大淀自身による襲撃が行なわれてから今日でおおよそ3日。下呂大将主導による鎮守府襲撃計画は、敵のスペックが一部判明したことで練り直しとされている。先送りにするのは2〜3日と言っていたものの、それ以上かかりそうであった。伊勢と日向の大まかなスペックがわかったことも大きいが、大淀の支配能力に警戒して念入りな計画再考になっている。
施設は指示を待つことしか出来ない。その時が来たら指示に従い、選出されるであろう面子が出向して最後の出撃となるだろう。
「今は申し訳ないが、待機ということになる。連絡が来るまでは待ち遠しいとは思うが、普段通り過ごしてほしい」
全員揃う朝食の場。飛鳥医師が改めて話してくれた。誰もがこの施設の立ち位置はわかっているつもりだ。ここはあくまで鎮守府ではなく、大本営に管理された医療施設。メインは研究であり戦うことではない。故に、自衛はするが、攻め込むのは本来の在り方に反する。
場所は加賀と赤城がわかっているため、行こうと思えばいつでも行けるのに、待機させられるのは歯痒いものだ。だが、他ならぬ2人が待機を選択しているのだから、施設の者は誰も動くことは出来ない。
今のままでは出撃したところでまた支配され、あの時の二の舞となってしまう。赤城も嫌な思いをしている1人だ。あれをまたやりたいとはいくらなんでも思えない。
「ケッコンしたことで練度の限界を越えている。その分、訓練がより身になるだろう。それも込みで、普段通りにしてくれ。夜間警備も予定通り続ける」
代わってもらった分、私、若葉と三日月は今日当番になる。相方はリザーバーの朝霜と巻雲か、また別の面子となるか。それはまた相談しておこう。
それまではやれることをやる。私ならまず訓練か。艤装の整備はシロクロ達がしっかりやっておいてくれていたため、私自身で触るところは無い。
「では今日も一日、よろしく頼む。夜間警備組はご苦労様。ゆっくり休んでくれ」
既に暁がうつらうつらしていたのは見なかったことにして、新しい一日が始まる。私は今日は訓練と行こう。
今の身体になって大淀に一撃喰らわせることは出来たが、それは身を削っての一撃だ。もっと確実に、消耗なく同じことが出来るようになりたいものである。そのためにも自らを鍛え上げ、施設を守ることに尽力していきたい。
私が気合を入れたことを感じ取ったか、隣の三日月も気合が入っていた。三日月だって大きな被害者だ。あの時の経験を思い出し負の感情が増幅した結果、侵食が拡がってしまっている。絶望による自殺願望まで芽生えさせられたことで、大淀への怒りと憎しみはさらに増している。気持ちは一緒だ。
「若葉は訓練?」
「ああ、三日月もだろう?」
「うん。まずは何も変わってないか確かめないとね」
全て白く染まった自分の髪を撫でて話す。ここまで侵食が拡がっているのなら、私と同様に脳への侵食も深くなっているはずだ。私と違って明確に外に出るような変化はあまり無いようだが、髪型は変わってしまっているし、何かしら変化があってもおかしくない。それこそ、あのぽいのような要素が何処かに出ている可能性だってある。
「今までと同じように、一緒にやるか」
「うん、そうする。同じ訓練だしね」
こういうところも一緒に出来るのは嬉しい。私達はいつでも一緒だ。
予定通り、まずはリミッター解除訓練。以前と同様にゆっくりとリミッターを外していく。長時間のリミッター解除のための訓練ではあるが、今回は自らの変化を自覚するための訓練になる。
先に私から。戦場では怒りと憎しみに呑まれて、敵対した者を皆殺しにするようになってしまったが、今はどうだろうか。
「どう?」
「……
伊勢と日向は殺してもいいかと思えることはあるが、おおよそ変わらず。あの時ほどの殺意は、大淀にしか向かないだろう。
ゆっくりリミッターを戻して、今度は三日月の番。私と同じようにゆっくりとリミッターを外していく。その度に顔からは感情が消えていく。これは前までと同じ。
「そちらはどうだ」
「変わってないっぽい。何も感じなくなってる」
感情が失われたことで態度が素っ気なくなるものの、それは前までと同じ。侵食が拡がったにしても、今までのリミッター解除とは何も変わっていないようで何より。
