継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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成長する支配

大淀により支配されたであろう深海棲艦の襲撃を受けた施設。数は多かったものの、無感情で無言の深海棲艦達と相対するのは、得体の知れない恐ろしさを感じた。まるで本当に人形や傀儡を相手にしているように感じた。

これを退けたことで、改めて利根と筑摩は帰投。この侵攻についても伝えてもらう。大淀の何らかの作戦だった場合、有明鎮守府すらも危険に晒されることになる。もしかしたら、既に次の鎮守府の目星をつけているとか。

 

「わかった。その件は先生にすぐ連絡する」

 

施設に戻ったところで、今起きたことを克明に飛鳥医師に伝えた。思ったことも含めて。

あの場で深海棲艦に違和感を覚えたのは、嗅覚での私、若葉、聴覚での雷、そして姫の感覚での赤城。どれも信用度は高い情報のはずなので、下呂大将も何かしらの意見をくれるはずだ。

 

「発生と侵攻、どちらも起きてしまっては、もう中立区とは言えないな」

「どちらも人為的だろう。ここはしっかり中立区なはずだ」

 

艦娘はおろか、深海棲艦が現れない海域が中立区として定められているはずなのだが、もう深海棲艦が当たり前のように出てきてしまっている。

だが、発生も侵攻も、どちらも結果的に大淀の仕業なのはわかっていること。何もせずとも発生することは無いし、何も無ければここに来るものは誰もいない。ちゃんと中立区だ。

それに、艦娘も深海棲艦も仲良く暮らすことが出来ているのだから、正しい意味で中立であろう。そこに謎の進化を遂げてしまった私が加われていることは誇りに思う。

 

あちらも襲撃計画を立てるのに忙しいとは思うが、今回の件がまたそこに関わるようなことかもしれない。有力な情報になり得る可能性を考えると、早急に伝える必要はあっただろう。

飛鳥医師から連絡を受けた下呂大将は、すぐに仕組まれた深海棲艦による侵攻の真意を推理してくれた。とはいえ、全て私達が起きたことを話しただけ。結論を出すのに時間が欲しいと言われたため、それを待つことに。

 

「先生なら何かしら答えを出してくれるだろう。襲撃間近という状態でやってくれるのはありがたい」

 

まだ怪我も治り切っていないだろうに、本当にありがたいことだ。この件が終わったらゆっくり休んでもらおう。

 

 

 

と、思っていた矢先、夕暮れ時に急な来客。飛鳥医師からの連絡を受けて考えていた結果、あまり芳しくなかったのか下呂大将が直に施設に来てしまった。

時間が遅かったというのもあるが、余程緊急事態なのか、第一水雷戦隊全員が下呂大将の護衛として参加。まるゆも大型車での登場である。

 

「急にすみませんね飛鳥」

「いえ、連絡が貰えていたので」

 

怪我は治り切っていないものの、杖無しで動けるところまでは来ているようである。常に神風が隣にいるようではあるが。

 

「大事ですか」

「私の憶測が当たっているのなら、今からでも有明中佐の鎮守府へと向かいたいところです。最悪を想定したので、私がここに来ました」

 

この鎮守府に深海棲艦が進行してきたことが余程大事のようで、その説明をしに来てくれた。わざわざ施設経由で向かうのは、やりたいことに私の力が必要だからだそうだ。

私の力、すなわち嗅覚で解決出来ることかはわからないが、下呂大将直々のご指名ならば、私も気合を入れざるを得ない。

 

緊急事態ということで全員が食堂に集まる。夕食時のいい匂いが漂うので緊張感は無くなるが、集まれる場所がここしか無いのだから仕方ない。だからといって集会場を作るのも何か違う。

 

「では結論から話しましょう。大淀の支配の力は増強されています。今回の深海棲艦の侵攻は、それに密接に関連していると思われます」

 

私がどうにか撃退した大淀は、あの時以上の支配の力を持っていると下呂大将は予想している。

あの時ですら、この施設に所属している深海棲艦絡みの侵食を脳に持つ者が、軒並み影響を受ける羽目になった。三日月ですら思うがままに操られ、私と敵対することになったのだ。

それが増強しているとなると、思い当たる節は1つしか無い。

 

「大淀は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

最悪だった。あの時ですら手が付けられなかったのに、それ以上の存在に昇華している。さながら、司令部棲姫ならぬ司令部()()

