破壊された施設を一時的に離れ、今は来栖鎮守府にて襲撃の機会を窺っている状況。修復が完了したら施設に戻ることになるだろうが、すぐには無理。来栖鎮守府からの派遣と、貸し出してもらった有明鎮守府の職人妖精の力で、早期の修復完了を目指している。
下呂大将は少し考えていることがあるらしく、今日1日だけは来栖鎮守府に滞在することになった。私達は帰る場所が無いのだが、あちらには理由がある。帰投は明日の朝とのこと。
昼食後も工廠にて施設所属の艦娘達の艤装修復が続けられる。午前の間に大物であるリコ、赤城、翔鶴の艤装の修復が完了しており、他にもいろいろと進められている。
特に午前中のうちに聞いていた三日月の艤装の改装、大発動艇運用の改装も済んでいた。今までにない大型の装備であり、他者を乗せたりするだけでなく、直接ぶつけることまで考えているようである。内火艇じゃあるまいし、なかなかに物騒な考え方ではあるが、いざという時はそれも必要かもしれない。
「こ、これ、結構操縦難しくないですか」
「だいじょーぶ。なれるから」
「霰ちゃんの言う通りよ。感覚的に使えるようになるわ」
その三日月は施設の大発運用者にその扱い方を学んでいる真っ最中。海上で四苦八苦している姿は少し新鮮。特に如月は、妹にそれが教えられることがとても嬉しそう。
三日月が操縦する大発動艇はあっちへふらふらこっちへふらふら。第二改装した時点で扱えた霰や如月とは違う突然の対応故に、それなりに訓練が必要な状態。だが、これが使いこなせれば、また違う戦術が見えるようになる。
「あっちはあっちで新戦術ね」
眺めている私の隣に曙も来ていた。昼食後すぐに艤装を修復、改良までしてもらっているらしい。よく見れば要所要所違う部分が見える。
「若葉、ちょっとツラ貸しなさいよ」
「久しぶりにその言葉を聞いた気がするな。釣り道具は無いみたいだが」
曙に何か誘われるのは滅多にない。施設にいる時に釣りに誘われる時くらいだ。
ここ最近は身近に三日月がずっといたから声をかけるのも憚られたかもしれないが、今は三日月が別件の特訓中。私は手が空いているようなもの。
「釣り具はまた手に入れるわ。今はこれの慣らしに付き合ってほしいのよ」
これとは改良された艤装のことだろう。継ぎ接ぎで修復され続けていた艤装が、来栖鎮守府に滞在させてもらうことになり正規部品がいくつも組み込まれ、より強く、より使いやすくされている。いきなりスペックアップされていると戦場で混乱することもあるだろう。なので、どういう形であれ、艤装の慣らしはしておきたいと。
その相手に曙は私を選んだわけだ。来栖鎮守府の誰かでもいいと思うのだが、敢えて私を選んだのは何故だろう。
「
「アンタがいいの。全部やれるようにしておきたい」
曙が躍起になっている理由はわかる。施設の襲撃に実の姉がいたからだ。
その姉は猛烈な対地攻撃を以て施設を破壊していった。伊勢と日向に阻まれながらも、姉の顔はしっかり確認している。対話は出来なかったものの、おっとりとした笑顔で、妹の姿を見ても虫けらを潰すかの如く攻撃をやめなかったらしい。完成品としても、屈指の冷酷さ。表情とは真逆の殺意。
「最低限の観察をした。あれはただ対地攻撃のために作られたわけじゃない。主砲も持ってたし、アンタみたいなナイフも腿に巻き付いてることは確認出来た。伊勢や日向と同じ、万能戦力に仕立て上げられてる。だから、アンタ相手の慣らしもしておきたいのよ」
襲撃の時は見せなかった攻撃も、手段として持ち得ていると確認出来たからこそ、全ての手段に対応出来るようにしておきたいと。
その意思は汲み取りたい。私で良ければ幾らでも演習に付き合おう。
「わかった。やるか」
「ええ、お願い」
こういう形で曙と戦うのは、実はそんなにない。基本が協力しながらの攻撃のため、切磋琢磨するにしても演習によってはほとんどやってきていなかった。
お互いに手の内が全てバレているような戦いだ。私がどれだけ速く動けようが、曙はそれを推察してくるだろう。
少し昂揚した。身内に強敵がいるというのは、なかなかに嬉しい。それが私の背中を守ってくれるのだから。
