継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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夜の鎮守府へ

有明鎮守府へ向かう夜の遠征に参加している私、若葉と三日月。昼の深海棲艦の侵攻から、有明鎮守府の艦娘の一部が大淀に支配されていると睨んだ下呂大将から直接依頼されての参加である。

遠征というもの自体、片手で数えられる程度にしかやったことがないのだが、夜の遠征というのは地味に昂揚する。風景の変わらない海も、意外と楽しいものである。

 

「見えてきました。あそこが有明鎮守府ですよ」

 

真っ暗闇の海の向こうに灯りが見える。夜に遠征に行く者達のために灯台のようにされていた。この鎮守府は昼夜問わずに稼働しているような体制のようである。それだけ資源に切羽詰まっているのかもしれない。つい最近深海棲艦の群れを殲滅したという話だし。

時間にして、日が変わる前。まるで大淀の襲撃のような時間でちょっと引っかかることもあったが、無事辿り着けたのは良かった。ここまで来るのに襲撃を受ける可能性もあったわけだし。

 

「筑摩が言っていた通り、規模はそこまで大きくないのか」

「来栖の鎮守府よりは小さいですね。所属している艦娘の人数も少なめです。とはいえ飛鳥の医療施設よりは多いですよ」

「我が家より少なかったら、それはもう鎮守府と言えないんじゃないだろうか」

 

余程新人じゃない限りは医療施設より少ないなんてことは無いだろう。今の施設が異常なだけ。全てが終わったら散り散りになるとも思っているくらいだ。

 

「我々が夜のうちに到着することは有明中佐には連絡済みです。あの灯りはそのために点けておいてくれたのかもしれませんね」

「助かるな」

「私もここに来るのは初めてですから」

 

そんなところに夜に来るとは、緊急とはいえ恐ろしい。周囲に何もない海で迷わずに真っ直ぐここまで来れたのは、ひとえに第一水雷戦隊のおかげか。この大発動艇も阿武隈が操作しているわけだし、一度も止まることなくここまで来ている辺り、そういう海路の系統には強いのかもしれない。

 

「三日月、大丈夫か」

「……うん、若葉がいるもの。耐えられるわ」

 

やはり初めて来る場所ではどうしても人間嫌いが再発する。新提督の時のような、その人の一存で居場所が奪われるような相手ではないため幾分はマシだとは思うが、状況次第では敵対があり得るのは常。

だから、私はしっかりと手を繋いでおく。せめて私が側にいれば、その苦痛も耐えられるだろう。辛いことがあっても、片時も離れない。

 

「阿武隈、真っ直ぐ入って大丈夫ですよ。そのまま工廠へ」

「了解、みなさーん、そのまま向かいますよー」

 

阿武隈の掛け声と共に、そのまま鎮守府へと向かった。

もう既に何か仕込まれている可能性だってあるのだ。下呂大将の憶測が外れていればいいのだが。

 

 

 

近付けば大分明るい工廠に到着。先んじて下呂大将が報告していただけあり、こんな夜中ではあるが歓迎ムードだった。とはいえ時間が時間なため、そこにいたのは提督と秘書監のみ。

工廠に入った私達の姿を見て笑顔で出迎えてくれた。事前に聞いているというのは大きく、普通と違う私と三日月を見ても反応は軽め。三日月でも耐えられる程度。

 

「お待ちしておりました!」

 

夜中なのに元気な有明提督。新提督や蝦尾女史とはまた違ったタイプの女性のようである。見た感じも若く、溌剌としている雰囲気。新進気鋭という感じだ。見ていて気持ちのいい相手。

だが、ちょくちょくドジを踏むというのもわからなくもなかった。ノリでいろいろやって、注意力が散漫に思えた。それをしっかりサポートするのが秘書艦の鹿島なのだろう。

 

「夜分遅くにすみません。緊急事態だったもので。若葉、お願いします」

「了解。初対面で申し訳ないが、匂いを嗅がせてもらいたい」

「に、匂い!? ああ、利根が言ってた感情の匂いってやつかな」

 

下呂大将に指示され、有明提督の匂いを嗅がせてもらう。いきなりそんな行為に出られたら当然驚くだろう。この反応、蝦尾女史の時にも見た。

 

匂いを嗅いだところ、最初は動揺一色だったが、利根と筑摩から聞いており私の特性に気付いたようで、匂いを嗅がれることに抵抗が無くなる。まるでもっと来いと言わんばかりに友好的な匂いに。

