継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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悩める鬼神

下呂大将の調査と推理から、大淀はまだ死んでいない、というよりは、死んだものの全く同じクローンが作られているのではないかという憶測が立った。大淀の協力者である医療研究者が辿り着いた擬似的な不死により、あの記憶と力を持った新たな大淀が生み出されているとのこと。最悪な場合、同じ思想を持つ大淀が複数人作られており、それが一斉に襲いかかってくる可能性まで示唆された。正直、堪ったものではない。

終わったと思っていた戦いの幕は、再び切って落とされた。元々予定していた鎮守府襲撃もまた計画が練り直されることになる。

 

そんな戦況になってしまったため、施設の復旧が終わっても少しの間は来栖鎮守府で世話になることになった。復旧自体は今日中に終わり明日の朝戻る予定だったのだが、こうなっては仕方あるまい。

今戻ってまた襲撃を受けるようなことがあっては困る。それに、わざわざ戦力を減らす必要もない。言い方は悪いが、大怪我をしてもここには入渠ドックがある。死者さえ出さなければまだマシ。

 

「1日1回くらいは様子を見に行くくらいはしたいな」

「だな。遠征って形で施設を見に行くくらいはした方がいい」

 

飛鳥医師と来栖提督が施設のことについて話している。本来の居場所なのだから、飛鳥医師も愛着があるようである。

無人の施設をまた破壊しに来るなどという不毛なことをする可能性もあるため、毎日確認だけはしに帰った方がいいかもしれない。修復が終わったら職人妖精を迎えに行く必要もあるだろう。

 

「そういや、今施設の復旧してる妖精、一部は有明ってとこの妖精なんじゃ無かったか?」

「……そうだった。事が済んだら送り届けないといけないな」

 

真夜中の遠征で有明鎮守府に向かい、そこから職人妖精を貸し出してもらったおかげで、襲撃を受けた施設の一部をいち早く修復することが出来たのだ。蘇生処置も職人妖精がいなかったら不可能だった。あの時咄嗟に閃いてくれた有明提督に感謝。

手瀬鎮守府襲撃にも援軍として参加してくれると表明してくれているので、現状も説明するために有明鎮守府にはまた行きたいところ。

 

「有明鎮守府までの航路は若葉と三日月が知ってたな」

「一応は、だが。大発に乗せられて向かったから、自信があまり無い」

「私もです。夜でしたし」

 

あれが昼の遠征ならまだマシだったかもしれないが、真夜中だ。ただでさえ周囲に何も無い海を進むのは難しいというのに、道が曖昧だと余計に難しいところだ。まぁあそこから利根と筑摩は真っ直ぐ施設にまで来ているのだが。

場所さえちゃんとわかれば、面識のある私達が向かうのがベストな気はする。睦月達が元に戻っているかが気になるところではあるし。

 

「襲撃計画がどうなるかわからねェが、明日の朝に職人妖精を迎えに行ってもらっていいか。正確な場所は大将から聞いておくからよ」

「というか、加賀も面識があるはずだ。道案内も出来るかもしれない」

「メンバーはそちらで決めてくれればいい。若葉(ボク)と三日月、加賀が確定であればそれでいいかな。赤城は難しいかもしれないが」

 

流石に事情を知っているとはいえ、空母棲姫が鎮守府を訪ねるのは些か憚られる。その辺りは来栖提督に決めてもらおう。

 

 

 

そうなると今日一日は鎮守府で待機。各々自由に過ごすことになる。摩耶は工廠で艤装の整備をし、雷は相変わらず鳳翔から料理を習う。襲撃の時は近いが、普段と変わらない1日を過ごそうとしていた。その方が心が落ち着く。

心身共に落ち着いた状態で事にあたるのが勝利への近道だ。いくら切羽詰まった状況でも、普段通りを貫く。たったそれだけでストレスも薄れるものである。

 

訓練に勤しむ者だっている。曙がその類だ。ジッとしている方がストレスが溜まると考えているようだ。いつもなら釣りをしているのだろうが、まず釣具が全滅してしまったことでそれが叶わぬものとなり、また余裕があるときに妖精に作ってもらうつもりのようだが今は艤装の整備で忙しいために無理が言えない。

故に、曙の出来ることは訓練なり演習なりであった。相手は実の姉、綾波。

 

「さすが姉貴だわ。相手にとって不足ないわね」

「そう〜?」

 

綾波は私と同じ超高速戦闘を仕込まれた、私対策の完成品だった。結果的には曙含めた4人がかり、さらに呂500が曙を救出したことでほぼ無傷で対処出来たが、今は当然1対1。どうしても曙が押されているようである。

 

「負けたら交代だぞー」

「わかってるわよ。次は負けないから」

 

