継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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再出発へ

飛鳥医師のおかげで、命を落とした3人は蘇生された。身体はまだ傷だらけではあるが、息を吹き返したのは本当に喜ばしいことだ。私、若葉も姉が蘇生されたことで泣いてしまう程であった。

 

その処置中に、職人妖精は施設の一部をさらに修復。せめて今この時に眠れるようにと、ある程度の大広間と布団一式が出来上がっていた。今日が悪天候で無くて本当に良かったと思う。ここ最近嵐が来ていないのは不幸中の幸い。

さらに電話まで用意してくれており、処置中に来栖提督に連絡もしておいてもらっている。職人妖精も120%の力を発揮してくれていたようで、ここまで作ってさすがに休息中。妖精だって疲れる。

 

「大発動艇は4隻、あとは職人妖精を追加で派遣してもらう方向にしています。今は体裁を整えている余裕はありません」

「ですね。来栖の鎮守府に向かうのが厳しい者には大発動艇を使ってもらわなくてはいけませんから」

 

自分の脚で航行出来なそうな者は大発動艇に乗っての移動となる。脚を負傷した者もいたが、春風の機転のおかげでその傷は痛みを伴ったもののある程度は治療されていた。よって、航行が厳しい者というのは、艤装を破壊されたものということになる。

赤城と翔鶴はそこが顕著に現れており、航行用の巨大な艤装はほぼ全壊。脚部艤装も破損と脚がないようなものにされていた。加えて、曙や朝霜のような近接戦闘タイプも艤装が破壊されたせいで航行不可。

大発動艇はたった1隻。乗せなくてはいけないものが多すぎるため、事情を話して迎えに来てもらう方がいい。すぐにでも入渠が必要なものは応急処置のおかげでいない。

 

「施設の再建をすぐにやってもらいます。前回と同様、ここにあるもので修復で良かったですね?」

「はい、今はそれしか手段は無いでしょう。艤装が失われた者も多いですから、そこをどうにかしなくては……」

「艦娘の艤装ならどうにか出来ますが、深海の艤装は難しいですね。重要なものだけは大発動艇に積み込みましょう。赤城と翔鶴、あとはリコリスのものは復旧が難しいでしょうから運んだ方がいいでしょうね」

 

こんな状況でも次の手をどんどん考えていく。だが、私にはちゃんとわかっている。全く表情には出さなかったが、飛鳥医師も下呂大将も、ただでは済まさないと煮え滾っていた。

それだけじゃない。全員疲れ切っていても、心の中は怒りに燃えている。あの温厚な雷さえも、施設をまたもや破壊され、怪我人が続出した今回の襲撃には怒り心頭だった。

 

処置中に連絡が行っていただけあり、それから割と早いタイミングで来栖鎮守府からの遠征部隊は到着。やってきたのは来栖提督と二二駆だったのだが、施設の惨状を見て絶句していた。前回よりも酷く、怪我人だらけの現状が凄惨さを物語っている。

 

「これはまた……酷ェな……」

「退避する間も無かった。全員徹底抗戦したがこれだ」

「クソが。その時になったら絶対ぶっ潰さねェとな」

 

蘇生処置が終わった3人は布団に包んだ状態で大発動艇に乗せ、その他移動出来ないものも乗り込む。初霜は初めての遠征ということで少しワクワクしているようだった。眠っている姉の側から離れようとはしなかったが、以前より随分と顔色が良くなっているために、安心もしているようである。

初霜には最後まで姉が一度死んでいるという事実は伝えていない。傷が酷いから眠っていたということにしてある。やはり初霜には死という概念は重い。それに、今生きているのだから眠っていたというのもあながち間違いでは無くなった。

 

また、破壊された艤装などもある程度は積み込んだ。赤城、翔鶴、リコの艤装は大きく場所を取るため、それだけで大発動艇1隻を占拠するほど。それ以外にも積み込めるものは積み込み、発つ準備はおおよそ完了。

 

「はい、到着だよ。今回もお願いね」

 

皐月が肩に乗っていた職人妖精達を降ろし、先に来ていた者達にもおやつを渡していた。モチベーションアップで早期の作業終了を目指す。妖精達は大喜びで金平糖にありついていた。

 

「お前らも飯食えてねェだろ。少しで悪ィが、糧食持ってきたから食ってくれや」

「助かる。食材が全滅したからな……」

 

食事のことを思い出し、思い切り腹の虫が鳴いた。緊張していたから空腹すらも忘れてしまっていたようである。ついさっきまで蘇生処置という最大級の緊張を味わっていたのだ。全部上手く行ったことで少し気が抜けたのだと思う。

