嵐が終わり、念のためと夜の浜辺を散策した結果、深海棲艦特有の生体艤装を発見。巨大な頭部を持つ犬のようなそれは脚が捥げており、すぐに治療の必要があったため、施設に運び入れた。
その後やってくるその艤装の持ち主。言われても深海棲艦か判断が付きづらいほどに人間味のあるその人は、工廠に無理矢理入れられ、混乱しながらも小さな傷の治療を受けていた。
「いやぁ、あれは攻撃出来ないよ」
「今はアレだけど、水無月達が見つけた時、涙目だったからね」
あの深海棲艦を発見した第二二駆逐隊は、最初は敵の接近と考えて臨戦態勢に入ったらしい。だが、ペットを失い、探しながら迷ってしまったと
「ウー……ナンナンダヨォ」
「私達は貴女を助けたいの。勿論、貴女のペットもね」
治療をしているのは雷。人間や艦娘と同じ治療法が深海棲艦にも効くことはシロクロで実証済みのため、何の躊躇もなく治療を施していく。
深海棲艦は傷を負った時は自然治癒しか回復手段が無いため、こういった処置には慣れていないようだ。代わりに人間や艦娘と違い、その能力がずば抜けて高いため、問題なかったりするようだが。
「ウチノコハ、イマ、ドウナッテルノサ」
「脚を1本失っていたわ……でも大丈夫! 先生と摩耶さんなら、きっちり治してくれるわよ!」
「シンパイダナァ……」
暴れても仕方ないと諦めたか、少しは気を取り直して素直に雷の前で大人しくしていた。余計なことをしたらやられると怯えているように見えなくもない。妙に挙動不審なところがある。
見た感じ、本人が武装しているようには思えない。もしかしたら、攻撃は全てあの獣の艤装に任せており、居なくなったら何も出来ないというタイプなのかも。もしくは単独行動が出来る艤装ではあるが、持ち主が持てば更なる力を発揮するとか。逆も然り。
この深海棲艦は
「……ちょっと……いい?」
「ナ、ナニサ、シロイノ」
振り向いた瞬間にシロが白い深海棲艦の喉に触れた。悲鳴を上げかけるが、その前にサッとやりたいことだけやって手を離す。
「何しやがるっ! ……って、あ、あれ? 声が……」
「出ていくときに……元に戻したげるから」
相変わらず便利な能力である。何をどうやったら声色まで変えられるのか全くわからない。
飛鳥医師は一応わかっているようで、おそらく深海棲艦は、艦娘よりも兵器に近いのだろうという解釈になった。より人間に近いのが艦娘、より兵器に近いのが深海棲艦。だから、外部から触れるだけで何かしらの変化が機械的に促せるのではないかと。実際に死骸の解剖の結果でそれらしい答えに行き着いたのだとか。
「まぁ……いいけど」
「ここにいる間は……その方がいいよ」
自分の喉を撫でながら首を傾げる白い深海棲艦。自分でも何をされたかわかっていないらしい。あんなことが出来るのはシロだけのようである。
「ここは……一体なんなのさ」
「うーん、なんて言えばいいのかしら。医療施設?」
「それでいいだろう。実際、若葉達はここで治療してもらっているんだからな」
私達の姿を見て、また首を傾げる。雷では違和感を持たなかったのだろうが、おそらく私の腕を見て何かに気付き、その後ろに立つ三日月を見て、さらに確信に至ったようだった。
「継ぎ接ぎ……?」
「ああ。若葉達はそうやって命を繋いでもらった。だから、艦娘だろうが深海棲艦だろうが関係ない。救えるものは救う」
「……ふーん……そう」
少し視線が痛い。深海棲艦でもこんな身体は見たことがないだろう。シロに言わせれば、匂いが混ざっているようなものは、誰から見てもおかしな身体だ。
「ここに迷い込んで、よかったとは思う」
「それは良かった」
私もこの深海棲艦なら問題ないと思った。何より、三日月が恐怖を感じていないというのが大きい。無言は貫いているが、私の後ろに隠れるようなことが無いというだけで安心できる。
何がキッカケかと言われれば、おそらく最初の慌てようだろう。人間も艦娘も無理というまるで三日月の鏡写しのような発言に親近感を覚えたか。
「よーし、
「摩耶がいなかったらどうにもならなかったな。半分以上艤装だったから」
「おう、おかしな形だったけど何とかなるもんだ」