縦横無尽に動き回ることを前提として、それなりに沖に出た。曙相手の1対1。私はゴムのナイフ。曙はゴムの槍。
私はシグの魚雷は無しにしている。あくまでも今回は、砲撃雷撃無しの近接戦闘による演習。故に、曙も主砲は無し。
「それじゃあ、いいな」
「どっからでもかかってきなさいよ」
私はいつものように前傾姿勢の獣の構え。対する曙は槍を両手で握り、穂先をしっかりと私に向けてきた下段の構え。速さで勝る私を捉えるためか。
曙だってケッコン出来る程に練度は高い。主砲も使うようになったが、私と同様、近接攻撃をマスターしてもう長い。それがより伸びているのだから、驚異以外の何者でもないだろう。
ならば、回り込んで槍を間に合わせないようにしてやる。
「っし!」
海面を蹴る。槍の真横を通るように駆け抜け、一気に間合いを詰める。
実際、曙の方がリーチが長いのだから近付くのは容易ではない。だが、近付いてしまえばこちらのものだ。穂は届かなくなり、防御もままならなくなる。怖いのは柄の部分ではあるが、取り回しは簡単に出来ないはず。
「っふっ!」
曙はそれに反応してきた。眼前に穂先が迫り、思わずその場から退避。
私と同じように動くことは出来ないが、槍をその速度で動かすまでには鍛えている。自身はその場から動かず、槍の穂先だけを私に追尾させていた。生半可な反応速度ではこの動きは出来ない。それに腕の力も相当必要。
三日月は見てから考えた瞬間には身体が動いているが、曙は
「アンタも三日月もだけど、見てから避けるのってインチキじゃない?」
「予測を当ててくるのはどっちもどっちだと思うが」
「ギリギリ目で追える程度よ。深海の眼を持ってるわけじゃないんだから」
代わりに、曙は全く息を乱していない。呼吸から疲れが見えない。心も落ち着けている。
いざ自分の姉との戦闘になったら、ここまで落ち着いていられないだろう。ある意味それも慣らしているのかもしれない。戦闘中にどれだけ心を落ち着けられるか。
「お前からは来ないのか」
「そのうち行くわよ」
以前に見たことのある、切っ先をフラフラとチラつかせる待機状態。初めて接近戦というものを覚えていった時に、スパーリング相手としての鳳翔が繰り出していた行動。
あの時はいつでもかかってこいという挑発だと思っていたが、曙までやり始めたので考えを改めた。あのチラつきがあるから反応速度が速くなっている。ルーティンみたいなものだ。
「鳳翔みたいだな」
「この方が反応しやすいわ。鳳翔さんがやってた理由がわかったかも」
今度は曙からの攻撃は、ゴムの穂でも重さがダイレクトに伝わってくる渾身の突き。刺さりはしないが、当たればかなり痛みを生じる。私のような速さではないが、その一撃は確実に鋭さを増していた。
艤装が改良されたということは、パワーアシストなどの艦娘の基礎能力の補助もスペックアップしている。曙はその恩恵を強く受けているということだ。
「っお!」
突きならば少しズラせば当たらなくなる。そのため、少し払うようにナイフで進行方向をズラした。その反応も侵食が深まったことで成せる技。全ての行動が速くなっている。
これで曙の胴はガラ空き。そのまま突っ込めば確実に間合いの内側に入れるところにいる。
しかし、曙は槍を払った反動を利用して柄の部分を私に向けて振ってきていた。打ち払うかのような横薙ぎとなり、またもや間合いを取らざるを得なくなる。
「……なかなか」
「私だって日々成長してるわ」
私が退いたところを見計らって追撃に来る。とんでもなく速いわけではないのだが、的確に面倒なところを狙ってくる。
リーチの違いから、猛攻に出られると回避をするしかなくなるタイミングが出てくる。近付きたくても行動の何処にでも穂先か柄が飛んでくるような錯覚を感じるため、動きが嫌でも硬くなってしまった。
「もっと速く来れるでしょ。それお願い」
「リミッターを外すことになるんだが」
「短い時間なら大丈夫でしょ」
無茶を言ってくれる。だが、今の曙に対しては、演習とはいえ手が抜けない。ジリ貧なのは確かだ。ならば望み通りにしてやるしかあるまい。