 

「ほれ、初霜。お前も食いな。腹減ってんだろォ?」

「わぁい。おじさんありがとー」

 

初霜のこの発言で、さらに空気が弛緩した。今は凹んでいるわけにはいかない。蘇生も出来たのだ。ここからまた進んでいかなくては。

 

 

 

来栖鎮守府に到着するなり、治療が再開される。来栖鎮守府の修復材を好きに使っていいということで、治せるものをすぐに治していく。大火傷は修復材を使わないと痕が残りそうなので、これはありがたい。

朝霜と蘇生された3人はドックに入れられた。特に朝霜は片腕の欠損。妖精の力まで借りれば、失われたものも元に戻るそうだ。息をしていたらリコも同じように入渠して失われた腕を取り戻すところだったのだが、そうはいかなかった。

 

積み込まれた艤装も全て降ろされた。大物小物がズラリと並び、破損具合も様々。廃材にしか見えないものすらある。

その中でも一際目立つのはやはり、赤城と翔鶴、そしてリコの深海艤装。人を乗せて動くことが出来るそれは、どの艦娘よりも大きなものになってしまっている。リコのものはそれ以上の異形。艦娘には絶対にあり得ない陸上施設型という特殊なもののため、より異質さを際立たせている。

 

「艤装の整備は明日以降にしましょう。施設の艤装は私では触ることが出来ませんから」

「悪ぃな。明日手伝ってくれ。アタシも結構しんどい」

「怪我人は休んでくださいね。その後にいくらでも協力しますから!」

 

運び込まれた艤装を眺めて途方に暮れていた明石。艦娘のものならまだしも、深海艤装は正直初見ではどうにもならない。摩耶とセスが健康体になり、説明をしてもらいつつでなくてはまるで構造がわからないというのが本音だろう。

この艤装の修理に関わっていたシロクロも比較的傷は浅い方ではあるが、やはり疲れ切っているのは確か。ここに着くなりぐったりと浮上してきたのは印象深い。今は全員身体を休めることを先決した方がいい。

 

「部屋は前に来た時と同じように使ってくれ。2人部屋だ」

「すまないな、急に押しかける形になってしまって」

「こりゃ仕方ねェよ。これで受け入れねェとかどんだけ薄情なんだっつー話だしよ」

 

幸い部屋はまだ空いているらしく、全員を入れても問題ないらしい。そのため、前と同じように私は三日月と相部屋で使わせてもらうことに。離れ離れにならないだけでも喜ばしい。

一方、下呂大将は大本営に連絡し、鎮守府への帰投を優先するらしい。今回のことは早急に上に伝えておきたいとのこと。車が失われたことは相当な痛手。

 

「手が空いた奴から休んでくれて構わねェからね。風呂は常に沸いてるから、起きた後にでも入ってくれや」

 

私や三日月も、有明鎮守府での一件から今の今まで一睡もしていない。戦闘の後の処置手伝いも相まって、かなり疲労が蓄積されている。私と三日月は無傷だが、申し訳ないが今日はもう寝かせてもらおうと思った。

次に目を覚ました時には、姉達も入渠が終わって目を覚ましているだろう。それで本当に安心出来る。

 

部屋に着くなり、倒れるようにベッドに寝転がった。着替えるのも億劫。脱ぐことすら放棄。

隣で三日月も横になる。体勢を変えたことで疲労が身体を支配し、猛烈な眠気に襲われる。それだけ疲れていたということを実感する。

 

「もう無理だな……目を開けているのもキツい」

「うん……眠気が耐えられそうにないけど……最後にちょっとだけ……」

 

私の胸に顔を押し付けてきた。そしてそのまま身体が震え始める。あの時のことを思い出したか、三日月は涙ぐんでいた。やっと身体を落ち着けることが出来たことで、今までの出来事が頭の中で駆け巡っている。

私もだった。命を落とした姉の姿が脳裏から離れない。今でこそ蘇生されたが、姉がいなくなるという感覚は、今まで感じたことのない恐怖と、言いようのない怒りと憎しみを感じた。

 

「有明鎮守府で……姉さん達が暗示をかけられていたのがわかった時、私、本当に許せなかった」

「ああ……気持ちはわかるさ」

 

温もりを感じながら語り合う。すぐに眠ってしまうだろうが、そのギリギリ、落ちる瞬間まで、2人で気持ちを伝え合った。

 

若葉(ボク)もだ。姉さんが殺されて、本当に許せなかった」

「……うん……辛かったよね……お互い」

 

