継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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不死の力

初霜との交流で、伊勢はほぼ立ち直ったと言っても過言ではないくらいにまで回復した。自らが傷付けたものに明るく迎え入れられたこと、さらには姉のカウンセリングにより、殺してしまったものからも許してもらえていると伝えられたことで、罪悪感が多少は晴れたようだ。

残るは日向だが、ストレスから来ている体調不良も相まって、今は安静にするべきであると飛鳥医師からの通達を受け、今は与えられた部屋で伊勢の看護の下で眠っている。焦らず、今は回復に努めてもらいたい。

 

「日向ならきっと立ち直れるよ」

 

風呂に浸かりながら伊勢が自信満々に言う。実の姉だからこそ、わかる部分もあるだろう。日向の心は自分より強いと太鼓判を押していた。今はあまりのことで考えが纏まらないだけ。カウンセリングも受けているのだから、ちゃんと落ち着いてくれると。

 

「まだ戦いは終わってないかもしれないからね。ちゃんと自分の手で決着をつけたいはず。日向はそういうので奮い立つ奴だから」

「それならいいが」

「大丈夫大丈夫。今は混乱してるだけだし、考えすぎなんだよ。しっかり落ち着いて考えれば日向だってすぐにわかってくれるからさ」

 

謎の自信ではあるものの、出来ることならそう思いたい。ずっと塞ぎ込んでいても非生産的だ。伊勢から聞く限りは、それも日向が自分自身を許せなくなる要因の一つになってしまう。

そもそも日向はネガティブになるなんてまず無いような性格らしい。それがここまで崩れているのだから、伊勢も心配だろうに。

 

「私は日向を信じてるからね」

「……そうだな。信じてやることが一番だ」

 

伊勢がそう言うのなら、みんなで信じてやればいい。そもそも誰も日向のことを見捨てるなんて思っていないし、諦めてもいない。治るまで面倒は見るし、そうで無くても親身に付き合っていく。

 

「ところでさ」

「何だ?」

「ホントに仲良いんだね」

 

私、若葉と三日月の距離を見てニヨニヨと意地が悪そうな笑みを浮かべる伊勢。開き直って立ち直ったというのはいいことだが、あまり三日月を弄るのはやめていただきたい。

 

 

 

翌朝。下呂大将から連絡があったということで、朝食前に伊勢と日向以外の全員が会議室に集まる。これで戦いは終わりだという宣言が出されて歓声が上がればよかったのだが、来栖提督や飛鳥医師の表情を見る限り、そうではないとわかる。

空気が重々しくなる中、来栖提督が重い口を開く。

 

「大淀の亡骸の調査が完了したと、大将から連絡があった。結論から言や、まだ戦いは終わらねェらしい」

 

やっぱり、と深い溜息が吐かれた。かくいう私も、少し気分がどんよりしている。やっとのことで大淀を倒せたと思っていたのに、まだ終わらないと言われてしまったら、嫌でも気分は悪くなるもの。

 

「大淀の頭から、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

全く予想していなかった言葉だった。艤装の違法改造やリコの花を使った麻薬による洗脳、深海の体液の侵食など、海の者に紐付いたものばかりだったものが、突然今までに無かった科学的なアプローチ。明らかに()()()()()()()()()()という感じである。

 

「それを取り出すためには頭を切り開くしかなく、正直抵抗があるって話だ」

 

丁重に弔ってやりたいと言っているのに、頭を掻っ捌くのは流石に躊躇うだろう。亡骸は入渠させても元に戻らないのだから、切ったらおしまい。グチャグチャのまま弔うことになる。

だが、ここで少し話が変わる。それを調査したのが下呂大将であるというのがミソ。今まで出てきた内容、例えば、伊勢の言っていた医療研究者の言葉や綾波が受けたという強制練度上昇装置、あとは私の伝えた大淀の負け惜しみのような匂いのことまで突き合わせて、1つの憶測に辿り着いたそうだ。

 

だが、それはかなり突拍子もないことだった。

 

「敵はだな、大淀の()()()()が作り出せているんじゃねェかって話だ」

 

重苦しい空気の中出たのがそれ。あまりにもお門違いな言葉で、騒ついてしまう。現実味のない言葉に、若干混乱する。それにクローン、つまりは複製なわけだが、私達に馴染みがないわけではない。

 

「クローンっつってもな、艦娘が実際似たようなもんじゃねェか。自分達でも自覚があるとは思うけどよ」

 

