来栖鎮守府に大淀が襲撃してきた。それに対するは、大淀の存在がどういうものかを推理していた下呂大将。大淀対策のちょっとした秘策というのも引っさげ、相対している。
「では、答え合わせと行きましょう」
時間稼ぎなのか、下呂大将が大淀に対して推理を披露することになる。大淀も自分の絶対的な力に酔い痴れているのか、まず確実に自分の勝ちが揺るがないと信じ切っているようで、下呂大将の話を聞くことにしたようである。
「その前に。貴方のそれがただの時間稼ぎだったら困りますからね。先んじて手を打たせてもらいますよ」
「何をするつもりで?」
大淀の表情が、嫌味ったらしい笑みで一層歪む。
「艦隊司令部より、全艦娘に伝令」
大淀を中心に波が立ったように錯覚した。範囲は鎮守府全体と言える。私にはやはり効かなかったが、周囲にいる艦娘達が次々と硬直していく。人によっては瞳から光が失われて、完全に支配されるにまで至ってしまった。
やはり、艦娘にも支配が効くようになっている。深海棲艦だけでは飽き足らず、何もかもを支配しようとしている。
「私達に砲を向けられては困りますからね。逆に、貴方は針の筵となってもらいましょう。全艦娘に伝令。この場の人間に対し、攻撃の意思を示せ」
パッと見で対抗出来ているのは、練度が非常に高い者達。つまり
来栖鎮守府で言えば鳳翔のみ。それと、敗北を嫌いすぎるほどに嫌う足柄が意地と根性で抵抗していた。足柄だけは完全に例外。私達と親交がある文月達二二駆逐隊や海風達二四駆逐隊も既に傀儡と化してしまっており、無表情で下呂大将や来栖提督に砲を突き付けていた。
下呂大将配下の第一水雷戦隊は、全員が抵抗していた。しかし、あの時の私やリコのようにその場から動けず、口すら利けない。少しでも屈したら最後、傀儡と化してしまうだろう。
そして、施設の者達。一度受けているからか、あの時屈してしまった赤城達は今回は抵抗。だが当然、動くことなど出来ない。初めて受けた艦娘の方は抵抗がかなり厳しそうだ。練度が高いおかげでまだ完全に傀儡と化してはいないが、時間の問題と言える。
初霜だけは事前に姉が寝かせておいてくれているため安心している。こんな場にいちゃいけない存在だ。
「さすが若葉さん。もう全く効きませんね」
「
「それに……あら、三日月さんまで」
何の抵抗も無く動けるのは私だけ。私の隣の三日月も、身体は重そうだが自分の意思を失っていない。ぽいは身体が動かなくなると言っていたが、私と繋がりを得たからか、身体も多少は動くようだ。
三日月もまた、侵食が拡がったことにより、私と同じで謎の存在へと昇華されようとしている。むしろ、この状況がそれをさらに拡げているようにも思えた。包帯で隠れている首筋のヒビが、若干拡がったように見えたからだ。
「私も若葉と一緒に反逆する」
「……ああ、一緒にな」
三日月が持つ大淀への憎しみは人一倍だ。大淀のせいで死にかけ、外見を変えることとなり、支配による傀儡とされたことで心まで壊されかけた。全ての原因は大淀にある。故に、有り余る程の憎しみが大淀に向けられた。
本人がこの場にいるのだから、負の感情は止まるところを知らない。私だって今すぐにでもぶん殴りたい。この場でその命を終わらせてやりたい。
「でも、動かないでくださいね。下手なことをしたら、みんな引き金を引いちゃうと思いますからね」
言わば、鎮守府にいる者全員を人質に取られたようなもの。私達の行動次第で、下呂大将が何かを言うまでもなく、その砲撃によりこの場にいるものが全滅する。
今は従うしかなかった。悔しいが、状況は大淀側にある。
「では、御高説を賜りましょうか。貴方の推理とやらを」
「最高の舞台を用意してくれたようで痛み入りますね。では聞いてもらいましょう」
表情も語調も一切変えなかったが、現状最も怒りを持っているのは下呂大将だ。正直、大淀と戦うよりも恐怖を感じるくらいである。
「では、君が何者か。結論から言えば、D事案によりドロップした艦娘大淀。これは紛れもない事実でしょう。ですが、そこには続き、いや、
確かに大分前だが、下呂大将が大淀のことをそう言っていたのは覚えている。そしてその時、大淀は最初から
その前日談のせいで、大淀はここまで歪み、世界を滅ぼすとまで言ってのけている。
