施設が燃えていた。私、若葉の帰るべき場所が燃えていた。
以前にも破壊されたことはある。潜水艦の自爆で内部から爆破され、倒壊していた。だが今回は違う。あれは空爆の跡だ。それに、三式弾や
まだそれだけならいい。建物が壊れたくらいなら建て直せる。思い出の品が無くなったところで、生きているのだから思い出は作り直せる。泣きそうではあるが、みんながいなくなるより全然マシだ。
「み、みんな無事か!?」
泣いてなんていられない。今は無事な者がいるかを探さなくてはいけない。当然だが全員無事であることが望まれる。あそこまでされていても、徹底抗戦してくれているはずだ。だがそれ故に、やられている可能性も捨てきれない。
だから、早く無事な姿が見たかった。下呂大将達そっちのけで、私と三日月はリミッターを外して施設へと向かった。あの時の鳳翔の気持ちが痛いほどわかった。
そこはもう見るに堪えなかった。施設としての外見は辛うじて残っているものの、こんなもの建物ではないと言えるほどにボロボロ。職人妖精が深海の艤装を組み込んでより強力な防衛力を持っていたはずなのにだ。
それだけならまだ良かった。目に入る範囲の仲間達は全員傷だらけだった。まだ動けるものもいれば、傷が深く動くことが出来ない者もいる。気を失っているものすら。
怪我も多種多様。爆撃や砲撃による火傷が主であったが、特に酷かったのは朝霜。武器を持つ利き腕が斬り落とされており、止め処なく血が滴り落ちていた。あれは早く治療しないと命に影響が出る。
そして、さらに酷い者もいた。
「おねえちゃん! おねえちゃん!」
初霜の叫び声が聞こえる。声を上げられるということは、初霜は無事だったのだと思う。だが、その声から最悪を察する。そして、実際に見て崩れ落ちそうになった。
姉が倒れていた。
背中を艤装ごとバッサリといかれており、それが致命傷となったのがすぐにわかった。初霜が無傷であるところを見ると、姉が初霜を庇ったのだと思う。咄嗟に抱きつき、それを真後ろから斬り付けられたのだろう。
ということは、施設の内部にまで上がり込んできたということになる。空爆や砲撃だけでも飽き足らず、破壊される施設から逃げ出してきたところを斬り付けるだなんて。
「姉、さん……」
「わ、わかば、おねえちゃんが、おねえちゃんがおきないの! ど、どうしたらいいの!?」
命の匂いはもうしていなかった。息をしていない。鼓動も止まっている。もう、目を覚ますことはない。
それを初霜に告げることが出来なかった。姉はまだ助かると信じて声をかけ続ける初霜の姿に、私は言葉を失い、立ち尽くすことしか出来なかった。
「若葉……三日月……早かったじゃない……」
槍を杖代わりにした曙が瓦礫の中を歩いてくる。致命傷は受けていなかったようだが、頭から血を流し、脇腹を押さえていた。最後まで抵抗し続けていたのだと思う。
「あけぼのちゃん! おねえちゃんが!」
「疲れてんのよ。ちょっと寝かしといてやんなさい。動かしたら傷に障るから、今はそのままがいいわ」
「う、うん……わかった……」
私ではそんなことが言えなかった。曙だって見ただけで姉が手遅れであることはわかっているだろう。それでも、初霜が一番傷付かない最善の言葉を選び取っている。
「……被害者は」
カラカラの喉で絞り出すように尋ねる。姉の死を目の当たりにして、動揺が抑えきれそうに無かった。隣に三日月がいなかったら、初霜のことすらも思い至らずに、その場で泣き崩れていたかもしれない。
その三日月だって震えている。私もそうだが、初霜の前で取り乱すことは控えていた。だが、正直なところ、理性を保っていられるのも限界に近い。
「先生と蝦尾さんは無事。怪我はしてるけど大分軽いわ。その代わり……リコと鳥海さんが……」
ギリッと歯軋りが聞こえる。人間2人の夜間護衛を買って出た2人だ。その職務を全うするため、その命を賭して2人を守ったということなのだろう。その遺体は別のところで寝かされているらしい。
