訓練中に突然やってきた艦娘、利根と筑摩。大淀討伐に加えてほしいという2人だが、正直得体の知れない存在ではあるため、警戒して事に当たる。匂いからは敵対の意思は一切感じない。異形となっている私、若葉や三日月を見ても、驚きこそすれ表に出すようなことはしなかった。ということは、私達のことをある程度は知っているということだ。
「さすがに不審過ぎる。連絡無しに艦娘だけここに来て、大淀の討伐に参加したい? 怪しんで然るべきだろう」
今までのことを考えると当然怪しむ。暁のときには逃亡してきたかと思えば催眠をかけられていたために内乱を起こされた。
私達で確認出来ることを全てすり抜けてやってくる敵の存在は、いつでも警戒している。この2人もそういったことがあるかもしれない。
「悪いが匂いを嗅がせてもらう」
「ほ、ほう? 匂いとな?」
「
不審者達を睨み付ける。こちらが敵対の意思を見せれば、嫌でも匂いは変動するはず。
ここで溢れた匂いは、そういう手段で判断されることに対する驚きと抵抗。抗いたいということは何かしらの下心があるのではないか。
「抵抗の意思があるな。何かあるのか」
「汗ばんでおる匂いを嗅がれるんじゃぞ。乙女として抵抗くらいするわ!」
比較的ポーカーフェイスの筑摩からも似たような匂い。それなりに長い時間の航行で疲労の色は見える。言われてみれば軽く汗ばんでもいるか。感情の匂いばかりに気を取られていたが、よくよく考えてみたら汗臭さも感じる。
「我慢してくれ。身の潔白を晴らすためだ」
「むぅ……」
「施設に向かってくる者がいると哨戒機から連絡があったのだけど」
先程哨戒機を飛ばしていた加賀がやってきた。付近で留まっていることも確認したか。連絡無しにやってくる者が近海に留まっているとなると、嫌でも怪しむものだ。
その加賀を見た利根は、まるで顔見知りを見つけたような笑顔で手を振る。匂いも一気に歓喜へと傾いた。それを見た加賀は、今までに見たことのないようなギョッとした表情に。
「お主もしや、手瀬提督のところの加賀ではないか!」
「貴女……え、まさか
「うむ! 筑摩もおるぞ!」
なんと加賀の知り合いのようだった。その事実がわかった途端、加賀にしては大きく動揺した。こんなところで会うような間柄では無いと言わんばかり。
「知り合いなのか」
「……私や赤城さんが手瀬提督の下で働いている時の知り合いよ」
頭を抱えていた。考えてみればこの事態が起きるのも無理はないと話す。
その有明提督というのがどのような人かは私達にはわからないが、こういうことをしでかすような提督らしい。これは普通に規則やら何やらを違反しているのでは無かろうか。遠征という扱いにしろ、許可を得ずに相手方の施設に来ているのだから。
むしろ、利根の言葉からして大淀との戦いを理解してのコレだ。この施設が狙われていることまで把握済みと言える。それに関しては下呂大将の策が報じられているとかはありそうだが。
「貴女達、何をしに来たの」
「無論、吾輩らも
それはさっきも聞いた。加賀が聞きたいのはそういうことではなく、どういう理由でこの施設まで来たかということだ。それがわからない限りは、いつまでも不審者扱い。
「そういう意味ではなく。有明提督の指示で来たのかと聞いているの」
「勿論じゃ。例の話を聞いてから手瀬提督の弔い合戦をするんだと提督が躍起になっておるわ」
「どういう指示で来たかと聞いてるのよ」
加賀が押されている。見ていて少し面白い。
大本営経由で今回の話が届いているような相手という意味では、この利根と筑摩が属する鎮守府としても信用は出来そうではある。
むしろ、手瀬提督の弔い合戦と言ったことの方が重要か。加賀の言い分を聞くに、鎮守府同士の交流があったということになる。
「加賀さん、どうしました?」
「ふぉお! 空母棲姫! 筑摩、空母棲姫がおるぞ!」
「利根姉さん、あまり指をさすのはよくないですよ」
