継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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蘇る仲間達

夢の中でいろいろと楽しんだ後、目が覚めると夜中。昨日は夕方になる前から眠ってしまったため、時間的にはこれが普通か。いつもなら夜間警備をしているような深夜である。

私、若葉が起きると同時に、三日月も目が覚めていた。同じタイミングで夢が終わっているのだから、こうなることも当然か。

 

「……風呂行くか」

「うん、そうする。そのまま寝ちゃったし」

 

未だ海の匂いがする制服のままの私達。蘇生処置で血の匂いもついており、風呂に入らず熟睡してしまったため、汗臭さも少し出てきてしまっていた。嗅覚が強すぎる私には、これが少し辛い。

私にそれを勘付かれて、三日月も少し顔を顰めた。自分でそれを感じ取れたというのなら、私は三日月以上にそれがわかっていることになる。

 

「風呂に入ったらドックも見に行こう。そろそろ終わってもおかしくないと思う」

「そうね。蘇生されたみんな、どうなってるか気になるよね」

 

この時間なのだから、あの入渠からもうそれなりの時間が経過している。駆逐艦というのはそもそも入渠時間はそこまで長くないらしいが、事が事だ。まだ終わってなくてもおかしくはない。重巡洋艦なら尚更だし、陸上施設型に関しては未知数である。

治療されたとはいえ、殆ど轟沈寸前。0が1になったようなものだ。0でないのなら入渠で全回復可能。時間がかかるだけ。どれだけ時間がかかっても、必ず目を覚ます。

 

「みんなに何も無いことを祈るさ」

「ええ」

 

決めたら即実行。まずは風呂、そしてドックだ。深夜ではあるが、私達の施設と同じように夜間警備もしているだろう。なら工廠は明るい。どのタイミングでも風呂に入る事が出来るくらいだし。

 

 

 

風呂から出てさっぱり。替えの制服と寝間着まで用意されていたのはありがたかった。三日月のことを配慮したタイツまで完備。本当にありがたい。

今回は制服に着替えてドックへ。もう誰かが起きているとなったら、寝間着で出迎えは少し抵抗がある。

 

「おや、今目が覚めました?」

「おう、おはようさん。朝じゃねぇけど」

 

こんな時間でも工廠では明石と摩耶が作業していた。

入渠中の者がドックに入っている時は、基本的に明石がこの場に残るようにしているらしい。目が覚めた艦娘をいち早くサポートするのも工作艦の仕事なのだそうだ。

 

「摩耶、よくこんな時間に起きてるな」

「そりゃあ、な。気になっちまって」

 

摩耶は鳥海待ち。鳥海が心配であまり深く眠れなかったようで、手持ち無沙汰になったため、深海艤装の修復をこんな時間からだが開始したらしい。修復をすると言っても深夜なので、なるべく音が立たないところから。ガンガン叩くようなことはしていない。

 

「流石にな、妹が死ぬってのはアタシでも耐えられねぇ」

 

「あ、2人も来てたんだ」

 

さらにやってきたのは風雲。何度も朝霜絡みの面倒事に巻き込まれている風雲だが、やはり妹の安否は心配な様子。蘇生されたわけではないので後遺症の心配は無いのだが、あそこまでの怪我を負っていると流石に不安だそうだ。

 

「そろそろ終わりますんで、もうここで待ってていいですよ。風雲には何度も往復させちゃって」

「い、いやいや、別にそんな気遣いしてくれなくてもいいから」

 

ここで作業をしていた明石が言うには、もうこれで3回目の登場なのだとか。風雲も摩耶と同じで眠りが浅かったようで、事あるごとに朝霜が心配で何度か工廠に顔を出しているらしい。こんな深夜だというのに。

それに、その辺りの感情は私には隠せない。朝霜の目覚めを今か今かと待ち構えているのは、やたら強い匂いになっている。ここまで来ると匂いなんぞわからずとも勘付くレベルだ。

 

「っと、そんなことを言っている間に朝霜が終わりですね。ドック開けますよ」

 

蘇生よりは軽いと判定されているのか、応急処置が効いたか、あれほどの怪我でも朝霜が入渠終了最速。蘇生の消耗よりも腕を生やす方が早いなんて正直思っても見なかった。

まぁ応急処置で修復材の原液を使っていたため、ある程度は修復が始まっていたのだろう。それが入渠にも影響が出ている。

 

「おー、腕生えてんじゃん。さすが入渠ドックだ」

 

元に戻った腕を見てしみじみと話す朝霜。グーパーしながら感触を確かめ、以前と変わらないことを確認。入渠により完全に元に戻ったことを実感し、ドックから飛び出た。

入渠したときはどういう状況であっても服は剥かれるため、呆れた顔で風雲が寝間着を放った。どうせ今からは何もせず寝ることになるだろう。それに、着やすいものの方がいい。