機械的な言われ方をするのはあまり好きではないものの、来栖提督の言いたいことは理解出来る。

艦娘も深海棲艦も、同じ顔の別個体がいることが当たり前な種族だ。私以外にも若葉はいるし、三日月以外の三日月もいる。深海棲艦はより顕著だ。同じタイプの者が何体も並んだりする。

それも一種のクローンみたいなものだろう。生まれたばかりのときは、環境は違えど同じ指針を持った何もかもが同じ存在。それが成長した環境で個体差が生まれていく。私と同じ若葉なんて何処にもいない。

 

だが、下呂大将の提唱した憶測であるクローンは、おそらく()()()()()()という意味だろう。私達が倒した大淀と全く同じもの。つまり、この世の全てを滅ぼさんと行動する大淀である。

 

「全く同じ奴を作ることで、()()()()()()を再現したっつってた。大淀は死んでも、その遺志を継ぐ()()()()()がもう生まれてるって話だ。頭ん中も練度も何もかもが同じ後継者がいるのなら、そりゃあ死なない艦娘っつってもいいかもしれねェ」

 

医療研究者の言う『目的は成就した』というのはそういう意味か。死んだところで全てが同じ2人目が生み出せるのだから、記憶も経験もそのままの状態で続投。ある意味死んでいないようなもの。

綾波が受けた強制練度上昇装置は、死んだものの練度まで上げるために必要だったわけだ。ケッコン済みなら指輪を与えてさらに上昇させる。特殊な技能も記憶があるのなら再現出来る。

 

「滅茶苦茶すぎやしないか」

「お前が言えたことじゃねェだろ」

 

飛鳥医師の蘇生は正直それよりもおかしな神秘。神の所業と言えるべき禁忌の御業だ。だが、クローン技術に関しては艦娘であればやろうと思えばやれる。記憶さえしっかりと引き継ぐことが出来れば。

そこで頭の中のチップというやつなのだろう。大淀の死ぬ瞬間までの記憶が、敵の医療研究者の元へと全て送られていたとしたなら、新たに作り出された大淀にその記憶を入れ、練度を上げてしまえば完成。

良くも悪くも艦娘は兵器。機械的な部分もある。人間と同様な思考回路も、文字通り()()なのかもしれない。人間よりも分析がしやすく、データに変換して転送なり保存なり出来ると。

私達の目の前で深海棲艦化までした最終的な大淀とは違うかもしれないが、その前の状態であってもおかしくない。

 

「あの、とても嫌なことを想像したのですが」

 

鳳翔がおずおずと挙手。

 

「意見があるなら何でも言ってくれ」

「そういうものが作れるということは……その、大淀さんのみの部隊というのも」

 

無くはない話である。クローンが作れるということは、大淀が複数人いてもおかしくないということ。何かに制限があれば話は別だが、自由に作れるのならそれこそ、あの大淀が10人20人と湧いて出てくる可能性だってある。

悪夢だった。あんなものが何人もいて、倒しても倒しても現れるだなんて、考えただけでも気が滅入りそうだ。

 

「まぁ無くは無ェだろうが、それはあまり考えなくてもいいと思うぜェ」

「何故です?」

()()()()()だ。アイツは特殊な方法でないと建造が出来ねェ。普通の鎮守府じゃあ不可能だ。ありゃあ大本営の限られた部署で、特注の建造ドックを使って、それなりに多い資源と時間を使ってようやく出来るような代物だからな。ドロップだって発見例がかなり少ねェってくらいのレア艦娘だ」

 

それを聞いて少し安心した。とはいえ2代目となる1体は作られている可能性は高いだろうから安心は出来ない。その辺りの諸々を無視して、大淀の建造を執り行っているのではなかろうか。

数多く作ることは無理でも、1体2体なら作れる。なんて酷い状況。よりによってあんな奴を擬似的な不死にするとは。

 

「早いところ襲撃しねェと、さらに次の代が出来ちまう」

「無限に戦う羽目になるとか、堪ったものじゃないな」

「ああ。継戦能力の最終進化系だって大将も言ってたぜェ。とはいえ、それは建造出来ることが大前提みたいだけどな」

 

それすらも覆されている可能性があるのだから笑えない。どんな艦娘でも建造出来るようになっていたら、それこそ不死の軍勢になる。

飛鳥医師の時から目指されていた、強敵と戦い惜しくも沈んだ艦娘をその知識を残したままに再び戦場に戻すという目的がある意味達成されたということ。目的が成就されたというのはそういう意味だ。

