翌朝、大量の指輪を持って帰投する。半日も無いくらいに迷った結果、最終的にはケッコン出来るものは全員する方向で落ち着いたそうだ。体裁よりも施設の存亡を取るのは必然のことでもある。
また先日と同じように襲撃されたら、まず確実に全滅だ。大淀があの調子だったからか、伊勢も日向も本気を出していないことが痛いほどわかっている。そもそも私、若葉や三日月を生かして捕らえようとしていた時点で本気では無い。あれをどうにかするためには底上げは必須。
「お姉ちゃんも練度が99になったらケッコンするの?」
「した方がいいのよね。ちょっと足りなかっただけみたいだし、もう少しリコさんに鍛えてもらったら限界になりそうなの」
第二改装まで終えた暁も、ケッコンはしていく方向で考えているようだ。暁はその体裁自体にあまりピンと来ていないようだが。
「ケッコンしたらまた一人前のレディに近付けるわよね」
「お姉ちゃんは充分レディだと思うわ。お料理も手伝ってくれるし、戦いの後のケアとかホントに頼りになるもの!」
「そ、そうかしら。ふ、ふーん、やっぱり暁ったらレディの風格備えちゃってるのね」
レディかどうかはさておき、戦闘に出ていない時のケアの仕方はとても的確だ。怪我を負ったらすかさず治療に来てくれるし、気を失ったものは即座に運び出す。戦場がちゃんと見れているのだと思う。
そんな暁、第二改装をしたことにより新たな装備、探照灯を手に入れた。その観察眼は索敵能力にも繋がり、さらに探照灯があるため、夜間警備でも活躍してくれるだろう。
「それにしても、指輪すごい量ね」
「これだけあると流石にな」
施設所属の者から、深海勢を抜くと総勢19名。うち、初霜は練度不足どころか今は戦闘にすら参加しないため後回しとして、近日中に達成しそうな暁の分まで含めて18名分の指輪が必要なわけだが、用意してもらった20個全てを運んでいる。念のため深海勢にも指輪を着けてもらい、練度の限界が上がるかを確認するためだ。なので、今回は帰投に明石がついてきてくれていた。
1つの箱が小さくても、これだけあるとそれなりのサイズになるし重さもある。艤装を装備しているのだから重さに関してはどうと言うことはないが、雑に扱うわけにもいかないので綺麗に梱包されているものを運んでいる。やはり、大発動艇があった方が良かったか。
「戻ったらすぐに着けるつもりだ。義理の姉達にも挨拶出来たしな」
「義理の姉……って、文月達のこと?」
「ああ、昨日の夜に」
ケジメとして昨晩、いつものように三日月と話にくる二二駆達に、面と向かって今の状況を伝えた。ケッコンの際に指輪交換をする約束をしていることも。
揃って祝福してくれたが、まさかそこまで進んでいるとはと驚かれたものだ。大淀の非道な所業も関係しているが、私の侵食が大きく進んだことが主な理由だ。私が止まらなくなった。ただそれだけ。
「親族公認の仲ってことね。おめでと、若葉」
「ああ、これで悔いは無い。最初から無かったが」
「幸せなら形なんて関係無いのよ。昨日も言ったけど、楽しく生きていけるのが一番なんだから」
その通りだ。楽しく生きる事が出来ればいい。
「ところで、明石が持ってるそれは何だ?」
便乗してくれている明石は、指輪ではない手荷物を持っていた。少し大きめな紙袋のようだが、重そうではなく、見た目では中に入っているものの形もわからない。
「ちょっとした餞別です。施設に到着したら出しますよ」
明石はニッコリ笑っていた。匂いも企んでる雰囲気はあるものの悪い感じはしない。何かはわからないが、そういう風に言うくらいなのだから心配は要らないだろう。紙袋に入れているくらいなのだから軽いもの。見当が付かないが不安は無い。
しばらく行けば施設に帰投。加賀や瑞鶴の飛ばす哨戒機が見えた。航行中も何事もなく、施設も昨日のまま。夜の内に襲撃を受けたとかは無かったようで安心。
工廠に到着すると同時に、私の持つ大荷物を工廠にいた摩耶とリコが受け取ってくれた。これが件の指輪であることはわかっているため、なるべく丁寧に。別に落としてしまっても壊れるようなことはないと思うが、艦娘にとって重要な意味を持つアイテムだ。万が一傷がついても気分が悪い。
