曙達が綾波を食い止めている一方で、日向を食い止めているのは神風型の5人。真っ先に斬りかかったのは、神風型随一の速度を誇る神風。日向が大淀の援護に入ることを防ぎ、且つ、旗風が痛め付けられた恨みを晴らすべく動いていた。
他の4人もそうだ。5人で1人を集中攻撃するという少し後ろ指を指されそうな戦術ではあるが、緊急で作られた綾波とは訳が違う。たった1人で何もかもを出来てしまい、単体での攻撃力が異常過ぎるほど高い四航戦の片割れだ。どんな手段を使ってでもここで止めなくてはいけない。
そもそもあちらは違法に違法を重ねた存在。物量で押す程度、ズルくも何ともない。
「先に言っておくけど」
「なんだ」
「私達、貴女を殺す気でやってるからそのつもりで」
まさか日向が自分の立場を逆手に取った戦い方をするとは思わないが、念のため言葉にしたようである。
救出目的で戦うならば、当然手加減をすることになるが、如何に神風型といえども真剣に、かつ5人がかりでやらなければやられる。それ程までに日向は強い。
「好きにしたらいい。私も殺す気でやっているんだ。それが死合だろう」
「助かるわ。自分自身が人質みたいな嘗めたこと言われたらどうしようかと思った。それでも斬るけど」
体格差をむしろ利用する、俊敏な動きで即至近距離へ。しかし日向は一切臆さず、即座に脚が出ていた。
素早さだけなら神風には敵わないだろう。だが、神風には刀しか武装がない。本人がその戦い方を選んでいるのだから仕方ないことではあるが、小柄なせいでリーチがどうしても短くなる。
当たり前だが日向は戦艦、体格は大人。その中でも大きな部類だと思う。故に、脚を出されるだけで刃が届く前に迎撃されてしまう。
「っふっ」
勿論リーチの問題は神風も把握済み。脚が出ることも読んでおり、即座に身を捻りながら脚を斬り付ける。
しかし、
「よく出来ている。凄まじい動きだ」
神風の眼前に、ホバリングする謎の軌道まで搭載した深海の艦載機が飛び込んできていた。自らの脚を犠牲に神風を死に至らしめようという一撃。自分の身体が惜しくないのかと思ったが、そうではない。神風の次の動きがわかった上での一撃だ。
神風は当然自分の命を取る。こんなところで命を落としてまで大淀の取り巻きを倒すことに専念する必要は無いからだ。命を懸ける場はここではない。私だって回避をする。
「相変わらず滅茶苦茶な動きよねその艦載機は!」
艦載機を回避しつつ、低空飛行であるためにそれに対して斬り付ける。それだけで破壊できるほど脆いわけではないが、神風の技でそれは一刀で粉砕。
しかし、日向にとっては都合のいい間合いを取るのに充分な時間が出来ていた。既に神風に向けて刀を振り下ろしている。
「それはよろしくありません。神姉さんには死んでもらっては困りますので」
瞬間、旗風が日向の真横で刀を振るっていた。相変わらずの猫のような気まぐれな動き。その気配すら感じさせずに懐へ。
「ふむ、お前は
神風に向けていた刀を強引に方向転換させ横薙ぎの一撃に。同時に、背中の主砲が動き出し神風に狙いを定めた。刀はともかく、こんな至近距離で放たれたら回避しても爆風で被害を被る。さらには刀を振りながらの砲撃だ。直撃狙いではなく、爆風と海面に叩き付けることによる水柱のための一撃。
「旗風! ちょっと伏せなさい!」
そこに飛び込むのは朝風。刀の軌道を少しズラすためにしゃがみ込み、その一刀をほんの少しズラすように刀を合わせた。柔よく剛を制するとはよく言うもので、朝風のその行為のみで日向の一撃は紙一重で通過する。
だが、刀は激しく擦れ合い、金切音と共にチリチリと火花を散らす。朝風が振るう刀も確か修復材の刀のはずだが、あれで悪くならないものか。
問題は砲撃の対処。この至近距離での砲撃は直撃せずとも危険過ぎる。
