三日月が施設の一員になったことで、来栖提督の鎮守府から交流のために第二二駆逐隊が遠征にやってきた。
姉妹ということで三日月も多少は接触することが出来るかと思っていたが、艦娘であるというだけで嫌悪感が発露してしまい、暴走しかけることとなる。だが、第二二駆逐隊の旗艦、文月の包容力によりそれを退けることに成功、三日月の交友関係はこれでまた拡がることになった。
私、若葉は改めて、文月の、第二二駆逐隊の強さを知った。戦闘経験もない、艦娘と言えるかもわからない私ですら、怒りを露わにした文月には、絶対に敵わないと思えるほどのプレッシャーを感じた。歴戦の駆逐隊であることを実感。
泣き疲れて眠ってしまった三日月は、十数分程で目を覚ました。それまでは皆が周りを囲い、起きるのを待っていた。その間に雷がお茶を淹れている気の配りよう。
先程は文月には泣きついてしまったが、目を覚ますと同時に慌てて私の後ろに隠れる。姉妹の力も強いが、時間の力も強い。たった1週間程度でも、常に側にいた私の方が安全と認識しているのかもしれない。
「ごめんよ三日月。そこまで怖がるなんて」
「うん、ごめんねみかちゃん」
「……ああいうのは嫌いです。姉でもやっていいことと悪いことがあります。反省してください」
私の後ろから姉2人に悪態。例え相手が姉であろうが、艦娘嫌いはまだまだ治りそうにない。元々の性格は私は知らないが、言われた2人は大きく項垂れていた。元はこういうことを言わないような子なのだろう。
「ごめんね三日月ちゃん。2人にはちゃ〜んと言い聞かせておくから」
「……文月姉さんは……
文月には気を許したように見えたが、苦手意識が先行して目を合わせようとしない。それでも、まだ出会ってそこまで経っていないのにこれとは、文月はなかなかの好感度。さすがは包容力トップの天使。
最初から呼べばよかったかと思ったものの、今の段階にまで
「若葉、三日月はやっぱりコンプレックスがあるのか」
長月が小声で聞いてきた。三日月はかなり近い位置にいるが、ギリギリ聞こえないように。
「ああ。だから触れないでやってほしい」
「だよな。そうじゃなきゃタイツは穿いてない」
長月は私の痣をカッコいいと褒めてくれたが、同じことを三日月にやった場合、逆の方向に向かってしまうだろう。傷や髪のことは言わないであげてほしいため、先に忠告しておいた。長月も察する能力は高い方のようだ。
「三日月、私達は度々ココに来る。今日は無理かもしれないが、次に来た時は仲良くしてほしい」
「……はいとは言い切れません」
「いいえじゃ無ければそれでいいさ。若葉、三日月を頼んだ」
「任された」
必要最低限の会話で終わらせる長月。三日月が外の者との対話が難しいことがよくわかっている。
「ボクらも来るから!」
「4人で第二二駆逐隊だからね!」
「……ああいうことをしないならいいです」
打って変わって明るくなった皐月と水無月。姉という立ち位置から、三日月もそれなりに大目に見ているように思えた。
「三日月ちゃん、さっきも言ったけど、あたし達は絶対に裏切らないからね。信じてくれると嬉しいな〜」
「……時間を下さい」
「うん、大丈夫だよ〜。何度も会いに来るからね〜」
文月が触れることにはもう抵抗が無いようだ。差し出された手に対し少し考えるも、握手に応じた。これが今後、ノータイムで手が出せるようになればいい。それにはまだまだ時間が必要だろうが。
少し休憩後、第二二駆逐隊が帰投する準備をしていると、何やら雲行きが怪しくなってきた。雨が降っているわけではないが、今にも降りそうという空。
この施設で過ごしていると天気予報を逐一チェックしているが、今日は嵐の予報ではなかったはずである。だが晴天というわけでも無かったため、こうなる可能性も無いとは言えなかった。降水確率も微妙だったはず。
「あ〜あ、なんか雨降りそうだね」
「急いで帰っちゃう? でも結構距離あるんだよね」
皐月と水無月が話していると、飛鳥医師が最新の天気予報を調べてきていた。
