翌朝、手当ての甲斐もあり、私、若葉の脚の痛みは全て消えていた。体力も無事回復し、身体が軋むようなこともない。窓から漏れる朝日は清々しく、そして目の前には可愛らしく眠る三日月。最高の朝である。
大淀との戦いが終わり、心穏やかに目を覚ますと、三日月も一緒に目を覚ました。ギリギリまで夢の中でも話していたのだから同時に目を覚ますのも必然。というか、夢に呼ばれた時は毎回これ。
「おはよう、三日月」
「おはよう、若葉」
三日月も穏やかな匂い。施設ではないところでの寝泊りなので、三日月的には緊張しそうなものであったが、戦いが終わったことで心にも大分余裕がある。私が側にいるのだから尚更だ。
「なんだか、すごく気持ちよく眠れた気がするの。身体も軽いわ」
「
「ふふ、そうかも」
お互い着替えながら話す。こんな朝の日常も、随分と久しぶりのように思えてしまった。数日前まではやっていたことなのに。場所が違うから新鮮というのもある。寝泊り自体も何度もしているものの、こんなに気持ちのいい朝もなかなか無い。
「やっぱり、少し拡がってるな」
三日月の首筋を撫でる。今の状態になってから入ってしまったヒビ。大淀の支配を逃れようとしたときにさらに拡がり、肩にかかるほどにまでなっている。首に包帯を巻くだけではそろそろ隠しきれない。
触れたときに驚いたのか息を呑むような声が上がり、少し危なかった。昨晩の三日月の気持ちがわかった気がする。流石に今からは拙い。
「これは勝てた証だから、私は嬉しいかな」
「そうか。でも包帯は巻いておくんだぞ。見た目通り本当に身体が割れてしまったら」
「うん、大丈夫。包帯は巻き続けるわ」
血が滲むようなことも無いのだが、何かあってからでは困る。このヒビが拡がることは無いとしても、万が一のことを考えたら包帯は巻いておいて欲しい。私が安心する。
それに、やはりテンションが上がるといろいろとやらかしてしまうこともあるので、それを隠すことも出来るし。これはあまり考えない方がいいか。
「全部隠すなら、中に何か着るとかの方がいいかしら。タートルネックとか」
「それもありだな。三日月にはきっと似合う」
「ふふ、ありがとう若葉。ちょっと考えておくね」
三日月の首に包帯を巻いてあげて、着替えも終わり。いつも通りのルーティンでも、感じるものはまるで違う。もう本当に周りが明るく感じる。
「今日はゆっくり休もう。いろいろやりたいこともある」
「そうね。まず姉さん達に絡まれるだろうしね」
「だな」
昨日までアレだけ気を張った戦いを繰り広げたのだ。今日は心身共に疲れを取るために休もう。施設でもないのだから、何か仕事をしようだなんて考えても意味がない。雷は台所に立っていそうだが。
朝食後、予定通り下呂大将との最後のデブリーフィング。今までと違い、みんな表情が明るい。今から立ち向かうというわけでなく、もう終わったことの反省会みたいなものだ。
「改めて皆さん、昨晩はお疲れ様でした。襲撃計画がままならぬ状況の中、迎撃により任務を完遂してくれたこと、感謝します」
下呂大将も肩の荷が下りたといった感じで朗らかだった。嘗めてかかっているわけではないが、最大の壁である大淀が終わったことで、大分落ち着いている。
残ったのは大淀に協力している医療研究者2人。大淀が戻ってこないことから、今頃何をしているかはわからない。今回の件を大本営に報告した後、すぐに手瀬鎮守府への襲撃に移るそうだ。
「今回の戦いで救出された3人は、まだ入渠中です。例の治療も込みで並行して実施しているので、どうしても時間がかかるようです。綾波はそろそろのようですが」
伊勢と日向は戦艦なだけあり入渠時間も格段にかかる。鳥海も瀕死だったことで大分かかっているようだ。
綾波は駆逐艦ではあるものの、急ピッチで仕上げられた反動があるらしく、身体の中がボロボロだったらしい。無理にリミッターを解除されていた暁のようだった。それの治療に相当かかっているらしく、入渠ドックを使ったとしても半日近くかかるとのこと。
「大淀の亡骸は、こちらで弔わせていただきます。余計なことはしないし、させません。ですが、身体を傷付けない程度に調査だけはするつもりです。それだけは許してもらいたい」
