施設にやってきた艦娘、利根と筑摩は、今大淀が占拠している鎮守府の本来の持ち主、手瀬提督の戦友である有明提督の部下だった。大淀の我欲のために殺された友の仇を討ちたいと立ち上がった有明提督が、施設の者に艦娘を顔合わせさせたかったとのこと。
しかし、何処か抜けているのか、話が行っているものと勘違いして寄越してしまったようだ。話を聞いている感じ、敵対するようなことは無さそうである。
そして今は、利根と筑摩がどれほどの実力を持つのかを見ることとなった。生半可な実力では今回の戦いについてこれないぞと加賀が煽ったことから演習が決まったのである。
確かに力を見ておくことはいいことだ。今後の行動にも影響があるだろうし。
「利根、ここの子達がみんなまともじゃ無いことくらい、理解しているわよね」
「うむ。吾輩とてそれくらいはわかっておる。お主もなんじゃその弓は。意味がわからぬわ」
「近接戦闘も可能にした弓よ」
加賀と利根は比較的仲がいいようである。元々知り合いだったというのもあるとは思うが、どちらかと言えば寡黙なタイプの加賀の方から話しかけに行くのも珍しい。赤城もニコニコ笑顔でそれを見ているくらいである。
いわゆる旧友というヤツか。ただでさえ手瀬鎮守府の唯一の生き残りなのだから、こういう形での仲間との再会は嬉しいのだろう。
「で、吾輩は誰とやればいいんじゃ。吾輩の実力、見せつけてやろうぞ!」
「そうね……一番手っ取り早いのは若葉ね。ここのまともではない部分が一番理解出来るわ」
「失礼なこと言ってないか」
というわけで、加賀から私、若葉が指名された。確かにまともでなさはこの施設の中では上から数えた方がいいくらいだとは思うが。
演習はさっきまで旗風とやっていたものの、あくまでも近接戦闘の演習。利根は当たり前だが砲雷撃戦だ。さらには航空巡洋艦のために艦載機もある。そういう意味では小型化した伊勢日向と考えてもいいかもしれない。相対したときの戦い方が身につくチャンスかも。
「筑摩よ。お主も共に力を見てもらおう。吾輩達は2人で戦ってなんぼじゃからな」
「はい、利根姉さんがそう言うのなら、私も参加させてもらいます」
流れであちらはタッグになった。確かに利根だけ見てもわからないことはあるだろうし、筑摩の力も知っておく方がいい。それに、伊勢日向の仮想敵と見做すのなら2人で来てもらった方がありがたいだろう。
ならばこちらももう1人増員してもいいだろう。そうなると、私が選ぶ者など決まっている。
「三日月」
「勿論。若葉の相方は私だもの。他には譲れないわ」
こういう形でタッグを組むのは少し久しぶりな感覚がする。最後に組んだのはいつだったか思い出せないくらいだ。そもそも演習自体が少ないし。
今の関係になって初めての共同作業がまさかの演習とは。それはそれで艦娘らしいと言えば艦娘らしいか。
突然現れた援軍との演習のことは、狭い施設ならすぐに報せが行き届き、私達が海に出る時には観客が出来るくらいだった。数が少ないとはいえ、施設に属する者総出で見学している。夜間警備組も目を覚ましていたため、遠くで見学しているのが見えた。
「ふむ、駆逐艦2人とな。じゃが、加賀の奴がまともではないと言っておった。嘗めてかかると痛い目を見るということじゃな」
「ああ、力量を見るために
「無論じゃ。演習というのはそういうものじゃろ」
武装は施設のものを貸し出し。摩耶や鳥海が使う主砲を水鉄砲にして。魚雷もダミー。航空巡洋艦のために使える水上機は、シロクロのものが適応したためにそれでやってもらうことにした。これで実弾兵器はゼロ。
初めて使う深海の武装をおっかなびっくり装備していたものの、使ってみれば艦娘のものとそう大差無いことがわかったようで、いつもの調子を取り戻していた。
「若葉はそれで戦うのか」
「ああ、いつもコレだ」
「艦娘で近接戦闘とはな。加賀の言う通り、まともでは無いということじゃな」
あまりまともでは無いという言葉を連呼されるのは困るが、自覚していることなので良しとする。
