継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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ついにその時が

私、若葉が曙と演習をしているうちに、工廠組は施設の艦娘の持つ艤装の修復を完了させていた。正規の工廠という後ろ盾は非常に強力で、施設では出来なかったことまで出来てしまう上に、それが非常に早い時間で終わってくれる。修復が必要な人数は相当いたはずなのだが、全員がもう戦闘可能というのだから恐ろしい。

そうなると流石に工廠の妖精までもが疲れた表情。明石を筆頭に工廠組みんなが労っており、疲れて動けないほどの妖精は浮き輪が運んでやっているくらいだ。

 

「ふぃー、お疲れ様でした! こんな有意義な改修作業も久しぶりです!」

「そいつはよかったな。アタシはもう疲れた」

 

妙にキラキラしている明石と、疲労が溜まっている摩耶。セスとシロクロも限界以上の整備をしたためにヘトヘトの様子。だが、有意義な時間でもあったようで、満ち足りた表情だった。

シロクロは自分の艤装をより良くし、セスもエコのメンテナンスは万全。全員の力が大分割増されたようだ。

 

「曙、使い勝手どうだったよ」

「大分いい感じ。若葉相手でもかなり動けたわ」

「やっぱ出力アップは効果的だな。さすが鎮守府の工廠だ。設備が整ってるってのはありがてぇ」

 

私と曙の演習で改修の具合を見たようだが、確かに曙の動きはかなり良かった。その全てで私が勝利を収めたものの、苦戦することの方が多いくらいだ。

私は侵食というインチキがあるため、それが無ければおそらく曙には勝てていない。リーチの差も然ることながら、とにかく全てを見抜かれる。瞬間瞬間で考えられ、即時対応されるというのはなかなかに恐ろしい。

 

「2人とも疲れてませんね……」

「三日月……大丈夫か?」

「うん、大丈夫。大発もなんとか使いこなせるようにしたから」

 

こちらもヘトヘトな三日月。午後全てを使った猛特訓で、大発動艇は完全に使いこなすことが出来るようになったようだ。教え込んだ霰と如月は疲れてはいるがドヤ顔である。

私と曙は心臓と肺が深海のものになっているので、スタミナには自信がある。特に曙は長いことこの心臓でやっているのだから、簡単には疲れない。

 

「お帰りなさい。薬湯を準備しておきましたから入ってくださいね」

 

そこへ鳳翔が工廠に現れた。薬湯を用意してくれているとはありがたい。ヘトヘトの三日月は特に喜んでいる。

 

「ありがたいが、よかったのか」

「はい、大将さんの指示で、全員を万全の状態にしておくようにと言われていますから」

 

下呂大将がそんなことを言うくらいだ。いろいろ察してしまった。

 

つまり、これから大淀達の襲撃があるということなのだろう。

 

 

 

夕食後、外も暗くなっている時に会議室に艦娘がほぼ全員集められた。勿論、今居候させてもらっている施設の者も全員である。数人は哨戒のために工廠に居残っているが。

会議室には神妙な面持ちの下呂大将と来栖提督がいる。そこから全員察している。ここが正念場、総力戦となるということを。今の今まで状況整理と策を練っていたのだろうし、出来る限りの準備もしていたはず。

 

「集まったな。んなら、今晩のことを話しておくぜェ。大将が言うには、今晩、()()がこの鎮守府を襲撃してくる可能性が高いって話だ」

 

緊張感が高まる。いつか来る襲撃を前にあちらから攻め込んでくると、下呂大将が推測していた。

主に攻撃を喰らっているのは私達ではあるが、この鎮守府だって襲撃を受け、空襲により半壊させられている。来栖提督もその時に怪我を負った。怒りと憎しみも私達と同様にみんなが持っている。

 

「私の憶測ですが、飛鳥達がここに滞在するまでが大淀の策だと思います。私が彼女の立場なら、今が絶好の機会であり、わざわざ狙って引き起こす妥当性もあります」

 

下呂大将が丁寧に、質疑応答も自由な状況下で説明してくれる。

 

「結論として、大淀は私、来栖、飛鳥を纏めて殺すために今回の策を立てたのだと思います。飛鳥に関しては殺す前に捕縛する可能性も出てきましたが」

 

有明鎮守府から利根と筑摩が施設に顔合わせに来るところから始まり、そこに支配による統率が成されたイロハ級が襲撃してきたことにより、有明鎮守府の何者かが大淀により支配されていると下呂大将が察するに至った。

そうなるように大淀が仕組んでおり、支配を察することが出来る私と三日月が施設から離れた隙を突いて、施設を過剰な火力による襲撃。3人の死者と大半の重傷者を出すに至ったが、敢えて全滅させていなかった。

 