それを茶化すのは朝霜。朝霜も綾波と戦った1人であり、今よりも強くなりたいと綾波との演習を望んでいた。今の言葉からして曙はそれなりに負けており、朝霜もそこそこやられている模様。

 

「休憩させてもらえませんかぁ〜」

 

綾波が音を上げたということは、曙と朝霜は負けては交代を繰り返しているが、綾波は戦いっぱなし。妹の相手をするということで最初はノリノリだったみたいだが、朝霜も加わったことで結果的に大きく消耗させられたようである。

一切疲れを見せない曙も、姉の懇願には折れた。仕方ないと休憩に入ったようである。曙は自分のスタミナが普通ではないことを自覚しているはずなのだが、こういう時は割と相手のことを考えずにガンガン行く。

 

「ひっきりなしに戦うのは、いくら綾波でも疲れますよぉ〜」

「意外と体力無いのね」

「お前がありすぎなんだっつーの。あたいの時も息ひとつ切らさなかったよな」

 

朝霜は自分が洗脳されていた時のことも平気で話題に出す。それだけ開き直れているというのは流石。

だが、そういう話題になると綾波が少し落ち込んだような表情になる。つい先日、治療により洗脳を外してもらえたわけだが、綾波はまだそこまで開き直れていないのかもしれない。

 

「おう、若葉に三日月じゃん。暇なのか?」

「暇といえば暇だな」

「今も適当にしてたくらいですしね」

 

朝霜に見つかった。別に嫌というわけではないが、明らかにこちらをターゲットにしたような匂いがした。綾波との演習が休憩になったことで、何やら燻っているような雰囲気。

なんだかんだ朝霜も救出されてからも戦うことを好んでいるイメージ。喧嘩っ早いのは素の性格。だから風雲が苦労しているわけで。

 

「不完全燃焼なんだ。三日月相手してくれよ」

「若葉ではなく私ですか」

「あたいは三日月にもやられてっからな。リベンジだリベンジ」

 

これも洗脳されていた時のこと。三日月の侵食が進み、リミッター解除の限界が来るまでは、朝霜もいいようにされていた。それをまだ覚えていたようで、リベンジしたいと挑んだようである。今はお互いにあの時以上の力を得たはずだが、果たしてどうなるか。

チラリと私の方を見たが、行けばいいと頷く。三日月自身がやりたそうにしているわけではなかったが、朝霜のやる気に満ちた目に負けた。今ならどうだろう、互角くらいだろうか。

 

「リミッター外せよな。容赦なくこいよ」

「わかりました」

 

三日月が準備を始めたところで、綾波が大きく息を吐いた。個人演習に参加していたことで結構疲れていたようで、汗の匂いも少し強め。

だが、それ以上に負の感情が強かった。朝霜の前向きさが、綾波には少しだけプレッシャーになっているような感じ。それを表に出さないようにしている。

 

「姉貴、若葉には何も隠せないわよ」

「……話には聞いてましたけど、ワンちゃんみたいな鼻ってちょっとインチキじゃないですかぁ〜?」

「たまたま手に入れたものだ。文句を言われても困る」

 

先に察したのは曙。昨日の目覚めた時から、曙は常に綾波の側にいたそうだ。故に、ある程度は何を考えているかはわかるらしい。流石五三駆の頭脳派、表情から感情を読み解くくらいはやってのける。

 

「……綾波は、皆さんの敵だったじゃないですか。頭をおかしくされて、いろいろと弄られて」

 

普段の間延びした話し方は何処かに行き、ポツリポツリと話し出す。

 

「あの時の気持ち、全部覚えてます。皆さんの施設を壊した時、綾波はすごく歪んだ悦びに打ち震えてました。壊す事が楽しくて気持ちいい、もっと壊したい、壊して大淀さんに貢献したいって、ずっと思ってました」

 

言葉にしていく内に、負の感情の匂いはより強くなっていく。自分が破壊活動を楽しんでいたことへの悲しみ、物を壊して快感を得ていたことへの怒り、人を殺すことに抵抗が無かったことへの恐怖。

 

「洗脳されていたって教えられても……綾波の中には本当にそういう気持ちがあったんじゃないかなって、思っちゃうんです。壊すことを楽しむ綾波が、今でも綾波の中にいるんじゃないかって」

 

全て大淀に無理矢理植え付けられた感情なのだが、治療されるまではそれが本心になってしまっていたことが問題である。実際にその感情をもって悪を成し、その時ばかりはそれが正しいことであると信じてしまっていた。

 

「綾波って渾名があるんです。知ってますか?」

「いや、そういうことには疎い」

「『ソロモンの鬼神』……鬼です。綾波は鬼なんですって」

 