「あっは! こいつは斬り甲斐がありそうだ!」
そこへ飛び込んだのは松風。かち上げるように刀を振るい、砲身へ渾身の一撃。斬ることは出来ずとも、僅かにだが上に押し上げた。
その瞬間に砲撃。耳をつんざく轟音が鳴り響き、海面とは平行に弾は放たれた。松風が軌道を変えていなかったら神風を削ぎ落とすような軌道で海面にぶつかり、被害は甚大だっただろう。
しかし、爆風はどうしても喰らってしまう。一番身近にいた松風は軽い火傷を負う羽目になったが、この戦いを心底楽しんでいるように笑顔。神風も同じように爆風を受けて顔を顰めているが、着物が少し焦げた程度。眼光はより鋭くなっていた。
「硬いねぇ!」
「完成品は伊達ではないさ」
朝風に逸らされた斬撃をその場で切り返し、峰打ちでもう一度振るう。斬られないだけマシではあるものの、直撃してしまうと骨を砕かれる程の殴打になるだろう。
さらには、この一撃は先程よりも低い位置を通過した。朝風のやった軌道逸らしはやりようがなく、回避か受けるしかない。しかしながら、日向の腕力を受けるためには駆逐艦の膂力ではまず足りない。ここは回避しか無いだろう。
しかし、間合いを取った瞬間から艦載機が一気に発艦。膨大な数の爆撃機と水上機が神風達の頭上に舞い上がり、猛烈な空爆を開始する。数機は低空飛行まで始めて、直接攻撃に出る始末。
神風達の力量では当たることは無いだろうが、進むことも出来ず、逆に足止めを喰らう羽目に。
「すまないが、そいつの相手をしておいてくれ。私は大将を援護せねばならない」
「つれないことを仰らないでくださいな」
その空爆の外。既に春風が進路を妨害する位置にいた。旗風と同じように、知らぬ間に移動して驚くべきところにいる。旗風は気まぐれにだが、春風はその場の流れにまかせているような、そんな雰囲気。
「っ……お前達姉妹はよくわからんな」
「褒め言葉としていただいておきます」
振り向いた瞬間に居合。今までの穏やかさから一転、鋭い太刀筋で日向の腹に向かう。
「だが、もう少し力をつけた方がいい」
しかし、惜しくも刀で受けられた。むしろそこから押し返されてしまう辺り、いくら技があっても駆逐艦の腕力では通らないということか。
軽々と受け止められた刀は、強く振られるだけで弾かれてしまい、華奢な春風ではその場から退かされてしまう。加えて、体勢を崩したところに主砲を向けた。
「まずはお前からになりそうだな」
今回は松風による射線ズラしも無いため、完全な直撃ルート。あんなものが直撃したら、ただの即死では済まない。駆逐艦程度の身体では、跡形も残らない血溜まりになってしまうだろう。
「そうはさせねぇよ」
その春風の窮地を救ったのは、我らが摩耶。日向が轟音と共に放った砲撃を、春風に届く前に撃ち墜とした。威力も速さも距離さえも不可能レベルな難易度だというのに、しっかりと対応する辺りは流石としか言いようがない。
正規の工廠で修復されたことが大きい。艤装本体のスペックアップをやり、威力も精度も段違いに上がっている上、ケッコンカッコカリをしたことにより摩耶の練度もさらに上がっている。強烈な戦艦主砲でも、タイミングを合わせれば撃ち墜とすことが出来るようだ。
しかし、撃ち墜としたとはいえ身近だったため、春風には衝撃が伝わってしまっている。戦闘は続行可能だが、ダメージは受けてしまった。存命なだけ良しとするしかないか。
「砲撃を撃ち墜とす……なるほど、噂には聞いている」
「そりゃあ嬉しいね。飛んでるものは全部アタシが墜としてやる」
摩耶の技に関心を持った日向。こんな形で砲撃を回避されるとは思っても見なかったようである。
「アタシは春風を守るために動いたが、お前の敵はアタシじゃねぇ。因縁がある奴が来てるから、こっち相手してくれよ」
「因縁?」
「忘れましたか?