それは仕方のないことだろう。翔鶴もそうだが、艦娘の身から深海棲艦へと堕ちたD事案の艦娘だなんて前例が無いものだ。調査素材としては垂涎物の一品。
だが、同情出来る部分もあるのだから、そこまで尊厳を奪うのは躊躇われた。本当に我欲しかなく滅ぼそうとしていたのならまだしも、ドロップ後の発見が遅れるという、ある意味大本営側のミスも原因の1つだ。
失敗作に対して今後の治療のためにと身体を少し刻んでしまった飛鳥医師も、心の底から成仏を願い、謝罪と黙祷を捧げながらの作業を進めていたが、それ以上に今回は慎重にするようである。
下呂大将が気になっているのは、まだ大淀に何か仕込まれていないか。その残された医療研究者が大淀に何かしているのでは無いかという不安があるらしい。出来ることといえば、レントゲンを撮る程度のようだが、それで充分だろう。
「飛鳥の施設の艦娘達ですが、一部は来栖の鎮守府に配属する方向にしようかと思います。本人達の意思だとは思いますが、全てが終わる時までに考えておいてもらえると幸いです」
飛鳥医師の施設は、あくまでも医療施設だ。今は例外的に武器を持つ必要があったために、救出した艦娘は軒並み施設に残ってもらっていたが、この事件が終わればその必要が無くなる。例外的な処置は終わり、施設から武力を撤去しなくてはならない。
そうなると一番手っ取り早いのは、健康体の艦娘を別の鎮守府に移動させる事。つまり、継ぎ接ぎではない艦娘は全員移籍というのが考えられる最善の処置だ。
「
「ええ。私は飛鳥先生に約束があるし」
三日月は肌の傷を治してもらうという約束がある。そのため、施設から出ていくわけにはいかない。私は謎の存在へと昇華してしまった件もあるので、ある程度は調べてもらう必要もあるだろう。
蘇生された姉や、侵食を残している初霜も残留となるだろう。腸骨を深海棲艦の物に差し替えたくらいなら問題なさそうではあるが、内臓や四肢そのものを差し替えている者達は、飛鳥医師の監視下に置いておきたいところ。治療出来るようになったら治療するという方向で、共に暮らしていく。
「僕からは出ていけなんて言えない。ここまで守ってくれていたわけだからな。感謝してもしきれないくらいだよ」
「俺からも無理に来いとは言えねェな。それはお前らの意思だ。来るなら受け入れる。即戦力だしな」
飛鳥医師も来栖提督も、それは該当者に委ねると話す。実際それが一番困ると思うのだが、考える時間はまだあるだろう。それまではまず自分で考えてみてほしいとのこと。
私や三日月は考えるまでもないので他人事になってしまうが、何か相談されたら乗るようにする。ここに残ってくれとは言えないし、出ていけなんてもっと言えない。
「ただ、先に言えるのは、俺んトコに来たところで二度と会えねェってことにはならねェ。だから、心配しなくていいぜ。それだけだ」
文月達が遠征で施設に来るように、定期的に施設に戻ることは出来る。何かあれば私達が鎮守府に向かうこともあるかもしれない。
施設を離れても、今生の別れにはならないと、来栖提督の口から語られる。それなら、もし施設から離れるという選択をしたとしても、少しは安心出来るだろう。
「同様に、深海棲艦の皆さんについてはさらに我々では管理がしづらいところにいます。とはいえ、全員が協力者であることは明白です。これは大本営である新さんも理解していること。ただ、鎮守府に属するということはかなり難しいでしょう」
そこは仕方ない。そもそも鎮守府は、敵対する深海棲艦と戦うために作られているものだ。そこに所属することは流石に難しい。
「私達って、元々は艤装が直るまでって話だったんだよね」
「うん……それに……オオヨドは倒したからね……」
シロクロは当初の予定では施設を離れる方針だった。というか、それは全員に言えることだ。セスも、リコも、事が済んだら施設を離れて今まで通りの生活を取り戻すつもりだった。
だが、施設で住むことでいろいろと思い直すこともあったようである。特にそれを実感しているのはセス。
「最初は終わったら出て行こうと思ったけどさ、私はここに残るよ。ほら、エコがここだと伸び伸びと暮らせるし、私も工廠で艤装弄ってるの楽しいんだよね。だから……居残りいいかな」
