継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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姉妹の絆

三日月が正式に施設の一員となった。とはいえ、まだ飛鳥医師のことは嫌いと公言し、敵対心は払拭出来ておらず、事務的な会話以外では自分から話しかけることもなく、相変わらず目は一切合わせようとしない。

それでも、同じ空間にいても暴れるようなことはなくなった。そのため、ようやくみんな同じ部屋で食事をすることが出来るようになった。翌日の朝食からは食堂に三日月の席も作られ、皆で揃って食べることに。

とはいえ、まだ慣れていない部分もあるため、三日月は基本私、若葉の側にされている。三日月もそれを希望した。

 

「三日月、まだ若葉の部屋で寝るのか?」

「落ち着けるのは若葉さんの側だけですので。何かあった時に頼れるよう、今後ともお願いします」

 

自室は与えられているものの、敵に囲まれているという感覚はまだそのままらしく、夜は私の側にいたいとのこと。ここで生活するということは、私達で言うのなら常に嵐の夜という感覚なのだろう。心細いというか、温もりが欲しいというか。

 

「やっぱ若葉に一番懐いてるよな」

「境遇が同じだもの。一番わかってあげられるのは若葉よね」

「そうです。私の仲間は若葉さんだけですので」

 

私に対しての感情は、()()()()から少しランクアップして信頼に。1週間、朝から晩まで常に側に居続けて、会話をし続けたことでここまで辿り着いた。雷が言う通り、境遇が同じというのも大きい。

この施設の一員となっても、私の側にいることは変わらないだろう。私が艤装整備をしている時は、さすがに離れていてもらいたいものだが。そういう時は雷の手伝いで家事に専念してもらう。

 

「あ、そうだ。三日月、眼帯いるか? あたしは見え方が違うから着けてるんだが、お前はどうよ」

「今のところは違和感はありませんね。また何かあればお願いします」

「あと、一応こんなものもあったんだけど使うか? 顔の傷を隠すための……」

 

取り出したのは仮面。雷巡チ級の身につけている、左目と口元が露出される仮面である。三日月は左目に深海棲艦のものが移植されているため、それがモロに見える形になってしまう。

どう考えても傷なんかより違和感がすごい。仮面を着けている艦娘なんて、何処を探してもいないだろうに。

 

「……仮面なんて傷より目立つでしょう」

「隠れはするぜ?」

「それなら治療を待ちます」

 

口の割には飛鳥医師の治療には期待しているようだ。

 

 

 

三日月が一員となったことは、来栖提督の鎮守府にも伝えられた。ただし、精神的なダメージがあまりにも大きいことも同時に伝えられており、顔を合わせたらまず確実に暴走すると思われる。提督という役職には私以上に敏感なので、すぐに会わせるのは難しい。人相の問題で。

代わりではないが、第二二駆逐隊がまたこちらに遠征に来るという話が入った。三日月の姉でもある4人なら、艦娘嫌いだとしても多少は交流出来ると思う。

 

そろそろ到着するという報せを受け、私達は工廠で待機。今回は何かを隠すわけもなく、全員で出迎える。シロもクロも来客には抵抗が無い。

 

「姉さん……ですか」

「ああ。この施設に頻繁に遠征に来るんだ」

 

実の姉であっても艦娘は艦娘。嫌悪感が無いわけではないようだ。少し身体が強張るのがわかった。

大丈夫、私が保証する。あの4人は傷を見ても嘲笑うことなどしないし、気持ち悪がることもしない。私の痣を見ても何も言わなかったどころか、カッコいいと興奮したほどだ。何も心配は要らない。

 

「若葉さん……私は……」

「大丈夫だ」

 

震える手を握ってやる。こういう落ち着け方が出来るのは、この施設では私だけだ。一番気を許している私が、三日月の支えになってあげなくては。

 

「キツかったら、若葉を頼ればいい」

「……はい」

 

力強く握り返してきた。私と一緒なら、姉達の前にも勇気を持って踏み出せるだろう。

 

少しして、4人の艦娘の影が見えた。今回は運ぶゴミと鋼材は少ないので大発動艇は1隻。向かってくる影の1つがこちらに大きく手を振っていた。明るい金髪がこちらからもすぐにわかる。あれは皐月だ。

こちらからもしっかり振り返しておくが、三日月は私の陰に隠れるように移動した。遠目でも姉の姿が見えても、嫌悪感が無くならないようだ。

 

「……姉とか関係無かったです。やっぱり艦娘が嫌いなのはどうにもなりません……」

「大丈夫だ。話してみればわかる」

 