「初霜を除く全員分だ。暁の分も入っている。あとは余った分も深海勢に使ってみようってことで持ってきた」
「ご苦労さん。さすがに多いな」
「ああ。重くはないが、持ってくるのは大変だった」
肩を回すとゴキゴキと音が鳴る。3人に護衛を頼みつつ私がここに運んできたわけだが、身体が凝り固まってしまったようだ。
「昼飯の後にこいつを使うことになるわけだな」
「ああ、時間的にもそうなるだろう」
朝に鎮守府を出て、ここについたのは昼食前というところ。指輪を使うのは昼食後になりそうだ。
昼食後、やはりこのタイミングで指輪の話題が出た。全員集まっている食堂で話すことになったが、実際にその処置をするのは自室に戻るなりこの場でやるなりすればいい。
全員揃った場とはいえ、食堂での指輪交換は流石に風情が無い。だが、施設にいい感じの場所が無いというのも確か。強いて言うなら談話室か。普通の鎮守府なら会議室とかでやったり、職人妖精に頼んで式場のような部屋を作ったりするそうだ。
「装丁もすごくしっかりしてるのね……」
配られた指輪の入った箱をしげしげと見ながら呟く曙。一番最後まで悩んでいたのは曙だそうだ。
この事件が終わった後、曙はこの施設から出て行く可能性が無いとは言えない。そうした場合、何処かの鎮守府に属することになるだろう。そうなった時、ケッコン済みだと嫌でも配属先の提督とそういう関係に見られてしまうことだろう。それを嫌がっていた。人間嫌いではなく提督嫌いという少し特殊な艦娘である曙故の苦悩。
「あとはこれを各々指に嵌めてもらうだけだ」
「練度限界を越えたことは私がわかるので、嵌めたら私が確認しますね」
昨日やった練度の計測を改めてすることで、限界を越えていることが確認出来るそうだ。そうでなくても、指輪を嵌めれば感覚的にわかるらしいので、計測はどちらかといえば念のため。
「さて、でもその前に。若葉と三日月は式挙げません?」
「えっ」
急に振られて驚く。指輪交換で終わらせるつもりだったが、明石からそれを振られるとは思わなかった。
何でも、来栖鎮守府では簡単ながら式が挙げられたらしい。明石はそれがとても印象的であり、また、いたく気に入ったようで、出来るものならケッコンは式を挙げた方がいいのではと思っているそうだ。ただ、来栖鎮守府でケッコンはもう無いと提督の方針により決められている。そのため、式を挙げたいとなると来栖鎮守府以外の場所になってしまう。
施設でのケッコンの件は、明石にとっても好都合だったようだ。準備万端になるというものである。
「というわけで、艦娘一世一代の晴れ舞台です。式、挙げましょう!」
「いや、明石、いきなりそんなことを言われてもだな」
「元々は指輪交換で終わらせるつもりだったので……」
私も三日月も突然突きつけられてすぐに答えが出せない。だが、ここから明石以外の声も上がり始める。
「いいじゃない。せっかくなら挙げましょうよ。三日月は挙げないって言ってたけど、挙げておいた方がきっといい方向に行くわ!」
「おう、お前らの仲はみんなわかってんだからよ。アタシは構わねぇぜ?」
雷と摩耶が後押ししてきたことで、だんだんと乗り気な者も増え、私と三日月の挙式が私達の意思とは関係無いところで出来上がって行く。施設内でやるのは難しいから浜辺でやろうだとか、明石がそれを取り仕切るだとか。
飛鳥医師や蝦尾女史までその案に賛成していたのは意外だった。そういう形でメンタルの拠り所をしっかりと固めておくことはいいことじゃないかと。ケッコンという名目に難を示していた飛鳥医師だが、私達なら問題ないとまで言ってくれている。
「わかった。みんながそう言うのなら、三日月と式を挙げる」
「その、ありがとうございます。私達、添い遂げます」
ということで、このまま挙式の準備となった。トントン拍子に決まっていったのが少々怖かったが、この機会はありがたく使わせてもらおう。
自室で挙式の準備。私には姉が付き人となってくれている。こういう時にはやはり姉妹がいることがありがたい。三日月の付き人は当然如月である。
「まさかここまでやることになるとは思わなかったぞ」
「良いではないか。晴れ舞台じゃ」
私は、明石の持っていた紙袋の中身である、式用の服を着せられていた。最初から明石はここで私達の式をやるつもりだったようだ。