ただし、大淀を前にしたときは話が変わる。今回の侵食はそこに特化しているようにも思えた。容赦なく、後先考えず、この身が潰れたとて奴だけはこの世から消し去りたい。その気持ちは前よりも増加しているようだった。
「ううん、少しだけ変わってる」
「何処がだ?」
「大淀は血祭りにあげないと気が済まない」
淡々ととんでもないことを言う。これがおそらくぽいの要素。あんな子供っぽい性格をしていても、奥底はシグより過激な様子。血祭りと書いてパーティーと読むタイプか。無感情な三日月は見慣れたが、ここまで攻撃的な三日月はレア。
リミッターを外した時だけの人格みたいなものがあるように思える。私は私をそのまま持っているが、三日月はぽいが色濃くなるイメージだ。代わりに私は普段からシグが外に出ているので、どっちもどっち。
「んん……なんて言うか、頭の中が真っ赤に染まるみたいな感じかな」
リミッターを掛け直して話す三日月。私も似たようなものだ。リミッターを外すと頭に血が上るというわけではないが、思考が赤く染まっていくような感覚はする。感情を失う三日月でそうなのだから、理性を失う私もそうなるのは当然のこと。
「リミッターは前と同じように外せるのなら、
「なら演習とかで実戦訓練がいいのかな」
「それをするか筋トレとかで基礎をきっちりやるかだな」
私に欲しいのは耐久力だ。自分の行動で自分が壊れてしまうのは良くない。あの大淀に一撃喰らわせることが出来た最後の一撃。その場にいる者が誰も知覚できなかったというあのスピード。あれを自傷無しで連発出来るようになってやっと一人前。
時間が無いので身体を苛め抜かなくてはいけなそうだが、それももう慣れたものだ。薬湯は確か先日鳳翔が増やしてくれていたはずだから、やれないこともない。
「実戦訓練なら、わたくしがお相手仕りましょうか」
気配なく現れた旗風に2人して驚いた。戦場で大淀相手にも直前までバレなかった移動術。気配を殺し、気まぐれに動き、気付けば近くにいる旗風の恐ろしい技。別に仲間相手に使わなくてもいいと思うのだが。
「旗風が相手か。敵も刀を使ってくるからな。近接戦闘を挑まれたときに動ける必要はある。旗風、よろしく頼む」
「かしこまりました。三日月さん、若葉さんを少しだけ貸していただいてよろしかったですか」
「訓練ですから問題ありませんよ。私も同じ場でその戦いを見させてもらいます。私は動体視力の類を鍛えたいので」
三日月からも許可が下りたことだし、今日は午前中いっぱいは旗風との実戦訓練となるか。
旗風の姉である神風には、まだ練度の低かった時とはいえコテンパンにのされたものである。その妹なのだから、神風と同等の力を持っていると考えてもいい。ならば、ここで勝てるくらいでなくては、私も日向には手も足も出ないだろう。
三日月が見守る中、旗風と向かい合う。さっきの感じからして、リミッターを外しての演習でも問題無いだろう。そのために、拳銃の弾もナイフの刃もダミーに換えてきた。使うかはわからないが、魚雷もダミー。深海製の艤装なだけあって、スイッチングでその辺りは解決。
旗風もゴム製の模擬刀。神風も使っていたそれは、当てられるとそこそこ痛い。
「重装備ですね。それで高速に動けるというのは、何とも不思議なものです」
「
シグの艤装である魚雷発射管を撫でる。手に入れたのはつい最近なのに、シグと同調しているおかげか、やたら愛着が湧くものである。
獣のように構える私に対し、フリースタイルで構え自体が存在しない旗風。あくまでも気まぐれに、そのときにやりたいことをやるような型。姉妹でバラバラの剣術を使う神風型の面々の中でも、特に特殊な気がする。
「では参ります」
「ああ、よろしく頼む」
私もゆっくりとリミッターを外していく。どう来るかわからないために速攻勝負。いつもの自分のやり方と何も変わらないようにも思えるが、やれることを極めていく方が早いのは確か。
海面を一蹴り。やはり今までよりも断然速い。脚を壊すほどの速度を訓練で出すわけにはいかないので、今はこれで。それでもすぐに旗風が眼前に現れるほど。
「神姉さんと同等……くらいですね」
旗風からの評価は神風と同等。それはまた嬉しい言葉だ。神風に追い付けと言われて文句を言ったあの時が既に懐かしい。