そもそもこの施設から出ていく選択肢が無かったのだと思う。100歩譲って来栖提督の鎮守府だろうが、鎮守府という存在自体に嫌悪感を抱いている節があるため、まずそれに慣れるためのカウンセリングがいっただろう。それが上手くいくようならこの施設にも住めると思うが。

 

「飛鳥せんせー、遠征部隊、来ました〜」

 

相変わらずの間延びした声。旗艦の文月が工廠に上がり、他の3人もそれに続いて上がる。大発動艇は所定の位置に。

 

「ああ、ご苦労様。摩耶、持って行ってもらうものはあるか?」

「廃材がいくつかあるから、鋼材に使えると思って集めておいたぜ。量はそんなに多くないが、持っていってもらうな」

 

摩耶だけでも積み込めるくらいの量らしく、作業着で準備していたのは摩耶だけ。摩耶を除く私達は普通に制服。シロとクロは相変わらず私と雷の運動着を私服にしている。

 

「今日の本題なんだが……」

「妹がいるって聞いてまぁす。でもいろいろと事情があるって」

 

チラリとこちらを見る。慌てるように私に隠れる三日月。顔も合わせたくないという気持ちがありありと伝わってくる。嫌悪感もあるし、羞恥心もある。恐怖だってあるだろう。

私達は、文月達が三日月を傷付けるようなことを言わないことはわかっているが、三日月は初対面だ。1週間かけて私達にはようやく慣れたが、初対面の艦娘に対しては毎回こうなってしまうのだと思う。それをどうにかするのは、紛れもなく私の仕事だ。

 

「三日月、どうする。話せるか?」

「……辛いです。いくら姉でも、艦娘は艦娘ですから……」

 

すぐには難しそうなので、私が仲介役となる。

 

「すまない文月。理由は知ってるか?」

「うん、しれーかんに聞いてる。でも、ここまでとは思ってなかったかなぁ」

 

たははと苦笑する文月。その間も三日月は私を壁にして三日月への視線を避け続ける。布団の次は私自身が三日月の身を守る盾にされているようだった。

だが、それを見逃し続ける4人では無い。文月は私の前から退こうとしないが、そろりそろりと皐月と水無月が三日月に近付いていた。長月はこちらを見ているようだが、摩耶の積み込みをサポートしているらしく、こちらには来ていない。

 

「みーかづき! ボクらとお話ししようよ!」

「水無月、妹とお話ししたいなぁ!」

 

私の後ろに隠れたとしても、回り込まれてしまったら意味がない。抑えられるのは1人だけだ。2人がかりだとどうにも出来ない。

 

「ひっ……!?」

「ぐえっ、み、三日月っ」

 

必死に私の身体を掴んで2人をガードしようとした。咄嗟のこと過ぎて腰を痛めかけるが、三日月はそんなこと御構い無しに私を盾に使い続ける。

ここまでされると皐月と水無月も事の重大さがわかってくれたと思う。私の腰がおかしくなる前に諦めてくれた。錯乱して息も絶え絶えな三日月は、しな垂れかかるように私に抱きついてきた。

 

「三日月……若葉の腰がまずい」

「ご、ごめんなさい……でも、でも無理です……無理なんです……嫌なんです……」

「わかってる、わかってるから、腰を掴んで振り回すのはやめてくれ」

 

もう泣いてしまっている。実の姉に対してもこの態度。心の傷が深すぎる。

背中に隠れている三日月を正面から抱きしめ、背中を撫でながら落ち着かせる。その間に皐月と水無月に離れてもらった。バツが悪そうにしているのを見ると、私も申し訳ない気分に。

 

「三日月、大丈夫だ。文月達は信じていい。皐月と水無月はお調子者なだけだ。ちゃんと三日月のことを考えてくれている」

「ひっ……嫌ぁ……嫌なのぉ……艦娘嫌い……」

「落ち着くんだ。ここには敵はいない」

 

初めてシロクロと顔を合わせた時のようになっていた。嫌悪感から暴れないだけマシかもしれないが、これでは姉妹の会話どころではない。

だが、ここであえて文月が前に進み出た。相変わらず柔らかく不思議な雰囲気の文月は、少しフワフワしたように見えるが、強い足取りで三日月のすぐ側に。

 

「三日月ちゃん」

「こ、来ないで……来ないでぇ……」

「大丈夫。怖くないよ、あたし達は三日月ちゃんの味方。お姉ちゃんだもん」

 

やんわりと三日月の頭を撫でた。それを力一杯振り払おうとするが、その腕は私がロックしている。ジタバタと暴れるが、ずっと大丈夫だと呟いて落ち着かせる。

文月に撫でられる内に、少しずつだが落ち着いていくのがわかった。私が撫でるよりも、優しく、姉妹愛がこもった文月の手の温もりの方が効いているようだった。少し寂しいと思いつつも、落ち着いてくれればいいとそれを見守る。