今回はゴム製のナイフ一本とシグの魚雷で戦う。いつもの拳銃付きナイフはお休み。相手の動きを見るためにも、小技は少なめに行ってみる。
三日月はいつもの主砲のみ。侵食が深くなろうが関係ない。三日月は今までと同じように、考えた瞬間に行動している三日月特有の能力を活かす。
「では、行かせてもらおう! 筑摩!」
「はい、利根姉さん」
早速水上機を発艦。シロクロの物のためスペックは高く、艦娘のものと違って不規則な軌道を描きながらの空爆が始まる。
こちらは駆逐艦2人。制空権なんて最初から捨てている。三日月は対空砲火はそこまで得意ではないため回避しながらの狙撃。そして私は、
「そもそも当たらなければいい」
リミッターを外し、突撃。目まぐるしく風景が流れ、眼前には利根の姿。空爆なんて関係なしに、敵に接近さえしてしまえばこちらのもの。流石に自分の周囲に爆撃するような戦法は使わないはずだ。
「なんと言う速さ! 確かに普通ではないな!」
本当に力のないものなら、これで一撃入れて終わりだ。事前に私が接近戦を使うということがわかっていても、追いつく間も無く一撃が入る。
だが、あろうことか私の一撃は利根に
「っ」
キナ臭い匂いを感じ、利根の手を振り払ってすぐにその場から飛び退く。たった今いた位置を、筑摩からの砲撃が撃ち抜いていた。判断が少し遅れていたらやられていたかもしれない。
間近に利根がいるのに容赦なく撃つ辺り、命中精度に自信があるということだ。重巡主砲なのだから衝撃も強い。掠めてもそれなりに身体に響く。だが、利根にダメージは一切無い。
「避けますか」
「当たり前でしょう。私の若葉ですよ」
同時に三日月が筑摩に対して砲撃。筑摩が撃った瞬間を狙った一撃だったが、空爆を回避しながらの砲撃であるため、考えることが混線して若干狙いがズレた。筑摩はその砲撃を難なく避け、利根のサポートに徹している。三日月の舌打ちが聞こえた。
離れれば空爆、近付けば砲撃。利根からの砲撃はまだ受けていないものの、私の近接戦闘を受け止めたということは、動体視力が優れているのだと思う。なかなかに厄介。
「近接戦闘を相手するのは無論初めてじゃが、これはなかなか恐ろしいのう」
「言葉の割に余裕そうだが」
「吾輩は常に心に余裕を持って戦っておる」
離れたことで空爆に晒され、さらにはそこから利根からの砲撃が開始。筑摩ほど精度は無いようだが、乱射されると近付けない。
むしろそれを狙っているかのようだった。利根が撹乱し、筑摩に狙わせる。そういうコンビネーションなのだろう。
「若葉、退いて」
「ああ」
筑摩の回避の仕方が、私を射軸に入れるような移動のようで、どうしても私が邪魔になる。リミッターを外している三日月は不躾に命令してくるため、それはそれで違った良さがある。惚れ直す。
退いて射線を開くと同時に、魚雷で利根を狙った。三日月が狙っているのは筑摩だ。ならば私は利根を狙い続けよう。
「近接と魚雷とは、よくわからぬ組み合わせじゃの」
「
「じゃが、これは当たらぬ」
当たる前に主砲で撃ち抜かれた。大きな爆発で水柱が立ち、利根の姿を隠してしまう。そんな状況でもお互いに場所は把握している状態だ。水柱越しでもバカスカ撃ってくるはず。
だが、砲撃は飛んでこず、水柱に紛れて魚雷が放たれていた。さらに筑摩の方からキナ臭い匂い。回避方向を見てからの砲撃で、トドメを刺される予感。
「若葉の邪魔はさせません」
すかさず三日月が利根の真似をして魚雷を撃ち抜く。再び大きな水柱が立つ中、私は筑摩の砲撃を回避するため、あえて筑摩の方へと突っ込んだ。場所は把握している上に、水柱が立ってもある程度視認出来る位置にいる。
キナ臭い匂いが一段と強くなったと思った瞬間に、進行方向を90度横へ。大分至近弾だったが、ダメージ無く回避に成功。そしてまた急転身。眼前には筑摩だ。
「あのタイミングから避けるんですか!?」
「見てから避けてるわけじゃないから安心してくれ」
立て続けに2回曲がったため、少しだけ脚に負担がかかっていた。だがそこは我らがチ級の骨。この程度なら軋むこともなく移動も可能。稲妻のように突っ込み、そして筑摩に一撃決める。