だが、旗風としてはその速度は
ギリギリ対応してそれをナイフで止められたからよかったものを、これが本物の刃なら私の腹は腸をぶち撒けていた可能性大。
「猪突猛進になっておりますね。わたくしはそれに慣れておりますゆえ、対応は可能なのです」
「肝に銘じておく。もっと小細工を考えないとな」
「それがよろしいかと」
微笑まれた後、刀を薙ぎ払われた。そこまでの重みは無い撫でるような太刀筋。今回は押し込むことをせず一度離れた。
「神風はこの時どう返したんだ?」
「そのまま押し込まれましたね。神姉さんはわたくしよりも腕力がありますから」
そういえば、神風はあの俊足と同時に特二式内火艇をバラバラにするような奴だった。近付かれるとそれだけで危険な存在。
「松姉さん程でなくとも、あまり鍔迫り合いは出来ませんね。春姉さんは穏やかな太刀筋ですから競りやすいのですが」
「お前達姉妹は全員とんでもないな」
「貴女には負けますよ。とんでもなさでは」
仕切り直して、もう一度獣の構え。今度は脚への負担を気にしつつも、多少無理して動き回ってみよう。
もう一度海面を蹴る。今回は即座に眼前に行くわけでなく、それよりも手前で着地した後、出来る限りの速さを保持して真横や真後ろに向かうように駆け回る。その度に海面から水飛沫が舞い散った。
「今度は小回りですね」
相変わらず気まぐれに刀を振るう。だがそれが私の行動範囲を狭めるような的確な位置。まるで自分のテリトリーに入ってほしくないかのようである。
「っしっ!」
行けると思ったタイミングを見計らい、刀を振るった瞬間を狙って突撃。水飛沫も使って目眩しまでした。
だが、その時には旗風は別の場所。やはり猫のような気まぐれさで、悪く言えば
「お前のそれはどうなってるんだ」
「企業秘密です」
「ならいい。せめて1発くらい当てたいものだな」
その後も縦横無尽に駆け巡りながら戦ったが、旗風には近付けても刃を当てることはなかなか出来なかった。流石は神風の妹と感心してしまったものである。
神風に教えを請った時も触れることが出来なかった。あの時の神風は手も抜いていただろう。今でこそ旗風に本気を出させているようだが、今の私はまだ届かないらしい。
「鍛え直した甲斐はありましたね。わたくしも少し悔しい思いをしていますから」
「ここまでの力があってか」
「最初の襲撃の際、完成品に苦戦させられましたから」
そういえばそうだった。駆逐艦の完成品を相手にして、中大破者続出だったという話は聞いている。その時から神風型は鍛え直し、より強力な力を手に入れていたようである。
ならば、神風は私の知っている時よりもさらに力を持っているのだろう。また鍛えてもらいたいものである。
これを無傷でボコボコにした日向は何処までの力を持っているというのだ。
「では、さらに続けていきましょうか」
「ああ……って、ちょっと待て。あそこ、何か見えないか」
訓練を続けようと思ったが、一旦中断。水平線の向こうに何かが見えた。私が気付いているのだから、三日月もしっかり気付いていた。水平線を睨み付けるように見ている。
「おや……確かに」
「敵か」
加賀の哨戒機が飛んでいくのも見える。敵だったらそれを撃ち落とそうとするかもしれないが、その様子もない。
そうこうしている内に、顔もわかるくらいに近付いてきた。姿形でわかるのは、それが艦娘であること。同じ服を着た2人なので、おそらく姉妹。
「こ、ここが例の施設なのか、筑摩よ」
「そのようですね、利根姉さん」
大分疲れているようだ。話し振りからして、来栖鎮守府所属でもない、全く知らない場所からの来訪者のようだ。だが施設のことは知っているようなので、明確に用事があってここに来たようである。
「お前ら、何者だ」
「すまぬ、吾輩は利根という。施設の者に用があって来たのじゃ」
三日月は警戒を解かない。匂いからして敵対の姿勢は見えないが、何者かわからないために戦闘態勢。
「何用だ」
「うむ、率直に言わせてもらおう」
ここまでの航行で疲れは見えるが、何処か自信満々な態度で言い放った。
「吾輩達も、大淀討伐に加えてほしいのじゃ!」
若葉や三日月はケッコンしたばかりなので練度100。対する旗風は170くらいだと思ってください。