朝食後、迎えが来たことで下呂大将達は帰投。大淀の亡骸は袋に入れられ、丁重に扱われながら輸送された。大本営で簡単な調査を行なった後、弔われることとなる。
「若葉、また会いましょう。たまには施設に行くからさ」
「ああ、
「まだまだ負けないわよ。私は貴女の師匠だからね」
去り際、神風と握手。最初の方からずっと協力してくれた私の師の1人。神風のおかげで私はここまで強くなることが出来たのだと思う。神風に鍛えられていなかったら、あの速さは手に入れられなかったかもしれない。
だからこそ、いつか乗り越えたいと思う。それが一番の恩返しになると思うから。まだまだ神風に一撃入れるのが精一杯だとは思うが。
「姉貴ばっかりズルイな。僕も相手してもらいたいんだ」
「松風がやるなら私ともお願いね」
松風と朝風からも挑戦状を叩きつけられる。そういう戦いなら受けて立とう。艦娘同士の命の取り合いなんて真っ平御免だが、試合としてなら万々歳だ。まぁ私はもう艦娘かもわからないが。
春風と旗風も後ろで微笑んでいた。旗風にも私は勝てていないので、いつか乗り越えたい。ならば、戦いが無くても鍛えておく必要はある。
以前に下呂大将に言われたことを思い出した。中立区を中立区として守る者、抑止力が必要だと。私達はそれになるために施設で生きていく。どうせ敵は出ない。だが、衰えるわけにもいかない。それはそれで、楽しく生きることが出来そうだ。
「では飛鳥、来栖。追って連絡します」
「よろしくお願いします」
「ウッス。飛鳥達は俺が責任持って預かりますぜ」
最後に下呂大将は私と三日月の元へ。蹲み込んで、視線を合わせてくれた。穏やかな表情。悲観も何も無い、綺麗な瞳をしている。嗅いでいても気分の良い匂い。
「若葉、三日月、君達のことも報告することになると思いますが、勿論悪いようにはならないようにします。信じて待っていてくれるとありがたいです」
「
「はい、任せてください。私の出来ることを全て使って、君達の安心を勝ち取ります。それが私に出来る、君達に送る最大の功労賞ですから」
頭を撫でられた。下呂大将ならきっと何とかしてくれる。不安も心配も無い。心の底から信用出来る相手であることは、今までの親交でわかっていることだ。誰もが楽しく生きる環境を、飛鳥医師の施設に提供してくれるだろう。
下呂大将が帰投した後、少ししてから綾波と鳥海が目を覚ましたと連絡が入ったため、それを見に行く。今回の事件の最後の被害者となるはずの綾波だ。精神的に参っていたとしても、妹である曙が支えることが出来るだろう。
ドックの周りには関係者は勿論のこと、飛鳥医師や蝦尾女史まで集まっていた。綾波は他と少し違う、急激に練度を上げられた反動がある。入渠したものの、もしかしたら何かあるかもしれない。
「まずはしっかりと治療された鳥海からですね」
明石の指示の下、ドックが開く。こちらは全く心配していない。蘇生された後で入渠してピンピンしていたのだから、後遺症だのが無いこともよくわかっている。
ドックの中の鳥海は、焼かれた顔や焦げた髪も元に戻っていた。こういうのを見ると、入渠が飛鳥医師の治療以上のことをやっていると実感する。
「おう、鳥海。結構無理したみたいだな」
「そうね……自分で覚えてる限りだと、また顔焼いちゃったから目もあまり見えてなかったし、最後音も聞こえなかったわ」
「あんな主砲、頭の真横でぶっ放されりゃそうもなるっつーの」
苦笑しながら摩耶が服を放る。これだけ話せるのなら問題無いだろう。疲れも取れているため、その場ですぐに服を着て、眼鏡も渡された。
「お前が寝てる間にあった大将の話は後からアタシがするぜ」
「うん、お願い。何か重要なことあった?」
「鳥海にはあまり関係ないかな。施設から離れることは無いだろ」
「まぁ、そうね。私が施設から離れたら先生に迷惑かかるだろうし」
飛鳥医師も出来れば施設からは離れてもらいたくないという雰囲気を醸し出していた。
鳥海は脚が差し替えられ、脳に侵食を残したままであり、さらには蘇生により内臓まで差し替えられた挙句に皮膚も移植されている。継ぎ接ぎの度合いで言えば、施設の中でも最上位だ。飛鳥医師も一番目下に置いておきたい者だろう。