軽めだがリミッター解除して、演習内で出来る限りの高速移動へ。それでも目にも留まらぬスピードになるはず。自分でも理解出来ない速度は、自分の身体への負担が半端ないため、身体を労っての一撃。
回避しながらも、海面を一蹴り。間合いから外れる場所まで移動してもう一蹴り。これで曙の背後を取ったが、まるで私が背後を取ることを予測していたように、槍の柄が後ろに突き出されていた。
「うおっ!?」
故に、さらにもう一蹴りして曙の真横、槍が左側で構えられているため柄で防御されない右側へ移動。
その時の最善の位置取りを瞬時に考えるのはかなりキツい。そう考えると、曙は私よりも頭脳派か。私も三日月も
故に、ここでも対応してきた。身体を捻って、突き出していた槍の柄で私を薙ぎ倒そうとしてきたため、またもや間合いを取るためバックステップ。
私が動きの速さを武器にしているのなら、曙は頭の回転の速さを武器にしているのだろう。正直、初めて鳳翔に訓練を見てもらった時と同じに見えた。
「そっちが狙いやすいなんて、私が一番理解してるわ」
自分の有利不利もしっかりと把握している。だからこそ、一番得意な近接戦闘では弱点を極端に無くしてきていた。リーチが私よりも長いために懐に入ることも難しいとなると、これはなかなかハードな戦い。
ならばと、回避を一旦完全に放棄し、直進を選択。打ち払うかのような槍の動きは、全てナイフで払っていくことにした。当たらなければ何も問題はない。
「それがっ、一番しんどいのよ!」
「だと思った」
突きを払い、その反動を活かした柄の薙ぎ払いも即座に受け止め、直進。ようやくゼロ距離というところで、受けた槍の柄を急に引き、一歩引きながらの穂側での薙ぎ払い。リーチをよく理解している。
私もそこで直進。ちょうどいい間合いを維持させるわけにはいかない。ここで一番怖いのは脚なのだが、曙はそっち方面の格闘はやったことがない。咄嗟に徒手空拳という判断はまだ出来なかったようで、間合いがもう離れないように私が胸倉を掴んだ。
「ちょっ!?」
「ナイフを使ってるならこういうことも出来るということがわかってよかったな」
そしてそのまま押し倒し、槍を振る間も与えずにナイフを喉元に押し当てた。これにより、私の勝利が確定。抵抗は可能かと思うが、演習なのだからこの辺で。
正直、余裕など一切無かった。気を抜けばそのまま持っていかれそうなくらいだった。
「もう一回よ」
「勿論だ。だが、やる気満々だな。……やっぱり、次の敵のせいか」
「当たり前でしょ」
実の姉を救うために、手間暇は惜しまない。出来ることは全てやる。そこに焦りすら見えない。
釣りで鍛えた精神か、曙はやたら冷静だった。本番では怒鳴り散らすが、その実、頭の中は冷え切っている。口が悪いだけ。
「相手は私の姉貴なのよ。私の手で救ってやるわ。でもそのためには力が必要なの。アンタ達はちょうどいいのよね」
「それは良かった」
「アンタの次は三日月のつもり。いいわよね?」
三日月の直感的な精密射撃は受けておいて損はないだろう。どちらかといえば曙は私よりも三日月の方が苦手だと思うし。
「クソ姉が何してくるかわからないのは確かだから、やれることは全部やるわ。せっかくこの鎮守府に居させてもらってるし、鳳翔さんにもまた習いたいわね。それに、大将がいる間は神風達もいるわ。やることいっぱいよ」
「そうだな。でも、無理はするなよ」
「わかってるわよ。無理して怪我でもしたら、先生がブチ切れるでしょ。それは流石に困る」
赤城や翔鶴を黙らせるほどのキレ方をする飛鳥医師は、流石にもう見たくはないか。
「っし、休憩終わり。次よ次。戦術はいくらでも練れるわ」
「ああ。
結果、午後は曙に付き合い続けることになる。お互いに切磋琢磨し、戦いを終わらせるための力を得るのだ。
こういう戦いは楽しいと素直に思った。命の取り合いではない戦いは楽しい。好戦的だとかそういうものではなく、仲間達と共に歩いているのが楽しいのだ。
曙だってケッコン済み。練度は若葉と似たようなもの。侵食というチートを使っていないのですから、五三駆の中では一番の努力家であり強力な戦力となります。ぼのたんはいいぞ。