継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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今この手で

来栖鎮守府に所属する艦娘全てを支配していた大淀だったが、下呂大将の秘策により艦隊司令部が破壊された。それにより、支配されていた者達は次々と正気に戻っていく。抵抗してその場から動けなかった者も、拘束力を失いその場に崩れ落ちた。かなり厳しかったようで、ここにいる中でも最も手練れである神風達第一水雷戦隊ですら疲労が顔に出ている程。

そしてその秘策というのが、海軍ではなく陸軍所属艦であるまるゆ。最初の支配を回避し、気付かれぬように海中へ潜り、下呂大将が推理を披露している間に大淀の後ろに回り込んでいた。大淀に放たれたのは、専用にチューンされたWG42。施設を破壊されたことに対する意趣返しとなる。

 

「こんな……こんな、巫山戯た抜け道を……!」

「まさかここにまで影響が出るとは、正直私も驚いていますよ。ですが、結果として君の支配能力は封じました」

 

もくもくと煙を上げる大淀の艤装。あれほどの爆発が起きても、本体がほぼ無傷なのはインチキだと思う。とはいえ自力での航行がかなり難しくなっているようで、伊勢がしっかりと補佐に入っている。まるゆの一撃はかなりいいところに入った様子。

そこまでの手痛いダメージを受けるとは夢にも思っていなかったようだ。いつも余裕を持ち、人を小馬鹿にした笑みを浮かべていた大淀が、初めて顔を顰めた。痛みではなく、悔しさで。

 

「綾波、処理しろ」

「はぁい」

 

駆逐艦故に対潜能力も当然持っていることだろう。日向の指示により、まるゆを殺そうと即座に動き出す。

だが、その時にはもう、まるゆの姿は無くなっていた。一撃放ったことで既に海中へと撤退しており、今が夜ということもあり、いくら完成品の綾波であってもすぐに発見することは不可能。

 

「う〜ん、もう見当たりませんねぇ〜」

「まったく、これだから夜の潜水艦は厄介極まりない」

 

呂500や伊504をさんざん仕向けてきて、どの口が言うか。いざ自分達が追われる立場になればこんなものだ。勝ち続けてきたものだからこそ、不利に慣れていないようである。

 

「うちのまるゆは特別ですよ。友人との海底散歩を楽しむため、泳ぎを努力でマスターしましたからね。インチキで慢心している君とは、そもそも雲泥の差だったということです」

 

潜水艦なのに泳ぎが苦手だと言っていたまるゆだったが、シロクロと一緒に泳ぐために、ずっと訓練をしていたらしい。それがまさかこんなところで実を結ぶだなんて思っても見なかっただろう。

下呂大将のその発言に、シロクロも大歓喜でまるゆを追うように海へと潜る。ある意味、シロクロが泳ぎに誘っていたからこれが出来たようなものだ。

 

「……伊勢さん、日向さん、歯痒いですが今回は撤退しましょうか。綾波さん、殿(しんがり)をよろしくお願いしますね」

 

悔しそうに撤退指示を絞り出す。今までの嘗めていた雰囲気が失われ、撤退しなくてはいけないと判断させた。あの大淀に焦りを与えることに成功している。

 

だが、今逃がしたら再びあの艦隊司令部が使えるようになってしまう可能性が高い。ならば、襲撃計画など有耶無耶になってしまうが、早期決着が必須な敵なのだから、多少無理をしてでもここで終わらせるしか無い。

ほぼ全員の無事が確認出来たことで、私も動けるようになった。そのため、即座にリミッター解除。大淀が目の前にいるのだから、もう何もかもかなぐり捨てる。理性も容赦も何もかもを捨て、ただ大淀を殺すために動く弾丸となる。

 

「ダメですよぉ〜。若葉ちゃん、大淀さん狙ってますよねぇ〜?」

 

