私、若葉は、義妹となった第二二駆逐隊と三日月と共に、取り巻きから引き剥がされた大淀と対峙している。
死の恐怖による負の感情の増幅で真の深海棲艦化をされてしまったものの、まるゆの奮闘により、復活してしまった忌むべき艦隊司令部の力を剥ぎ落とすことが出来たことで、仲間が支配されることは無くなったため、余計なことをされずに済むようになる。
しかし、大淀はここからやたら粘る。まるゆは武装を失ったために撤退したので、残り6人で猛攻を仕掛けるが、相変わらずの意味がわからない回避性能でその全てを躱す。
ここまで追い込んだのだ。いい加減ここで死んでもらわなければ困る。焦りは禁物なのだが、冷静に事を起こしてもこの異常なスペックの大淀は屈してくれない。
「何なのさアレ! 全然当たんない!」
「焦るな皐月! 冷静にやれば当たる! 奴は中破してるんだぞ!」
皐月と長月が叫ぶ通り、私以外の5人が交互に隙間無く砲撃しているのだが、1発たりとも擦りもしない。中破しているからか、いつもの余裕そうな表情は無いものの、当たらなければ意味が無いのだが、想像以上に苦戦させられている。
「ワタシハマダシニマセンヨ。コノセカイヲ、ホロボスマデハ」
「いい加減に終わっておけ。お前はもうダメだ」
「ナラヤッテミテハ? アナタタチデハ、ワタシニカナワナイデショウニ」
確かに初めて戦った時も、その次の時も、大淀は深海棲艦はおろか、艦隊司令部も持っていなかった状態だ。その状態で全く手も足も出なかった。私の攻撃は全て受けられ、三日月のピンポイント射撃も躱され、空爆すらも全て回避。傷一つ付けることが出来ず、結果的に撤退を許していた。
その全てが、大淀の気まぐれで帰っていたようなものだ。そのまま押し込まれていたら、私達は全滅していた可能性が高い。結果的には、私達は大淀に生かされていたということにもなる。
「デスガ、ソンガイガスコシオオキイデスシ、キョウノトコロハテッタイシマショウカ」
艦隊司令部を失い、私達を好きに出来なくなったことで興が冷めたのか、撤退すると言い出す。どうせ潰すなら万全の状態で私達を潰したいらしい。艤装もまるゆの渾身の一撃で破損し、火花が散っているような状況だ。100%の力では無いだろう。
その時、私達の後ろから激しい爆発音が響いた。あの場所は、大淀から引き剥がした綾波を相手にしている曙のいる場所。魚雷が爆発したような音だ。
「クソ姉は処理した!」
呂500に抱き付かれた曙の声が響く。あの爆発の中心から脱出するのに呂500の力を使ったらしい。その綾波は、雷と暁が慎重に工廠に運んでくれている。
「……マァ、キュウピッチデカンセイサセタモノハ、ソノテイドデショウ」
「捨て駒のつもりだったのか」
「イイエ、ジュウブンニヤクニタチマシタヨ」
フッと鼻で笑った後、一番頼りにしているであろう四航戦の2人に目を向ける。その瞬間、大淀の間近に神風が居合の構えで飛び込んできていた。完全な不意打ちに大淀も驚愕の表情を浮かべ、咄嗟にバックステップで回避。
艤装が火花を散らしていてもその動きが出来るということが恐ろしい。そもそもの地力が高いことは散々思い知っている。それなのに艦隊司令部に頼り切っていたのが気に入らないが。
「よくもまぁ避けられるものだわ」
「アナタハ、ヒュウガサンヲ」
「日向は倒したわ。貴女の取り巻きは減ったから」
折り重なって倒れ伏す日向と鳥海の姿を確認した。日向は殆ど無傷に対し、相当ボロボロな鳥海ではあったが、摩耶があまり慌てていないようなので、同じ相手にまたもや命を落とすことになったなんてことは無いようだ。
「ヒュウガサンガ……ナラバホンカクテキニシキリナオシヲ」
「逃げられるとお思いで?」
そこへ恐ろしい速さの矢が大淀の額目掛けて飛んでくる。それも即座に回避しつつ、主砲を矢の飛んできた方向へ放った。矢を放った者、鳳翔は、それを軽々回避し、さらに矢を番える。
「伊勢さんも終わりましたよ。あとは、貴女だけです」
赤城と翔鶴がリコと伊勢を運んでいるところも見えたので、あちらも相討ちだったようだ。
