継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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神の領域

燃え盛る施設。戦いの跡には、犠牲者が3人。飛鳥医師を守ったリコ、蝦尾女史を守った鳥海、そして、初霜を守った姉、初春。私、若葉が施設に戻ったときには、その3人の命は潰えていた。それ以外の者も半数は重傷。

その3人を蘇生するため、飛鳥医師が動き出す。職人妖精によって処置室だけは元に戻ったため、早速蘇生処置を始めることとなった。今回ばかりは、その手段を墓まで持っていくなどとは言ってられない。迅速かつ丁寧な処置のため、協力者が嫌でも必要となる。故に、私達は共に禁忌を犯す()()()として、処置室に入った。

 

命を失った3人は、着ているものを脱がされた後、職人妖精の作り上げた医療用ベッドに寝かされていた。痛々しい傷が露わになり、ベッドを血で汚す。その程度なら後で掃除したらいい話だ。

メンバーとしても、多少は処置に慣れた私や摩耶、セスが前面に。そこに下呂大将と蝦尾女史。三日月や雷などのまだ動ける者達もサポートに回ってくれている。第一水雷戦隊の面々は、この状態から襲撃を受ける可能性も鑑みて、潜水艦達と一緒に周辺警備をしてくれている。

 

「飛鳥、先に言っておきます。今回の件、蘇生までが大淀の狙いかもしれません」

 

処置の準備をしながら下呂大将が話す。今回は下呂大将も直々に手伝ってもらえる大仕事だ。医療の腕は無いに等しいと自分で言っていたが、猫の手でも借りたい現状、素人だろうが何だろうが、いてくれるだけで助かる。

それに、蘇生の現場は全員が素人だ。この場にいるものは直属の上司である下呂大将であっても、医療関係者の蝦尾女史であっても、この場においては全員が飛鳥医師の手足。

 

「このような状況になれば、必ず君が蘇生に踏み出すと考えたのでしょう。そして、3人分を蘇生するには手が足りないことも想定済み。ならば、施設にいる比較的軽傷な者を使うのも読めます」

「僕が他の者に協力してもらうところまで、ですか」

「ええ。そして君が3人の蘇生を成功させるところまでがシナリオでしょうね。その後に、処置を手伝った者を支配して自分のところに引き込めば、蘇生の技術を盗むことが出来ます」

 

大淀の支配の力が艦娘に及ぶことも既にわかっていることだ。つまり、この蘇生処置に参加した者を支配し、その時に見たものを全て話させれば、蘇生処置の技術が大淀のものになってしまう可能性が非常に高いということ。

 

この処置の現場、大淀の支配が行き届かないのは人間である飛鳥医師と蝦尾女史、下呂大将、そして存在として別の位置に来てしまった私のみ。もしかしたら三日月も支配されない可能性がある。

だが、それ以外全員が突然スパイになってしまう可能性がある。特に深海棲艦絡みはまずい。暗示以前に気を失うまでずっとコントロールされることになる。

 

「だからといって見捨てるなんてことはしませんよ」

「君のここまでの決意を見るのは久しぶりですから、私は止めることなんてしません。ですが、万が一の事を頭の片隅にでも置いておいてください」

 

下呂大将には珍しい、諫めるような真剣な表情。やることがやることだけに、今後の進退にも関わる。

だが、飛鳥医師はそんなことで折れるわけがなかった。3人の命を救うために禁忌を犯すことを決意したのだ。誰が何と言おうと全うするだろう。

 

「わかりました。先生も口外だけは絶対にやめてくださいよ。大本営にすら教えたくない技術なんですから」

「勿論。君が禁忌と言うのですから、どうなろうとも外には出しません。この子達が命を落とした事実すら揉み消してあげましょう。そもそもここはそういう管轄では無いのですから、私達が黙っていれば何も漏れません」

 

本当に出来そうだから怖い。おそらく新提督にすらこの事実は伝わらない。こういう時に法ギリギリのところをついていくのが下呂大将である。絶対に敵に回したくない相手だ。

 

「皆、準備はいいな。ここからは速攻勝負だ。指示通りに動いてほしい。重要な部分は僕がやる。全員の力量は把握しているつもりだ。怪我も考慮している」

 

言いながらも準備を完璧にして、配置までしっかり整えた。迅速かつ丁寧に、徹底的に無駄を切り落とした作業で、処置時間を短縮する。あまり長引かせると、後遺症が残りかねない。

