継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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子供の強さ

自らの命を絶つと考えてしまうほどに落ち込んでいた日向だったが、一航戦の叱咤により少しだけ冷静さを取り戻してくれた。未だに酷くテンションは低いものの、死のうとは考えなくなってくれたはずだ。

その際にかなりキツめの口論をした伊勢だが、日向が少しは思い直してくれたことに多少なり喜んでいるようだった。妹がこんなことで思い詰めてこの世を去るだなんて納得が出来ない。それが取り払われただけでも、それなりにテンションが上がる。

 

「後回しにしていた診察をやらせてもらう。構わないか?」

「……ああ、好きにしてくれ」

 

少しいざこざがあったが、日向がある程度冷静になったため、飛鳥医師による診察が行なわれた。伊勢が大丈夫だったのだから日向も大丈夫であるという確証はあったが、念のため行なったところでもやはり大丈夫という判断。

だが、飛鳥医師は伊勢とは違った診察結果を言い渡す。入渠による治療は完了しているが、それとは違う方面で引っかかるものがあったようである。

 

「伊勢と同じで異常無し……と言いたいところだが、精神的な疲弊が内臓の方に悪影響として出ている。目覚めてほんの少しの時間でコレは、普通では考えられない」

 

飛鳥医師の目は誤魔化せない。伊勢は強がりとはいえ開き直れている分、日向ほどストレスは感じていないようであるが、日向が抱えるストレスはそれほどまでに重く、そして簡単には取り払えないものであることを実感する。

それを受け、日向はより悔しそうな表情に。自死まで考えてしまった精神的苦痛が、さらに増してしまったかのようだった。艦娘には滅多にない体調不良まで指摘され、不甲斐なさでさらにテンションが下がる。

 

「自覚症状があるんじゃないか? 胃が痛むというのが妥当だが」

「……お察しの通りだ。胃がキリキリと痛む」

「ストレス性の急性胃炎だ」

 

同じくストレスで倒れた曙とはまた違った症状。曙は睡眠障害に陥ったが、日向の場合は内臓に負担がかかってしまった様子。

艦娘で胃炎というのは風邪以上に症例が無いことらしく、ある意味人間に近い証拠とも言える。あまりにも本来の在り方とは違うことをやらされたことに加え、日向の元々の性格もあり、過剰なストレスとなってしまったということだ。

 

「少しの間は安静にしてくれ。食事も専用のものに替えたほうがいいだろう。こちらで来栖に伝えておくからな」

「……了解した。迷惑をかける」

 

酷く落ち込んでしまった日向。自ら命を絶とうと考えることは今のところ無くなったようだが、復帰にはまだまだ時間がかかりそうである。メンタルの面でのケアなら、姉に任せよう。必ず成果を出してくれる。

 

「伊勢、日向の面倒を任せていいだろうか」

「勿論。これでも私の方がお姉さんだからね」

「頼もしい限りだ」

 

日向は今から一晩は安静にしておくということになった。部屋に篭り、眠るなりボーッとするなりで心を落ち着けることになるだろう。

1人にするのも怖いので、常に伊勢を隣に置いておくということになった。精神的に不安定な者を1人にするなど、自殺行為でしかない。ただでさえ、一度それを選びかけたのだから尚更だ。

 

「胃が痛いようなら言ってくれ。簡単な薬くらいなら用意出来るからな」

「……ああ」

 

最後まで元気がなかった。まだ目が覚めて数時間もないのだから無理もない。

そもそも飛鳥医師の顔を見るだけでも、あの時の襲撃を思い出してしまう。故に、診察を受けている時も目を合わせることが出来なかったようだ。

伊勢もそれには気付いていたようだが、何も口に出さなかった。今は何を言ってもストレスに繋がる。あれだけの口喧嘩をしたものの、やはり日向は伊勢にとっては可愛い妹、なるべく負担をかけないように動いてくれている。

 

「部屋についてはすぐに来栖に用意してもらおう。栄養失調ではないから点滴とかは要らないな。とりあえず、まずはグッスリ眠ることだ」

 

もう日向は言葉なく、首を小さく縦に振るだけだった。

 

 

 

夕食前、来栖提督は下呂大将に、救出した3人が目を覚ましたこと、そして綾波や伊勢から聞いた大淀と医療研究者のことについて連絡した。その時には鎮守府にも帰投し終わっており、大淀の亡骸の調査も現在進めているらしい。

来栖提督からの話も考慮して、次の段階に進めるとのこと。当たり前だが鎮守府の奪還は最優先事項だ。今は医療研究者2人が何かをしていることだろう。それを食い止めるためにも、早急な襲撃が必要だろう。