こんなおっとりした綾波が鬼。まるでそうは見えない。だが、実際に綾波は鬼のように強いということで有名なのだそうだ。

通称を持つ艦娘は何人かいるらしい。狼だとか、悪夢だとか。綾波もそのうちの1人ということみたいだが、今までやらされてきたことが悪い形で通称と重なってしまった。

 

「確かに鬼でしたよね。罪もない施設を壊して、略奪……まではしませんでしたけど、殺戮の限りを尽くすなんて。そしてそれを楽しんでいた。本当に鬼じゃないですか」

 

昨日の段階で曙が、誰も綾波のことを責めていない、あれは仕方のないことだということで慰めてはいたらしい。洗脳されていたのだし、そもそも綾波は誰も殺していない。だから、開き直れると叱咤したそうだ。だから、綾波もその件については開き直っていた。大淀にやらされた罪に関しては自分のせいではないと、ちゃんと思うことは出来ていた。

だが、鬼という異名を持っているせいで、変に噛み合ってしまい、持ってしまった感情を振り払えていなかった。真の自分は、破壊を楽しむような極悪人なのではないかと思い悩むに至っている。

 

「あのさ、姉貴」

「なぁに?」

「馬鹿じゃないの」

 

その綾波の悩みを、曙は一刀両断にした。

 

「そんなことで悩んでたわけ? ああ、だから開き直れてる朝霜を見て何か変な顔してたわけね。同じ洗脳された奴なのに、今明るく笑ってられるのが羨ましいわけだ」

「……そうだけど、そうだけどぉ〜」

「もっかい言うわ。馬鹿じゃないの」

 

追撃。流石に2回も言われると綾波も憤慨する。

 

「そ、そんな風に言わなくたっていいでしょぉ」

「そもそも本当に鬼なら後悔なんてしないわよ。そんな感情持ってる時点で、姉貴は鬼とは程遠いわ」

 

確かに。破壊衝動を心の中に秘めているにしても、綾波はそのことを激しく悔やんでいる。自分の罪ではないのに、心の底から。

曙の言う通り、今の綾波は鬼とは程遠い存在だ。行ないを悔やむことが出来るのなら、それはもう鬼じゃない。立ち直れる範囲にいる。

 

「まぁ戦闘中だけなら鬼みたいだけどさ。演習でも容赦なく急所狙うわよね」

「それは、まぁ、うん、攻撃は最大の防御というか……反撃されなければ綾波が痛い思いしなくて済むのでぇ」

「そういうとこよ。でも、そんなの他にもいるわ。ほら、三日月見てみなさいよ」

 

朝霜と演習中の三日月を指差す。

リミッターを外すことを要求されたので、今の三日月は無感情。淡々と朝霜を撃ち抜くように砲撃を決めている。

 

「くっそ、本当に隙が無ぇんでやんの!」

「貴女は隙だらけですね。動きが単調すぎる」

「うっせぇ!」

 

動いた先で脚を狙い撃ち、俊足で近付いたところを回避してからの腹に蹴り、回避したところに合わせてヘッドショット。それ以外でも容赦なく回避しづらい嫌らしい場所ばかりを狙う。水鉄砲だからいいものの、朝霜は頭からずぶ濡れである。

三日月の方が余程鬼だった。一切の躊躇なく、演習でもアレ。そういう感情を取り払っているのだから当たり前なのだが、見ていて朝霜が可哀想に思える。

 

「似たような奴なんて幾らでもいるってことよ。悩んでるのが馬鹿らしくならない?」

「……あはは、そうかもしれませんねぇ〜」

 

負の感情の匂いが薄れた。自分の悩みがちっぽけなものだと自覚出来たらしい。

私は本当に必要だったのだろうか。綾波が話し出すきっかけになれたくらいだ。隠し事が出来ないというその特性が本音を引き出せたのなら、まだ意味はあったかもしれないが。

 

「だから、さっさと開き直んなさいよ。ウジウジされたらこっちが滅入るわ」

「うん、ちょっと気分が楽になりましたぁ〜」

「何も言わないより、全部ぶちまけた方が楽よ。ストレス溜めててもいいこと何て無いんだから」

 

実体験が伴う、説得力のある言葉である。

 

「愚痴大会ならいつでも開くから、姉貴も参加しなさいよ。そういうの溜め込むタイプみたいだし」

「考えておきまぁす」

 

話し出す前と比べると、充分に明るい顔になった。やはり、溜め込まずに全部口に出すに限る。

 

綾波はこれで大丈夫だろう。折れそうになっても曙がいる。

 




曙は割とお節介焼きなイメージ。実の姉が相手なのだから尚更積極的に関わっていきそうかなって思います。いろいろありすぎて、ここの曙は劣等感とかそういうの感じてなさそうですし。

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