 

「では、開始する!」

 

3人同時蘇生の施術が始まる。素人でも動けるように的確な指示の中、私達は休みなく動き続けることになる。

私達艦娘ならまだいい。人間であり、且つこの中では最年長である下呂大将ですらも一切の休憩をせずに動き続けることになるのだ。地獄のような医療現場。しかし、神の所業を実現するためにはこれほどの力が必要だということである。

飛鳥医師は1人相手とはいえそれを1人でやってのけているのだ。協力さえすれば、必ずうまく行く。

 

 

 

まずは内臓の修復。姉は特に酷く、背中側から肺をやられてしまっているため、まるまる移植。リコと鳥海も、折れた骨が刺さっているなど当然酷いことになっていた。曙の時のようにはいかないことはわかっていたが、死とはここまで残酷なものなのだと、まざまざと見せつけられた気分だ。

 

「臓器はまだある。今までの積み重ねが功を奏した」

 

人工臓器はまだ出来ていないが、嵐のたびに集めていた深海棲艦の臓器はまだある。地下設備だったおかげで、施設がここまで破壊されてもその場所だけは相変わらず綺麗に残っていてくれた。おかげで移植するものには困っていないようだ。

同時にリコの腕の接合も進められた。朝霜は斬られていたために腕そのものが残っており、修復材による接合が出来たが、リコの場合は砲撃により消し飛んでしまっている。これはリコがここに流されてきた時に一緒にいたル級の腕が移植できそうなので、そちらが準備されていた。

 

「この角度で絶対に動かさないでくれ。縫合は蝦尾さんが出来る」

「わかったわ。蝦尾さん、よろしくね」

「はい。人の腕を接合するための縫合は流石に初めてですが、縫い物は出来ますから」

 

腕は蝦尾女史が確実に修復していく。腕の固定は雷と三日月が受け持つ。ズタズタな断面を綺麗にした後、飛鳥医師の指示通りに接合して縫合。向きを間違えた時点で神経接合がおかしくなるため、動くことも出来ない難しい仕事である。

それでも、蝦尾女史は着実に縫合を進めていく。雷が接合する腕を、三日月がリコの肩をびくともせずに固定し、最善の状況へ。全く動かさないというのもかなり難しい。

 

その隣では砕けた骨の修復を進めていた。折れた骨は元の形に戻るように、砕けた骨と失われた骨はその部分と同じ骨を深海のものを加工してとなる。体内から修復しなくてはならない骨を抜いているのは下呂大将だ。

事前に用意されていた人工骨も使い、あらゆる手段を使って新品同様の骨にしていく。洗浄も勿論大事な仕事。

 

「胸骨と腸骨の加工の経験が活きるな」

「ああ、アレよりもやり易くて助かる」

 

骨を繋ぐのは勿論のこと、砕けた骨と同じ形に深海の骨や人工骨を加工するのは、汚染された骨の洗浄よりも簡単に思えた。そのおかげか、丁寧ではあるが迅速に次の段階へと進んでいける。

今回の3人は体格が見事にバラバラなせいで、骨のサイズも当然バラバラ。ネックはそれだけ。私は一番小さい姉のものを、摩耶は鳥海のものを、そしてセスがリコのものを次々と修復していく。

 

「飛鳥、これで骨は一旦撤去しましたよ」

「ありがとうございます。すぐに内臓を入れます」

 

骨が無くなったことで中身の治療が楽になる。こればっかりは1人ずつやっていかなくてはならないのだが、ここからが飛鳥医師の本領発揮であった。

傷付いた臓器はチェック済み。道さえ拓けばそこから摘出して新たなものを嵌め込んでいくのみ。故に、人間技とは思えない目にも留まらぬ早技で次々と臓器を元に戻していく。

この処置の速さに下呂大将も目を丸くしていた。いくら教え子だったとしても、どのように処置していたかなど見たことも無かったのだろう。この時点でいろいろと違う領域に達している。

 

「骨をくれ」

「出来てるぜ。使ってくれ!」

 

内臓を入れ替えたら即座に骨の組み立て。まるでプラモデルを組み立てるかの如く、見る見るうちに綺麗な体内に戻っていくのは、もはや恐ろしかった。

 

「腕の接合、終わりました!」

「ありがとう、確認する。初春の縫合を」

「はい!」

 