負の感情がどうしても増幅される。侵食が拡がる程ではないが、状況次第では今以上にまずいことになっていたかもしれない。

三日月が側にいてくれたから留まることが出来た。本当に掛け替えの無い存在なのだと改めて実感する。

 

「ずっと側にいてね……若葉も失ったら私……」

「わかってる。絶対に離れない」

 

ギュッと抱き締めて、そのまま深い眠りに落ちていく。これが限界。もう耐えられなかった。

 

 

 

そして、夢の中。一度繋がった夢はもう繋がったままのようで、今日は()()()()()()()()、私は最初から三日月と共にこの空間にいた。目の前にはいつものメンバーも。

シグとぽいは相変わらず笑顔を絶やさず、チ級は表情が薄いながらもこの場では少し楽しそう。暗い空気を作らないようにしてくるのは、匂いの感じないこの空間でも明らかだった。

 

(ボク)の感覚が使えたみたいだね』

「ああ、正直助かった。その場で暗示がかけられていることが判断出来たのはありがたい」

『それだけ(ボク)と若葉は深く繋がったってことだね』

 

侵食が深まれば深まるほど、シグが表に出てくるようなことなのだろう。最終的には入れ替わったりして、なんて考えて少し怖くなった。

 

『三日月も出来たっぽい?』

「はい、私も侵食が深くなりましたから」

『よかったっぽい! 便利でしょ?』

 

ぽいの方は三日月に子供のように抱き付きながら話している。少し嫉妬心が芽生えるものの、現実ではこれ以上の繋がりがあるのだから今くらいはと我慢。

ぽいだって三日月とは深い繋がりを持つ者だし、私とシグの関係性と同じなのだから仕方ないと諦めることが出来る。シグだって近しいことはするし。

 

『もうここで助言する必要も無くなっちゃうかな』

「いや、意見が増えることはありがたい。思ったことがあったら是非伝えてくれ」

『そう? ならちょっとだけ。三十駆は今頃もう正気を取り戻してるし、暗示も多分解けてるよ。1回発動で無くなってるように見えたし』

 

それを聞いて安心したのは三日月。入渠してリミッターを掛け直すことが出来ていたとしても、まだ暗示はそのままで、()()()()を聞く度に敵対するような状況だったら困っていた。

暁もそうみたいだが、あれは一度指示を実行すると消えてなくなってくれるみたいだ。なら、三十駆は暗示をかけられてから入渠するまでの記憶が飛んでいる可能性もある。それはまた会うこともあるだろうから、その時にそれとなく聞いてみよう。

 

『あとはわかってると思うけど、施設の人達は誰も手出しされてないみたいだね。本当に全部壊すために来たみたいだ』

「ああ、あの感覚はみんなからは感じなかった。それだけは安心だな。居場所は壊されてしまったが」

『迷惑だよね。三日月達の居場所まで奪おうとか、次見たら素敵な血祭り(パーティー)じゃ済まさないっぽい!』

 

ぽいは物言いがちょくちょく物騒になる。ここで言っても実行するのは三日月なのだが。

とはいえ、三日月にぽいの影響が強くなっているのなら、だんだんこうなってもおかしくないということか。ちょっと子供っぽく、言動が物騒な狂犬のような三日月。それはそれで可愛くていいかも。

 

『そうだ、まだ言えてなかったね。ケッコンおめでとう』

『あ、それ! おめでとうっぽーい!』

「ああ、ありがとう」

 

チ級も小さく拍手してくれている。仮面越しでも微笑んでいるのがわかった。改めて祝福されると喜びもひとしお。みんな自分のことのように喜んでくれるのも嬉しい。

 

『わかってると思うけど、(ボク)達は全部見てるからね』

『三日月、結構激しいっぽい』

『ね。基本は若葉上位だけど、求めるのは三日月からだし』

 

言葉にされると途端に恥ずかしくなるのでやめていただきたい。三日月も顔が真っ赤。チ級も顔が真っ赤。

 

『まぁとにかく、これからも2人仲良く進んでね。その方が(ボク)達も嬉しい』

「ああ。若葉(ボク)達を見守っていてくれ」

『それが(ボク)達の楽しみでもあるからね。(ボク)達の復讐、君達に任せたよ』

 

改めて決意した。私達の居場所まで奪った奴等は、この手で終わらせる。それが私達の願いであり、シグやぽいの願いでもあるのだ。

 

新たな出発は目覚めてから。さらに過酷な戦いになりそうだが、私達なら進んでいける。

 




全員の消耗が激しく、グダグダの中来栖鎮守府へ。再出発は翌日からです。

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