だが気になったのは、私が着せられているのは男物のタキシードである。サイズも驚くほどピッタリ。如月が言っていた婿というのがついに実現してしまった。
「
「そうなるじゃろうて。自分でもわかっておろう?」
「……ああ。だが、別にどちらも女物で良かったんじゃないか」
どちらがやると言われれば私になるだろう。シグとの同調で中性的なタイプに磨きがかかってしまっているし。
この状態で外へ。今日はとてもいい天気であり、風もほとんど吹いていない。本日はお日柄もよくと言い切れるほどの晴天。そんな中での式である。
施設のみんなも既に待機してくれていた。私の男装を見て感嘆の息を吐くものや、素直に驚く者など多数。
「若葉……」
「三日月、来たか……っ」
私が外に出てすぐ、三日月も到着。私がタキシードなら、三日月はウェディングドレスだろうと思っていたが、まさにそれだった。あまりにも似合っていたため、息を呑んでしまった。それを如月に見られてニヤニヤされた。
「よく、似合ってる」
「若葉も。でも男装なのね」
「
2人して苦笑し、そのまま手を繋いで明石の前へ。みんなの前で堂々とこういう行為をするのは初めてではあるが、羞恥心よりも誇らしさが先立つ。隣に三日月がいるからか。
本来の式とは段取りがまるで違うのだと思うが、今回の目的である指輪交換へ。
「では、若葉から三日月へ嵌めてあげてください」
「わかった」
ケースに入れられた指輪を取ると、三日月の左手を取り、薬指にリングを通す。これにより三日月は練度の限界が突破された。指輪が嵌った瞬間に三日月が心地良さそうに目を細めたのは見逃さなかった。
「では、次は三日月から若葉へ」
「はい」
お返しと言わんばかりに、三日月が私の左手を取り、薬指にリングを通してくれた。瞬間、力が湧き上がる感覚。これは確かに心地よい。だがそれだけではない。三日月との明確な繋がりが出来たことが、限界を超えた心地良さ以上の感覚を与えてくれた。
見えない繋がりは幾つでもある。心の繋がり、身体の繋がり、ついには夢の中まで繋がった。だが、誰からでもわかるものというのは今まで存在しなかった。それがコレだ。
「お疲れ様でした。後から測りますが、これで限界を超えました」
明石の宣言で、みんなが拍手喝采してくれた。
これにより式としてはこれで完了。必要最低限の内容だけでも、式としての体裁は整っているものである。周りにみんながいてくれて、その中心で指輪を交換するだけでも、これはケッコンの式であると言える。
「どうですか? 練度が上がった実感ありますか?」
式を執り行えたことで満足げな明石に聞かれた。
「ああ、実感できる。漲るようだ」
「私もです。今まで以上の力が出せそう」
お互いに左手の指輪を見た。昨日鎮守府で見たものと同じ、少し味気ないシンプルなケッコン指輪。だが、この存在が今はとても誇らしい。
強くなった証であり、私には三日月との繋がりの証。飛鳥医師が言うところのメンタルの拠り所。これがここにある限り、私達は折れない。
「本来のケッコン式なら、誓いのキスとかもあるんですが」
「……そこまで本格的にやる必要あるのか?」
「雰囲気ですよ雰囲気」
流石にそこまでは……と思ったが、明石の言葉を聞いて三日月からの匂いが若干変化。求めるような、だが人前という状況に羞恥心で卒倒しそうな、そんな複雑な匂い。
そんな匂いを嗅がされたら、私も少し昂ってしまう。が、三日月の意思は尊重したい。やはり衆人環視の中というのは少し抵抗がありそう。なので、三日月の耳元で囁く。
「夜に、な」
「うん」
明石にも気付かれないように。三日月はそういうところはデリケートなので、懇切丁寧に。
「さすがに勘弁してくれ」
「ですよねー。なら写真撮りましょう写真! 一生物ですからね!」
ケラケラ笑う明石。申し訳ないが、ここからは本当にプライベートな問題だ。式を挙げただけでも充分だろう。
これにより、私と三日月はより深い絆を得ることが出来た。お互いを拠り所としたことで、この世界をより楽しく生きることが出来そうだ。
ついにケッコン式まで挙げました。2人の愛は留まることを知りません。
若葉がタキシードなのは当然だよなぁ!