曙だって満身創痍だ。他よりも動けるというだけで、そのままにしておいたら危険であることには変わりない。息から血の匂いがするほどだ。内臓もやられている。
「若葉! 三日月!」
雷の声。雷は比較的まだ怪我は少なそうである。隣に暁もいるようで、そちらも怪我は比較的少ない。それでも雷に肩を貸してもらっているくらいなのだから、この大惨事で健闘していた。
「潜水艦の子達は今、海の中にいてもらってる。襲撃を追っ払ったの、シロクロなの」
「そう……か……」
シロクロがまともに動けたということは、大淀が来ることは無かったようだ。今のところ誰からも暗示がかけられたような嫌な感じはしない。しかし、姉の致命傷を見る限り、伊勢と日向は確実に来ていた。あんな刀を使える敵が何人もいてもらっては困る。
さすがは施設の最大戦力と言ったところか。あの火力の前には、伊勢と日向も成す術なく撤退を選択したか。いや、ここまでやったのだ。充分と考えたのかもしれない。
「リコと鳥海のことは聞いた。他に犠牲者は……」
「……赤城さんと翔鶴さんが重傷。他も多かれ少なかれ怪我はしてる。朝霜がまずいから、すぐに治療しなくちゃいけないわ。こんな状態だけど、残ってた修復材はすぐに避難させていたの」
つまり、この襲撃で命を落としたのは3人。リコと鳥海、そして姉。掛け替えの無い仲間達が、少し外に出て行ったことで失われてしまった。震えが止まらなかった。
察してくれたのか、三日月が手を握ってくれた。ほんの少しだけ落ち着くことが出来た。今自分の感情に振り回されることは、絶対に悪い方向に向かう。こういう時こそ冷静にいなくてはいけない。
ここで私達が先行したことにより置いていってしまった下呂大将達も到着。惨状に全員絶句していた。下呂大将は表情を変えなかったが、匂いは熱く煮え滾っていることがわかった。
「まるゆ、まるゆはいますか」
「た、隊長、まるゆはここに!」
比較的軽傷だったまるゆが奥から救急箱を持って声を上げた。この救急箱は施設のもの。どうやら飛鳥医師と蝦尾女史の軽い傷を治療していたようである。
「ここに来た車に修復材がいくつか入っていたと思いますが」
「隊長が出て行った後に施設に出しておきました! 車自体は空爆で真っ先に破壊されましたけど……」
「なるほど、そこまで読んでいたということですか」
残された修復材は3つほど。そのうちの1つは腕を落とされてしまっている朝霜に使うのがベストだろう。問題はそれ以外。雷やまるゆは時間経過で何とかなりそうではあるが、他の者、例えば夕雲は爆風をモロに受けたのか、腕に酷い火傷を負っていた。骨折しているものも多く、大破しているものが殆どだ。2つで賄えるとは到底思えない。以前に使っていた修復材を薄めた傷薬をこの場で精製して使っていくしかないか。
海中の潜水艦達も、多かれ少なかれ怪我を負っている。幸いにも海中への攻撃は少なかったようで、重傷はいないらしい。
「先生……!」
下呂大将の声が聞こえたからか、まるゆがここに移動したからか、飛鳥医師もこの場に現れる。曙の言っていた通り軽傷であることは見て取れる。その後ろには蝦尾女史も。
リコと鳥海の奮闘の証に見えた。自らの命を懸けたことにより、あの2人は人間でありながらこの戦場で五体満足だ。
「飛鳥、無事でしたか。有明中佐から職人妖精を預かってきました。すぐに欲しいところを修復してもらいます」
「ありがとうございます! 処置室をすぐにお願いします!」
この大惨事の中でも、必要最低限の手術道具は手元に置いてあったらしく、大掛かりのものさえ修復してくれれば今すぐにでも治療が可能だという。
すぐさま職人妖精が動き出した。瓦礫だらけの場所を掘り返すように修復が始まり、処置室だけは見る見るうちに出来上がっていく。妖精すらも本来以上の力を出してくれているようだった。
「雷、修復材はどれだけ残ってる!」
「薄めて使ってるけど難しいかも! 朝霜には原液使ってる!」
「でしたら、わたくしにお任せくださいませ」
ここで率先して前に出たのは春風。
「修復材の太刀を使えば、周囲の傷ごと治療が出来るかと思います。代わりに痛みはありますが、わたくしの剣技でしたらなるべく痛みは与えません」
