継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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災厄の終焉

戦いは終焉を迎える。みんなの力を合わせ消耗させた大淀は、三日月により主砲を握れなくされ、曙により動きを止められ、鳳翔達空母隊により艤装を破壊された。そして私、若葉の一撃は、大淀の喉笛を掻き切る。これはトドメの一撃と言える、会心の一撃だった。

大淀の喉から激しく血が噴き出て、私の腕にかかる。あまり長い時間触れていたくない、生温かい液体。命が身体の外に出ていくようだった。大淀の怒りと憎しみの匂いが、爆発的に拡がった。死への恐怖を上回り、私への憎しみを滾らせ、最期のギリギリまで抵抗しようと私に手を伸ばした。私はそれを払い飛ばす。

喉を斬ったので、口をパクパクさせているが声は出ていない。どんな恨み言を吐いているかはわからないが、匂いだけで判断するのなら、()()()()()()()()()()()という負け惜しみ。

 

そして、何も言えぬままに、そのまま倒れ伏した。海を真っ赤に染めながら、命の匂いが消えていく。先程と同じ、真に深海棲艦化した時のように負の感情が爆発しても、()()()()()()()()()()()()

そして、しばらくすると大淀から完全に命の匂いは消え去った。深海の眼で見ても、生きているようには到底見えない。()()はもう、動かない。

そのままにしておいてはただただ沈んでいってしまうため、嫌々ながらもその腕を掴んだ。まだ温かい。だが、急速に冷えていく。命と共に、熱も失われた。脈も感じ取れなかった。

 

「終わっ……た……?」

 

ボソリと、三日月が呟いた。同じ眼を持っているのだから、私と同じモノが見えている。ならば、この大淀から命が失われたことは理解出来ているだろう。

 

「終わりだ。これで」

 

途端に力が抜けるようだった。最初から最後までリミッターを外したまま戦っていたのだから、私もとっくに限界など超えていた。1日の限界まで使った脚は途端に悲鳴を上げ、激痛が駆け回る。膝から崩れ落ち、もう立ち上がれないのではと思えるほどだった。

 

「大淀さんは私が運びます。誰か、若葉さんを!」

「私が……若葉を運びます」

 

大淀の亡骸は鳳翔が運んでくれるらしく、体力ギリギリの私は三日月が運んでくれるらしい。三日月だって今の今までリミッターを外していたのだから、大分キツイだろうに。鼻血を拭った跡のようなものも見えた。

だが、三日月に肩を抱かれると、その温もりにとても安心する。戦いが終わったのだから尚更だ。今すぐ抱きつきたい衝動に駆られるが、今は我慢。そもそも身体が言うことを聞いてくれない。これは入渠まであり得る。

 

「お疲れ様、若葉」

「ああ……三日月も。辛くないか」

「大丈夫。私が若葉を運びたいの」

 

私のために動いてくれているのが嬉しい。今の三日月からは負の感情の匂いは全くしないのが尚嬉しい。ずっとこうしていたいと思える程だ。

勝利を噛みしめたいとは思うのだが、それはもう少し後で。今は身体を休めよう。身体が動かないのだから仕方あるまい。

 

 

 

工廠も酷い有様だった。対地攻撃や伊勢の砲撃の影響で、所々が大きく壊れてしまっている。しかし、壊れているのは工廠のみ。それも職人妖精が手早く修復中であり、この一晩で修復可能だという。

怪我人も殆ど0。怪我と言っても、瓦礫で少し擦り傷がついた程度である。工廠にいた下呂大将と来栖提督も、煤は被ってしまったようだが、全くの無傷。これは安心した。

 

「伊勢、日向、綾波の3名は既に治療中です。戦いの最中、飛鳥と蝦尾さんが残された材料で()()()を作ってくれました」

「うちのドックの妖精は飛鳥直々に医療を学んでるからな。透析も出来るから、目が覚めたら治療完了だぜェ」

 

幸いにも、施設が破壊された時に薬に必要な材料はギリギリ運び出せていたらしく、リコの花もここで少し滞在したことで1輪だけ生えていたそうだ。おかげで3人分の薬を作ることが出来たらしい。私達が戦っている最中に調合するための機材は職人妖精の手で作ってもらったとのこと。

ここに来て今までの積み重ねが役に立つ。救出出来ても治療できなければ意味がないが、人形の治療法がそのまま使え、必要な薬も用意出来るというのなら全て揃っているようなものだ。

 

「鳥海が危なかったから入渠を優先された。リコは意思があったからな。今、ここに残った奴らが応急手当てしてるぜェ」

「本来の鎮守府は入渠ドックが4つしかありませんからね。本来入渠レベルの重傷ですから、リコリス棲姫への応急手当ては出来る限り入念に行なっています」

 

