来栖鎮守府でも警戒態勢をさらに上げているそうだ。一度襲撃を受けているのだから、そうするのも普通であろう。私達は敵の親玉とその側近と戦っているが、その他にもまだまだ敵が増える可能性だってあるのだ。
「こいつァ驚いた。若葉も三日月も侵食が進んでんじゃねェか」
大発動艇から工廠に降り立って第一声がそれ。私、若葉も三日月も、見た目にわかる変化をしているのだから仕方ないか。私は顔を半分埋める痣が、三日月は髪の色が全て変わったことが、そして2人して癖っ毛が出来ていることがどうしても目立つ。
「いろいろあったんだ。それについては飛鳥医師から聞くことになるだろう」
「電話で多少は聞いてたが、流石に驚いたぜェ」
来栖提督を連れてきた二四駆はやはり反応してきた。私と三日月に出来た癖っ毛は、蝦尾女史が言うには白露型改二によく出る特徴らしい。言われてみれば、海風にも江風にも犬の耳のような癖っ毛がある。海風のものは少しタイプが違うように見えるが、江風のものは殆ど同じだ。
「なーンか他人の気がしないねぇ。姉貴みたいだよな」
「だよねぇ。こいつは何か謎があるに違いねぇ!」
私と三日月の髪をピコピコと指で弾いて遊ぶ江風と涼風。私は別にいいのだが、三日月は少し困り顔。軽く手を払って制しておく。
「でも、どうしてこんなことに?」
「
説明がとてもしにくい。とにかく、艦娘の想いの結晶である駆逐棲姫がこの腕だと伝えた。
さすがにこれには来栖提督も含めて驚いていた。シロクロ達から始まった友好的な深海棲艦の存在から見るに、深海棲艦の生まれ方も様々なのだろうという意識はあったようだが、ここまで明確に元艦娘の要素を受け継いでくることもそうそう無いらしい。
「なんか……そんな感じはしてた」
山風がボソリと呟く。そこで海風も何かに気付いた様子。
「山風がすぐに懐いたのはそういうことだったのかもしれませんね。今の若葉さん、少し姉達の雰囲気に似てます」
懐くと表現されたことで山風が恥ずかしそうに海風をポカポカ叩いていた。
確かに最初から少し雰囲気が柔らかかったのは覚えている。周りからも珍しいことがあるもんだと冷やかされていたことも。それは山風が姉の雰囲気を私から感じ取っていたからだったのかもしれない。
「そうなのか?」
「言われてみりゃ確かにね。髪型とかそういうのじゃなくて、雰囲気がちょいとだけどさ」
海風がそう言ったことで、涼風も何か感じるものがあったようだ。海風が姉
シグは自分で家村提督の部下の想いの結晶であると言っていた。その部下というのが白露型だったのかもしれない。いつか下呂大将辺りに調べてもらって聞いておこう。
「提督、私は例の件やっておきますね」
「おう、頼んだぜェ明石ィ」
珍しく明石が来たのは、何か理由があってのことだろうとは思っていたが、この施設に関係することの様子。私と三日月は来栖提督への状況報告に参加するためこの場から離れるが、その間に施設に所属する者に対していろいろとやりたいことがあるそうだ。
状況報告には私と三日月、鳳翔、そして旗風が参加。鳳翔以外は直接対決をしているという理由。旗風に至っては、日向と1対1で戦い、敗北したという経験がある。このことについては話しておきたい。
最終的には下呂大将にも伝えられるのだが、この施設の次に狙われる可能性が高いのは来栖鎮守府だ。敵戦力の情報に関しては。最速で伝えておく必要があるだろう。
「聞けば聞くほどやべェことはわかった。単機でのスペックを最大限に上げられてるわけだ」
「それを側近、護衛に使ってるんだ。まず近付くことから難しい」
2人の側近が圧倒的な力を持っており、遠近何もかもが出来る超万能戦力。相当な使い手である旗風も一方的にやられるほどなのは相当にまずい。
それを潜り抜けて大淀だけをやろうとしても、大淀自体がそれに匹敵するほどのスペック。深海棲艦と化した後の正確なスペックはわからないにしろ、私の一撃を腕を掴むことで普通に止めてきたくらいなのだから、動体視力やら回避能力が異常なのはよくわかっている。
「んなもんがついている大淀によくもまァ一撃喰らわせたな」
「……
「ほォ、なるほどなァ。侵食が拡がって、リミッター外しの暴走もあって、誰も見えないくらいのスピードが出たわけだ。代わりに脚がぶっ壊れるって感じか」
事実、私の脚は僅かではあるものの修復材を使われる程に壊れていた。1回でアレだ。戦場でも3回が限界かと思っていたが、それだけやったら脚は再起不能になるほどに壊れる気がしてならない。
「認識出来ない程の速度でギリギリ。それを出来るのが若葉だけ。やったところで若葉が壊れる可能性がある。こいつァ厳しいな」
私は筋力が足りないから速さでどうにかした感じ。筋力があれば上から押し込むことも出来るかもしれない。私の筋力程度では簡単に受け止められたくらいだから、今のままではどうにもならない。
結局のところ、必要なのは今以上の力。力も、速さも、何もかもがまだまだ足りなかった。敵の人道を顧みない違法改造はそれほどまでに強い。
「だが、太刀打ち出来ないわけじゃ無ェ。そのために俺ァいろいろと準備してきた。大将にも言われてたんでな」
「それが今、明石がやってることか」
「おう。ちょいと練度を測らせてもらってる。お前ら流石にカンストしちまってるだろう」
以前に鎮守府で改装してもらったときにも明石に測ってもらった練度。あれから大分時間が経っているため、私達の練度も上がっているだろう。
