継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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夜の浜辺

飛鳥医師が調べた通り、昼間にやってきた嵐は夜になる頃には終わっていた。窓に叩きつける雨風は終わり、外は静かなものである。

工廠のシャッターを開けると、綺麗な星空と静かな海が見える。が、それをゆっくりと見るのは後にして、大発動艇がちゃんと繋がれているかを確認。雨風に加え波にも巻き込まれてビショビショだったが、問題なく同じ位置にあったことで安心する。

 

「やっぱり帰れないね〜」

「司令官に連絡してもらって正解だったね」

 

月明かりが眩しいほどではあるものの、今から鎮守府に帰るとなると、下手をしたら日を跨ぎかねない時間である。暗闇のせいで方向もわかりづらく、事前準備が無い状態で海に出るのは自殺行為だ。

 

「夜の浜辺の探索は危険だ。一通り見たらすぐに戻ってきてほしい」

「探照灯が無ぇからな。足下に気をつけて動けよ」

 

一応浜辺は街灯で照らされている場所はあるが、暗いことには変わりない。小さいものなどは落ちていても気付くことが出来なそう。

今回の夜の探索は万が一のことを考えたものであり、さらっと見て終了の予定である。そのため、浜辺付近を艤装を使って駆け抜けるのみ。速さ重視である。

 

「じゃあ、あたし達がここから出て右に行くね〜」

「私達が左ね。そっちは任せたわ」

 

各班4人ですぐに終わらせようという判断。第二二駆逐隊に片面をお願いして、我々施設の者でもう片方を終わらせる。シロクロ姉妹は施設で待機。今は永続的に潜水することが出来ないため、夜に潜るのは海上より危険と判断された。

 

「よーし、ちゃちゃっと終わらせっぞー」

 

摩耶を先頭に、雷、三日月、そして私、若葉の順で施設を発つ。ちょっとした水雷戦隊のようだったが先頭が重巡洋艦だから少し違うか。

三日月が落伍しないように最後尾から見ているポジションになったが、こういうのもなかなか悪くない。団体行動をしていると実感できる。この立ち位置は嫌なことも思い出させるが、度々摩耶がこちらを振り向き、何事もないかを確認してくれるのが心強い。

 

これが本来の仲間であり、部隊というものだろう。周りに気を配り、誰も欠けていないことを確認しながら進む。誰かを捨てていくだなんて以ての外。

 

「もし誰かが倒れてたとしたら、それが()()()()()()()すぐに運ぶ。それ以外は明日の朝に運ぶ。いいな?」

「了解。そのための艤装だ」

 

夜の清掃は流石に初めて。今までにやったことがないことというのはやはり楽しい。だが、トラウマを刺激されるのは変わらず、少しだけ気分が悪い。

暗がりのためあまり表情は見えないが、三日月も私と同様の状況。夜に海に出るという行為自体がトラウマを抉る行為になっているが、()()()()()()仲間がいることで、ギリギリ踏み止まれている様子。それを越えてしまうと錯乱してしまうだろう。

 

「でも、そんなに激しい嵐じゃなかったし、大物は少ないんじゃないかしら」

「まぁな。前々回くらいか。だとしたら、死骸が1体上がってるくらいだな。艤装が流れ着くことは割とあるけどよ」

 

その言葉だけで三日月がビクついたのがわかった。私もアレに関してはあまり嬉しくない。というか誰も喜んではいない。摩耶も雷も、悲しいことに、ただただ()()()()()()()だけである。

 

「三日月、大丈夫? 辛かったら私を頼ってくれてもいいんだからね?」

「大丈夫です。2人の会話に引いてただけなので」

「うん、それは仕方ないわね!」

 

相変わらずポジティブな雷。これくらいの愚痴ならさらりと流す。

 

「デカい戦いでもあったのか? それなりに艤装が流れてきてるな」

 

最高速とは言わないが、それなりの速さを出しながら海岸線を駆け抜ける。ざっと見た感じ、完品としては少ないが、艤装がちらほら見えた。艦娘も深海棲艦もどちらもである。三日月が流れ着いた時ほどではないが、明日どうにかしなくてはいかないゴミは大分あるようだった。クロが喜びそう。

 

「来栖司令官が戦ってるのかしら。でもそれなら文月達が何か言いそうだけど」

「来栖提督の管轄じゃねぇとこからでも流れ着くからな」

「そのおかげで施設の資材は潤沢だけどね。持って行ってもらうくらいには」

 

嬉しいのやら悲しいのやら。戦いが続くことで浜辺が汚されるのは堪ったものではない。この浜辺は私達が清掃しているために環境保全が出来ているが、他にも似たような場所もあるだろう。そういう意味でも、早く戦いが終わってもらいたいものだ。

