神風型5人に加えて、摩耶と鳥海が加わっても日向は無傷を維持していた。逆に神風達は間近で砲撃の爆風を喰らって火傷を負ってしまっている。戦闘に支障は無いものの、確実に消耗させられているのは神風達だ。このまま続けば1人ずつやられていく。
しかし、焦ったら尚のこと
「彼女が回避した行動は」
「貴女の拳の、なんかよくわからないのだけ」
鳥海が戦いながら神風に聞き、戦況分析に入った。曙と同じように、その場で戦略を立てて、最善を掴み取るようである。
神風の斬撃は先手を取っての迎撃。旗風の不意打ちも同じように迎撃によりキャンセルさせている。春風の居合は刀でしっかりと受けて押し返し、鳥海の拳による一撃はまともに受けてもビクともせず、その後にあった神風と旗風のさらなる一撃も脚や刀を使ってしっかりガードしている。
しかし、鳥海がやろうとした何かに関しては、ガードではなく明確に回避を選択した。
「これは効くということですね。わかりました。なら、私が近付くしかないですね」
「アイツを倒せる手段があるのね。ならそれを通すために手伝うわ」
「お願いします。もう警戒されていて、私が近付くのは難しいでしょう」
何をやろうとしているのかはわからない。だが、あの意味がわからないくらいの装甲を突破できると確信した。
「鳥海さんを近付けさせるためには……艦載機を全部撃ち墜とす必要があるわね」
「それは摩耶がやってくれます。艦載機のことは何も心配していません。一番心配なのは、主砲ですよ」
刀も恐ろしいが、それは間合いさえ取ればどうにでもなるもの。今からやりたいことは手が触れられる程の距離まで近付かなくてはいけないために刀も厄介ではあるのだが。
真に拙いのはあの高威力の主砲である。当たれば即死は免れないが、鳥海が警戒しているのはそこではなく、間近で放たれた時の爆風。火傷だけならまだしも、その衝撃が都合が悪いらしい。
「なら、せめてあの主砲を壊してしまえばいいってわけだ」
その話を聞き、俄然やる気を出しているのは松風である。一度破壊出来なかった砲身だが、次は必ず破壊してやると躍起になっていた。
おそらく神風型の中であの主砲を破壊出来るのは松風だけだ。最初の一回はかち上げという力があまり入れられなかったものではあったが、今度はしっかりと踏み込んで叩き斬る。有明鎮守府で大発動艇を破壊した時の斬撃を主砲に決めると。あわよくば本体を斬れれば言うことはない。
「最低限、動きを止めなくてはいけません。ですが、アレを止めるのは至難の技ですね」
艦載機のことを考えなくても良くなったとはいえ、神風が喰らったように突如眼前に深海の艦載機が現れるなんてこともあるだろう。少なくとも近付くことが出来ずに大淀の援軍に向かわれるということは無くなったが、現状勝ち目があるかと言われれば難しいというのが否定出来ない。
「まぁ考えるだけ無駄ですね。やるしか無いですから。私がどうにかしてあの人の腹に叩き込みます。援護してもらっていいですか」
「了解。死なずに終わらせるわ。もう少し援軍がいれば嬉しいけどね」
ここからは鳥海を突き通すために全員が尽力することになる。たった1つの手段を成功させるため、あの神風型すらも手伝ってくれる。
「作戦会議は終わったか」
鳥海と神風、松風が戦況を確認しながら話している間も、他のみんなは頑張って足止めしてくれている。
摩耶は常に艦載機を撃ち墜とし続け、空爆を完全にシャットアウト。その間に朝風達が砲撃を回避しながら接近するが、やはりあの激しい斬撃の前では回避以外の選択肢が無く、砲撃も相まってどうしても攻撃が控えめになってしまうが。
「ええ、悪かったわね」
神風がいつもの超高速移動で日向の懐に入る。これは何度もやっているので、日向も慣れた感覚で迎撃。最初と同じように蹴ろうとしたが、神風の狙いが
「ホント勘がいいのね」
「ああ。おかげさまでな」