 

「何故その憶測に?」

「有明中佐の鎮守府に所属する艦娘のうち、数人が支配されている可能性が極めて高いからです。いや、今は支配されておらず、支配された()()()()()()()()というのが正しいですね」

 

その憶測に辿り着く理由となったのが、有明鎮守府でつい最近行なわれた深海棲艦の討伐。

妙に統率の取れた深海棲艦の群れを撃滅したせいで若干の物資不足になっており、遠征により資源回復中であると筑摩から聞いている。その時から仕組まれていたのではないかと下呂大将は考えていた。

襲撃自体は適当な鎮守府を狙ったのだろう。それがたまたま有明鎮守府だっただけ。そこで資源を使わせ、遠征中の艦娘を一時的にでも支配し、内部情報を抜き取られた。それが運が悪いことに手瀬提督の旧友であり、襲撃計画の一翼を担う者だったために、今回の侵攻もあったのだろう。

 

「有明中佐とも少し話しました。深海棲艦の侵攻は、この施設が大淀自身に襲撃を受ける前日だったそうです。艦隊司令部の慣らし運転でしょうね」

「その時から艦娘を支配することまで考えていたと?」

「深海棲艦が支配出来るのなら、艦娘も支配出来ると考えるのが普通でしょう。その時は出来ずとも、成長……もしくは改造により実現したのだと思います」

 

そして、危惧していたことが現実になってしまったと。しかしそれなら新たな疑問が出てくる。

それを使って施設にまた襲撃に来ることも考えられたが、そうしてこないのは何故だ。ここに来て艦娘も深海棲艦も支配してしまえば、あっという間に陥落する。ここだけではない。あらゆる鎮守府が滅びるだろう。何せ、艦娘自身に破壊させ、最後は自殺させればいい。

以前と同じ支配なら、一度支配したら気を失うまでは支配されたままだ。有明鎮守府の艦娘が支配された経験を持つと言っているのは、眠って起きれば支配が無くなっているからということだろう。

 

「おそらくですが、艦娘の支配は深海棲艦の支配とは勝手が違うのでしょう。効果時間が短いとか、何度も連続で支配出来ないとか。この辺りは特に憶測な部分は強いですが」

「なんらかの事情があって、情報を抜き取るだけで終わっていると」

「今はそれだけしか出来ないのではないのかもしれませんね。ですが、安心は出来ません。支配している間に暗示や催眠をかけて、何かの拍子にトリガーが引かれるようになる可能性もありますから。むしろそれが一番あり得ます。そうでなければ、艦娘自身が大淀と接触したことを有明中佐に話すでしょうし」

 

確かに、遠征中に普段と違うことが起きたのなら提督に報告するのが当然だ。それが無かったということは、支配されていた時の記憶が消されている、ないし、暗示やらで封じられていることになる。

誰も口にも態度にも出さなかったが、暁と同様の状態にされている可能性だってあるわけだ。きっかけ、例えば一定の間隔で輝く探照灯の光だったり、それこそ私達を視認した瞬間だったり、考えられることは幾らでもある。

トリガーを引かれれば、その瞬間に突如敵に早変わり。事前に気付いておかなければ、まず確実に不意を衝かれて殺されていた。そうでなくても重傷は免れない。

 

「先に進めます。有明鎮守府の遠征部隊から情報を抜き取った結果、この施設と顔合わせをするということを知ったのでしょう。そこで、遠征艦隊からは読み取れない主戦力の力を測るために、タイミングを見計らって襲撃した」

「あわよくば利根と筑摩を沈められたら良しですか」

「そういうことです。ついでに施設側も混乱するでしょう。中立区なのに深海棲艦が侵攻してきたとなれば」

 

少なからず混乱したのは確かである。前以て情報を聞いていたおかげで、その侵攻自体が大淀に仕組まれたものと察することは出来たが、それが無ければ中立区が崩壊したと考えるのが筋。

下手をしたらこの施設から離れるなど、いろいろとバタバタしていた可能性だってある。

 

有明鎮守府が施設と繋がりを持ったことを大淀に知られたというのは間違いなさそうである。このタイミングで施設と顔合わせをするなんて、襲撃くらいしか思い付かないだろうが。

 

「とはいえ、ここまで話してきたことは全て憶測です。侵攻自体がたまたまである可能性はあります。さらに力を高めるための時間稼ぎに、姫や完成品を使わなくなっただけというのも考えられますからね。艦娘を使うと、治療されて寝返ってしまいますから」