 

「友好的だ。悪意も隠し事も無い。提督自身が何かされていることは無いだろう」

「ひとまずは安心ですね」

「よかった。私の身の潔白は証明されたみたいで」

 

ホッと安心した匂いに早変わり。というか、有明提督はテンションの差が激しいように思える。感情的になりやすいというか、さっきも思ったノリで行動するタイプというか。

 

「改めまして、私がこの鎮守府を管理させてもらっている提督、有明です! 下呂大将、お噂はかねがね!」

「あまりいい噂とは思えませんが、私のことを知っていてくれるのはありがたいですね。話が早い」

 

下呂大将に対しても悪い印象は持っていないようである。手瀬提督の仇を討つために率先して動いているからか、初顔合わせだとしても有明提督からの信頼は厚い。

これなら信用出来そうである。良くも悪くも裏表のない人だ。豪快な性格の来栖提督辺りと相性は良さそうである。

 

「秘書艦の鹿島です。事前に少し聞いていたので、必要だと思われる資料は予め用意しておきました。近日中の遠征の記録で良かったですか?」

「ええ、ありがとうございます。この辺りの海図は頭に入っていますので、その資料があれば知りたいことが知れます」

 

沢山の書類を持っていた鹿島が、下呂大将にそれを渡す。すかさず匂いを嗅いでおいたが、鹿島からも不審な匂いは感じ取れなかった。

この2人は基本的に鎮守府から外に出ていないので、余程のことがない限りそういう匂いが無いであろうとは思っていた。大淀が直接ここを訪れているような場合は、鎮守府自体に匂いが残っていてもおかしくないが。

 

「深海の反応は何処にも見えません」

「三日月もありがとうございます。鎮守府そのものの信用はこれで勝ち取れましたね」

 

私の眼よりも三日月の眼の方が信用度は高い。私が匂いを嗅いでいる間に、周囲を隈なく調査してもらっていた。結果、深海の類のものは何一つとして見えなかった様子。

これで鎮守府そのものは味方であることが確定した。ここからは親身に付き合えるというもの。

 

「利根と筑摩が手も足も出なかったっていう若葉と三日月だね。初めまして、お嬢さん方」

 

改めて私達に向き直った有明提督。瞬間、三日月は私の陰に。ここまではまだ少し刺激が強いか。大分時間が経っても、これだけはどうにもならない心の傷だ。私と一緒なら錯乱するようなことも無いはずなので、好きなだけ陰に隠れてもらう。三日月の性質がわかったのか、あまり深くは触れようとしないでくれた。

新提督もそうだったが、提督というのは艦娘の気持ちの機微に敏感である。今のところ誰しもが最善の行動を取ってくれている。そうでなくては提督という役職にはつけないのかもしれない。艦娘のコンディションを調整するのも提督の仕事の内なのだから。

 

「すまない、三日月はこういう場があまり得意じゃないんだ」

「……敵ではないことはわかっていますが、まだ苦手です」

「精神的なのは仕方ないよ。医療施設のことも少しは聞いてる。そういうデリケートな子がいるのも予測は出来てたからね」

 

こんなにも気遣い出来る有能な人物なのに、何故ちょくちょくドジを踏むのだろう。それとこれとは話が別なのだろうか。

 

「難しいかもしれないけど、仲良くしてくれると嬉しいな。長い付き合いになるかはわからないけど、私も手瀬君の仇を討ちたいからね。よろしく」

「ああ、よろしく頼む」

 

ニッコリ笑顔で手を差し出してくる。三日月には難しいかもしれないので、その分は私が受け入れよう。差し出された手を握り、友好の証を見せる。

それにより匂いの変動は無し。負の匂いは一切感じさせない。心の底から手瀬提督の仇を討ちたいようである。

 

「顔合わせも済んだようですので、先に進めましょうか。少し資料に目を通させてもらいます」

 

ある程度の挨拶が終わったので、ここからは本題。遠征艦隊が敵に支配されている可能性についての件を進めていく。

 

「あの、これ結構あると思うんですが……」

「心配はいりません。これくらいなら……ええ、20分下さい。それでいいです」

「え、ええ!? 私でもこれに全て目を通すのは半日はかかりますよ!?」

 

鹿島が驚くのも無理はない。資料は約1週間分の遠征の記録だ。何処で何が行なわれたかを克明に記されているそれは、内容もかなり細かい。この資料を作っているのは大方鹿島なのだろうが、作った本人でも読み返すとなるとそれなりに時間が必要。それをものの20分で読み終われるとは到底思えなかった。