「飛鳥の持つ世界で唯一の禁忌、蘇生法を知るための策だったと考えられます。あんな状態では飛鳥は1人で全員を助けることなど出来ない。仲間に処置の手伝いまでさせることまで予測済み。そこが大淀の狙いでしょう」

「皆殺しを望んでる大淀がなんで蘇生の方法を知りたがるかねェ」

「実験台が死んでも蘇るというのは都合がいいと思いませんか?」

「……クソすぎやしませんかねェ」

 

それは処置の時にも下呂大将が言っていた。処置に参加した者を支配し、その方法を聞き出すことで蘇生法を我がものにするつもりだったのだろう。

蘇生法を欲しがる理由も下呂大将が推測している。確かに、奴のやり方からして、めちゃくちゃな実験により命を落とした艦娘が蘇生出来たら、次の実験台を用意する必要が無くなる。ふざけた理由だ。

 

だが、ここで大淀は失策していた。その蘇生法は、目の前で見ていても()()()()()()()()()()()。医術について学のある蝦尾女史が見ても、豊富な知識に何かしらヒットする可能性のある下呂大将が見ても、あらゆる怪我の処理を手伝ってきた私達が見ても、飛鳥医師のやっていることが全く理解が出来なかった。

故に、支配されて無理矢理話をさせられても、誰1人として説明が出来ない。あの場にいたものがそれなのだ。飛鳥医師から直接聞き出したところで実現が出来るかわからないレベル。

なので、不安なのは支配された艦娘を使った捕縛あたりか。実験台に使いたい私と、実験の方法を聞くための飛鳥医師。それだけ捕えればもう用済みとなってしまう。

 

「施設を破壊されたのなら、まず100%この鎮守府を頼ります。そこで大淀の策は次の段階。目先の抵抗するものを消しておくこと。そして、その消し方は実に簡単です。この鎮守府にいる全ての艦娘を()()()()()()ことにより、即座に制圧完了です」

「こいつらに俺らを殺させて、自殺なり同士討ちなりさせりゃ終わりって寸法ッスか。最悪じゃねェかよ」

「最悪というか、災厄ですね」

 

知っている私達でも気分が悪いが、来栖鎮守府所属の艦娘達は大きくどよめく。

 

大淀の艦隊司令部のことは当然全体に知れ渡っている。だから襲撃時期を先送りにしたわけだし、未だに対策が練れていないのだから困っている。

だが、おそらく全体に行き渡っているのは、深海棲艦が支配されるということと、それが出来るのなら艦娘も出来るかもしれないということだけだ。まだ出来るということは何処にも伝わっていない。

しかし、実際支配……というか支配により暗示をかけられていたものを見てしまっている。これは疑いようのない事実だ。だから公表した。

 

「質問いいかしら」

「足柄、質問を許します」

「その支配ってのは、回避出来ないの?」

 

足柄の疑問はわかる。意思も抵抗も関係なく大淀の支配下に置かれるなんて、プライドが許さないだろう。回避してぶん殴りたい気持ちは大いに理解出来る。

しかし、そこは答えられるものが別にいる。下呂大将ではそこはわからない部分だ。これは()()()にしかわからない。

 

「それについては私が説明します。大将さん、構いませんよね」

「ええ、私にはわからない部分ですから、君が説明してくれると助かります、赤城」

 

またそこに騒然とした。どう見ても深海棲艦、空母棲姫のことを赤城と呼んでいたら流石に誰でも驚く。死して尚、恨みと憎しみにより蘇ったという成り行きを鳳翔から聞いていても、現物を見なくてはピンと来ないか。

 

「支配に対抗できる者は限られています。少なくとも、私は一瞬でした。大淀の声が頭の中に鳴り響いた瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()()思考がおかしくなります。敵と味方が入れ替わるようなイメージですね」

 

そのスイッチの切り替えをどうにか耐えていたのがあの時の私とリコ。三日月も耐えていたが、単一の命令が叩き付けられたせいでスイッチを無理矢理切り替えられたと考えればわかりやすい。

思い出すだけでも腹立たしい。あの時の悪意を持った三日月の瞳は忘れたくても忘れられないだろう。

 

「その対抗できる者ってのは?」

「我々の施設の者では、あの戦場では若葉さんとリコさんだけです」

「それ以外は全滅ってこと!?」

 

そうもなる。艦娘だからまだ耐えられるというのはあるかもしれない。不意打ち気味に来られたらどうしても屈してしまうかもしれないが、深海棲艦よりも艦娘の方が耐えやすいとかはあるような気がする。

 

若葉(ボク)は我慢していた。屈してなるものかと歯を食いしばっていただけだ。今は結果的に艦娘でも深海棲艦でもないものに成り果てたらしいが」

「私もだな。それに、私はお前達と違って艦じゃなく施設だ。その分効きが悪かった」

 