「試すんなら私にお願い……ここまで痛いなら斬られても苦じゃないわ……」
その治療を受けるのは曙。匂いからして重傷なのはわかっていた。歩けるだけでかなりギリギリであることも。
「かしこまりました。曙さん、その傷を
有明鎮守府でも見た、撫でるような優しい一刀。明らかに殺す動きなのに、次の瞬間、曙の傷はある程度のところまで癒えていた。服などは斬れてしまうものの、斬り傷は無く綺麗なものになっていた。
ただ、当たり前だが斬っているのだから血は出る。なるべく痛みは無くすと言ったが、痛みが無いわけではない。見た目はかなり悪かった。
「死ぬよかマシだけど痛いわ!」
「神風お姉様や松風さんにやられたらそれでは済みませんよ」
「そりゃそうだけど……いや、これ結構楽になったわ。痛みでジンジンするけどさ!」
脇腹を押さえることも無くなっていた。荒療治ではあるが、治療として使えないことは無さそうだ。気を失っているものには都合のいい治療法かもしれない。
そうこうしているうちに処置室だけは形になった。続いて電源装置の修復。瓦礫の山の中、その一箇所だけは新品同様の部屋として再生して行く。
「先生、運んできたぜ」
「ありがとう」
摩耶が鳥海を、セスがリコを丁寧に運んできた。姉とはまた違った傷だらけの身体。リコに至っては朝霜のように片腕が無かった。斬られたのではなく、砲撃で千切れ飛んだような無残な傷痕。
摩耶の顔も匂いも悔しさが滲み出ていた。妹をこんな形で失うだなんて、気分が悪いにも程がある。私が姉を失ったのと同じ感情を持っているだろう。
「飛鳥、君はまさか」
「はい、今から命を失った3人を
ここで処置室を優先したのだ。やりたいことなんて言わなくてもわかっていた。運命を捻じ曲げる神の所業。完全なる禁じ手。艦娘の蘇生だ。
だが、それは飛鳥医師自身が忌み嫌う術だ。姉を生き返らせてくれるというのなら私は何よりも嬉しいのだが、決断した理由は何だ。
「いいんですね?」
「はい。僕はリコに言われました。こんな理由で死んでたまるかと」
決意の理由は、飛鳥医師を守って命を失ったリコの言葉。理不尽な襲撃により命を落とすなど言語道断。まだ仲間達の仇を討つことも出来ていないのに、終わりにしてたまるかと。無理を承知で頼んでいた。自分はまだ死ねない。蘇生出来るならしてくれとまで。
曙の時と同じだ。我欲で本人の意思を問わず蘇生するわけではない。リコの意思を汲むために蘇生する。飛鳥医師にしか出来ない、最大の恩返し。
「鳥海ちゃんも、同じようなことを」
蝦尾女史も鳥海から意思を聞いていた。リコと同じく、こんな理不尽で死んでたまるかと。自らの罪はまだ償い切れていないと。
言葉は聞いていないが、姉だってきっとそうだ。初霜を守るために命を落としたが、死にたくて死んだわけではないに決まっている。あの初霜を残してこの世を去るだなんて出来やしない。
「この蘇生に後悔はありません。皆が、誰よりも本人が望んだことです。医者として、出来ることは全てやります。例外で、傲慢な願いかもしれない。ズルいことを言っていることも理解している。でも、やるなら今だ」
強い決意の匂い。揺るぎない心で下呂大将に話した。
「わかりました。ならば我々も手伝えることは全てやりましょう。この子達の潰えた命を呼び戻すため、飛鳥、今だけは全員が君の指示に従います」
「ありがとうございます! 同時に3人の蘇生ですから手が足りません。時間勝負のところもあります。四の五の言っていられません。門外不出の方法を、今だけ全員に伝えます。協力を!」
命を救うため、今までの誓いを反故にした。この状況で誰にも教えないなどとは飛鳥医師にも言えない。それによって3人のうちの誰かが蘇生不可能になってしまったら、蘇生すること以上に後悔することになる。
これで蘇生の方法が外に漏れるようなことがあれば、下呂大将は裏切り者ということになってしまうだろう。だが、今までのことからそれはないと確信している。
「今から禁忌を犯す。皆、共犯者になってくれ」