 

「今は状況確認中だが、手瀬鎮守府襲撃に駆り出される可能性もある。そん時ゃよろしく頼むぜェ」

 

万が一のことを考え、気は引き締めておく。大淀が倒れたところで、あちらに防衛線が無いわけでも無いだろう。綾波のおかげで、急速に練度を上げる装置というものがあることもわかっていることだし、それこそ練度限界、下手したらケッコンまでした洗脳済みの艦娘が敵に回る可能性だってあるのだ。

今までのことを考えれば、必要以上に警戒すべきだ。それでストレスを溜めていては意味がないのだが。

 

「それも今すぐってわけじゃねェ。今日からはいつも通りで構わねェからな。夜間警備の担当はしっかりやれよ。襲撃がもう無ェからって気ィ抜くんじゃねェぞ」

 

来栖鎮守府はいち早く日常に戻る。私達も施設さえ修復されれば平和な日常だ。とはいえ、手瀬鎮守府襲撃が完了するまでは気を抜くわけにはいかなくなった。

 

「伊勢と日向は空き部屋を使ってるが、綾波はどうしてるんだっけか」

「曙ちゃんと相部屋にさせてもらいましたぁ〜」

「んなら良し」

 

救出された3人も部屋は与えられたようである。伊勢と日向は先程の診察の時に聞いていたが、綾波はメンタルケアのために曙の部屋に入ることにしたらしい。やはり実妹と寝食共にすることが一番心落ち着けるようである。曙も態度は煙たがっていたが、別に嫌っているわけでも無さそうでよかった。

 

「ここにゃいないが、日向の飯は医療食にしてくれって飛鳥から聞いてる。後から誰か持っていってやってくれや」

「ならば、わらわが運ぼうぞ。例の件のついでじゃ」

「悪ィな初春、よろしく頼むぜェ」

 

伊勢と日向は予定通り相部屋。体調不良で休んでいる日向を伊勢が看病している。食事も当然別室で摂ることになるため、それは姉が運ぶと挙手。ついでにカウンセリングもするらしい。

姉のカウンセリングも行なわれ、必要以上にケアされることになるだろう。日向だけでなく、伊勢にも姉の力は必要だ。強がっているということは、その分精神に負担がかかっているはずだ。

 

「んじゃあ、今日の業務はこれで終わりだ。みんな、お疲れさん。夜の奴らは今のうちに休んでおけよォ」

 

これで解散。私達は自由な時間となる。今日一日は大分ゆっくりさせてもらったが、そろそろ何か動きたいところである。今までが今までだったからか、ジッとしているのも落ち着かない。三日月とゆっくりしてはいたものの、お互いに手持ち無沙汰だったイメージ。流石に昼間から盛るわけにもいかないし。

 

 

 

夜、風呂に入る前に姉と伊勢が部屋から出てくるのが見えた。少し疲れた顔をしていたが、満足げな顔でもあった。

運んだ夕食の食器も、全て空になっていたため、食欲が無いというわけでは無いようである。それは上々。食事が喉を通らないということが無いようで何より。空腹では治るものも治らない。

 

「おお、若葉に三日月、今から風呂かえ?」

「ああ、そんなところだ。伊勢は日向についてなくていいのか?」

「さっき寝ちゃったんだよ。初春にいろいろと聞いてもらえたのがよかったみたい。先生がよく寝られる薬も用意していてくれたみたいでね」

 

睡眠導入剤も用意されていたようだ。悪夢を見るかもしれないが、全く眠れないよりは回復に努められるだろう。ちゃんと食べ、ちゃんと寝ることが健康への近道である。

 

「日向は重く考えすぎなのじゃ。それが悪いとは言わぬが」

「重くも考えるだろうさ。それだけのことをやらされたんだろう?」

「まぁ……そうだねぇ。詳しくは話さないけど、結構エグいことやらされたかな」

 

空の食器を片付けた後、2人も一緒に風呂へ。三日月が伊勢に対してまだ慣れていないものの、こういうときは裸の付き合い。日向もそうであるが、伊勢だってケアが必要な者。日向はよく休むことでまず身体を回復し、伊勢は交流で心を回復する。

伊勢と日向だけにしておくと、負のスパイラルに陥りかねない。故に、こういうときに伊勢とは仲良くなっておくことがいいと思う。

 

「おお、初霜よ。お主も風呂かえ?」

「うん! おねえちゃんはおしごとおわったの?」

「うむ。一緒に入ろうかの」

 