物事には例外というものがある。私やリコは枠から外れているだけ。真似出来るものでもないし、真似してはいけない類でもある。

 

「ともかく、屈しないように耐えろってことでいいのかしら」

「……それでも集中攻撃があります。名指しで命令が来ると、衝撃が段違いです。……それで……私は……」

「三日月、無理しなくていい」

 

今にも泣きそうになってしまった三日月を抱き寄せて慰める。それだけ抵抗が難しいということを理解してもらえればいい。そして、これほどに心に傷がつくことも。

 

「話を戻します。最悪なことに現在、大淀の艦隊司令部を回避する手段はありません。なので、誰かが艦隊司令部そのものを破壊するまでは耐えてもらうしかありません」

 

その誰かというのは、どう考えても私だ。この場で何事もなく動けるのは私のみ。三日月も意識が切り替わることは無くなったらしいが、動けなくなる可能性は非常に高い。三日月も動けるようになってくれれば多少はよくなるのだが。

 

「我慢してもらうしか無ェってことだ。俺から先に言っておくぞ。万が一、耐えられずにスイッチが切り替わっちまったとする。それでもな、俺ァ何とも思わねェからな。例えお前らに主砲を向けられようが関係無ェ。どうなろうがお前らは俺の大切な部下だ。気にすんじゃねぇぞ」

 

前以て言われていたとしても、罪悪感というのは付いて回る。そういう形の精神攻撃でもあるからタチが悪い。

 

「心を強く持つことで回避出来るかはわかりません。ですが、()()()()()()可能性が高いことは肝に銘じておいてください。そして、艦隊司令部を破壊した後に全員で総攻撃を仕掛ける。悔しいですが、今はこれしか無い状況です」

「その破壊役は若葉(ボク)がやればいいのか」

「君にお願いするしかないでしょうね」

 

大役だ。己の身の心配などしている余裕は無い。あの自分でも知覚できない動きをやるしかだろう。

しかし、艦隊司令部は何処にあるか。おおよそ背部の主機の何処かだろうが、細かい位置はわからないだろうか。

 

「艦隊司令部は、艤装内部に配置されます。大淀の艤装がどうであれ、おそらく頭に近い位置が狙いどころでしょうね」

「了解した。ともかく、艤装をどうにか破壊する」

「君には相当な重荷を背負わせます。ですが、()()()()()()()()もありますので。上手く行くかはわかりませんがね」

 

その秘策は公表しないという。支配されてその情報を引き抜かれたら厳しいからだ。秘策が秘策では無くなる。

 

そして、本当にここで来てしまった。鎮守府内に警報が鳴り響く。

 

「行くしかありませんね。皆さん、覚悟を決めましょう」

 

時間があまりにも足りない。だが、やるしか無いのは事実だ。

 

 

 

工廠に移動すると、そこには本当に奴の姿があった。この鎮守府を破壊するため、だが情報を抜き出すためにまだ破壊活動をしていない敵。

大淀自身もそこにいた。下呂大将の推察通り、この鎮守府にいる全ての者を支配するために、敵軍の大将が戦場に現れている。

 

「おやおやおや、皆さんお揃いで」

「それがお前の狙いなんだろうが」

 

大淀の周りには護衛艦隊として伊勢と日向も立ち、私が見たことのない艦娘もいる。腿にナイフがあり、主砲も魚雷もWG42(ヴェーゲー)も装備した駆逐艦。おそらくアレが、曙の姉という艦娘、綾波。

 

「人間も全員いますね。私の掌の上でここに揃ってくれて嬉しいですよ」

「これはこれは。随分と様変わりしましたね。大淀……いえ、今は司令部棲姫と呼んであげた方がいいのですか?」

 

この危険な状況で、下呂大将が先頭に立った。その間に艦娘達も艤装を装備していく。私も準備万端。

 

「私は君と話をしたかった。私の推理が合っているかどうか、君自身に問い質したかったんですよ」

「へぇ?」

「全ての情報を整理し、君がどういう存在かを予測しました。何故そんなことになったかも、私の中では1つの仮説があります。それが正しいかが知りたいのですよ」

 

下呂大将の言葉に興味津々な大淀。いつもニヤニヤと笑みを浮かべているが、今はより一層口角が上がっているように見えた。

 

「よろしい、私も貴方の推理というものが聞いてみたい。どうせここで仲間の手によって首が落とされるのですから、話す時間くらいあげましょうか」

「これはこれは、お姫様は寛大な心をお持ちで」

 

弱みを見せず、お互いを見据え、笑顔ながらに睨み合い。

 

 

 

「では、答え合わせと行きましょう」

 


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