その練度は限界というものがある。計測上99までしかいかないらしい。それ以上はどれだけ鍛えても意味がないものになる。私達は練度以外のところで鍛えてはいるものの、それもそろそろ限界。今以上に強くなることが本当に難しくなっている。
「練度の限界突破を言い渡されたんだ。うちの鳳翔にもやってる処置でな」
「ああ、アレか。……アレはやってもいいものなのか?」
「今は緊急事態だからな。大将が推奨してきたんだぜェ?」
何か問題でもあるのだろうか。飛鳥医師が少し眉をひそめる。来栖提督もあまり乗り気では無いようである。
「私も司令に処置をしていただいております。艦娘の力を底上げし、練度をさらに上げるように出来るものです」
「
今以上に強くなれる見込みが出来るというのはとてもありがたい。しかも簡単な処置でそれが出来るというのなら尚更だ。何故そんなに尻込みをする。
「システムとしては簡単なんだ。
「尚のこといいな。で、そこに何が問題があるんだ。デメリットがあるから飛鳥医師が躊躇っているんじゃないのか?」
「……デメリットらしいデメリットはない。ここにいる全員分揃えるのに時間がかかる程度だろう。来栖の言い分としては、それも準備済みということだろう」
「よくわかってんじゃねェか」
ここまで聞いても出し渋る理由がわからない。練度が限界に達しているのなら誰にでも使えて、身につけるだけで限界を超えることが出来るなんて、今の私達的に使わないと損というレベルである。
「なら何故そこまで」
「そのシステムの名前がな……
魂を結ぶと書いて、
だが確かに、その名前は抵抗があるだろう。鎮守府に所属するものは提督との結婚という体で練度の上限を取っ払うものらしく、そのアイテムというのも指輪。名前が名前なので、提督側ですら複数人とのケッコンは控えているところが多いそうだ。来栖提督も鳳翔にしか処置をしていないのだとか。ちなみに下呂大将は第一水雷戦隊全員がケッコン済み。単純な強化アイテムとして見ている。
「それは、誰かに指輪を着けてもらわなくちゃいけないとか、式を挙げるだとかは必要あるのか?」
「いや、無い。指輪があれば自分で勝手に着けてしまえばいいだけだ。だが、名前がそれなんでな。式を挙げる鎮守府も少なくない」
そう言ったことを知っていたから、飛鳥医師は抵抗があったのだろう。愛だの恋だのが関わってくる名称故に、ケッコンの処置を受けた艦娘そのものが、提督に受け入れられた証とも言える。
この施設には提督なんていないので、ただの限界突破システムとしか認識出来ないものの、どうしても名前がついて回るものだ。下呂大将のようにただの限界突破アイテムとして使えればいいものなのだが。
「まァあくまでも推奨だ。体裁とかもあるからな。結局のところ、最後は艦娘の意思になるんだよコイツは」
自らの魂に関わることなので、私達にその意思が無ければ機能しないらしい。そういうところでも名称が足を引っ張っている。強化を受け入れただけなのに結婚を受け入れたようにも見え、意思はなくとも提督との関係を望んだ形に見えてしまう。
とはいえ、今よりも強くなれるというのは魅力的な手段だ。それに、ここには提督という存在がいないのだから、単純な強化としての認識もしやすいだろう。
「
「私もお願いします。強くなれれば、あの忌々しい支配を受けずに済むかもしれませんし」
私は勿論のこと、三日月も乗り気だった。今よりも強くなれるということは、大淀の支配を多少なり回避できるようになるかもしれない。夢の中でぽいに身体は動かなくなると言われてしまったが、そこを乗り越えることが出来れば戦える。
「大丈夫だとは思うが、まず練度を測ってからな。限界に達してなかった場合はやりたくてもやれねェ」
「わかった。それが終わり次第頼む」
「本当にいいのか?」
飛鳥医師は若干懐疑的。どうしても体裁のところは気になるだろう。だが、顔に痣や傷があるよりは全然マシだとおもう。
それに、私達にはもう一つ乗り気である理由がある。
「構わない。それに、絆が形に見えるようになるのは嬉しいんだ。なぁ、三日月?」
「はい。私もそれを思っていました。私達の絆の証が出来るのは嬉しいですね」
魂を結ぶ強化とはいえ、結婚という行為。絆を深める行為だ。私は三日月と共にケッコンをしたいと考えていた。形として残したい。
私と三日月の変化の中で、外見以上に大きな部分。それを目の当たりにして、来栖提督は目を丸くし、鳳翔はあらあらと微笑む。
「おいおい、飛鳥よォ、こりゃどういうこった。仲がいいとは思ってたが、ここまでだったのか?」
「……みたいだな。侵食が進んだ結果だ」
「仲が悪いよかいいたァ思うが、ここまでなのはあまり見ねェなァ。北上と大井みてェじゃねェか」
ともかく、今以上に力が手に入るのなら嬉しいことだ。全体的な底上げにより、私も耐久力が強化されるかもしれない。1回やっただけで脚が壊れかけるようなことが無くなればまだ勝ち目が出る。出来ることは全てやっていかなければいけないだろう。それがまさか結婚という形とは思わなかったが。
「最低限2人分は確実に揃えておく。それでいいな?」
「ああ、頼む。
「私は若葉と」
三日月と見合って、自然と笑みが溢れた。絆の証明がこんな形で出来るなんて。正直、強化は二の次になってしまいそうであった。
ここまで来ると、強化はケッコンカッコカリしか無くなってしまいました。この作品では、ケッコンには提督要らず。なので、