 

「ね? 三日月ちゃん、あたし達とお話し、してほしいな」

「わた、私は……」

「三日月、文月は敵じゃない。若葉達の仲間だ。信じてくれ。ほら」

 

三日月を解放し、文月と向かい合わせる。顔の真ん中、斜めに走る大きな傷を見ても、文月は一切表情を変えない。にこやかに微笑み、正面から抱きしめた。

文月は所謂改二。第二改装をしたことにより私達よりも少しだけ身体が成長している。包容力も私より高いだろう。その証拠に、三日月はもう抵抗せず暴れていない。これは文月だからこそ受け入れられているのかもしれない。

 

「さすが文月だなぁ……ボクらじゃ絶対こうならなかったよ」

「同じくらい大好きなのに、ふみちゃんの方が伝わるんだよねぇ」

 

皐月と水無月の発言から、文月の特性であることがわかる。

 

「大丈夫、大丈夫だからね。あたし達はお姉ちゃんだもん。三日月ちゃんのこと、絶対に裏切らない。見捨てたりなんかしない。だから、落ち着いて、ね?」

「ね、姉さん、姉さん……うぁぁぁ!」

 

ついに陥落。三日月は文月の胸に顔を押し当てて大泣きし始めてしまった。

 

後から聞くことになるが、『天使』という異名まで持つ文月だからこそ、この短時間で三日月の信用を得ることが出来たのだと思う。姉妹であるというのもあると思うが、文月の人柄が大きい。

 

 

 

ずっと文月が撫でていたことで、三日月は落ち着き、泣き疲れて眠ってしまった。来客中に眠ってしまうということは、それほどまでに心が静かになったということだろう。いつも不安に押し潰され、嫌悪感と恐怖に囲まれて生きている三日月には、ちょうどいい休息になるだろう。少しだけの間かもしれないが、ゆっくり眠ってほしい。

 

「若葉ちゃん」

「なんだ」

 

呼びかけられて文月の方を見ると、ゾクリと背筋に寒気がした。いつも朗らかで緩いイメージがあった文月の目が、冷たい怒りに満ちていた。今までの雰囲気が一転、冷たく、重く、地が揺れるようなプレッシャーを感じた。

一歩引いていた皐月と水無月からも、同じものを感じた。妹がここまで壊れている姿を見て、怒りに満ちていた。

 

「三日月ちゃんにこんなことしたの……だぁれ?」

「……まだわからん。だが、おそらく若葉にも同じことをした鎮守府ではないかと思う」

 

私の知っているのはそれくらいだ。もう関わり合いは持ちたくないからと、私自身が詳細を調べることはなかった。そもそも、こんな辺鄙な場所にある小さな医療施設で、そんなことは出来ないし。

 

「ん、じゃあ、あたし達に任せて〜。しっかりきっちり、()()()()()からね〜」

 

柔らかい口調で言うが、今の一言にはいろいろな感情が込められているのを察する。こうしたことを後悔させてやると、普段の文月からは考えられないような感情が渦巻いている。

文月が歴戦の勇者であることは、これでよくわかった。

 

一度瞬きすると、その雰囲気が搔き消え、いつもの文月に戻っていた。ピリピリした空気は無くなり、ここに来た直後のような柔らかい笑顔を浮かべる。

 

「皐月ちゃん、水無月ちゃん、アレはダメだよぉ」

「うん、まさかここまでとは思ってなかった。起きたら謝らなくちゃ」

「だね」

 

皐月と水無月も眠っている三日月の髪を撫でたり頰をつついたりしていた。

 

「積み込み、終わったぞ」

 

事を済ませた長月も合流。今の騒ぎは遠くで見ていたため、既に三日月の状況は把握している。先程の3人とまでは行かないが、長月も怒りを覚えているのはわかる。

 

「もう少しここにいよぉね。三日月ちゃんが目を覚まして、お話ししてから戻ろぉ」

「ああ、それがいい。それに、旗艦がそうするって言ってるんだ、我々随伴艦はそれを聞くしかないからな」

 

言いながら、長月も三日月の頭を軽く撫でていた。

 

姉妹の力は偉大だった。同じ継ぎ接ぎの仲間だとしても、心を許すことは簡単には出来なかった。それを、ものの数分でここまで。

怒りを露わにした時のプレッシャーといい、まだ数ヶ月しか生きていない私と違い、年単位で生きているだけあって修羅場は何度も潜っているのだろう。そういう意味でも、私は文月には敵わないなと、改めて実感した。

 




大天使文月の前に三日月陥落。姉の力は偉大。

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