以前殺された者に対し、復讐を果たした形で決着をつけたことになる。伊勢も日向も命を取らずに気を失わせることが出来た。あとは飛鳥医師や蝦尾女史が救ってくれる。
伊勢まで倒れたと知り、流石の大淀にもついに焦りの色が見えた。撤退するにも援護する者もいない。私達が囲んでいる状態だ。いくら意味がわからないスペックの大淀と言えど、これをどうにかして撤退は出来ないだろう。
ならば、あちらが考えることなど1つ。この場で私達を皆殺しにする1択になるはずだ。撤退するにも私達がいるから逃げられないというのなら、全て消してからでいい。そもそもの目的がそれなのだから、選択しない理由が無い。
「マッタク、ケッキョクワタシダケデヤラナクテハイケナイダナンテ」
むしろここからが本当の戦い。あれだけ回避出来る身体能力を攻撃に使った場合、命中精度も半端では無いということだ。いくら中破しているとしても、今までの回避から考えて、そこまで力が落ちていない。
「ココヲキテンニ、ホロボシテイキマショウ。ソレカラカエレバイイダケデスカラ」
大淀の持つ武器は主砲と魚雷。たった1人残された最後の敵となったのだから、何の見境なく乱射もしてくるだろう。それが一番怖い。何より、その主砲の威力は戦艦に匹敵する。常に回避し続けなければ拙い。掠めただけでも重傷を負ってしまう。
「やらせるわけ無いでしょう」
すかさず三日月が撃った。有りったけの殺意を込めて、確実に死ぬであろう急所を狙う。それは当然のように回避し、お返しと言わんばかりに大淀も砲撃。艦隊司令部による行動阻害が無いため回避は出来るが、やはり命中精度も段違いに高い。
三日月の砲撃は、仕切り直しの合図になった。私と神風は接近することになるため、砲撃が控えめになってしまいそうだが、鳳翔が一切の容赦なく私達のことなんて考えずに矢を射るところを見て吹っ切れてくれた。
「ヒトリニタイシテヨッテタカッテ。ハズカシクナインデスカ?」
「自分の力を使わずに高みの見物しかしないような相手にはちょうどいいんじゃないの?」
味方の砲撃を潜り抜けながら、大淀の真後ろに回り込んでいた神風。艤装を破壊してしまえば、いくら大淀でも機能停止する。そこから畳み掛ければ確実に倒せる。
神風の渾身の居合が放たれるが、真後ろに来た時点で既に回避行動を取っていた。さらには、神風に向かって簡易爆雷を投擲している。軽巡洋艦であるためにそれくらいは持っていたらしい。専ら対潜ではなく
「そんなもので怯むわけないでしょ」
居合から返す刀で爆雷を斬り、爆発は回避。さらに回避方向へと突撃。
そこに被せるように三日月が頭と胸を撃ち抜くように砲撃。神風の位置まで把握した、直感によるピンポイント射撃である。回避されても神風に当たるような事はない。
だが、三日月の砲撃は大淀が背中を向けたことにより、胸を狙った砲撃は艤装で弾かれてしまった。頭を狙った砲撃はその過程で回避されている。火花散る中破の艤装ですら、三日月の主砲では傷をつけられないらしい。まるゆの
「アナタハショセンハヤイダケ」
「貴女は主機が硬いだけでしょうに」
更なる神風の一撃は、全く当たらず。回避性能が尋常ではない。スタミナもおかしい。
「主機は硬すぎるわね」
「無理せず別のところを狙えばいい」
「ええ、そうする。若葉、援護は任せて」
三日月が私のサポートに回ってくれるのだから何も心配はいらない。それだけで力が湧き上がるようだった。
「姉さん達、狙うのは脚や腕、生身が出ているところだけでいいです」
「りょ〜かい! 深海棲艦になってくれてよかったよ〜。遠慮なく
三日月のアドバイスにより、二二駆は四肢を中心に集中砲火を浴びせ掛けることになる。基本は真逆の方向からの同時攻撃。回避以外の選択を取れないようにしていく。
そうしている内に、援軍は次々と増えていくのだ。大淀の言った通り、たった1人に寄ってたかってという形になるのだが、誰もそれに対して抵抗が無い。大淀がそれほどまでに恨みを買っているのだから仕方あるまい。
「瑞鶴、私達は空爆よ」
「……あっ、そ、そうね。ごめん、ちょっと耳が聴こえづらくなってる」
「さっき鼓膜をやられたのね。帰ったらすぐに治療を受けなさい」
