昼食後、綾波に引き続き伊勢と日向が目覚めることになる。そこに便乗するのは、伊勢の
「2人とも完了しました。ドックを開けますね」
明石の言葉と共に、2つのドックが開いた。それと同時にドックの中にリコが服を投げ込む。
「ありがと、リコリス棲姫」
「リコでいい。施設ではそう呼ばれている」
「そうなんだ。じゃあ、リコで」
ささっと服を着替えてドックから出る伊勢。それに対して、神妙な面持ちでその場から動けない日向。伊勢は明るいが、日向は罪の意識が先立つようで、なかなか立ち直れないでいる。
伊勢と日向は最初期から大淀の側にいたと言っても過言ではない存在。その分、殺戮も桁違いに行なってきたのだと思う。そもそも、今ここにいる赤城や加賀が所属していた鎮守府で殺戮の限りを尽くしたのも、この伊勢と日向だ。
やらされていたこととはいえ、罪の意識を感じないわけではない。日向はそれが顕著だった。
「日向、どうしたのさ」
「私達は罪のない者達を嬉々として殺してきたんだぞ。何人も、何人も、この手にかけた。その全ての感覚が、この手に残っているようだ!」
ダンとドックの梁を殴り付けた。艤装も装備していない艦娘の力など、戦艦でもたかが知れている。その程度ではドックが傷つく事は無いが、ドックの中にいた妖精達が何事かと出てきてしまう。
私の隣で三日月もビクッと震えた。洗脳が解けて第一声がここまでの者はあまりいなかった。私が覚えている限り、物に当たるようなことをしたのは朝霜だけだ。
「私は仲間と共に人間の平和を守るために生まれたんだぞ!」
生真面目な日向には苦痛以外の何物でも無いのだろう。私達から言えることなんて気にするなくらいしか無いのだが、私達が言ってもその心には届かない。日向に何か言えるのは、同じ境遇の伊勢だけでは無かろうか。
対する伊勢は、既に開き直れているような素振りだった。戦闘中に敵対していたリコと心通わせたことがキッカケか。倒れる時も満足げだったそうだし、性格的にも伊勢にはダメージが少ないようである。
「日向、気持ちはわかるけどさ、死んだら罪滅ぼしも出来ないんだよ?」
「お前は事を軽く見過ぎだ! 自分でもわかっているだろう。容赦なく、問答無用で泣き叫ぶ子供すら斬ってきたんだぞ!」
子供というのは駆逐艦だろう。姉も伊勢に斬られて殺されている。初霜を庇う背中を斬られてだ。その斬り傷は、容赦が無さすぎた。殺す事を楽しんでいるようには見えなかったが、目的を達成するためには手段すら選んでいないように見えた。
それでも、伊勢は平常心を失っているようには見えない。リコから服を貰った時には薄いものの笑顔を返していた。記憶が無いわけもないのに。
「わかってるよ。私だって全部覚えてる。ここの初春を背中から斬ったのも、リコの腕吹っ飛ばしたのもね」
「なら何故平然としていられる!」
「後悔しても仕方ないから」
ここまでサックリと開き直れているのも、それはそれで恐ろしく感じる。
「私らが悔やんでも殺した子は帰ってこないからね。それに、私だって悔いはあるよ。あんなふざけた命令をさ、喜んで受けてたってのは気分悪いんだから。でも、落ち込んだところで進めないし」
伊勢は伊勢なりに考えているようだが、申し訳ないが伊勢の感情は匂いでバレバレ。開き直っているものの、悔恨の匂いがあまりに強い。だがそこで折れていては罪滅ぼしも出来ないと、気持ちを奮わせて立ち上がっている。
伊504の時と同じだ。強がりと言えば強がり。本心を隠して明るく見せているが、夜に悪夢を見る可能性が非常に高い、精神的にも少しぐらついている状態である。
「飛鳥医師、カウンセラーを用意した方がいいと思う。姉さんがオススメだ」
「ああ、わかった。後から依頼しておく」
姉は伊勢に殺されているが、実際面と向かっても取り乱すようなことはしないだろう。むしろ初霜の方が心配である。あの夜の襲撃でトラウマが出来ていなければいいのだが。
「私は、罪滅ぼしのためなら何でもやるよ。ウジウジしてるくらいなら動く。あとリコと再戦したいしね」
「構わない。それで気が晴れるならいくらでもな。その代わり、刀は置いてくれ。『ケンドーサンバイダン』とやらは正直キツイ」