 

「なら何故あの時、死を恐怖したんだろうか。次があるのなら、アイツなら笑いながら中指を立てそうなものだが」

「そりゃあ、あくまでも()()()()()()だからだろうよ」

 

私の疑問に来栖提督がすかさず答えてくれた。

私達にとっては不死、殺しても殺しても同じ大淀と戦う羽目になるわけだが、()()大淀は1人しかいない。同じ顔、戦闘力、記憶を持っているとしても、それは初代の大淀とは別人なのだ。初代は恐怖の中死に、2代目がそれを継いで動き出す。それを知っていたとしても、死にたくないと考えるのは普通。

ただでさえ、大淀は何度も死んだことが怒りと憎しみを深くする原因になっている。艦として沈み、深海棲艦として殲滅され、艦娘としても蔑ろにされ、そしてまた死ぬ。恐怖しない理由など何処にも無かった。

 

「ともかく、大淀はまだ死んでないと考えた方がいい。下手したら、前よりも手強くなってる可能性すらありやがる」

 

こちらの手の内は全てバレているようなもの。それを突破するために準備してくるのも当然のこと。

例えば、所属違いや陸上施設にも効果がある艦隊司令部。抗う術も無く、私ですら抵抗出来ずに支配が行き届いてしまうくらいに強力にされているかもしれない。そんなものを繰り出されたら本当に終わりだ。それに、次の大淀は慢心も捨てているはず。殲滅すると考えたら、どんな相手でも殺すように立ち回ってくるだろう。

 

「襲撃計画はまた始まった。大将が今、その対策を考えている。お呼びがかかるまでは待機にゃなるが、近日中にまた襲撃になるだろう。だがな、俺らだって黙って待ってるわけじゃ無ェ。やれることは全部やる。艤装のフル改修と、出来る限りの訓練。あとは、秘密兵器の開発だ」

 

ニヤリと笑う来栖提督。秘密兵器なだけあり今は公開はしないらしいが、完成したら戦場で戦いやすくなるものを明石が開発中なのだそうだ。

襲撃までに間に合わせるために今はそれに専念する。そのため、摩耶を筆頭とした施設の工廠組が艤装整備を買って出た。鎮守府の運営を止めない形で、最大の戦績を望めるようにみんなが動き出す。

 

「ぬか喜びになっちまったが、みんなよろしく頼む。今度こそ本当に終わらせるぞ」

 

平和はこの時を以て終わりを告げ、また緊張感ある日々が戻ってきてしまった。

 

 

 

朝食後、一旦あてがわれた部屋に戻り、三日月と一緒に過ごす。戦いが終わっていないと知り、三日月が少しだけ不安定になっていたからだ。

元凶を倒したことでスッキリしたはずなのに、まだ生きていると聞いたことで、三日月の負の感情が少し強めに湧き上がっていることがわかったので、2人きりで落ち着く。

 

「大丈夫だ三日月。また倒せばいいだけだ。若葉(ボク)達は一度勝っているんだから、また勝てばいい」

 

口先だけでも強気に行かなくては、心が折れてしまう可能性だってある。倒せど倒せど蘇ってくるだなんて、身体より先に心が参ってしまうだろう。

 

「……そうよね。また倒せばいいだけの話よね」

「ああ、そうだ」

「でも……また支配されて若葉に牙を剥くようなことがあったら……」

 

それを心配していたのか。確かにそれは私も心配だ。次こそは私にすら一瞬で効いてしまうような代物を用意される可能性がある。そうなったら、愛する三日月に嫌悪感を覚えるという想像もしたくないことが起こってしまう。

ならば、万が一のことがあっても立ち直れるように、今のうちから温もりを感じあっておけばいい。幸い、お互い()()()()()()なのだから。

 

「三日月、若葉(ボク)が牙を剥く可能性だってある。そうなったらきっと心が折れるだろう。その時は慰めてくれ」

「……うん、お互い様だったね」

「ああ。お互い様だ。だから、勝とうな」

 

起こらないかもしれないことに怯えていても仕方がない。今はこれでいいのだ。温もりを感じつつ、勝利を誓い合う。

 

戦いの幕は再び切って落とされた。

 




あの大淀は死んだけど、違う器で全く同じものを作り上げていたということになります。蒼崎橙子だと思えばいいでしょう。

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