この場で宣言。セスは施設で暮らしていきたいとみんなの前で語った。海の上で過ごしている時よりも、エコが悠々自適に暮らせているのが嬉しいと。それに、割と過剰な人見知りだったセスがここまでやれるようになったのは施設のおかげだとも。
「私も残るつもりだ。もうこんなことは無いとは思うが、医者を守る用心棒はいるだろう。それに、花は何処でも育つ。あの島に戻りたいとは思っていたが、あの場所に家族はもういないからな……たまに行かせてくれればそれでいい」
「1人だと寂しい?」
「セス、お前私に対してだけは押しが強くないか」
少し悲しい発言ではあったが、リコも居残ると宣言。島で花を育てて暮らしていたが、施設でも同じ事が出来るのはわかっている。リコのやりたいことは何処ででも出来るのだ。
とはいえ、家族と一緒にいた島というのは思い入れもあるようで、たまに行くくらいはしたいとのこと。それを飛鳥医師が止めるわけが無い。それに、リコが個人的に向かえるようになったのも大きい。
「……なら」
「私達もだね。みんなとずっと一緒にいたからさ、出て行くのが何か嫌になっちゃった。寂しいもん」
そしてシロクロも。クロは素直に、シロもみんなと離れるのが辛いと匂わせている。あの時の記憶が残っているせいで、シロはセスがいないと眠れないというのもある。
結果的に、深海組はそのまま。何も変わらない。戦いが終わった後は、今まで以上にのんびりとした毎日となるが、それはそれでいい。
「私達は少し考えさせてください。友好的な深海棲艦として扱ってもらえる証でもあればいいですがね」
「私は艦娘のこの服を着ていればある程度は誤魔化しが利きますが……」
「貴女はいいかもしれないけど、私は無理でしょう。それに、あの艤装はどうにもならないわ」
赤城と翔鶴は保留。そもそも、出て行くにしても敵対する深海棲艦との区別がつけられないというのが問題点。今の2人は艦娘時代の服を着ているのでまだマシではあるが、艤装は誤魔化せない。止めろと言っても攻撃される可能性はある。
それを考えると、何処でもいいので保護してもらえる施設か鎮守府に匿ってもらうのがベストではある。
「なるべく最高の形を用意しましょう。君達も被害者ですからね」
「よろしくお願いします、下呂提督。残るにしても出て行くにしても、私達の立ち位置はなかなか難しいということは理解していますので」
そこは下呂大将に任せるしかあるまい。きっと最高最善な道を切り拓いてくれるはずだ。
「施設の修復完了は、今日を含めて2日の見込みです。明後日の朝にここを発つことになるだろう。出来ればそれまでに決めてくれるとありがたいです」
猶予は2日。施設に戻らず、ここに残るという選択をするのなら、一緒に帰らないということになる。
該当する数人はここから頭を悩ませることになるだろう。本来の居場所は無く、施設はいわば仮の住まい。平和のために戦うという本来の在り方から逸脱することになるため、あそこは艦娘としての居場所になるかと言われるとそうではない。
これはとても難しい問題。簡単に口出し出来る問題では無かった。
「私はそろそろ来るであろう新さんの迎えで鎮守府に戻ります。施設の修復完了に関しては追って連絡します」
まるゆが運転していた車は、施設襲撃の時点で破壊されてしまっている。下呂大将にも迎えが必要。それが来たら下呂大将の仕事も一旦終了となるとのこと。
有明鎮守府へと向かった後、その足で破壊された施設へと戻り、そこから来栖鎮守府へ移動。状況確認後そのまま大淀の襲撃を受けて全てを終わらせた。飛鳥医師や蝦尾女史もそうだが、とにかく休みなく動き回っていたのだから、そろそろ身体を落ち着けた方がいい。
「それでは、今回はこれで終わりにさせていただきます。再三言うようですが、任務の完遂ありがとうございました。ゆっくり身体を休めてください」
最後のデブリーフィングはこれにて終了。今回は拍手喝采で終わった。
これで戦いは終わりだ。明るい日常が戻ってくるのだ。
深海棲艦勢は、施設に残ることを選択しました。今更元の生活には戻れないくらい充実していたというのも確かです。