神風の速さも乗せた居合ですら、日向には片手で持った刀で受け止めることが出来るようだ。神風ですら日向には敵わない。そういう意味でも、腕力でようやく対等に立てるのは松風のみなのだろう。それですら通るかわからない。
だから、鳥海の一撃に賭けるために脚を潰しに行く。動けなくしてしまえば鳥海の一撃も通りやすくなる。
神風のこの行動のおかげで、神風型全員が察した。日向の脚を狙って足止めする。理由はさておき、それが最善なのだと長女が示したのだから、全員がそれを実行するために動き出す。
「脚ですか。足止めには確かに最も適しておりますね」
「神姉さんの考えですもの。何かあるのでしょう」
穏やかな2人による左右の脚への同時攻撃。神風が真正面から向かい、刀を使わせたのだから、主砲以外は攻撃に転じることは出来ない。その主砲が問題なのだが。
案の定、主砲は春風へ向き、神風の刀を受け止めていた刀は旗風を振り払うために神風ごと打ち払う。
その瞬間、鳥海が真正面から突っ込んでおり、主砲を撃たせる間もなく逆に鳥海が放っていた。拳で戦う鳥海ではあるが、主砲を持たないわけではない。
神風が腕力で打ち払われたことにより、胴への射線が出来た。かなり無理矢理な戦術ではあるものの、3人を犠牲に砲撃を通そうとしたようには見えるだろう。
「なかなか無謀な策を考えるものだ」
伊勢も似たようなことをしていたが、どのような形であれ砲撃に当たることはよろしくないらしく、鳥海の砲撃を刀で斬り払った。おかげで神風や旗風が斬られることは無かったが、主砲は放たれてしまっていた。
砲撃を斬り払うために体勢を変えていたため、砲撃が春風に直撃することは無かったが、その衝撃でダメージを受ける羽目になる。吹き飛ばされ、春風が顔を顰めるものの、まだ戦線離脱するようなことは無い。
「っさぁ!」
そしてこのタイミング。日向の死角に入っていた松風が、完全なルーティンを踏んでの一太刀。有明鎮守府の時とは違い、抜刀済み、且つ両手で刀を握った状態で、海を裂くほどの強烈な振り下ろし。
「っ……!」
初めて日向が拙いという顔をする。この一撃は駆逐艦のそれではない。今までの片手で受け止められるような代物ではない。日向ですら
即座に身を捻り、その一撃を刀で受ける。刀も随分と頑丈に作られているらしく、それほどの一撃を受けても刀は折れるどころか欠けることすら無かった。だが、松風もこの乱暴なスタイルを反映してか、刀がかなり頑丈。今だけとはいえ日向と拮抗する。
「凄まじいね! やりがいがある!」
「子供の力で私に勝てるとでも」
「充分よ!」
すかさず朝風が滑り込むように脚を斬り付けに行った。足止めを通すために最優先でそちらを狙った。今なら刀による防御は出来ないし、主砲が向いている方向とは真逆から突っ込んだため、砲撃を受けることも無い。
「ちっ……」
出来る限り最速で主砲を朝風側に向けようとしたが、それでは間に合わないと悟ったか、真正面の少し上、松風の頭上を越える場所へと砲撃。さらにはその瞬間にわざと脱力し、松風が押し込む力と砲撃の反動を利用して、その場から急激に移動。
朝風の斬撃は空を斬り、さらには松風の拮抗が無かったことにされた。そこでその考えに至ることが出来たのだから、日向は相当な切れ者。余計に面倒くさい。
「手が足りない……!」
これだけ使っていて手が足りない。日向の行動が鳥海の計算を易々と超えてくる。何度も何度も隙を作り出そうとみんなで攻撃しているにもかかわらず、その全てを躱し、常に自分が有利な状態に持っていく。
だからこそ強い。単独の戦闘能力が異常。相手に絶望を味わわせるには十分過ぎるほど。
だから、本当に見えないところからの一撃には、例えこんな日向でもすぐに対応出来なかった。
「っ!?」
突如日向の足下から手が現れ、ほんの少しだけ日向の脚を沈めた。流石の日向もこれは完全に予想外だったらしく、さらには脱力して回避した直後だったため、抵抗出来ずに見事にハマる。
「止まった……!」