しかし、私と大淀の直線上に綾波が立ちはだかった。前回のあの1回、たった1回見られただけで、完全に対策されている。大淀的には、私が一番厄介という認識のようだ。たった1人、奴の顔に傷を付けたことで警戒レベルを跳ね上げた様子。

 

私のアレは、方向転換が出来ない本当に弾丸となる移動法だ。あの時は私と大淀の間に隔たりがなく、伊勢と日向が壁にもなっていなかったために顔面を蹴り飛ばすことが出来た。あの時にナイフを突き立てなかったことをほとほと後悔している。

だが、今回はそれを見越して綾波が壁となっている。突っ込んでも綾波にぶつかるだけ。それならそれでいいかもしれないが、私の脚が先に壊れるだろう。大淀を殺すまでに余力が無くなるのはまずい。

 

「アンタの相手は私らよクソ姉!」

 

だが、そこへ曙が乱入。さらに雷と暁も加わった。先程の支配への抵抗で体力を持っていかれていたが、まだ動ける。

まずは気絶させる必要があると、槍を構える。刃はいつもの修復材。姉であろうが関係なく、腹を掻っ捌くつもりで突撃。雷と暁も容赦なく砲撃を浴びせかける。救出するつもりではあるものの、暁は実弾だ。艤装を破壊するために行動を起こしている。

 

「曙ちゃん達が綾波の相手をしてくれるんですかぁ〜? でも綾波、()()若葉ちゃん対策に調整されてますからぁ」

 

おっとりした言動から一転、2人の砲撃を簡単に避けながら曙の懐に入っていた。速さも並ではない。そこから主砲ではなく、あえてナイフを使っての斬撃。槍を使う曙の苦手な間合いに一瞬で入っての一撃。

しかし、そこは我らが曙。私を使って演習をしたのだから、自分の不得手な部分は理解している。そして、演習のおかげでナイフによる斬撃ならば見てから考えて回避するだろう。

 

「甘いのよ!」

 

槍の柄を思い切り薙ぎ払いつつもバックステップで即回避。同時に雷がヘッドショット。水鉄砲を使い続けているためか、その辺りは本当に容赦が無い。

わざわざ避けにくいように、それこそ私と同じような獣のような前傾姿勢で突っ込んできたことで、逆に曙には回避しやすい状態。

 

「おっとぉ、お顔を撃つのは良くないと思いますよぉ〜?」

 

雷の砲撃は残念ながら回避されるが、曙がうまく間合いを取れた。これでまた戦いやすくなっただろう。

 

同時に、私の道が拓かれる。未だに大淀への直線には邪魔者がいるものの、その邪魔者は伊勢。リミッターを外し、理性と容赦を失った私の思考では、伊勢は大淀と同様に死んで然るべきものにしか見えない。

今でこそ蘇生されたものの、姉を背中から斬り裂いたのは紛れもなく伊勢。姉が庇わなければ、無抵抗な初霜をも殺そうとした。私の姉妹に手をかけた事実を、私は忘れない。

今だけはあの時の赤城の気持ちがわかるようだった。

 

「三日月、少しだけ離れろ」

「うん、行ってらっしゃい。私も援護する」

 

三日月に少しだけ離れてもらい、地を思い切り蹴る。海面以上の衝撃に脚が悲鳴を上げるが、知ったことではない。まずは1発お見舞いしてやる。

 

「伊勢ぇ!」

 

誰にも知覚出来ない速度で突っ込み、伊勢の横腹に渾身の蹴りを叩き込んだ。普通ならば、この一撃で骨が砕けるなり肉が裂けるなりの傷を負うはずだ。

だが、この渾身の一撃すら受け止められてしまった。いや、正確には受け止められたのではない。しっかりと蹴りは入った。ズドンと酷い音がしたはずだが、伊勢はその場から動かなかったのだ。まるで大木の幹を蹴っているようだった。

 

「滅茶苦茶するね君は!」

「滅茶苦茶はお前だ。どれだけ頑丈なんだ」

 