「急激に下り坂になったらしい。夜になるまでここから嵐になるそうだ」
「えぇー!? じゃあ帰れないよ!」
「前回の嵐からおおよそ3週間か。そろそろ時期だな」
今から今晩にかけて嵐が来るとのこと。本当にここは嵐が来やすい場所のようだ。厄介なことに、日中にやってきて夜頃に終わるとのこと。
別にこういうことが無いわけではないが、嫌なタイミングといえば嫌なタイミングだ。無理して帰投すると、雨に打たれながら帰る挙句に海上で嵐の直撃に遭う可能性が高く、嵐が終わってから帰ろうにも、暗がりの中の帰投になってしまう。どちらの状況でも危険。
安全を取るなら、1日この施設に滞在することがベスト。明朝に帰投が一番安全だ。
「来栖に連絡しておこうか。君達は今日はここで待機した方がいい」
「は〜い。ありがとうございま〜す」
こういうことも初めてではないらしいが、片手で数えられるほどのレアな状況のようだ。まだ部屋は空いているため、4人なら充分泊まれる。
こうなって表情が変わったのはやはり三日月である。この1週間でようやく施設の住人に慣れてきたというのに、外からの者が近くにいる環境となると、ストレスが凄まじいことになりかねない。さらに、私達ですら嫌な嵐である。夜でなくても嵐の嫌悪感が出てしまう。
「では、大発動艇をどうにかしておいてくれ。せっかく鋼材を積み込んだが、一旦下ろそう」
「あいよ。また明日の朝に積み直せばいいな」
「あたしが大発を縛っておきま〜す」
摩耶が手早く鋼材を下ろし始める。大発動艇は文月のコントロール下のため、工廠の端に寄せて錨と鎖で固定。
「また私達の艤装のパーツが流れてくるかな?」
「そうだといいね……潜水艦のマスクとか……欲しいね」
「だね! また艤装の完成が近付くよ!」
久々の嵐にクロはテンション急上昇。シロも心なしか嬉しそうである。嵐の度にパーツは増える。何かしらの発展に繋がるため、2人には恵みの嵐だ。
「嵐の規模はそこまで大きくないが、用心はするように。じゃあ、僕は来栖に話をつけてくる。部屋は好きに使ってくれ」
「お部屋の準備をしてくるわ! 三日月、手伝ってもらえる?」
「わ、私ですか。……家事を覚えるいいチャンスですし、お手伝いします」
しぶしぶという感じで三日月は雷についていく。家事手伝いもこれが初めてとなる。ここから施設の一員となっていくのだ。
雷の手伝いという形での初めての家事は上々だったそうだ。掃除くらいなら誰でもできると三日月は言うが、雷はベタ褒め。最高の相方が出来たと大喜びであった。
部屋の準備が出来た頃には、窓に叩きつけられる雨音が施設内に響き渡っていた。雨風は比較的強く、昼間だというのに外は少し暗い。
この音を聞いていると、どうしてもあのトラウマが蘇ってくる。それはこの施設のものなら誰でも思うことであり、いつもと同じように雷と肌を寄せ合う。今回はそこに三日月も加わった。
「この音を聞いていると……イライラしてきます」
「若葉も同じだ。風と雨の音が嫌いだ」
「そっか……同じ境遇だもんね……思うことも同じよね」
その嫌悪感を少しでも抑えるため、3人でひとところに固まってジッとしている。嵐の時だけは雷も浮かない表情になるので、施設内が少し暗くなってしまう。それを解消するためにみんなで寄り添うのだが。
夜になる前に全てが終わるらしいので、自室ではなく談話室に集まった。そのまま眠るわけではないが、温もりをより強く感じるために毛布持参。
精神的なものはいくら時が経ってもなかなか払拭されない。特にこれは、生死に関わるトラウマのキッカケだ。嫌でも反応してしまう。
「三日月、大丈夫? お茶淹れようか? 頼ってもいいのよ?」
「……雷さんは自分の心配をした方がいいです」
そんなことを言う雷は手が少し震えてしまっているため、ジッとしておいてくれた方がいい。
「あ、ここにいたんだ〜。お部屋、ありがとぉね〜」
3人寄り添っていると、談話室に文月がやってくる。今日泊まるための部屋を用意され、その確認を終えたところのようだ。文月がここに来たことで、他の3人もやってくる。文月がここに姿を現した時点で、三日月は毛布を頭から被っていた。その姿に私も雷も苦笑するしかなかった。