それを理解してか、鳥海は最初から施設を離れるつもりは無いとのこと。摩耶と一緒にいる方がいいという考えでもありそうだ。若干の障害も残したままだし。
問題はここから。救出者の入渠完了である。まずは綾波から。ドックの近くに寄ったのは実の妹である曙。つっけんどんな態度ではあるが、流石に自分の姉なだけあり心配なようだ。匂いからもわかるためか、曙からは余計なこと言うなという視線が痛いほど感じられる。
「綾波のドック、開きます」
明石の言葉と同時にドックが開く。元々あまり酷い怪我をしていたわけではないので入渠前からそこまで変化が見えなかったが、おっとりして雰囲気はそのままに友好的な匂いが拡がる。
本来の綾波というのは、あの雰囲気をそのままにとても優しく、淑やかな性格らしい。洗脳が行き届いている時は曙に対しても少し棘のある話し方をしていたようだが、そんなこと到底しそうにない性格なんだとか。
「正気に戻ったかしら、クソ姉」
いきなりこの言いよう。曙の性格を知っているから許せるものの、最初がこれだと怒るか折れる。対する綾波は、曙を理解しているからか苦笑。
「はぁい。ご迷惑おかけしましたぁ〜……」
折れているわけではないが、声が弱々しい。やはりあの時の記憶が精神的なダメージを受けている。優しい性格であればあるほどこのダメージは大きくなるのだから、綾波には相当辛いものになりそうである。
それに対して曙は、服を投げつけつつも頭をスパーンと叩いた。何をされたのかわからないと言った表情の綾波に、畳み込むように話す。
「一番被害被った私が迷惑じゃないって思ってんだから、さっさと開き直んなさいよ。ウジウジされてたらそっちの方が迷惑だわ」
「あ、曙ちゃん……でも……」
「どうせアンタ、私達くらいしか戦闘経験無いでしょ。それならまだマシじゃない。ここにはガチで他の艦娘殺してる奴らだっているの。比べるまでもなくアンタは軽いのよ」
それよりさっさと着替えろと急かす。落ち込む暇すら与えないお節介に、綾波もタジタジ。
曙がお節介とはあまりキャラでは無いように見えた。それでもやっているということは、それだけ姉のことを心配しているということ。口調はいつものままだが、それも曙なりの心遣いかもしれない。
着替えたタイミングで飛鳥医師が綾波を簡単に診察。入渠を信用していないわけでは無いのだが、精神的なダメージが何処かに影響していたら困るし、ドックの妖精でも治せないような致命傷を受けていたら困る。
触診と問診で、問題がないことを確認して行った。ドックから出て服を着ている姿だけでも、何も問題は無さそうだったので、そこまでは心配していない。身体に傷があるわけでも無かった。
「今調べられる限りでは、ちゃんと健康体だ。無理な練度上げで何かしらの悪影響が出ているかと思っていたが、そうではないようだな」
「そうですかぁ。それはよかった……です?」
「いいっつってんのよ。ウジウジするなっての」
いちいち突っ掛かる曙ではあるものの、そろそろ綾波も曙の真意に勘付いたようで、そのキツめな言葉で心を崩されるようなことはなく、むしろ喜んでいるように見えた。
「強引な練度上げはどうやられたかわかるか? 身体に大きく負担がかかっていた。今でこそ入渠で何とかなっているが」
「えぇと……綾波が覚えている限りだとぉ、何か見たことも無いような装置を使われましたぁ。ドックに似てはいたんですけどぉ」
そういう装置まで作っていたということか。胸骨の改造とかもただの手術ではない改造だろうし、そんな滅茶苦茶なものを作り上げてもおかしくないかもしれない。
だが、それだけでは練度上げなんて出来やしないはずだ。艦娘の身体の構造を把握しているくらいで無ければ、装置の理論すら組み上がらないはず。
「何故そんな装置を作る必要があったんだろうか」
「う〜ん、綾波には見当が付きませんねぇ。建造された後、流れのままにこうされたのでぇ」
まぁその辺りを綾波に聞くのは野暮というもの。生み出された直後から、自分でもよくわからないままに育成され、洗脳され、完成させられたのだから。
「即戦力を作るためだけとは到底思えないな……。何か理由がある気がする」
「今はいいでしょ。大将が全部調べてくれるわよ」