「オッケーオッケー。その代わり、横槍無しの
「ああ。私の弟子にも見せてやりたい」
洗脳が解けても戦闘狂な様子。洗脳の時の余波というか、長いことその性格で生活していたせいで後遺症として残っているのかもしれない。
「っと、その前に何か事情聴取的なことがあるかな」
「その前に診察だ。綾波にもやっている。入渠しているから心配いらないとは思うが、念のためやらせてほしい」
「はいはい。さすが医者だねぇ」
伊勢は何も抵抗なく飛鳥医師に身を任せる。だが、日向はまだドックから出られず、服も着ることが出来ずに手のひらで顔を覆い俯いていた。診察は少し難しそう。
「伊勢は異常無し。長期の洗脳で何かしら問題があるかと思っていたが、見た感じでは大丈夫そうだ。精密検査では無いから確証は持てないが」
「それはひと安心だねぇ。私が大丈夫なら、日向も大丈夫だよ」
「施設が修復されたら、一度精密検査をさせてくれ」
常に同じ処置をされ続けてきたというのなら、伊勢と日向の状況は殆ど同じと見ていいだろう。伊勢が健康体なら日向も健康体。今はそれでいい。診察が出来る精神状態になった時、改めて診察するということで今は終わらせる。
「日向はちょっと冷静に話せないだろうから、私が話すよ。それでいいかな、えぇと来栖提督、だったっけ」
「おう。よろしく頼むぜェ」
1人にするわけにも行かないため、明石とリコがここに残ることに。説明するわけではないのだが、伊勢と心通わせた経験もあるため、リコの存在は日向相手でも何か効果的な部分がある可能性がある。
来栖提督もリコによろしく頼むと、無言で手を挙げていた。カウンセリングではなく、ただ話すだけ。それだけでも多少は心落ち着ける時間になるかもしれない。
場所を変えて改めて。私と三日月は引き続き参加。嘘発見器としての最後の仕事になるだろうが、もうおおよそ信用はしている。洗脳が解けた時点で大淀やあちら側の人間を擁護する必要は無いし、今までの行ないに怒りを覚えている時点で嘘をつく理由も無い。
「起き抜けで悪ィな」
「いやいや、大丈夫大丈夫。私達で最後のはずだし、あの鎮守府取り返すんだよね。なら知ってること全部話すよ。綾波はあまり知らなかったんでしょ?」
その辺りもよくわかっているようである。綾波はある意味生まれたばかりだ。鎮守府の内情もよくわからぬまま洗脳され、施設や鎮守府を攻撃することに何の疑問を覚えなかっただけ。
「私は日向と一緒にずっと大淀の側にいたからね。大概のことはわかると思うよ。私達に隠してたこともあるかもしれないけどさ」
「そいつァありがてェ。んじゃ、まず残りの戦力はもう無いか?」
そこはまず聞いておきたい。大淀がいなくなったとはいえ、まだ鎮守府に戦力が残っている可能性だってあり得るのだ。
襲撃の時に抵抗されることは最初から予想済み。さらには綾波のような急速に練度を上げられたような艦娘もいる。今頃防衛戦力を整えているかもしれない。
「私達が出撃した時には、もう完成させられてた子とかはいなかった。綾波が最後の最後だったね」
「なら、鎮守府に残ってたのは」
「研究者の2人だけ。まぁ今頃せっせと建造してるかもしれないけどさ」
その確証が取れたのはそれなりに大きい。じっくり時間をかけて作られた完成品は本当にいなくなったのだから、それなりに攻略は楽になる。
「ただねぇ、あの研究者、結構意味深なこと言ってたんだよね」
「なんだそりゃ」
「
飛鳥医師の同業者という大淀の協力者の男2人がそう言ったと。
「飛鳥、何か知ってっか?」
「僕の時のような蘇生ではなく、
大本営に艦娘の蘇生についての研究を止めるように言った後に、秘密裏に行なわれていたという艦娘を使った実験。死んだ艦娘を蘇生させるのではなく、そもそも死なない艦娘を作るという研究をしていたと聞いている。
それが目的として、成就したと言ったということは、死なない艦娘の構築に成功したということなのだろうか。だとしたら、大淀にそれが施されていてもおかしくは無いのだが、そんなことなく大淀は死んだ。私が殺した。命の匂いが消えるところも見ているし、絶対に動かないと確証が持てる状態だった。
