まるゆにより艦隊司令部を破壊したことにより一転攻勢。各々の因縁の相手と相対し、大淀への道を拓いてくれたおかげで、私、若葉は大淀に致命傷を与えることに成功した。
しかし、そのまま死を待つのみだった大淀は、死の恐怖から負の感情が爆発し覚醒。翔鶴と同じ状態。追い込んだことにより、作られた深海棲艦から真に深海棲艦へと成り果て、私達の前で復活を遂げてしまった。
「アリガトウゴザイマス、ワカバサン。ワタシヲ、
そもそも深海棲艦と化しているのに、声が艦娘のままだったのに今更ながら違和感を覚えた。あれはシロにしか戻せない謎の技術だ。
作られた深海棲艦だったから、進化が中途半端だったのだろうか。今までが第一改装で、今回は第二改装のような。それであの艦隊司令部を手に入れたとなると、完全な深海棲艦として覚醒してしまった大淀は、新たな艦隊司令部を手に入れてしまった可能性は充分にあり得る。
「ワタシニタリナカッタノハ、シッテイルハズノ
変化したことで改装と同じ効果が発生してしまい、今までのダメージは全て水泡に帰し、また余裕を取り戻してしまった。先程までの動揺が嘘のように生き生きとしているのが気に入らない。
「スバラシイカラダデス。アナタノオカゲデ、コノカラダヲテニイレタンデスヨ」
見せ付けるように前に進み出てきた。今までの殆どコスプレのような黒尽くめとは訳が違う。私が知る深海棲艦の姫なんて高が知れているが、血の気のない肌に妙に海の匂いのする服と、見ただけで深海棲艦の上位種、姫であることがわかる姿をしている。
艤装も新たなものになっていた。所々が生体パーツのように蠢き、深海棲艦特有の大きな顎がガチガチと音を鳴らす。まるでエコの生首が備え付けられているような仰々しさ。それでも眼鏡だけは失われていないのは本人のトレードマークとでも思っているのだろうか。
「お前はここで殺す。殺さないとどうにもならない」
「ワタシハアナタニナニモウラミヲモッテイマセンヨ。ムシロ、カンシャシカアリマセン。ダカラ、アナタハコロサナイ。ジッケンダイニモシナイ。デモ、テモトニオキタイデスネ」
何をふざけたことを。もうその言葉を聞いているだけでも腹が立つ。怒りと憎しみが込み上げる。ナイフを握る手が力んだことでギシギシと音を立てる。
故に、先手必勝だった。脚はガタつき始めているが、大淀に一番近いのは私だ。即座に動いて、その首を断ち切る。
「いいから死ね」
海面を蹴り、大淀の首筋を捉える。いくら深海棲艦化しようが、生身が外に出ている急所なら、私の刃でも傷付けられるはずだ。先程心臓に突き立てる事ができたのだから、刃が通らないなんてインチキはない。
しかし、私の攻撃は大淀には届かなかった。
「カンタイシレイブヨリ、クチクカンワカバヘデンレイ」
突如叩き付けられる衝撃。やはり深海棲艦化したことにより、艦隊司令部をも戻ってきてしまっていた。せっかくまるゆが破壊してくれたのに、振り出しに戻ってしまった。
さらには、先程までは一切効かなかった大淀の艦隊司令部による支配が、今の私にすら効いてしまっている。最初期の段階に戻ってしまったかのようだった。いや、むしろ真に深海棲艦と化したことにより、艦隊司令部が復活した上に、より強化されてしまっている。艦隊司令部改とでも呼ぶべきか。
私に効いたということは、おそらく効かない者はいない。今の艦隊司令部は例外なく支配が行き届く。抵抗は可能かもしれないが、動かなくなること必至である。
「っあ……!?」
「フフフ、ワカバサンニモ、マタキクヨウニナリマシタネ」
いきなり私個人に対する支配の集中攻撃で、私は膝を突くことになってしまった。全力で支配に対して抵抗するが、以前より強力な衝撃が頭を駆け巡っている。頭痛が酷い。
「若葉、助けるわ」
「ミカヅキサン、ジャマヲシナイデクダサイネ」