蝦尾女史が腕の接合を完了。丁寧な縫合でガッチリと固定され、さらには動かないように包帯も巻かれていた。自分の受けた処置を思い出すかのようだった。

姉の縫合が終われば次は鳥海、最後にリコと、身体は縫合痕だらけになってしまうが、しっかりと元通りになっていくのがわかる。

 

「鳥海は火傷も酷いな。皮膚を移植する」

 

欠損は無いにしろ、鳥海の腕や身体には酷い火傷もあった。これこそ修復材で治療したいところなのだが、命を失った身体には修復材は効かないらしい。故に、皮膚も移植。

息を吹き返してから修復材を使うという手段もあっただろう。だが、他の者に使ったことで修復材はもう完全に枯渇しており、それでもまだ足りないほどだ。だからと言って入渠するまでそのままというのも厳しいらしく、こればっかりは皮膚移植の方が堅実のようである。

 

ここまで来たら、3人は五体満足の状態にはなった。しかし、今のままでは所詮継ぎ接ぎのある遺体。呼吸をしなければ、心臓も動いていない。ここからが飛鳥医師の文字通り神の技。

 

「職人妖精がAEDを用意してくれました」

「ありがとうございます。内臓を入れる時におおよそ蘇生の準備は整っています」

 

飛鳥医師の言葉に、全員が驚いた。あの早技の中に、蘇生に繋がる技がいくつも含まれていたらしい。おそらくだが、臓器同士の接続や、体内の何かを弄ることで蘇生出来る段階が進むのだろう。

 

「残りはここです」

 

頭を何度か押したり引いたり。これは血流を良くしているのだろうか。死んでいる間は血液が通っていないのだから、その辺りにしっかり触れておかなくては息を吹き返した時に支障をきたすと。

 

「よし、仕上げだ。AEDを」

 

ついに最終段階。AEDを使い、心臓に対して衝撃を与える。だが、これもやり方があるらしく、絶妙な位置や角度がキモのようだった。やはり見ていても理解が出来ない。

ドンと大きな音がなり、姉の身体が跳ねる。出力にすらコントロールが必要。数値化されても訳がわからなかった。

 

「っかひっ!?」

 

姉が息を吹き返した。本当に目の前で蘇った。

息を吹き返した途端、命の匂いが漂い始めた。心臓が動いている。呼吸している。

 

「姉さん……よかった、よかった……」

 

今まで我慢していた涙が溢れ出た。死を悲しむ涙より、生を喜ぶ涙の方が我慢出来なかった。今まで堪えてきた疲れもドッと出てしまったように膝から崩れ落ちてしまい、すかさず三日月が支えてくれた。

 

迅速に次へ次へと最後の仕上げが進んでいき、鳥海とリコも同じように息を吹き返す。死の匂いは遠のき、生の匂いが蔓延する。ここにいる者は誰も死んではいない。妹が蘇ったことに、摩耶もうっすら涙目だった。

気付けば作業開始から数時間。朝日が昇る前から始めていたが、今はおそらく昼も過ぎている。3人同時の治療でこれならば、最善を尽くしたと言えるだろう。

 

「飛鳥、おそらくここにいる者全員の総意を伝えます」

「なんですか」

「誰も真似できません。注意深く見ていたわけではありませんが、私も君の処置が全く理解出来なかった。君から直接説明されない限り、蘇生の御業は誰にも伝わらないと確信出来ます」

 

一斉に首を縦に振る。

これは飛鳥医師が編み出した、飛鳥医師のみの手法。飛鳥医師が口外しないのなら、その方法は誰も理解することは出来ないだろう。医療従事者である蝦尾女史ですらそれが一部も理解出来なかったというのだから、その難易度と意味不明さが窺い知れる。

 

これぞ神の領域。誰にも届かない、死を覆す医者の神の技。

 

「安心はしていませんがね。何処からここに辿り着くかわかりませんから」

 

いやこれは無理だろとみんな心の中で思ったに違いない。少なくとも私と三日月はそう思った。

 

「目が覚めてから後遺症がわかるかもしれない。まずはこれで終了だ。皆、お疲れ様」

 

曙の時にも言っていた後遺症。短時間でも脳に血が通っていなかったのだから、何かしらの問題が起きても仕方のないこと。だがそれは今すぐわかることでもない。

今は生き返ってくれたことを喜び、蘇生してもらえたことに感謝するのみである。

 




3人同時蘇生完了。傷の状況などは次回。そもそも今、施設は処置室以外ありませんからね。

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