談話室は大体10人入れる程度の広さ。4人が私達の対面に座っても、今はまだ余裕がある。
「ずっちー、水無月がお茶淹れるよ。勝手に使っちゃって大丈夫?」
「ええ、大丈夫。コップとかは適当でいいわ」
「はーい」
水無月が談話室の給湯器を使い、手慣れた様子でお茶を淹れていった。正直意外。
「夜になるくらいで嵐は終わるんだよね。じゃあ、嵐が終わったらちょっとだけ浜辺見てこよっか」
「暗い中をか?」
「万が一のことがあったら困るでしょ。そこから一晩放置になるんだから」
皐月が言うのは、この嵐で万が一
最悪なことを考えるのなら、雨風が止んだ時点で一回見るだけ見た方がいい。ゴミは放置して翌朝からでいいが、命を放置するわけにはいかない。
「飛鳥医師には?」
「勿論伝えている。それに、先生から打診されるだろう。さっと見るだけ見ようとな」
「何も無いことを祈るけどね」
私達がこの施設の一員になる前は、ここの浜辺の清掃を手伝っていたという二二駆。そういった部分は私よりも把握しているほどだ。もしかしたら、私達よりも効率よく事を成していくかもしれない。
「私がここに入ってからも、摩耶さんが入るまではずっと手伝ってくれたのよね。本当に助かるわ」
「いいのいいの。困った時はお互い様だよ」
「それに、ここで集まった鋼材でこっちの鎮守府も潤うからね。WIN-WINでしょ」
全員分のお茶を持って水無月も話に参加。一口飲んでみるが、普通に美味しい。
「そう思うと、ここも人が増えたな」
「私がここに来て、大体1年でこの人数ね。何だか、まだまだ増えそうで怖いわ」
仲間が増えることはあまり歓迎出来ない。健康体でこの施設の世話になるということはまずあり得ないからだ。
生死の境を彷徨い、飛鳥医師の手でそれを乗り越え、継ぎ接ぎの者となったものだけがこの施設の一員だ。そんな者は増えないに越したことはない。摩耶のような不運ならまだしも、私や三日月のような人為的なものは特に。
「ところでさ、そこの毛布の塊は」
「御察しの通りだ」
私の隣で少し震えている毛布の塊。未だに身近に居られるのは私だけではあるものの、この場から逃げ出そうとしないのは成長と言える。姿を現わすつもりはないし、目も合わせるつもりもない。会話に参加することもない。
「逃げられないだけマシかな」
「殴られないだけマシだ」
私の発言に反応して、毛布の塊に脇腹を小突かれた。飛鳥医師と初めて顔を合わせた時に、暴れるのを止めるために私は何発か殴られている。そういう意味では、三日月に手を上げられたのは私だけか。それはそれで特別感があって悪くない。
「三日月ちゃん、落ち着いたらお喋りしようね〜。今日は一晩泊まらせてもらうから、何かあったらお姉ちゃんに言ってね〜」
文月の言葉に、毛布の塊は無反応。まだまだ他人慣れは遠そうである。
「お姉ちゃん……いい響きよね! ねぇ若葉」
「何度も言っているが、雷のことを姉とは呼ばん」
「もう、いけずなんだから」
叩き付けられる雨風のせいでテンションが下がり切っていた雷も、文月達と話をする内にいつものテンションに戻ってきたようだ。そういう意味でも、4人がいてくれて良かったかもしれない。三日月には申し訳ないが、私も人が多ければ多い方が楽しめる。
結局、嵐が終わるまでずっと談話室でお喋りに興じていた。文月達は三日月のことも考えて話題を選んでくれていた。おかげで、三日月は少しだけでも他人に慣れ始めたように見えた。
外の者でも姉は姉。本来は私よりも慣れるのが早いに決まっている。最終的には、文月相手には毛布の隙間から顔を見せるくらいには改善された。他の3人相手ではまだ難しいが。
この交流は頻繁に行いたいところである。三日月のために、みんなのために。私も4人とは何度でも会いたい。
三日月がそろそろバルジ芸人と化してきました。若葉の布団→若葉本人→自分の毛布。次は何をバルジにするでしょう。