「私の推測では、君はドロップから数日から数週間、海を漂ったのでしょう。目出からは、拾った直後の君は大分やつれていたと聞いています。本来ドロップ艦は、その存在が公になる前に大本営が発見するようにしているはずですが、君は運が悪いことにそれが遅れた」
摩耶のような例か。ドロップ艦である摩耶は、鎮守府に拾われる前に野良の深海棲艦に襲われてしまったせいで施設に流れ着いている。大淀も似たような状況を潜り抜けてきたと。
摩耶は大怪我を負い、今にも沈んでしまうという状況まで持っていかれたが、大淀はそうではなかったようである。代わりにやつれていたようだが。
「ええ、私は夜を7つ越えたところで発見されました。目出提督に」
「いくら艦娘といえど、7日間飲まず食わずで生きていくのには限界がある。ならば、どこかで食糧を調達していたはずですね。しかし、目出が君を発見した海域は鎮守府は当然のこと、民間の輸送経路からも外れた場所。例えば、海賊行為などで食糧を調達することは不可能だ。だが君は、やつれていたとはいえ生きていた」
大淀の下呂大将への興味の匂いが強まった。
「ならば、どこで食糧を調達したか。普通なら考えないことですが、切羽詰まっていたこと、そしてD事案であることが関係しています。自身が艦娘であることすらも理解していなかったならば、深海棲艦という存在も当初はあやふやだったでしょう」
同じD事案で生まれた雷も、自身が艦娘であることを理解していなかったと聞いている。この大淀も最初はそういう存在だったのかもしれない。
D事案で生まれたことで、何も知らない状態で武器だけ与えられ海に放り出されているような状態。その武器も無我夢中で使って迫りくる敵を倒したのだろう。
それと食糧調達に因果関係が見出せなかったが、下呂大将の次の一言で繋がった。
「大淀、君は
そんなバカなと思ったが、大淀からはそれを肯定するかのような匂いが漂っていた。本当に食べたというのか。アレを。
今までのことでこれで繋がる部分もある。初めて会った時から深海棲艦の匂いが漂っていた。私達のような継ぎ接ぎとは違う、真に混ざり合ったような匂いだった。まるで深海棲艦のような匂いと当時は思ったものだが、本人はその時はまだ艦娘だったはずだ。
食べた深海棲艦の匂いが染み付いていたわけだ。あれだけ匂うということは、1体や2体では利かないほど、多くの深海棲艦を食べている。姫の匂いを感じたところから、つまりは
「三日月、大丈夫か」
「……吐き気がしただけ。大丈夫」
気持ちはわかる。深海棲艦は食べるものではない。確かにイロハ級でも人と同じような柔らかい部分はあるし、移植されている者も多くいる通り、内臓は普通に存在する。甲殻を持つ魚のようなイロハ級にだって、可食部はあるのだろう。
どう考えてもグロテスクな光景だった。海の上でそんなことをやっていたのだから、血塗れの生肉にかぶり付くしかないはず。生きるためなのだから、味なんて気にするはずもない。
「死にたくないと考えれば、人は異常なことも平気でやれます。君の場合は
肯定も否定もしない。笑みはそのままに、下呂大将の話をじっくりと聞いているような雰囲気。
「深海棲艦を捕食したことにより、君はおかしくなってしまった。深海棲艦の成分を体内に取り込んだことで、D事案特有の反応が発生した。確か、元となった深海棲艦と同じ細胞が体内に入ると、艦娘とは違う
雷のことだ。戦艦レ級を元にD事案で生まれた雷の傷を治すため、戦艦レ級の内臓を使ったことにより、雷はイロハ級の声が聞けるようになっている。大淀にも似たようなことが起きたということだろう。
雷は改装により馴染んだことで発生したが、深海棲艦を捕食したことで身体に馴染んだと考えられる。
「君に目覚めたものは、よりによって理性無き怒りや憎しみといった感情だったのでしょう。そこで君はあらゆる方向へ憎しみを持ち始めた。ドロップした自分を放置した人間を憎み、自分を攻撃してくる深海棲艦を憎み、自分を救わなかった艦娘を憎んだ。これが君が世界を滅ぼすという思考の原因じゃないかと推測します」
味方に砲を突き付けられているというのに、緊張も何も感じさせず淡々と説明する下呂大将。冷静に冷酷に推理を突き付けるうちに、大淀が少しずつ震えてくる。
身体を震わせている感情は、歓喜だ。