工廠で待機すること小一時間。摩耶と飛鳥医師が工廠へ戻ってくる。摩耶は先程の獣の艤装を抱えていた。
捥げていた脚は少し歪ながらしっかりと機能するように修復されているが、見ただけで義足であることが丸わかりだった。艤装が艤装を装備しているような不思議な状態ではあるが、舌を出して元気そうである。
「よーし、歩いてみな」
獣の艤装を地面にゆっくり下ろすと、怪我をしていたのが嘘のように走り回る。あの大きな頭でうまくバランスを取り、普通の四足歩行の獣のようだった。艤装故か、術後の痛みも感じていないように見えた。
犬のように吠えるわけではないのだが、ハッハッと息遣いが聞こえてくる。先程の弱々しい息遣いとは雲泥の差。短時間の手術でここまで治るとは、艤装相手だからなのか、飛鳥医師と摩耶の腕がいいのか。
「おお……! よかったなぁ、よかった」
獣の艤装はすぐに白い深海棲艦に駆け寄り、大きな舌で頰を舐める。本当に飼い主と飼い犬のような光景。
「君は……この子の飼い主か」
「あ、そ、そうだ。うちのペットを治してくれて……あ、ありがとう」
「礼は摩耶に言ってやってくれ。僕だけじゃ治療が難しかった」
ニカッと笑いながら手を振る摩耶。その顔を見て若干後退りしたようだが、ペットの恩人ということですぐに感謝の意を表す。苦手意識は晴れないものの、この辺りは礼儀正しい。
「あ、ありがとう……」
「どういたしましてだ。面白い艤装だったから楽しめたぜ!」
肩をバンバン叩く摩耶。
この深海棲艦、やはり人間と艦娘が苦手な様子。強気を見せる場面もあるが、基本的に目を合わせてこない。ただでさえ摩耶は豪快なキャラだ。おそらく最も苦手なタイプ。
「もう遅い時間だ。今日は休んで、明日改めてそのペットを診させてくれないか。脚は繋いだが、他に何も無いことを調べておきたい」
「……わかった。お世話になる」
「ああ。で、だ。ずっと気になっていたんだが……
飛鳥医師が指差す先。白い深海棲艦の腰。救命用の白い浮き輪のように見えるのだが、何故か口と四肢を持ち、ダバダバ蠢いている。艤装でも無いが、深海棲艦というわけでもない。これまた不思議な生物である。
「これは……浮き輪さん」
「浮き輪さん」
「私の部下……になるのかな。なんて言えばいいか……お手伝いさんが一番合ってるか」
指摘されたため、腰に繋いでいた浮き輪を地面に下ろす。全部で3体、二足歩行で整列し、飛鳥医師に敬礼。思ったより礼儀正しい。
オスかメスかもわからず、何故生きているかもわからない、完全に謎な生物。だが、この浮き輪に反応したのは、またしても三日月だった。
こちらも嫌悪感と恐怖の対象から外れたもの。さらには艤装のようなグロテスクさも無く、どちらかといえば可愛い系統。
「……可愛い」
「んん? 三日月?」
「ちょ、ちょっと、触らせてもらっていいですか」
浮き輪に向かって手招きをする三日月。こんなに積極的な三日月はなかなか見れない。
それに気付いた1体が、ダバダバと三日月に近付き、飛び付くように抱きついた。胸に抱えて、その存在を堪能する。表情を見るに、別に抱えていても苦になるような重さでは無いようだ。
「不思議な感触……柔らかいのか硬いのか……肌触りも初めてのものです。何なんでしょう……」
「平気か?」
「はい。この子達なら何も問題は無いです。どちらかといえば好きな方……かも」
トラウマを刺激されず、今までに無い表情を見せている。笑顔はまだ無いが、いつも何かしら暗めな雰囲気を出している三日月が、明るい雰囲気を醸し出していた。
それを察した飛鳥医師が、何か閃いた表情になる。おそらく私もそこに辿り着いている。
「なぁ君、少しの間、この施設に滞在してくれないか」
「は?」
怪訝そうな顔をする。人間に突然そんなことを頼まれたって、素直にイエスとは言えないだろう。ただでさえ人間と艦娘に苦手意識を持っている深海棲艦だというのに。
「協力してほしいことがあるんだ。君にも悪いようにはしない」
「……まぁ、ペット治してもらってるし、その分くらいはいてやってもいいけど」
「ありがとう。詳しいことは今から話す。雷、その間に部屋の用意を頼んでいいか」