 

「風雲姉、さんきゅーな」

「はいはい、流石に腕を斬られてるとか私だって心配するわよ」

「ありゃあ痛ぇなんてもんじゃないね。曙に腹ぶっ裂かれた時より痛かった気がする」

 

ケラケラ笑って話すが、あまり気分の良いものでは無い。

 

「死ぬよかマシだぜ。あたいはまだ生きてんだ。次がある」

「そうだけど……私はアンタのストレスに殺されそうだわ」

「そんなタマじゃ無ぇっしょ。風雲姉、あたいについてこれんだからさ」

「自覚してるなら直しなさいよね……」

 

これではまだまだ風雲は振り回され続けるだろう。だが私も思う。あの朝霜に巻き込まれてまともに生きて行けているのだから、風雲も大したものだと。

 

ここからは蘇生された3人。朝霜も着るだけ着て目覚めるのを一緒に待つことにする。当然だが、曙の時以降に施設に参入した者は、死者の蘇生など見るのは初めてだ。特に今回は、全員その遺体を見ている。それが今から目覚めるのだ。

 

「やっぱり駆逐艦は比較的早いですね。初春、入渠完了です」

 

姉が一番最初に入渠完了となり、ドックが開く。やはりこういうところで艦種の差が出たようだ。

だがまだ安心は出来ない。後遺症がある可能性が残っている。最悪の場合、ここで目を覚さないなんてことまであり得るのだから恐ろしい。

 

何事もないことを祈り、私はドックの前へ。あの時と比べれば、当たり前だが顔色はいい。生気が戻っている。

 

「……姉さん」

 

呼びかけると、薄く目が開いた。命の戻った瞳で、正面にいる私を見据えてくれた。

 

「おお……若葉か。わらわは……初霜を庇って……命を……」

 

言葉も、記憶もはっきりしている。入渠後だというのに少し疲れた顔をしているように見えたが、死ぬ前の状態で私達の目の前にいる。

 

「生きておる……な」

「ああ、飛鳥医師が……姉さんを蘇生した」

「蘇生……なるほど、これが噂の」

 

クスリと笑う。蘇ったことを苦痛に思うようなことは無かった。

その姿を見て、感極まってしまった。蘇生の処置が完了した時よりも、感情を揺さぶられた。本当に元に戻ったのだと実感したからか、正直、息を吹き返した時よりも嬉しかった。

我慢出来ず、涙がボロボロと溢れ出る。今の私は誰にも見せたことのないような泣き顔をしているのだと思う。だが、そんなことは関係ない。

 

「姉さん……よかった……」

「苦労をかけたようじゃの……まさか本当に命を貰えるとは。お医者様には足を向けて眠れぬ」

 

ドックの縁を掴んで外に出た。長時間の入渠にフラついたようだが、見たところ五体満足。後遺症らしいものも見当たらない。

グッと涙を拭いて、姉の補助に入る。倒れないように支えると、その身体は温かかった。しっかりと熱を帯びている。生きていることを改めて理解する。

 

「後遺症は無いだろうか。自覚している何かは」

「そうじゃの……今は何も感じぬ。お主には何か変わったように思えるかえ?」

「そうだな……肺が深海のものになったからか、息に深海の匂いがある」

 

姉の主な治療箇所は肺。曙のように呼吸器官に深海の要素が混ざったことで、やはり若干深海の匂いを感じる。誰にも迷惑はかからないような変化だ。

 

「ふむ、わらわも正式に継ぎ接ぎとなったか。実感が湧かんのう」

「そういうものだ。若葉(ボク)だってこれが普通なんだからな」

「外見に出ておらぬ継ぎ接ぎはわらわくらいでは無いか? 背中だから見えぬだけかもしれぬが」

 

全裸であるため寝間着を着せていくが、その時に縫合痕もキレイさっぱり無くなっていることが確認出来た。姉は斬り傷が綺麗だったおかげか、外に残るようなパーツの移植が無かったことが大きい。

それを伝えると、何処となく残念そうな雰囲気。継ぎ接ぎらしい見た目にならなかったことは喜ぶべきだと思うが、これはこれで疎外感があるのかもしれない。私もこんなことになっているわけだし。

 

「鳥海、入渠完了です。ドック開けますよ」

「待ってたぜ」

 

その流れで今度は鳥海の治療が完了。姉がこうだったため、五体満足が期待出来る。

 

鳥海は火傷が酷かったために皮膚移植がされており、見たまんま継ぎ接ぎと言えるような外見になっている。私や雷のような隠せる場所だけでなく、腕はもうまともに見えているようなもの。どちらかといえば三日月に近い。

特に鳥海の制服は摩耶と同様に肌を大きく出しているため、その傷痕は全て人の目に晒されることになるだろう。脚が既に差し替えられているのだから、それほど気にしなそうではあるが。