徒手空拳では敵わないということがわかってしまった。しっかりとナイフの刃を突き通さなくては、傷一つ付けられない。そんなことをしなくても、砲撃や雷撃は通りそうではあるが、それすらも通るかわからなくなってきた。

すかさず身体を捻り、ナイフで伊勢を斬り払うが、受け止めるでもなくその場から退避。大淀を引きずるような間合いを取られた。こういう時にどうしてもリーチの差が出てしまう。子供のナイフと大人の刀ではかなり違う。

 

「大将、ちょっと我慢しなよ」

「撤退出来ればそれでいいです。艤装を修復しなくては……」

 

余程あの艦隊司令部が気に入っているのか、戦場を見ずにぶつぶつと呟いている大淀。計画倒れしたことで再計画しているのだろうか。この状況でも余裕を取り戻そうとしているのが実に気に入らない。

だからだろうか、私の後ろからすかさず三日月が砲撃していた。当たれば致命傷となる実弾を伊勢にである。むしろ、流れ弾が大淀に当たることを期待していると言ってもいいか。ところが、

 

「こらこら、砲撃は危ないでしょう砲撃は」

 

よりによって、三日月の砲撃を()()()()()()()()()()()。いくら何でも、これは規格外過ぎる。刀を持っている限り、全ての攻撃が無効にされると言っているようなものだ。

思い切り刀を振り回されたせいで、私もそこから離れざるを得なくなった。あの太刀に触れれば一瞬で細切れにされてしまいそう。

 

「離れてもらおうか」

 

すかさず日向が足下に主砲を放った。前回もこれで逃がしてしまっているため、こちらだってそれに対応する。

大きな水柱で目眩しされるが、匂いは変わらない。ドス黒い、嗅いでいたくない腹の立つ匂い。忘れたくても忘れられない大淀の匂いだけは、目を瞑っていても追える。

 

「いい加減に死ね」

 

本日2度目の全力の移動。またもや脚が悲鳴を上げるが、今猛攻を仕掛けなくては勝てるものも勝てない。

水柱をぶち抜くように突っ込み、それでも勢いは死なずに大淀に直撃。伊勢の支えなど関係なしに引き剥がし、海面を滑るように吹っ飛ばす。この一撃はどうしてもナイフで斬り付けることが難しい。

 

「っぐぅっ!?」

 

小さく悲鳴も聞こえた。あの時は私から一撃を受けても笑い飛ばしていた大淀が。艦隊司令部を破壊されたことで、かなり動揺している。

 

「大将!?」

「貴女達にも余裕は与えませんよ。こちらは憎しみが原動力なんですから」

 

大淀が引き剥がされた瞬間、伊勢には雨のようなピンポイント空爆が開始される。ガードに専念しなくてはいけないほどに大量の爆撃は、あの伊勢すらもその場に止まらせる。

空爆を先導するのは赤城。空母達が一斉に艦載機を発艦していた。一航戦と五航戦、さらには鳳翔まで加わった猛烈な空襲は、三日月の砲撃を斬り払った伊勢ですら、自らの艦載機で制空権を押し返しつつ回避行動に専念するしか無い状況に置く。

 

「伊勢、何をしているんだ」

「貴女の相手はこちらよ」

 

伊勢を援護しようとした日向の方には、妹を痛め付けられた怒りを纏わせた神風型が陣取る。

 

「私達と死合を望んでると旗風から聞いてるわ」

「今はそんな余裕は無い。また時間がある時に頼む」

「そんなこと言わずに、付き合ってよ。楽しませてあげるから」

 

既に神風が己の間合いに入っていた。神風型随一のスピードにより、日向が神風に集中せざるを得なくする。

振るった刀は受けられてしまうが、目を離さない状況にはした。神風だけではなく、他の神風型すらも日向に押し寄せている。

 

伊勢には空母隊が、日向には神風型が、そして綾波には曙達がついたことにより、大淀は完全に孤立した。そして、そこには私がいる。知覚不能な移動を2度もやってしまったため、脚にガタが来ているが、そんなことは関係無い。