 

「……何か……聞こえたような」

 

不意に三日月が呟く。私達には何も聞こえなかったが、三日月には何か音が聞こえたらしい。

 

「息遣い……荒い息遣いのようなものが聞こえました」

「この辺に生きている何かがいるってことか。ちょっと念入りに探すぞ」

 

スピードを落とし、暗がりの中浜辺を確認する。ちょうどそこは街灯の途切れ目であり、何かあったとしても影にしか見えないだろう。だが、三日月と摩耶にはそこの様子がよく見えているようだった。

理由は、移植された深海棲艦の眼。深海棲艦は夜目が利くらしく、片目だけはこの夜の闇の中でもよく見えたそうだ。摩耶は眼帯も外しているほど。

 

「あの辺りです。あれは……い、犬?」

 

近付くと確かに荒い息遣いが聞こえてきた。犬というよりは、ゼエゼエという人間に近い呼吸に聞こえる。今にも息絶えそうな、か細い声。

 

「犬じゃねぇ! あれは()()()()()()()だ!」

 

摩耶が深海棲艦の艤装と言ったそれは、どう見ても異形の生物であった。

 

私も一応見たことのある、イロハ級の深海棲艦。その駆逐艦のような頭を持つ、少し短めの四足歩行の獣のような()()。頭が全体の半分近くを占め、頭頂部から背中にかけて飛行甲板のようになっていた。ということは、これは空母の艤装か。

今は危険な状態のようで、やたら長い舌を出して横たわっている。摩耶が艤装というだけあり、血が流れているわけではないが、燃料のような液体を垂れ流しており、脚も1本は捥げてしまっている状態。アレではバランスも取れず動くことが出来ない。

 

「摩耶、コレは生き物扱いでいいのか」

「息をしてんだから生き物でいい。治療というよりは修理になるだろうが、コイツもすぐに運んでやるぞ」

「艤装というのなら、持ち主が近くにいるのではないのか?」

「そうだ! みんな、近くに深海棲艦がいないか探してくれ! 生死問わずだ!」

 

そう言いながら摩耶は、獣のような艤装を念のため持っていた包帯やら何やらで介抱している。艤装の方は、私達が近付いても敵対の意思が無いように見えた。

これが艤装で、生き物のように動くのなら、そう動かしている本来の持ち主がいてもおかしくない。だが、どれだけ探してもそれらしいものは見当たらなかった。死骸すらも。手を抜いているわけでもなく、暗いながらも出来ることは全てやったが見つからない。

 

「摩耶さん、全然見当たらないわ」

「……こちらも何も見ていません」

「若葉もだ。そいつ以外は動くものも死骸も無い」

 

夜目が利く三日月が言うくらいなので、本当にいないのだろう。

となると、まったく違うところに流されているか、もう死骸すら上がらないくらいの状態になってしまっているか、もしくは生存した状態で逃げたか。逃げたというのなら、そのうち艤装を探して施設に現れるかもしれない。だが死んでいるとしたら、この艤装はどうやって動いているのだろう。深海棲艦驚異のメカニズムだろうか。

 

「しっかし、あたしも噂には聞いてたが初めて見るぞ。これが深海棲艦の『生体艤装』ってヤツか」

 

ある程度介抱した状態で持ち上げた。摩耶が持ち上げてもそれなりのサイズがあり、小柄な駆逐艦である我々と比べると、8割程度の大きさ。舌を伸ばせば余裕で我々より大きい。

このまま運びながら、先程の摩耶の発言に対して質問する。

 

「生体艤装とは?」

「その名の通りだ。生きてんだよ、艤装が」

 

深海棲艦独特な艤装らしく、艤装そのものが()()()()()らしい。そのため、本来の持ち主がいなくても、それ自体が今のように動く。とはいえこの獣のような生体艤装は、海上航行能力を持ち合わせているようには見えず、本来の持ち主が抱えるか何かして運用していたのではとのこと。

 

「だからコイツは、艦娘でも深海棲艦でも無ぇ」

「珍しいものもあるのね」

 

今の言葉に大きく反応したのは三日月だ。三日月の嫌悪感や恐怖の対象から唯一抜けている存在。見た目は完全に深海棲艦ではあるものの、物としては違うという扱い。私達以上に『生体兵器』である。

だからといっていきなり接することも出来ず、遠目に摩耶が運ぶ艤装を見つめている。弱った獣の艤装は、摩耶に運ばれている間ずっと、舌を垂れて荒い呼吸をしていた。

 

「三日月?」

「……あの子は……怖くないし……嫌でもないです」

「そうか」

 

見た目から恐怖を感じてもおかしくはないのだが、そういう概念から外れているようだ。三日月には、あの艤装もただの犬に見えているのかもしれない。

 