「こちらの戦力を増やさないような時間稼ぎと」

「ええ。ですが、憶測とはいえ可能性があるのなら対策はしておきたい。有明中佐の部下達に支配、暗示や催眠をかけられていた場合、作戦中に被害が出る可能性がありますから」

 

だから早急に対処したいと言っているわけだ。当日になって後ろから撃たれたら堪ったものではない。

 

「若葉にお願いしたいのは、それをその嗅覚で調査してもらいたいのです。憶測を確証に持っていきたい」

「了解した。暗示や支配の類は匂いが残らないが、何か違和感を覚えることはあるかもしれない」

「ええ。それに話は聞いています。君は唯一、大淀の支配が通用しない存在へと昇華されたと」

 

あの戦場でもそうだったが、頭痛はしたが動けないことは無かった。大淀への殺意に呑まれすぎて、完全に反逆者となっていた。そういう意味では、私には支配は効かない。

艦娘でも深海棲艦でも無い謎の存在になっていると蝦尾女史は言っていた。もしかしたらそれも理由になるかもしれない。艦娘も深海棲艦も支配は出来るが、私はその外に出てしまっているのだから、支配はもう効かない。

 

「今は君が最後の希望になってしまいました。重荷を背負わせますが、協力してもらえますか」

「勿論だ。むしろ若葉(ボク)からお願いしたい。やらせてくれ」

「そう言ってもらえると助かります」

 

大淀の計画を潰せるのなら、いくらでも協力しよう。もうアイツのいいようにされるのは御免だ。

 

「出発はすぐにしたいです。あちらに到着するのは真夜中になってしまいますが、今は急ぎの件ですので。ですが、時間がかかることはわかっていますから、夕食後でいいですよ。空腹であちらに行くのは良くないでしょう。あと、大発動艇を貸してもらってもいいですか。時間短縮のために海路で向かいます」

 

急にバタバタし始めた。利根と筑摩が施設に来たことで、事態が大きく動こうとしている。

 

 

 

早めの夕食を終え、早速遠征へと乗り出す。夜間警備ではない夜の遠出ということで、不謹慎ながら少しワクワクする自分がいた。初めてやることというのは、それがなんであれ若干昂揚する。

私は疲れないようにと大発動艇に乗せられての移動となる。航行で疲れて、現場で十全の力が発揮出来ないとなるのは困るということで、今は温存。また、モチベーションの問題で三日月にも同行してもらっている。

 

「ここで襲撃される可能性もありますから、十分に警戒してください」

「了解。今のところは何の反応もないわ」

 

遠征部隊は旗風も加わった第一水雷戦隊。そういう意味では、私と三日月は下呂大将と共に貨物扱いでの遠征参加になっている。

 

「若葉、三日月、こんな時にアレですが、ケッコンおめでとうございます」

 

下呂大将にまで祝福されるとは思わなかった。指輪の件は下呂大将が手を回してくれたのだが、私と三日月の関係は後から聞いていたようだ。三日月の同行を許してくれたのはそれもあってだろうか。

少し照れ臭かったが、素直に感謝する。三日月も下呂大将には慣れているため、頬を赤らめて薄く微笑んでいた。可愛い。

 

「艦娘同士のケッコンというのは無いわけではありません。君達の選択は間違っていませんから。その関係はいつまでも大切にしてください」

「ありがとう。大将に言われたら、より一層自信が持てる。いや、元々自信が無かったわけではないが」

「ずっと一緒にいます。絶対に死にません。離れ離れは嫌ですから」

 

ギュッと手を握る。そうしているだけで落ち着けるものだ。これからのこともきっと乗り越えられる。

 

「君達にも苦労をかけます。事の発端ではありますが、この事件が終わったらゆっくり休んでくださいね」

「ああ、そうさせてもらう。そのためにも、今はこれをどうにかしないとな」

 

まずは目先の問題からだ。有明鎮守府の問題を解決してから、次を考えよう。

 

三日月と一緒なら、これまで以上にうまく行くようにも思えた。やはりモチベーションというのは大事だ。

 




ゲーム内では夜にも遠征が出来るのですから、鎮守府では24時間艦娘が動き回っているでしょう。夜の遠征部隊とか、格好の標的ですよね。

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