 

「もう終わりだ。どんな過去があったかはわかったが、お前は超えちゃいけない線を越え過ぎた」

「ふ、ふふ、こんな時に説教ですか」

 

余裕を取り繕っているが、匂いからそれが虚勢であることは手に取るようにわかる。まるゆに艤装を破壊されたことで、本来の力はほとんど出せないため、私の攻撃を受け止めるようなことも出来ないはずだ。

丸腰というわけではないが、自分の身を守るものはこの場には無い。今更ながらわかったが、艦隊司令部を使う場合は他の武装が殆ど使えないようだ。主砲1基しか持っていない大淀は、もう殆ど満身創痍。

 

「同情だけはしてやる」

 

手に持つ主砲を蹴り飛ばし、本当に丸腰に。自分での航行も出来ない大淀は、もう死を待つしか無くなった。

 

「今までの行ないを悔いて死ね」

 

理性を失った今の私には、大淀を刺すことに躊躇など無かった。怒りに任せ、憎しみに身を委ねた結果、私はもう鬼のような形相になっているだろう。今この手で、大淀の命を摘み取る。

 

 

 

私はナイフを大淀の心臓目掛けて振り下ろし、そして、深々と突き刺した。

 

 

 

刺し貫いた感触はある。生暖かい血の温度もわかる。命の鼓動に直接触れている。せめて鼓動が止まるその瞬間まではこのままでいてやる。私が終わりを見届けてやる。

 

「カハッ……終わり……私が終わり……!?」

「ああ、終わりだ。お前が一番理解しているだろう。これは致命傷だ」

 

憎しみを込めてナイフを捻る。痛みを与えて後悔させる。

 

「……認めない」

「知るか。お前は死ぬんだ」

「認めない! 艦として沈められ! 深海棲艦として殲滅され! 艦娘として蔑ろにされ! また深い海で眠るなど、私は認めない!」

 

往生際が悪い。

 

「こんなところで終わらない。私は終わらない。終わって、終わって堪るか。こんなところで……ここまでやったのに……」

 

鼓動が小さくなってくる。刺し貫いているのだから当然だ。

 

だが、ここから様子がおかしくなる。

 

「死……これが死……!? 嫌だ、もう、嫌だ、嫌だ……!」

 

大淀の深海棲艦としての匂いが、この期に及んで強くなる。負の本流。それはまるで、赤城が翔鶴を殺そうとしていたときのようだった。

 

「まさか……!」

 

最悪な想定をしてしまったため、心臓に突き刺したナイフを引き抜き、首を落とすために横薙ぎにする。

だが、それは叶わなかった。腕を受け止められ、全く動かなくなってしまう。今までにない腕力。死の間際になってこの底力。いや、底力なんかではない。今この状態だからこそ力が溢れ出ている。

 

「終わって……堪るかぁ!」

 

そのまま私は投げ飛ばされ、大淀は海中へと沈んでいった。この挙動も翔鶴の時と同じだ。

まずい。まずいまずいまずい。このままにしていたら、本当にまずいことが起きる。だが、海中は手出しが出来ない。

 

「シロクロ!」

 

届くかはわからないが、先程海中に潜ったシロクロに呼びかける。まるゆは確か魚雷を持っていないはずだ。ならシロクロにやってもらうしかない。

しかし、そんなことをする前に、大淀が沈んでいった場所が大きく爆発し、水柱が立つ。先程とは比べ物にならないほどの負の匂い。吐き気がするほどの悪意。

手が震えていることに気付いた。これは本当にダメなヤツだ。目にしてはいけない。心を折りに来ている。

 

水柱が無くなると、そこには傷一つない大淀が立っていた。だが、様相があまりにも違う。今までが深海棲艦の()()()()だったのではと思えるほどだった。

 

「ッハ、ハハハッ、アハハハハハッ!」

 

大淀の高笑いが木霊する。

 

本当の戦いはこれからだった。

 


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