風呂で初霜と合流。如月が連れてきてくれていたようだ。だが、その姿を見て伊勢の匂いが変わったのがすぐにわかる。

洗脳されていたとはいえ、障害で幼児退行している無邪気な初霜を嬉々として殺そうとしたのは他ならぬ伊勢。それを庇った姉を後ろから斬ったのも伊勢なのだ。今までもいろいろあったが、姉と初霜の組み合わせは、伊勢の罪悪感を大きく刺激する。

 

「あ」

 

伊勢の姿を見て、じっと見つめる初霜。初霜だって、伊勢に襲われた時の記憶は持っているはず。昨日の襲撃のときは姉の機転で眠らされていたからいいものの、施設襲撃ではモロに攻撃を受けている。

元凶を目の当たりにして、初霜がどういう反応をするかは想像できなかった。泣き叫ぶかもしれないし、怒り狂うかもしれない。死という概念がわかっていないため、姉が伊勢に殺されたという事実はまだ理解していないものの、姉を昏睡状態に陥れたのは理解している。

 

だが、初霜の伊勢に対する反応は予想だにしていないものだった。

 

「いせさん! もうだいじょーぶなの!?」

「えっ、あ、うん、もう大丈夫」

「そっかー。よかったね!」

 

ニパッと可愛らしい笑みを伊勢に向けた。むしろ伊勢の方が動揺で硬直してしまう。

伊勢の精神状況は誰にでもわかった。初霜から責められることを覚悟し、最悪攻撃すらされるのではと考えていた。それでも、初霜は伊勢を受け入れている。

 

「あの時の者は狂わされておったと、先んじて初霜には説明してある。今はもう正気に戻っておるともな」

「なら、初霜はそれだけで受け入れたのか」

「うむ」

 

いくらなんでもメンタルが強すぎやしないか。幼児退行でいろいろな心の部分がリセットされているとはいえ、身近な者だけでなく自分も襲われたというのに、ここまであっさりと許せるというのは、正直驚きが隠せない。

子供心にも怒りや憎しみがあってもおかしくないと思う。初霜にはそれが全く無い。単純に()()()()()()というわけでも無いだろうに。

 

「あたまがおかしくされてたってきいたよ。ほんとうにだいじょーぶ?」

「うん、本当に大丈夫。お医者さんのおかげでこの通り! 心配してくれてありがとね」

「えへー、どういたしまして!」

 

笑顔を絶やさない初霜に、逆に伊勢が泣きそうになっていた。強がりが決壊しかけている。だが、初霜の前にいる手前、崩れるわけにもいかない。今まで通りを装い、初霜を撫でる。それには初霜も素直に喜んでいた。

 

「私もお風呂だからね、一緒に入ろっか」

「うん! はつしも、おせなかながしてあげる!」

「あはは、それは嬉しいね。お願いしようかな」

 

誰とでも仲良くなれる初霜のおかげで、救われているものは沢山いる。最高の癒し効果。

 

「どうしたのわかば?」

「いや、初霜はすごいなと思ってた」

「はつしもすごい?」

「ああ、すごいすごい」

 

無邪気な初霜を見ていると私達も癒される。見る者が見れば痛々しいとも思うのだろうが、それが心の支えになる者もいる。伊勢がそれだ。

今の伊勢は先程以上に強い心になっている。強がりでなく、本当に開き直れたような雰囲気。そんな中、ポツリと呟いた。

 

「私が襲った子でさ、生きてるのってすごく少ないんだ。だから、もし生きてたとしても、絶対私のことを恨んでるって、そう思ってた。死んでからだって恨んでるよ。呪われてもおかしくないことを私はやらされてた」

「……そういう風に思う奴は多いだろうな」

「だけど、初霜は私に笑ってくれた。それに初春がさ、もののけだっけ?それが私のことを許してくれてるって言ってくれたんだ。仕方のないことだったってね」

 

姉の能力、霊感で伊勢の周りに漂う殺された者の霊の様子を言葉にして伝えたようだ。伊勢に殺されたが、元凶がわかっていた分、もののけ達も伊勢のことは許してくれているらしい。

伊勢は救われた。もう折れることもない。

 

「償うためにも、私はみんなのために戦うよ。日向もそう言ってくれると嬉しいな」

「だな」

 

伊勢が立ち直れたのだ。日向だってきっと立ち直れる。時間はかかるかもしれないが、ゆっくりと前を向いてほしい。

 




施設の者で本当に一番強いのは、初霜かも知れませんね。

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