「っふ、ふふふ、はははっ。凄いですね下呂提督。微かな情報からそこまで推測しますか」
「どうでしょう。正鵠を射ていると思いますが」
「合ってますよ。驚きました」
ならば、本当にこの大淀は深海棲艦を捕食して生き延びたのか。
「ですが、間違っているものがあります。私が深海棲艦を捕食したことで目覚めたものは憎しみではありません。気分がいいので教えてあげましょう」
「ほぉ?」
「
大淀が元々何者だったのかは関係ない。とにかく、深海棲艦として生まれ、本能のままの破壊活動をして、艦娘により討伐された。そのときの記憶が蘇ったと。
ある意味、艦娘の記憶を持つ深海棲艦として生まれ変わった赤城とは真逆。深海棲艦の記憶を持つ艦娘。この世界でも大淀にしかない特徴となってしまった。
「なるほど、記憶と連動して憎しみが生まれたというのなら、さらに繋がりますね。艦娘への憎しみは殺された憎しみでしたか。世界への反逆は……そうか、死から呼び起こされたことへの憎しみ」
「ご名答です。艦としての眠りを妨げられ、その上深海棲艦としてまた沈められ、さらに艦娘として生を与えられて、人間に利用される。こんなサイクルを作り出している世界の本質に、私は憎しみを覚えているのですよ」
大淀の言葉に少しだけ理解出来るものを感じてしまう。艦娘の中には、艦娘になったことすら拒む者がいてもおかしくはない。せっかく静かに眠っていたというのに、叩き起こされたのなら。
飛鳥医師にも感じるものがあったように見えた。禁忌の研究を止めるきっかけとなった、とある艦娘の言葉を思い出してしまっている。
「欲望のままに利権を争う人間、言われるがままに敵と定めたものを殲滅する艦娘、世界に定められるがままに破壊を繰り返す深海棲艦、どれが悪でしょうね。私は知恵のある分、人間が最も悪だと思いますよ。私怨もありますがね」
さも自分のやっていることが正しいと言わんばかりの話し方。先程の理解が恥ずかしくなる。
大淀は今挙げた3つの種族から外れた悪だ。誰が悪かろうが、大淀はその全てを超越している。自分を正当化する理由など何処にも無い。
「では次に、君がこの鎮守府を襲撃するまでに至った道筋を」
「いや、それはもういいです。どうせ皆さん知っているのでしょう? 貴方の推理、披露しているのでは?」
痺れを切らしたわけではなく、十分に楽しんだからもういいやという感じ。玩具に飽きた子供のようだった。
「ふむ、そこはお見通しでしたか。では、やはり飛鳥の蘇生法を手に入れるためでしたか」
「はい、その通りです。これが済んだら、皆さんからその方法を聞きますよ。そうしたら、無限に動く実験台が作れますからね。それに、私のような者が新たに生まれるかもしれません。そうしたら、この世界はより早く滅ぶでしょう」
死んだのに別の形で蘇ったことで世界を憎むまでに至ってしまった大淀が、同じような輪廻を他者に強いることで心を壊そうとしていた。そこまでは思いが至らなかった。
生み出した本人が後悔していることを、嬉々として実行しようとしているのに虫唾が走る。
「下呂提督、有意義な時間をありがとうございました。とても面白かったです。でも、もう終わりです」
心底嬉しそうに話を纏めにかかってきた。ここからは私と三日月だけで下呂大将達を守らなくてはいけない。
しかし、鎮守府総出の集中砲火から逃げ切るのは、いくら速く動けるだけでも無理だ。それに守る対象が多すぎる。
「残念ですね。君は思ったより話し甲斐があったのですが」
「最期に楽しんでもらえてよかったですね。では、おしまいです。もう悔いも無いでしょう」
満面の笑みを浮かべ、最後の指示。
「艦隊司令部より、全艦娘に伝令」
だが、その指示に対してとんでもない発言が返された。
「陸軍としては、海軍の提案に反対である!」
直後、大淀の艤装が爆発した。目標とされていた艤装上部、艦隊司令部があるであろう場所が、突如粉々になった。
おかげで、全員に行き届いていた支配の力はその時点で霧散し、傀儡と化していた者達の瞳にも光が戻る。
「な……に……!?」
「私の推測通りでした。君の力、艦隊司令部はあくまでも艦娘の力が深海の侵食により転じたもの。つまり
爆発の原因となった方を見る。そこにいたのはあまりにも意外な人物。
まるゆだ。