なかなか工廠に戻ってこない加賀を心配したのか、赤城までやってきてしまった。加賀と違って赤城は今は深海棲艦だ。それを見て興奮する利根。指をさしながら声を上げる姿に、筑摩も苦笑していた。
その仕草に見覚えがあるのか、赤城も加賀と同じように知っている者であると認識したようである。加賀ほどでは無いがギョッとする。
「え、有明提督のところの利根さん!?」
「ふぁ!? 吾輩は深海棲艦の知り合いなどおらぬぞ!?」
「説明がいろいろ面倒くさいのだけれど、この人は赤城さんよ」
「なんと!? 言われて見れば面影が残っておるな」
加賀が利根に赤城のことについて話をしている間に、筑摩から事情を聴いておく。筑摩の方が妹のようだが、多分こちらに聴いた方が話が早く進む。久しぶりに嘘発見器としての力が発揮出来そうである。
「我々は、下呂大将から援軍を仰せ付かりました。そこで、施設の者達に顔合わせをした方がいいということで、ここに来ました。話は行っていると聞いているんですが……」
筑摩から嘘をついている匂いはしない。ならば本当に援軍として来てくれたと考えればいいか。とはいえ、アポ無しで来たのに、あちらは許可を取ってあるという食い違い。そこは下呂大将に問いただした方がいいだろう。
一応は信用して、施設内に入ってもらうことにした。赤城と加賀が何というか複雑な表情だった。
利根と筑摩には談話室で待機してもらうとして、飛鳥医師から下呂大将に連絡してもらう。
「確かに2人の言う通り、先生は有明という提督に対して救援要請をしており、近日中に顔合わせをする算段にはしていたらしい」
「お構いなしに来てしまったようだが」
「……有明提督は、
本来なら下呂大将が許可を出してからのつもりだったが、何を間違えたかもう許可が出たものとばかり思っていたらしい。
有明提督はそういう早とちりをちょくちょくする人らしく、下呂大将もその都度頭を悩ませているそうだ。加賀が最初に頭を抱えたのも、それを知っているからだろう。致命的にはならないのでまだマシではあるが。
それでも援軍を依頼したのは、実力者であることと、何より手瀬提督と友人関係だったというものがあるらしい。間柄でいうなら、飛鳥医師と来栖提督のような関係なのだとか。
「……提督として致命的な気がするんですが」
「それでも作戦遂行率は高いらしいぞ。必要以上の成果は出すそうだ」
「有能なのか無能なのかわからないです」
三日月も苦言を呈する。些細かもしれないが、こういったミスをちょくちょくするような提督を本当に信用していいものかどうか。
「艦娘を1人も沈めていない時点で有能ではあるな。それに、あの利根を見ていたら提督がいい人間であることくらいわかる」
その利根は、筑摩と共に赤城と加賀から2人が知る限りの事の顛末を聞いている。説明1つ1つで表情をコロコロ変えて一喜一憂。感受性が高い。手瀬提督やその部下が軒並み殺され、生き残りがもう加賀しかいないことを本人の口から聞くと涙目になっていた。
手瀬提督と有明提督は本当に仲が良かったようで、鎮守府同士でもよく協力していたのだとか。私だって来栖提督が死んだと聞いたら同じような反応をするだろう。文月達が殺されたと聞けば激昂するだろう。利根もそういう気持ちなのだ。
「吾輩は改めて決意した。必ず仇は討つぞ。違う鎮守府ではあるが、手瀬提督には吾輩も世話になっておった。優しく、芯の通った良い男だった。奴をただの欲のために殺すなぞ、絶対に許してはおけぬ!」
「ええ……勿論よ。彼のためにも、この戦いを早く終わらせるの。私達の鎮守府を取り返さなくては」
もう裏切りの匂いは1つもしない。信用しても大丈夫そうだ。ついでにシロにもこっそり確認してもらったが大丈夫そうという判定。問題は暁の時のような催眠なのだが、下呂大将が有明提督に直接話を聞いているため、その辺りも信用出来る。
最悪なのは有明提督の鎮守府全てが催眠なり何なりされている場合。それを警戒して、念のため大本営の誰かがすぐにでも確認に向かうようだ。当然信用に値する者が。