「詳しいことはわからないんだよね。大淀は知ってたみたいだけど、それについては私達にも教えてくれなかったし」
誰もわからないその真意。
だが、私には1つ、頭に引っかかるものがあった。
「大淀が死に際、妙な匂いを漂わせた」
「妙な匂い?」
「
未だ理解が出来ないことが起きている。終わったと思っていた戦いは、まだ続きそうな気がしてきた。
「とりあえず先に行くかい。伊勢、他に協力者ってのがいたかはわかるか?」
「私達は見てないけど、どう考えても資金源がおかしいんだよね。あれだけ建造とか改造とかしてるのに、遠征すらしてないんだよ。確実に外から提供されてるね」
これだけやってまだ内通者がいるというのか。いや、内通者ではなくただの資源提供だけか。ならば、その研究を秘密裏にやらせていたものが一番臭い。間接的に大淀の協力者となっていたのだろう。
確か途中からはその2人が裏切り者と知っていたはずだ。それでも資源提供をやめていないというのなら、もう疑いようの無いレベルの裏切り者。
「先生に連絡だな。大本営にまだ繋がっている愚か者がいると」
「おう、まだクズがいるってことだからな」
ここからは人間達の戦いになるかもしれない。私達の与り知らないところで、激しい攻防が発生するか。
「真の敵は同業者だったわけだ。気に入らないな」
「飛鳥にゃ俺ら以上にクるモンがあるだろうよ。確実にぶっ潰してやらねェとなァ」
大淀の破滅願望に乗っかって、自分達のやりたいことをやったというのなら、それは本当の悪だ。大淀と同類、許しがたい存在。もしかしたらその医療研究者達も破滅願望があるのかもしれないが、どちらにしろ裁かなくてはいけない者達であることは確かである。
「今の鎮守府を捨てて他に行くところっつーのは、もう考えられていたりするのか?」
「私達があそこにいる時は考えられて無かったかな。設備すごく整えてたし。裏で何考えてるかは知らないけどね」
既に夜逃げしているようなことも、今のところは考えられていないと。大淀が倒されたことをあちらが気付いているかは知らないが、これだけ時間が経っているのに戻ってこないのだから、さすがに勘付いてはいるか。
時間をかければかけるほど、その可能性はだんだんと高くなっていってしまうだろう。やはり早急に襲撃を仕掛けた方が良さそうだ。
「うし、すぐに知りてェことはこんなもんだろ。若葉、どうだったよ」
「嘘の匂いは無かった。伊勢は洗いざらい話している」
「んなら良かったぜェ」
これが最後の仕事になればいいのだが、不穏な匂いがするのも確か。今までの情報を重ね合わせると、本当に討ち倒さなくてはいけないのは医療研究者2人であると理解出来る。
また私達が戦場に駆り出される可能性も少なくない。襲撃にも参加することになりそうである。
「伊勢、ひとまずはうちで保護っつー形で滞在してもらう。飛鳥の施設が修復されたら、一度そこで精密検査も受けてもらうぜ。構わねェな?」
「それならそれがありがたいかな。転属するならここがいいしね」
リコとの再戦がしやすいからというのが一番の理由のようである。これは事あるごとにリコとの戦いを見ることになりそうだ。リコが施設に残ると言っている事だし、リコも友との再戦を望んでいるようだし。
「日向大丈夫かな。根が真面目だから、どうしても今回の件はね」
「今まで取り乱さなかった者の方が少ない。自殺を考えたような者もいるし、泣き叫んだ者もいる。アレが普通だ」
「むしろ私の方が異端かな?」
ケラケラ笑うものの、匂いは最初から変わらず。自分の今までやってきたことへの負の感情は渦巻いているが、強がっているだけ。
今までの救出者全てを見てきている私達としては、伊勢のポジティブさは凄いことだと思う。少し怖いくらいだ。戦闘狂だから成り立っている危うい均衡なのかもしれない。
ひとまず事情聴取は終了。新たな、真の敵の存在がわかった。これだけやってきて、本当の敵が守るべき存在であるはずの人間というのは、少なからずショックではある。
だんだん胡散臭くなってきた人間2人。