が、私の攻撃にギリギリ合わせたか、背中に装備された甲板を盾にされた。本来なら破壊出来ていただろうが、今回はゴム製なため呆気なく受け止められてしまう。とはいえ、これ以降は破壊された扱いで水上機の発着艦は不能。今出ている水上機も無効となる。
「やるな。だが」
即座に今度は利根の方へ。瞬間、筑摩へ三日月の砲撃が放たれていた。来るのではないかと思っていたため、合図無しにその動きが出来た。利根に向かったのも、それを邪魔されないためにだ。
「それは行けないのう!」
しかし、それを予測していたかのように利根は私に砲撃を放っていた。相変わらずの乱射。まるで巻雲を相手にしているよう。
モロに進路を妨害される形での攻撃だったため、今度は見てからの回避になってしまった。脚への負担はもう仕方あるまい。かなりギリギリではあったがノーダメージ。
「これも避けるのか!?」
「こちらも充分にキツい!」
一方筑摩への攻撃は艤装を犠牲にする形で三日月の狙撃をガードされていた。中破判定くらいは取れているため問題は無い。さらには既に利根に対しての砲撃が始まっている。
私が撹乱して三日月に撃ってもらうスタイルはアリだ。囮になるような動きをするのは思ったより楽しい。それに、三日月と心を通わせた連携が出来るのは気持ちいい。
「今度は吾輩か!」
「当たり前だろう」
三日月の砲撃も、水上機の爆撃のせいで若干精度が低くされているとはいえ、充分に的確な位置を撃ってくれている。利根に対して乱射と回避を同時に考えさせているため、戦いやすい状況になっている。
「利根姉さん! 援護します!」
「させませんよ」
その隙を突いて三日月が筑摩をヘッドショット。利根を攻撃しようとする私を狙った筑摩を意識した瞬間に、三日月はその攻撃を選択している。これで見事、筑摩は轟沈判定。
「筑摩ぁ!」
「余所見していていいのか」
筑摩の時と同じように先に甲板から破壊。同時に魚雷を放って直撃させた。
これにより演習終了。ありがたいことに私も三日月もほぼ無傷。完勝と言ってもいいだろう。
リミッターを掛け直し、息を落ち着ける。戦闘をした後に身体にガタが来ないくらいには強くなれているようで何より。三日月も消耗は少ない。
「ごめんなさい利根姉さん……うまく援護が出来ませんでした」
「構わぬ。吾輩もちぃと甘かった。ここまでの速さの敵と相対したことが無かったからの。もっとくっついて行動するべきじゃったな」
感想戦。利根は今回の敗北からいろいろと考えているようである。確かに2人纏まって行動されていたら、私が厳しかったかもしれない。だが、それを剥がすように撃ってくれていたのが三日月だ。思い通りにはさせていない。
「して、吾輩達はお眼鏡に適っただろうか」
「
「そうですね……私も砲撃精度が落とされていましたし」
戦力としては上々だと思う。仲間として加わってもらえるのはとてもありがたい。ただでさえバカみたいな数の航空戦力を放ってくるのが伊勢と日向だ。加賀と瑞鶴だけでギリギリ拮抗という状況なのだから、そこが増えるのは嬉しいところ。それに加え、威力の高い砲撃と魚雷で援護してもらえればより戦いやすくなるはず。
「じゃが、精進が足りんのう。お主ら無傷ではないか」
「そうだな。攻撃がわかりやすかったから回避も楽だった。もっと奇を衒った方がいいと思う」
「手厳しい意見じゃの。肝に銘じておこう」
水柱越しの魚雷と回避方向を見計った砲撃の二段構えは少し警戒したが、私が速く動けたおかげでそのどちらも回避出来た。あれが完全に同時、もしくは筑摩が乱射タイプだったら話は変わっていたかもしれない。あとは空爆をもっと近い位置でやるか。
3つの攻撃方法があるのだから、1人でもある程度の連携が出来る。それが2人いるのだから尚更だ。
「だが、
「うむ! そう言ってもらえれは吾輩達も嬉しいぞ! 友の仇を討つため、よろしく頼む!」
いい笑顔で握手された。なかなかに気持ちのいい相手だった。こういう相手とならまた戦いたい。
利根と筑摩は未ケッコン。それでも練度は高い方です。相手が悪かったとしか言いようがない。