「任せて!」
第二二駆逐隊の4人は仕事が済んだため、先に風呂を終わらせてもらう。雷と三日月はこの白い深海棲艦の部屋を用意し、シロとクロはもう眠そうなので一足早く自室に戻るようだ。ここからは残ったメンバーで医務室で話すことに。
医務室に入り、適当に椅子に腰掛ける。ペットは白い深海棲艦の側に座った。浮き輪は3体全てが三日月についていってしまったようだ。部下の割には上司についてくることはないらしい。だから腰に結んでいるのだろうか。
「すまない。まずは……暫定的に呼び名を決めさせてほしい。何か無いだろうか」
「名前とかよくわからないし……。ああ、でも私を襲ってきた艦娘は、私のこと『ごえーせーすいき』とか呼んでた気がする」
護衛棲水姫。それがこの白い深海棲艦に人間が付けた名前だそうだ。本人は軽空母であり、所謂護衛空母がモチーフとなった深海棲艦なのだそうだが、基本的にはペットがいないと戦力としてカウントされないほどらしい。代わりにペットと合わさると尋常ならざる能力になるらしいが。
というか、やはり護衛棲水姫も艦娘に襲われているのか。辛うじて逃げ果せたようだが、その時にペットと別れてしまったのだとか。そこから迷って迷ってここに辿り着いた結果、ペットとも再会出来て大団円と。
「なら、仮に……セスとしようか」
「シロとクロはあんなに適当だったのに」
「いや、あれもかなり適当だぞ。
呼びやすいからいいか。護衛棲水姫、改め、セス。暫定的に名前が決まったところで本題。
「セス、君に協力してほしいことというのが、先程浮き輪を抱いて喜んでいた艦娘、三日月のことだ」
「浮き輪を持ってった奴のこと?」
「ああ。あの子はトラウマにより、心に大きな傷を負っているんだ。そしてそれは、君の持つ浮き輪と、このペットで癒されると僕は考えている」
私もそれは思った。俗に言うアニマルセラピーというもので、三日月の壊れてしまった心が多少なり治るのでは無いかと思ったのだ。
浮き輪を抱きかかえた時の雰囲気は、今までになく明るかった。あれが維持出来れば、嫌悪感や恐怖心が払拭出来るかはさておき、楽しい時間が過ごせるのでは無かろうか。少なくとも、笑顔を取り戻すことが出来るのでは。
「なるほどね。私がここにいる間はいいよ」
「助かる」
「私も匿ってもらいたいし」
自分を襲ってきた艦娘が、まだ自分を追っているかもしれないと思うと不安だと言う。この施設から出ていくとその艦娘達に見つかる可能性が増えるわけで、余計な戦闘がしたくないセスとしては、どんな手段を使ってもそれを回避したかった。
私達は三日月のアニマルセラピーのためにセスの艤装と浮き輪を提供してもらいたい。セスは艦娘の追っ手から逃げ切るためにこの施設から出たくない。WIN-WINである。
「なら、しばらくは仲間だ。よろしく頼む」
手を差し出すが、やはり苦手意識が先行して手を握ることは出来なかった。目も合わせられない。
「ふ、触れ合うのはまだ無理」
「ふむ……なら君も少しここでカウンセリングを受けるといい。嫌でも雷が君を構うだろうからな」
苦手意識を克服したら侵略者になってしまうなんてことも無いだろう。セスはシロクロと同じでそもそもが非好戦的な深海棲艦だと思う。なら、仲良くしておきたい。
いずれ出て行ってしまうとは思うが、それまでは仲間として、一緒に暮らしていく。突然ふらりといなくなることも無さそうだ。
「そのペット、何を食べるんだ?」
「この子は、廃材を食べて自分の燃料にする。そんなに大食いでもないから」
「よし、そのペットの名前はエコだ」
確かに、本来捨てるべきもの、二二駆に持って行ってもらって廃棄する廃材を全て食べてもらえるのなら、非常にエコロジーだ。だからといって名前にまでするのはどうかと思うが。
嵐のたびに仲間が増えている。それが喜ぶべきことなのかはわからない。少なくとも、今はこの生活を楽しもう。『楽しく生きる』は、まだまだ実践出来ている。
浮き輪さんは謎の存在ですが、少なくともこちらを攻撃してくるようなことはありません。アーケードの方では完全なお助けキャラでしたしね。ここでも(主に三日月の)お助けキャラとなります。