その瞬間を鳥海は見逃さなかった。海上の艦娘なのだから、ほんの少しだけでも海中に沈んだ場合は通常よりも動きは遅くなるし、まともに動けない。その場で振り向くことも即座には出来ない。
だからこそ今しかないと判断した。背中側からなので艤装が邪魔ではあるし、主砲の危険性はまだ取り除かれたわけではない。だが、やるしかない。
まず砲撃。さらに動きを固定化するために牽制。
それに当たるわけにはいかないと斬り払うために動こうとしたが、足が沈められた状態では切り返すことも容易では無いため、そこは即判断して身を捻り、背中の艤装で弾く。砲撃では傷一つ付かない硬すぎる艤装であることは、今までの戦闘でわかっていたことだ。だから、鳥海はそれをわざと誘発させた。
「やっと通りますよ」
そして、鳥海の拳が触れられるところへ。艤装の隙間、生身の横腹に拳を打ち付けるが、先程と同じようにビクともしない。
だが、今回は殴り付けたことで倒したいわけではない。触れることに意味がある。
「させると思ってるのか」
それを振り払うために、主砲を急速に転回させた。砲身を顔面に打ち付けるための不意な一撃。避けることも出来ず、側頭部に直撃。そのショックで鳥海のヒビの入った眼鏡が完全に破壊されたが、鳥海の眼光は鋭いままだ。
「貴女の言い分は聞いていません。するんです」
フラつきはしたが、鳥海もこの一撃に賭けていたのだからそのまま押し倒す。
拳で触れたまま、さらに前へ押し込むように踏み出し、海面が大きく波打つほどの踏み込み。その力を拳に伝達させ、日向の
「っか……っ!?」
今まで何もかもが効かなかった日向が、初めて妙な息を吐いた。鳥海の一撃が腸を揺さぶり、肺を揺さぶり、心臓を揺さぶった。
体内まで鍛えられるものなどいない。身体に深海の侵食が行き渡っていようが、どれだけ身体を甲殻が包んでいようが、これの前には関係ない。生身に触れて、中身を壊す。鳥海の渾身の一撃。
それでも日向は鳥海を殺すため、その状態から主砲を放った。その砲撃は誰にも当たらないが、放った衝撃は鳥海の頭を突き抜け、轟音は鳥海の鼓膜を破り、熱量は鳥海の顔を焼く。
だが、止まらない。死んでいないのだから、もう一度突き通す。
「っぎっ、ああっ!」
殆ど白眼を剥いているような鳥海だが、咄嗟に出た拳は日向の胸に押し当てられていた。そして、もう一度強く踏み込む。殆ど無意識に、リミッターが外れているかのような渾身の二撃目。
その振動は、心臓にダイレクトに伝わり、日向の身体を震わせた。下手をしたら心臓が止まりかねない一撃。それを受けたことで、日向の動きは本当に止まる。
「が……はぁっ……!?」
肺も強く揺るがされ、息を全て吐かされた。息を吸うことも出来ず、日向から力が抜ける。そして、日向は白眼を剥いてその場で倒れ伏した。鳥海もこれで限界を迎えてしまったようで、日向に被さる形で気を失う。
たった一撃。この一撃を通すために何人も使って道を拓いた。最後の一撃を放った鳥海も重傷を負う羽目になったが、死んでいないのならまだいい。
そして、最後の足りない手を補ったものが浮上してくる。ここでもまた、潜水艦が最後の手を賄ってくれた。
「いいタイミングだったよね。はにゃはにゃ♪」
その手は伊504だった。上での戦闘を見ながら、最高最前のタイミングを見計らって不意打ち。海中に砲撃が何度も放たれたため近付くことも難しかったが、その隙間を縫ってのアレ。
「ああ、最高だったぜ!」
その合図を送っていたのは、艦載機を処理し続けていた摩耶だった。日向との戦いをスムーズに進めるために、裏側でずっとこの戦場を維持してくれていたわけだ。
その間に伊504が摩耶と接触しており、あの指示を受けていたらしい。
「鳥海は大丈夫か!」
「息はしてる! すぐに運んだ方がいいわ!」
すぐに神風が介抱してくれていたが、重傷なのは間違い無い。この戦場から早く離れさせ、鎮守府で治療を受けさせた方がいい。
これで日向も撃破。残りの取り巻きは、伊勢のみ。