「疑ってすまなかった。全て確認出来た」
「潔白が証明できて良かったです」
飛鳥医師と共に談話室の中へ。利根は赤城と加賀に再会出来た喜びを噛み締めつつ雑談に興じていたため、話が進めやすい筑摩に説明する。
話しやすいのは筑摩だからか、三日月も筑摩相手ならまだ慣れやすそうだった。利根のクセの強さは、三日月には少々酷というもの。
「援軍、感謝する。だが、何故2人なんだ。もっと多くで来た方が良かったろうに」
「現在遠征で物資調達中なんです。我々の鎮守府はそこまで大規模なものでは無くて、つい最近、深海棲艦の群れが陸に向かう姿を発見したため、鎮守府総出で討伐していたので」
「人員が足りなかったということか」
施設に住む私達にはあまり縁がない話。人間の生活を守るための、鎮守府、ひいては艦娘には当たり前の活動。むしろそのために生まれたと言っても過言ではない。
来栖鎮守府だってそういったことはしているはずだ。ここ最近は大淀のことにばかりかまけていたが、遠征で物資を調達し、発見された有害な深海棲艦を討伐する。それが普通。
「ですが……加賀さんのお話を聞いていると、その深海棲艦の群れも少し違和感を覚えます」
「違和感?」
「私や利根姉さんも勿論その討伐作戦に参加していますが、その時に見た敵は、
野良のイロハ級は獣と同じだ。主人がいないなら気儘に振る舞い、怒りと憎しみに呑まれて理性すら無い状態で周囲を破壊する。目についたものから襲うと言ってもいい。
それが、筑摩には何かしらの目的があるように動いていたように見えたという。それこそ、指揮系統があるかのように。
「……大淀の仕業か」
「あり得るな。野良の深海棲艦を支配し、統率して一箇所を襲わせている」
野良だとあの支配を回避する術が無い。理性のある姫級ですら逃れられないのだから当然といえば当然。
「何故そんなことを」
「あの大淀は馴染ませるために時間稼ぎをすると言っていましたよね。その一環なのでは」
三日月の考えは正解な気がする。新たに得た艦隊司令部の力を慣らすために、野良の深海棲艦を支配して
結果的にそれがたまたま有明鎮守府管轄の近海で行動したに過ぎない。襲撃が目的なのでは無く、結果的に襲撃になっただけであって目的は統率出来るかどうかだったのだろう。
「また無関係なものを巻き込もうとしたのか。奴はただの愉快犯か」
「
以前に赤城が言っていた言葉を思い出す。本能のままの殺戮と、知恵を持った殺戮、どちらが悪なのか。大淀は勿論後者だ。確固たる意思を持って殺戮を
「筑摩よ、何か難しい話をしておるな」
「今回の敵の件を少し。後から姉さんにも教えますね」
「うむ、よろしく頼む」
どちらが姉なのやら。
「貴女達、この戦いに参加するのはいいけれど……戦えるの? 第二改装は終わっているようだけれど」
「む、加賀よ、吾輩達を嘗めておるな? 鎮守府一の航空巡洋艦たる吾輩達を!」
「貴女の鎮守府に航空巡洋艦は貴女達しかいないでしょう」
またもや頭を抱える加賀。利根はノリで話しているようなタイプにしか見えない。
しかし、援軍はとてもありがたいが、半端な実力では一方的にやられるだけだ。私達は訓練や経験、それと本来艦娘ではやらないような戦術を使うことで戦えているが、言い方は悪いが普通の艦娘ではかなり辛い戦いになるだろう。
「ならば、吾輩達の実力を見てもらおうではないか。顔合わせというのはそういうものじゃろうて」
「演習ということかしら」
「うむ。それが一番納得してもらえるじゃろ。吾輩の実力、とくと見るがいい!」
成り行きで演習が始まりそうである。確かに実力を見るのなら、実際に戦っているところをみた方がいい。こちらの力を示すことも出来るわけだし。
下呂大将が依頼をかけた鎮守府の者だ。おそらくは相当な実力者だろうが、どれほどのものか。
有明提督は、わかりづらいですが女性の提督です。名前の由来は手瀬提督の元ネタであるテセウスの奥さん候補、アリアドネから。有明と利根でアリアドネ……。