リコは脇腹を斬られた傷が深く大きく消耗はしているものの、意識を失ったわけでは無かったため、高速修復材を使うことでどうにかしている。ドックが空けば改めて入ってもらうことになるだろうが。

対して鳥海は火傷に生傷、さらには鼓膜まで破れた轟沈寸前の重傷。工廠に運び込まれた時は意識もなく、辛うじて息をしているという大惨事。リコも鳥海を先に入れろと進言した程だった。

 

「若葉、大丈夫? 脚が痛むんでしょう?」

「ああ……かなりな。来栖提督、若葉(ボク)にも修復材を貰えるだろうか」

「好きに使ってくれい。お前も功労賞だぜェ」

 

寝る前に内部が傷付いた脚に塗り込むくらいはしておこう。今は激痛でも、外見からは傷があるようには見えないし、骨もヒビが入るほどの消耗ではない。そこは三日月にお願いしよう。

 

鳳翔が運んだ大淀の亡骸は、下呂大将の下へと運ばれた。主砲を持つ手は三日月に撃ち抜かれたことでグチャグチャ。片脚は曙が貫いたことでズタズタ。そして、喉には私が付けた鋭利な致命傷。

鳳翔がやってくれたのか、その顔は何処か安らかに眠っているようにも見えた。最期の私を睨み付ける表情では無い。それでも痛々しい亡骸であることは間違いない。

 

「苦労をかけさせられましたが、大淀にも同情出来るところはあります。丁重に弔ってあげましょう。我々がもっと早く発見出来ていれば、深海棲艦を捕食するだなんて暴挙には出なかったでしょうから」

 

怒りと憎しみの対象だった大淀ではあるが、死体蹴りなんて死者を冒涜するような行為なんてしない。ああなっては誰だって弔われる権利がある。これは下呂大将が自分の鎮守府に戻ってから、粛々と執り行うそうだ。

安らかに眠れとは申し訳ないが言えない。今まで手に掛けてきた被害者達に、あの世で詫びてきてほしいと思う。理由はどうであれ、ここに来るまでに被害が大きすぎるのだ。そんなことを口に出すことはしないが。

 

「皆さん、お疲れ様でした。君達のおかげで、元凶を罰することが出来ました。今はゆっくり休んでください。改めて、明日の朝に話をしましょう」

 

もう夜も遅くなっていた。今から眠れば、明日の朝にスッキリ目を覚ますことが出来るだろう。救出した3人もその頃には治療が完了しているはずだ。

その前に、私は三日月に修復材を塗ってもらう必要がある。もう、突然の襲撃に怯えることもない。戦いのことを一時的に忘れて、ゆっくりしよう。

 

 

 

夢の中。ここに来るのではないかと思っていた。シグとぽいも、大淀撃破は念願のものである。ずっと待ち望んでいた瞬間だったのだから、私の見えないところで大喜びしていたかもしれない。

 

『おめでとう、若葉』

『頑張ったっぽい! やったね三日月!』

 

夢に入ると同時に、シグとぽいが出迎えてくれた。同じ顔の2人ではあるものの普段は中身が違うからか表情は違って見えるが、今日に関しては殆ど同じ満面の笑み。心の底から喜んでいる。

チ級も祝福してくれているのがわかった。仮面越しでも、今回の勝利を喜んでくれているのがわかる。

 

「ああ……お前達の仇を討つことが出来た」

『本当にありがとう。(ボク)達が志半ばで手が届かなくなった復讐を遂げてくれて』

 

ちょっと泣きそうな感じにもなっている。感極まっているようで、チ級に撫でられながらはにかむ。ぽいに至っては三日月に抱き付いてしまっていた。感情が爆発している。ぽいは子供っぽいからあそこまでやってしまうのだろう。

 

『御礼は言い切れないほどあるけどさ、(ボク)らの提督の無念も晴らしてくれたことも嬉しいんだ。彼もきっと感謝してる』

「そうか。一番最初の被害者だものな……家村提督は」

 

大淀にハメられ、鎮守府を乗っ取られた際に殺された家村提督を筆頭に、被害者が多すぎるのが今回の事件だ。私達だって被害者。生み出されては捨て駒にされて無念の死を遂げた仲間達も沢山いる。

 

『でも、もう少しだけ。大淀がいた鎮守府には、人間の医療研究者がいるんだよね』

「そういう話だったな。確か、男が2人」

『それを捕まえれば本当に終わりだよ。復讐は終わったけど、事件は終わってない』

 

朝霜からの事情聴取でも話題に出ていた、大淀の協力者である人間2人。飛鳥医師が研究を止めた後、ある意味後継者のように艦娘を強化する研究をしていたという者達。

確か、飛鳥医師が死んだ艦娘を蘇生する研究をしているのに対し、その2人はそもそも死なない艦娘を作るという研究をしていたと、下呂大将は言っていた。

 