三日月の砲撃に即座に対応し、直感的なヘッドショットすらも軽く回避した。相変わらずの回避性能だが、真に深海棲艦化してさらに磨きがかかっているように見えた。
返しに三日月に向けて砲撃。元々軽巡洋艦のはずなのに、大淀の主砲は尋常ではない威力を発揮。まるで戦艦主砲のような爆音と威力で三日月に向かう。当たれば即死ではあるものの、三日月がそんなものにあたるわけが無い。だが、
「カンタイシレイブヨリ、クチクカンミカヅキヘデンレイ」
支配を抵抗させることで、回避を不可能にする荒技。三日月が激しい頭痛で歯を食いしばったのがわかった。
抵抗されることまで意識したやり方。支配出来たとしても回避させないという指示をするだけ。どちらにしろ三日月の命は奪える。
「っうっ!?」
「三日月ちゃん!」
そこに文月が飛び込んできてくれた。射線上から三日月を退かしてくれたおかげで、間一髪砲撃を回避する事が出来ている。砲撃が飛んで行った先に鎮守府が無かったからよかったが、あんなもの建屋に直撃したら大変なことになる。
艦隊司令部の支配が三日月に向いたからか、私への拘束力が若干緩んだ。今までと違い、支配の方向を変えたことで先に支配しようとしたものは対象から外れるようだった。
今の大淀は覚醒したばかりのせいで、
先程のように鎮守府全域に支配の力を張り巡らせることをしないのはありがたいことではあるが、効果範囲が狭い分、即効性が強い上に強制力が段違いに強い。私や三日月にも効くようになってしまっているのはかなり厳しい。
「大淀ぉ……!」
まだ重たい身体をどうにか動かして、大淀に対抗する。だが、それを見越していたかのように次の支配の言葉。
「カンタイシレイブヨリ、クチクカンワカバヘデンレイ」
「っぐぅ……!?」
再び名指しの衝撃。抵抗だけで手一杯になる。だがこれで三日月は解放されるはずだ。回復までに時間はかかるが、動けないわけではなくなる。
私達への支配を、意のままに操ることではなく、行動を封じるために使ってきているのは厄介極まりない。自分とこちらの特性を完全に理解している。
「若葉ちゃんを助けるよぉ!」
「ボク達の義理の妹だからね!」
ここで三日月を助けてくれた文月を筆頭に、第二二駆逐隊が大淀に突撃。皐月の言う通り、今や二二駆も私とは切っても切れない間柄になっている。おかげですぐに動き出してくれた。
だが、支配への耐性が無いことは先程証明されてしまっている。ピンポイントしか出来ないとはいえ、1人が敵に回るだけでも面倒くさいことになる。
「カンタイシレイブヨリ、クチクカンフミヅキへデンレイ」
よりによって文月を狙ってきた。先程三日月を助けたことが気に入らなかったか。
支配の力が即座に行き届いてしまい、突撃する文月が急にその場で止まってしまった。瞳から光が失われ、敵意に湧き立つ。しかし、それを既に見越していた水無月が、文月をすぐさま押さえ付けていた。誰が狙われてもいいように事前に打ち合わせていたようだ。
「ふみちゃんはここに止めておくから!」
「ナラバ、ソコニウテバイイワケデスネ」
「させません!」
どさくさに紛れて、再びまるゆ浮上。変わり果てた大淀の真後ろから、艤装を狙って
流石にこの攻撃は看過出来なかったようで、その砲撃は回避し、睨み付けるようにまるゆを捉える。先程とは違い、真後ろからの攻撃は効かず。
「カンタイシレイブヨリ、センスイカンマルユヘ」
「陸軍としては、海軍の提案に反対である!」
言い切る前にその命令を無視。名指しの支配すら回避。出力が高くなり、支配力が強化されていたとしても、まるゆだけは大淀でもどうにもならないらしい。何処まで行っても、海軍と陸軍の確執を越えることが出来なかったようだ。
真正面からの
「
「まるゆは弱いけど、今はみんなの役に立てるから!」