鳳翔も含めた空母3人は艦載機による空爆を開始。主砲で傷付かないのなら、爆撃ならばと容赦なく雨のように降らせる。そのせいで近付くことが難しくなるが、そこは問題ない。回避しながらでも攻撃出来る。
全員が怒り任せだった。それでも絶妙なバランスで連携が成り立ち、誰も止まらない。逆に大淀は追い詰められている。徐々に逃げ場が無くされていく。
私もしっかり参戦して行こう。もう1日の限界を使ったが、まだやってやる。知覚出来ない移動法は使わず、脚になるべく負荷が掛からない最速で突撃。それでも神風と同じくらいのスピードが出るようになってくれた。
まずは動きを封じるために脚だ。少し転ばせるだけでも大分変わる。そのため、その速さを使って大淀の脚へ一撃。殆どスライディングと似たようなものになったが、これが一番効果的。
「ワカバサン、アナタハイカシテトラエタカッタデスガ、モウシタイデモカマイマセン」
「そうか。知ったことじゃ無い」
その一撃は残念ながら回避されるが、そこへすかさず曙が飛び込んできていた。私と同じように脚を狙った薙ぎ払い。方針がわかってくれたか、動きを止めることに専念する。
「アンタはもうここで死になさいよ。さんざん迷惑かけてきたんだから」
「アナタガタノコトバデイウノナラ、シッタコトデハナインデスヨ」
足裏でその一撃は止める。同時に曙に向けて主砲を突きつけたが、そこには即座に朝霜が飛び込んできていた。破壊出来ずともその腕力で射線を無理矢理ズラすことくらいは出来る。
金属の衝撃音とともに、弾かれるように大淀の腕は外側に跳ねた。放った砲撃もあらぬところへ飛んでいく。
「淀さん、もういい加減にしようぜ。人様に迷惑かけ続けて来たんだからよ、落とし前付けろよ」
「アナタニイワレルスジアイハナイデスネ。ジブンノツミヲタナニアゲテ」
「おう、アンタにやらされたアンタの罪だな」
朝霜によって弾かれた腕が撃ち抜かれた。主砲の持ち手を抉るように放たれた砲撃は三日月のものだ。
私達近接戦闘組が猛攻を仕掛けたことで、三日月は死角に入っていた。そこからの隙間を縫うようなピンポイント砲撃により、ついに大淀に傷を付けることに成功。さらには砲撃を撃つことが出来なくなるような会心の一撃。
「自分の罪を人のせいにするとは、つくづくクズですね。クズはクズらしくここで捨てられてください」
「ッグァ、ミカヅキィ……!」
「三日月の言う通りね。いい加減にしなさいよクソ淀!」
思わぬところからダメージが入り、一瞬の動揺。曙がそれを見逃す筈もなく、瞬時に計算し、逃げられないタイミングからの槍の一突き。それは片脚を貫き、動くことすらもままならなくする。
「コノッ、シニゾコナイガ……!」
「久しぶりに聞いたわそれ」
「イイカゲンニ、ハナレロォ!」
自身の周囲に魚雷をばら撒く。大淀に近い私達は退避せざるを得ない。しかし、そうしたことで大淀自身が退路を断ったようなもの。
故に、空母隊の放った矢が中破した艤装の隙間を貫いたことに気付くまでにほんの少しだけ時間がかかった。
「発艦!」
鳳翔の声と同時に刺さった矢が艦載機へと変化し、艤装を内部から食い破らんと爆発する。火花だけでは済まなくなり、所々が小爆発を繰り返す大破状態となった。
一度やられたことで、大淀はもうガタガタだった。深海棲艦化し、艦隊司令部を持ったことで慢心していたことが手に取るようにわかる。だから、それを打ち砕かれたことで平静を失っていたわけだ。
今までのものは殆ど強がりみたいなもの。今までの絶対的強者感があったために信じてしまっていたが、大淀にはもう何もない。
そんな奴に、私達が負けるわけ無いだろう。
「大淀、もう終わりだ」
「オワリ……? オワリダト!? フザケルナァ!」
魚雷を飛び越えるように跳ぶ。今出来る最大の速さで。もう主砲による迎撃もない。艤装があそこまで壊れたのだ。異常な回避性能も発揮出来まい。
これで本当に終わりだ。その一撃は、私が決める。みんなの怒りを一心に背負い、私の刃はより強い力を得た。間違った感情かも知れないが、これが今一番必要な力だ。
「もういい。二度と声を聞かせるな」
私の一撃は、大淀の喉笛を掻き切った。