「そこは下呂大将がやってくれるだろうさ。言っちゃ悪いが、あとは人間2人だ。そこで艦娘がまた建造されていたとしても、神風達なら何とかしてくれるだろう」

 

家村鎮守府を離れた後の隠れ家も、下呂大将が怪我を負うことにはなったものの襲撃でしっかり制圧してしまっているのだから、正直心配はしていない。元凶であり、難敵である大淀が倒れた今、もう私達が出張る必要も無いだろう。

そもそも、私達は本来なら部外者なのだ。一番関わっていた大淀についてが終わったのだから、ここからは人間同士の戦いをお願いしたい。

 

『そうだね。(ボク)達は高みの見物でいいかもしれない。やることはやったんだからね。若葉が』

「みんなが、だ。三日月だってよくやってくれた」

 

これ見よがしに肩を抱く。三日月もニッコリ笑顔だった。今まで溜めに溜め込んだ怒りと憎しみも、今回で大分解消できたと思う。ここまでの笑顔はなかなかお目にかかれないレアモノだ。

 

「私も、みんなの役に立てて良かった」

若葉(ボク)としては、側にいてくれただけでも心強かったぞ。援護も嬉しかった」

「ふふ、それは良かった」

『今はイチャつくのやめるっぽーい』

 

シグも苦笑。いいではないか、こういう場でも。

 

「シグもぽいも、復讐が果たせたわけだが……これからはどうなるんだ? 無念が晴れたら成仏というのが道理かもしれないが」

 

結局のところ、2人は私や三日月に移植されたパーツにいる亡霊のようなもの。自身のパーツを媒介にした地縛霊とでも表現出来る。未練が強くてここから離れることが出来ない、なんてこともあるかもしれなかった。私には霊感とかが無いのでよくわからないが。姉ならわかるかも。

その未練がこれで無くなった。そういう存在なら、満足して消えてしまうなんていう可能性も無くはない。

 

『若葉達としては、(ボク)らにはどうなってほしい?』

若葉(ボク)はお前達とは別れたくないさ。ここまで長い付き合いになったわけだしな」

「私も。せっかくここまで来たんだもの、ずっと一緒にいたい、かな」

 

夢の中でしか会うことが出来ないとはいえ、シグもぽいも、勿論チ級も、私達には大切な仲間だ。ここまで親密だと家族と言っても差し支えが無い。失われることが嫌だと思える。

 

『ありがとう。実はね、(ボク)らはもう本当に一蓮托生なんだ。若葉が生きている限り、(ボク)もチ級もずっとここにいる。(ボク)の意思でそれをやめることは出来ないんだよ』

『やめるつもりも無いから、ずっと一緒にいるっぽい。だから、これからもよろしくね!』

 

改めてぽいが三日月に抱き付いた。それに倣ってか、シグまで私に抱き付いてきた。

ずっと一緒にいられるなら万々歳だ。今回の勝利はシグとぽいにも感謝しなくてはいけない。2人が私達に力を貸してくれたから戦うことが出来た。最初の全体支配にも屈する事はなかった。それに関しては、2人のおかげだ。

 

『よろしくついでに言っておこうかな』

「何かあったか?」

『戦いが終わったばかりだから、戦意昂揚って言うのかな、お互いに興奮してるのはわかるけどさ。脚の治療から流れでそのままっていうのは、ちょっと驚いたよ』

 

そうだった。ここにいるものは、私と三日月が何をやっていたかは全て見えているんだった。寝る前に2人きりで治療してもらったところも、()()()()()()()

 

『ホント三日月って激しいよね。まーた自分から誘ったっぽい』

「ぽ、ぽいちゃん、あまり口に出さないでくれると」

『若葉が脚に薬塗られた時に妙な声を出したのが悪いんじゃないかな。三日月ちゃん、それでスイッチ入っちゃったみたいに見えたよ』

「シグ、それ以上はやめような」

 

もう三日月は真っ赤だった。そんなところも可愛いと思う。

 

これからはこんな日常が続くのだと思うと、とても晴れやかな気分だった。脅威に晒されるようなこともない、明るい毎日が待っている。

それを三日月と共に歩いていけるのだと思うと、私はより嬉しくなった。

 




ついに大淀撃破。ちょっと怖い言葉を残していますが、生き返るようなことはございません。若葉がトドメを刺しました。残った人間2人を捕縛したら、この事件は終了となります。



あと、私信ではあるのですが、長い大淀決戦中に、若葉とケッコンカッコカリ致しました。我が鎮守府では8人目、駆逐艦では3人目となるケッコン艦です。主人公ですもの、ちゃんと贔屓しなくちゃね。

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