再び背後に回り込んで砲撃。回避して振り向いた瞬間には、すでにまるゆは潜航中。
まるゆは自他共に認める、艦娘の中で最も力を持たない者。生まれた時に武器を1つも持たないという徹底っぷり。そんなまるゆでも、下呂大将という素晴らしい上司の下、最大の力を発揮するように成長した。
今のまるゆは運転手や運び屋なんかではない。歴とした艦娘、私達の仲間であり、現状の最高戦力だ。
「隊長に聞いてます! 大淀さん、
「コノ……!」
浮上して砲撃、そして潜航。まるでモグラ叩きのような戦闘。その砲撃自体は当たらないにしても、大淀の攻撃自体もまるゆには当たらない。大淀が撃つたびに大きな水飛沫が巻き上がるが、まるゆはその時には別のところから浮上して砲撃している。永遠に戦いが終わらないのではないかと思えるほど。
だが、それは1対1ならである。ここにはまるゆ以外にもいるのだ。
「まるゆが完全に囮だな。すまないが、利用させてもらうぞ」
「あとからいっぱい褒めてあげなくちゃね!」
まずは長月と皐月が横槍。まるゆの砲撃を避けたところを見計らって艤装へ砲撃。直撃したものの、その砲撃は傷を付けることすら出来なかった。この変化を遂げたことで、異常に頑丈になっていることがよくわかった。艤装の破壊に関しては、駆逐艦では不可能かもしれない。
「硬すぎでしょ!?」
「ヒンジャクナクチクカンナンゾニ……!」
「ならぁ、生身を狙えばいいよねぇ〜?」
「ふみちゃん、超怖いよ」
横槍に苛立ちを見せて振り向いた瞬間、文月と水無月が艤装の無い部分を狙っての砲撃。まるゆを支配しようとして不発だったため、文月に向けられていた支配はそこで途絶えていた。おかげで文月も今は行動可能。
文月の怒りは見るまでもなく明らかだった。初めてそれを見たときを越えた何かを感じる。
当たったらまずいことくらい自分でも理解出来ているからか、即座に回避行動を取ってきた。艦娘だろうが深海棲艦だろうが、艤装は頑丈でも生身は華奢だ。それは私にだって言えること。
回避した大淀は、文月を睨みながら再び艦隊司令部により支配しようと画策していた。
「カンタイシレイブヨリ」
「自力で戦え」
またもや艦隊司令部の力を使おうとした瞬間、その口を開かせないために三日月が直感の砲撃を放つ。当然だが狙いは頭。リミッターを外しているために物言いも物騒だが、それはみんなの望みだ。
戦える力を持っていても、大淀は他者を踏み躙る形で自身を守らせ、戦場を掻き乱す。こちらの混乱を嘲笑い、自分の手を下さずに自分の思い通りにしようとする。それが一番許せない。
「ック、カンタイ」
「懲りろ」
三日月の砲撃を避けた後にまた支配しようとしたため、いい加減気分が悪かった。本日3回目となるが、怒りと憎しみに任せた移動法。海面を思い切り蹴ることで弾丸となり、自らも知覚出来ない速さで大淀の顔面を蹴り飛ばした。初めてこの一撃を決めた時と同様、眼鏡を叩き割り、鼻血を撒き散らす。
同時に、私の脚が大きく悲鳴を上げた。身体の限界が来ようとしている。もう蹴ることが出来ないというところまで消耗してしまっているが、力を振り絞って立っている。まだ骨が折れたわけでも、ヒビが入ったわけでもない。戦える。
「ックァ……!?」
私が蹴り飛ばしたことで、本当に一瞬だが大淀がふらついた。その瞬間にまるゆが浮上していた。最高のタイミング、位置取りも完璧。
「艤装を破壊します!」
故に、まるゆが最後の一撃。
「こんなことに使うものじゃ、無いんだけどぉ!」
その一撃は、まるゆが常に持っていた運貨筒による乱雑な一撃。それを大淀の艤装目掛けて振り回して、そしてぶち当てる。
これにより、大淀の艤装が火花を散らしたことが確認された。私達の希望を乗せたまるゆ会心の攻撃は、艦隊司令部の再破壊を成功させたのだ。