 

 

大急ぎで施設に戻り、獣の艤装を工廠に寝かせる。それを見た飛鳥医師は、何とも複雑な表情をした。シロとクロも驚きを隠せなかった。

 

「それは……生体艤装か!」

「ああ。だから、どう治療すりゃいいかわかんねぇ」

「処置室に運ぼう。艤装のことは僕はわからない。摩耶、サポートを頼む」

 

何かを聞くまでもなく、そのまま処置室へ。置いていかれた私達は、一旦休憩となった。獣の艤装を見つけた地点で、今回確認しておきたかった地点はほぼ全て完了している。私達だけでもう一周ということも無かった。

 

「……あれ……珍しいね」

 

あの艤装はシロも知っているようだった。深海棲艦に名前の文化が無いため、人間が付けた俗称が何かはわからないが、シロクロ達と同じ姫級の深海棲艦が持つ生体艤装であることは間違いないそうだ。

 

「面識は無いんだけど……そういうのがあるってのは……知ってる」

「私達の遠隔操作とは違うんだよね。命令しなくても勝手に動くんだよ。()()()の意思に関係なく」

 

だから、持ち主がいなくても普通に動いていられるらしい。定期的に燃料を補給してやれば、破壊されない限りずっと。

だが、生きているだけあり意思も持っている。持ち主の言うことを聞かない……なんてことも無くはないようだ。

 

「あの子の飼い主は……多分生きてる」

「だよね。もしかしたらフミツキ達が連れてきたりして」

 

そうであるといいのだが。ああいうものは本来の持ち主の下にいる方がいい。

 

「た、ただいま〜……」

 

話していると、今度は文月の声。だが、何故か歯切れが悪い。

 

「お帰りなさい! どうかした?」

「そ、その……ね〜。ちょっと変なもの拾っちゃって〜」

 

困った顔の文月。他の3人はこの場に姿も現さない。3人がかりで運ぶようなものを見つけたのだろうか。だとしたら、とてつもなく大きいものになる。

が、そんなものでも無かった。

 

「擦り傷かもしれないけど治療受けてって!」

「ペットはボクらも探してあげるからさぁ!」

 

騒がしい水無月と皐月の声。その言葉から察するに、生きているもの、自分で動けるもの、こちらの言葉がわかるものがそこにいる。

それに加えて、『ペット』という発言。それに該当するのは、先程処置室に入った生体艤装しか思い当たらない。それ以外のものがあるのなら話は別だが。

 

「ム、ムリムリムリーッ! ニンゲントカカンムストカ、ゼッタイムリーッ!」

 

独特な声色の、深海棲艦の声。その声を聞き、シロとクロがすぐに動き出す。

 

「……貴女のペット……ここにいるよ」

「さっきのワンちゃんの飼い主? ならここで保護されてるよ。でも結構大怪我だったから、今絶賛治療中なんだよね」

 

シロクロの言葉を聞き、ヌルッと工廠に入ってきたのは、当然ながら見たことのない深海棲艦。

その深海棲艦は全体的に白く、髪にメッシュのように黒が交ざっている程度。シロクロの持つフィンのような角みたいな、ぱっと見で深海棲艦とわかる要素が1つも無く、その白さと声色から判断したに過ぎない。あの生体艤装を持っていれば辛うじてそれっぽくなるというくらい。

 

「ナ、ナンデココニ、()()()()ガイルノサ!」

「何でって、この施設に保護されたから。私達、大怪我して流れ着いたところ助けてもらったんだよね」

「……はい、こっち来て……」

 

シロがその白い深海棲艦に接近を強要。物凄く警戒しているが、長月が後ろから押すことで工廠の中に入れられる。

全容がわかったことで、白い深海棲艦も多少なり怪我をしていることがわかった。腕や脚に擦り傷程度ではあるものの、血が出ている。

 

「ペットの治療が終わるまでここで待っててよ。大丈夫、せんせーなら艤装だって治しちゃうから。マヤもいるし、絶対上手くいくって!」

「エ? エッ!?」

「お茶淹れてくるわねー」

 

マイペースに事が進んでいく。白い深海棲艦は混乱して目を回しているほどであった。

 

「三日月、大丈夫か?」

「……大丈夫です。深海棲艦にもあんな人がいるんですね……」

 

やたら人間味のある白い深海棲艦を見て、妙に落ち着いてしまった三日月。いつもなら私の後ろに隠れているだろうが、今は普通に私の隣。自分から近付くこともないだろうが、深海棲艦への恐怖も感じていないように見えた。

 




三越に遊びに来ていた深海双子棲姫に続き、今回登場の子はズイパラで買い食いしていたことで有名なあの子。お腰に付けたあの有名人も、次回言及します。

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