だが、今までのことを知っている私達は、出来るんだろうなと納得してしまう。自らの足で情報を稼ぐ時の尋常ではない速さと作業量を考えると、あり得ない速度の速読も可能なのだろうなと。

 

「この人はこういう人なの。ごめんね?」

「そ、そうなんですね……」

 

神風の説明にとりあえず納得したようだが、まだ疑問は尽きないようである。

実際に言っていた通り、資料を読んでいく速度は異常だった。目が恐ろしい速さで動き、無言で一気読み。宣言した20分で本当に全て読み終える。その間に怪しいところはピックアップまでしていた。

鹿島はもう言葉も無いようだった。私もである。下呂大将の調査の実態を見るのは初めてなわけだがここまでとは。ここに推理力まで合わさっているのだから、敵に回したくない異常性だと感じる。

 

「この遠征艦隊……3日前から行なわれている夜間のボーキサイト輸送が一番怪しいです。同じ駆逐隊1つで行なわれていますが、航路が私の予想していた範囲に入っています」

 

下呂大将の予想していた範囲というのは、大淀の手が届く範囲。私達には公表はしてくれなかったが、最初からある程度は目星をつけていたらしく、その範囲に入る遠征艦隊はこの1つだけらしい。

私もチラリと見せてもらったが、確かに書かれているのは駆逐隊1つ。駆逐艦(こども)だけに夜間の遠征に行かせるというのも、鎮守府では普通なようだ。私達も引率をつけているものの基本的には駆逐隊で夜間警備をしているくらいなのだから、比較的安全な海域ではそれもいいのだろう。

 

「昨日も普通に過ごしていたんですが」

「暗示の類がかけられている可能性はあります。それは直に見ている若葉の方が詳しいでしょう」

「ああ。大淀の支配の力と、暗示をかけられて内乱を起こしかけた者が施設にいるからな」

 

簡単にだが事のあらましを話す。支配に関してはさておき、暗示に関しては本当に危なかった。シグに事前に聞いていない状態だった場合、雷が死んでいた可能性がある。

そこまでなのかと驚愕していた。私達が今までやってきた戦歴は、有明提督には刺激の強いものだったらしい。驚きすぎて逆に笑えてくるほど。

 

「話はある程度聞いてたけど、無茶苦茶過ぎない?」

「援軍を降りますか? 私としては強要出来ません。危険な、今まででも一番難易度の高い作戦になるでしょうから」

「いや、私達はやりますよ。手瀬君の仇を討つんだって、鎮守府の士気はすごく高いんですから。ですけど、この鎮守府にスパイみたいなのが作られてるって聞くと流石に驚いちゃいますよ」

 

それは仕方あるまい。そんなことをやる敵なんて普通は想定しない。

鎮守府が滅ぼされるということは、今までの戦いで無いわけでは無いようだった。強大な力を持つ深海棲艦というのはそれなりにいるわけで、私達もそれは味方という形で実感している。だがそれは、完全な武力による制圧だ。頭脳戦を仕掛けてくる深海棲艦など、今までの戦史で1体たりとも現れていない。

 

「今回は例外中の例外。戦史に名を刻むほどの戦いになります。大本営の黒い部分も詳らかにされてきましたからね。これを機に改革をする必要もあるでしょう」

「司令、先に進めましょ」

「おっと、すみませんね。話が逸れました」

 

神風に突っ込まれて元の路線に戻す。

 

「とにかく、この駆逐隊が一番怪しいでしょう。この4人……第三十駆逐隊は今何処に?」

「あぁ……まぁその、ご理解頂けると思いますが、今遠征中ですね。戻るのは」

「本日早朝、ですか。タイミングが悪かったですね」

 

運悪く、私達がここに到着する少し前に出発してしまったらしい。ならばどうするか。

 

「帰還命令を出します。そこまで緊急事態なら、それも罷り通るでしょう」

「いいのですか?」

「何も無いのならそれで良し、何かあったらすぐ解決。それでいいじゃないですか。それに、また今からここの情報外に出されるよりはマシですよ」

 

すぐに有明提督は遠征部隊に帰還命令を出してくれた。決断が早い。鹿島も何も言わなかった辺り、同じ考えだった様子。

 

目星はついた。それが吉と出るか凶と出るか。

 




怪しさのある駆逐隊は第三十駆逐隊。この話では2人目の如月になりますね。

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