 

「……蝦尾さんは生きてる!?」

 

目覚めて第一声がそれ。蝦尾女史を護るために戦い、結果命を落としたのだから、最期まで蝦尾女史の安否が気になっていたのだろう。自分が倒れたことで蝦尾女史がやられてしまったとなったら、蘇ったことを後悔してしまいそう。

 

「ああ、少し怪我はしてたけど、無事だぜ。今は夜中だから寝てるけどな。ほら、眼鏡」

「よかった……護り切れたのね」

 

安堵の息を吐きながら、摩耶から貰った眼鏡をかける。そして、自分の身体を見て成る程と頷いた。死ぬ間際の自分がどういう状態かまでしっかり覚えているから、今の姿に納得が行ったようである。

蘇っても自分のことではなく蝦尾女史のことを気にかけるとは、何処までも優しく真面目だった。

 

「私は確かにあの時死んだわ。鼓動が止まるその瞬間も覚えてる。でも今生きてるってことは」

「ああ、センセがな、やってくれたんだ」

「そうなのね……よかった」

 

先程の姉と同じようにドックから出る。姉とは違いふらつくことも無かった。そういう意味では、姉よりも健康体と言える。

こちらにも後遺症らしいものは見えなかった。移植された皮膚も入渠のお陰でしっかりの馴染み、元々こうだったのではというほどになっている。

 

「よかったな、ホントに」

 

私と同じように摩耶も泣きそうになっていたが、そこはグッと抑えていた。涙目にはなっていたものの、私のようにボロボロと泣き出すようなことはしない。

 

「ええ、せっかく摩耶と一緒に戦ってるんだもの。あんな理不尽な理由でこの生活を手放したくないわ。飛鳥先生には感謝ね」

 

先程の朝霜と同じように、手を握ったり軽く振ったりして不具合が無いことを確認。やはり五体満足の様子。艤装さえあればすぐにでも護衛に復帰出来るとやる気も充分。

姉もそうだが、死を経験して尚、戦意を失っていないというのもすごいと思う。戦いに恐怖を覚え、あの戦いがトラウマとして刻まれてもおかしくはないというのに。根っからの戦闘狂か、おそろしく生真面目か、正義感が強いかのどれかか。

 

「さて、では最後です」

 

姉と鳥海は後遺症も無く五体満足で蘇ったが、残された最後の1人、リコはより不安が大きい。腕が捥がれ、内臓も相当傷付いていた。外見だけなら鳥海の方が範囲が広いかもしれないが、治療の数ならリコが一番多いと言っても過言ではない。

 

「深海棲艦の治療なんて初めてでしたが、うまく行ったようですね。飛鳥先生から艦娘と深海棲艦は似たようなものと聞いていましたが、こういうところで役に立ちました」

 

ドックが開く。腕にくっきりと刻まれた縫合痕は、入渠しても消えることは無かった。本来の自分のものとは違うものが取り付けられているため、妖精は()()()()()()として判断してしまうらしい。リコは服装的にその辺りは見えなくなるから問題ないか。

 

「リコの姐御!」

「……アサシモか。私は死んだはずだが……そうか、医者がやってくれたか。流石だな……」

 

2人続けば3人目も意識を取り戻さないなんてことは無かった。すぐにあの戦闘のことを思い出したか、苛立ちを見せる。

 

「くそ……イセとか言ったな。次はこうはいかない」

 

ドックから出るが、姉以上にふらついており、すぐに朝霜が支えに入った。身長差はあるものの、そこはパワータイプ、リコの身体もしっかりと支える。

 

「力が入らないな……起き抜けだからか」

「おいおい、まさかそれが後遺症ってヤツか?」

「それは無いだろう。あの医者の治療だぞ。謙虚に最悪の可能性を言いはするが、今まで何かがあった試しがあるか?」

 

言われてみれば、飛鳥医師は毎回問題が出る可能性は示唆してくれている。そしてそれがいつも起きず、安堵することばかり。今回の後遺症の件も、起きない確信が無かっただけで、確率的には低かったのかもしれない。

 

「私も少しばかり身体を慣らした方がいいだろう。何、心配はいらない。すぐに戦線に立つ。私も復讐したい相手が明確に出来たしな」

 

その相手は伊勢だ。一度自分を殺した相手として、リコが復讐相手として見定めた。

 

これにより蘇生治療も完了。目を覚ましたことで以降は経過観察となる。だが入渠していたのだから身体は何もかも元に戻っているだろう。

姉がまた私達の隣に立ってくれることが嬉しくて堪らなかった。飛鳥医師にはいくら感謝してもしきれない。

 




これにて全員完治。今のところ後遺症らしきものも見えません。元々の研究が、死んだ艦娘を蘇らせ、経験などそのままにもう一度戦場に立たせるものなのですから、考えてみれば当然なんですよね。

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