摩耶の背後から飛び込んできたのは、いつものバルジによる格闘戦術を繰り出した鳥海。大火傷により移植された肌を見せつけるようにし、日向に襲い掛かる。
駆逐艦の膂力ではその一撃を食い止めることも難しく、押し返されるだけで体勢を崩してしまうものだったが、鳥海は重巡洋艦だ。まだ力はある。
「蘇生されたか。何度も死ぬのは辛くはないのか?」
「やられっぱなしの方が辛いんですよ」
砲撃を撃ち墜とされたことで斬撃に移行するが、鳥海は先程の朝風の対処法を見ていたのか、その剣筋を少しズラすという方法でそれを回避する。そもそも砲撃すらもその方法で回避していたのだから、それが斬撃になっても同じことだった。
だから襲撃の時は斬り傷が少なかったのだと思う。代わりに遠距離からの砲撃、例えば施設の盾にならざるを得ないような状況だったせいで砲撃をまともに受ける羽目になったとか、そういうことじゃなかろうか。
「以前のようには行きませんよ」
「そうか。バルジも強化されているな」
それでもまともに受ければ粘土をスライスするかの如くバルジを斬ってしまいそうではあるため、どうしても払う以外の防御方法は無いわけだが。
「ならば、前のようにしようか」
刀を振り抜けた瞬間に主砲が鳥海に向いた。間近での砲撃。避けたとしても砲撃の爆風で被害を被る位置。
「お断りしますよ」
襲撃の時はどうだったか知らないが、鳥海は主砲の砲身を潜るかのように打ち上げる。先程の松風のやり方だが、やはりこちらも膂力の違いでより一層射線がズレることになる。
そのタイミングで轟音が鳴り響くが、今の行動により直撃は免れた。爆風で打ち上げた腕が焼かれ、衝撃で眼鏡にヒビが入ったようだが、そんなことお構い無しと言わんばかりに日向の腹を殴り付ける。
しかし、ビクともしない。私が知覚出来ない速度で突っ込んでも動かなかった伊勢と同じ。日向も頑丈すぎる。
「非力は変わらないな」
「貴女が硬すぎるのでは? ですが、
その拳を日向の腹に押し当てたまま、さらに前へと突き出そうと脚を踏み込む。
おそらく前回はやらなかった行動なのだろう。それに関しては拙いと思ったのか、即座にバックステップで回避した。その際に砲撃や斬撃をするでもなく、離れることを優先した。
「おや、勘が鋭い」
「……お前はそんなことも出来るのか」
「学びました。貴女を討ち倒す方法はこれしかないと思ったので」
蘇生されてからまだ1日も経っていない。それでも鳥海は何かをモノにしているらしい。
「それに、私だけに集中していていいのですか?」
回避した先には既に神風と旗風が刀を振って待っていた。
進むも退くも難しかった猛烈な空襲を潜り抜けてきたわけではなく、鳥海が戦闘を受け持っている間に摩耶が艦載機を全て撃ち墜としていたのだ。ただ墜とすことに専念出来れば、摩耶の実力ならば難なく可能。
狙うのは脚。上半身は艤装に包まれ、刀が通りそうに無かったが、脚は何もない。生身を曝け出しているだけだ。ならば刃は通るはず。
それ故に、日向もそこへの攻撃の対策は万全だった。
「私自身が理解しているさ」
旗風の斬撃は足裏で踏み付けるように受けてしまう。そして神風には主砲をすかさず放っていた。その場から離すための砲撃だったため狙いは定めていないものの、間近での砲撃でまたもや爆風。持ち前のスピードで回避はしたものの、神風はまた着物を焦がすことになる。
今度は動きを止められた旗風が危険に晒される。最も近い位置にいるのだから、そのまま刀を振り下ろせば断頭台の如く首が斬り落とされることになるだろう。それは誰も良しとしない。
「妹に手を出すのやめてくれない?」
爆風が止んだタイミングだったため、朝風が後ろから艤装の隙間を狙って刀を突き出していた。どうあっても胴に突き刺さるコースであるため、流石の日向も回避を選択せざるを得なくなる。
身を捻ることにより朝風の突きをガードしつつ、旗風への斬撃がそのまま朝風を斬り付ける方向へと変化。受けるわけにはいかないと、朝風もすぐにバックステップ。
だが、このおかげで旗風も間合いを取ることが出来た。いつでも砲撃の届く範囲のため安全な場所などは無いのだが、ひとまず刀の届かない位置に移動出来ただけでも少し安心出来る。
「滅茶苦茶すぎるぜ。こんだけ束になって戦ってんだぞ」
「
こちらは7人使っているというのに、日向は未だに無傷。消耗すら見えない。頑丈とかそういう度を越えている。今までの完成品とは比較にもならない。あまりにも強すぎる。
だが、誰も心が折れるようなことはない。人数が足りないのなら増やす。力が足りないのならより洗練させる。戦場で、この場で成長するしかない。真正面からぶつかれないのなら、搦手を使っていくだけだ。
戦いは始まったばかり。まだ負けていない。