飛鳥医師の悩みは、曙がばっさりカット。ただでさえいろいろありすぎて混乱しているであろう綾波への負担を少しでも減らそうとしている思いやりが見える。口は悪くとも中身はしっかり姉妹の絆を大切にしている。
「姉貴、絶対謝らないで。アンタは被害者、拒否権も自分の意思も無しにやらされてただけ。理解出来た?」
「……うん、わかった。曙ちゃん、優しいですねぇ」
「そんなんじゃないわよ。私は姉妹がウジウジしてるのを見たくないだけ」
ここまで来ると全員に曙の考えていることは筒抜け。摩耶に至ってはニヤニヤしながら曙を見ている。その視線に気付いた曙は少し苛立ちを見せたものの、頬を染めてから綾波の手を引いて工廠から出て行った。
「呂500の時もそうだったが、曙はこういう時に本当に強い」
「そうですね。メンタルが並じゃないです」
飛鳥医師と蝦尾女史も、その様子に感心していた。相変わらずの心の強さ。私達も曙のそれには見習わなくてはいけない部分があるかもしれない。
あと残すところは伊勢と日向だが、まだ時間はかかりそうとのこと。戦艦の入渠というのはそれだけで大きく時間を割く。子供である駆逐艦が治療されるのとは訳が違うようである。
見込みは昼食の後。入渠開始から半日以上の時間を使っていることを考えると、その深刻さもわかるというもの。
「伊勢と日向は大淀が活動を開始した当初から側近として活動していたと考えていいだろう。なら、向こうの内情も更に踏み込んだところまで知っているかもしれない」
五航戦が曖昧だったところも、あの2人ならわかるかもしれない。基本的に大淀と一緒に行動し、何をするにも護衛として存在していたのなら、あちらで行なわれていた実験の数々も多少なり見ているかも。特に、改造された手瀬鎮守府のことがわかれば、下呂大将の鎮守府襲撃に役に立つ。
「その時は来栖にも相席してもらおう。もしかしたら、この鎮守府からも襲撃の手助けをする者が出るかもしれないからな」
言ってしまえば、私達にも白羽の矢が立つ可能性だってある。特に私と三日月。視覚と嗅覚の点から、内部を調査する必要があるかもしれない。それなら姉やシロの力も必要かも。
それならそれでいいかなとは思う。今回の事件で最後の仕事をするというのなら、喜んで手伝おう。自分の手で決着をつけられるのならそれに越したことはない。
「僕達もこれでお役御免になるかもしれないな。そうしたら、人工皮膚の研究に専念出来る」
「そうですね。必要な子も多くなってしまいましたし、なるべく早く完成させたいところです」
この話題が出てすぐに反応したのは三日月だ。髪の色や首筋のヒビはそのままにするとしても、せめて顔の真ん中に走る傷だけは消したいというのが本心。勿論身体の傷もだ。
三日月の身体は何度となく見ているが、やはり痛々しさはある。私の脚にも縫合痕がしっかりと残っているため、その辺りも消してもらえるかもしれない。研究が完遂されれば至れり尽くせりであることは確か。
「蝦尾さんのおかげで、僕が出来なかった治療も出来た。研究も進んで、救える者がさらに増える。本当にありがとう」
「私の研究がこんなに飛鳥先生のお役に立てて、本当に嬉しいです。あと……私も施設に居残りというのは大丈夫でしょうか」
施設から離れるというのは何も艦娘だけではない。蝦尾女史も、今回の侵食の治療に対しての援軍としての立ち位置にある。事が済めば、元いた場所に戻るという可能性はあった。
蝦尾女史は施設に残って研究を続けたいという意思を示す。人工皮膚の件もそうだが、それ以降もずっと飛鳥医師の側で助手を続けていきたいと。
「是非、よろしく頼む。僕も意固地になり過ぎていた。やはり仲間というのは必要だ。蝦尾さんはそれに一番適している」
「ありがとうございます。これからも誠心誠意頑張りますね」
明らかにそれ以上の匂いを湧き立たせたが、敢えて何も言わないでおく。蝦尾女史の気持ち、今ならとても理解出来るのだから。
だが、飛鳥医師は見た感じ、相当な朴念仁に思える。蝦尾女史の成就はそんなに近くないのかもしれない。私達はそれを応援させてもらおう。
メンタルの面で体調を崩したボノも、今ではこの通り。施設最強のメンタルの持ち主となりました。五三駆はボノ中心に回した方が多分うまく回ります。