昼食を終え、午後からも自由に過ごしている私、若葉。やることが無いといえば嘘になるが、いつ襲撃に向かうことが決まってもいいように、万全な態勢を維持し続ける必要がある。
一番怖いのは、この準備期間中にまた襲撃を受けること。前回も前々回もそうだったのだから、あちらの準備が整っていたら私達のことなんて待っていてくれないだろう。こちらだってそうなのだから当然だ。
「せっかく匿ってもらっているんだもの。私達が近海の哨戒をするわ」
それを買って出たのは加賀を含んだ施設の空母隊。幸い、あの時の戦いで誰も艤装が破壊されておらず、すぐにでも出撃出来る状況であるため、恩を返すためにやらせてほしいと。
「そいつァ助かる。少ない人数で広い範囲が見回れるのはありがてェ」
「赤城さんと翔鶴姉は私達の倍くらい飛ばせるもんねぇ」
来栖提督はその気持ちを汲んで、その申し出に快く許可してくれる。施設の空母隊は特に赤城と翔鶴が規格外の艦載機搭載数を持っているため、かなりの広範囲を哨戒することが出来るだろう。全力で出せば、空は真っ黒に染まるレベルだ。
「それ、私達も手伝っていいかな」
そこに名乗りを上げたのは伊勢。少し暗い顔だが日向もフラフラとついてきている。安静にしておかなくてはいけないような体調では無くなったようだが、テンションは低い。伊勢に無理矢理連れてこられた様子。
伊勢日向と戦った時、異常な量の艦載機を発艦していたことを思い出す。あれは大淀によるふざけた改造の成果なので、今あの数を出せるかは知らないが、哨戒機が増えることはありがたいことだろう。
「人が増えることは有り難いわ。貴女達も航空戦隊だものね」
「そうだよ。私達は四航戦! 一航戦と五航戦もいるからね。手伝わせてよ」
戦艦だが航空戦隊だったらしい。航空戦艦で艦載機も飛ばせるからそういう扱いにもなるのだろうか。確かにあの航空戦はとんでも無かったが。
「伊勢、私はまだやるとは言ってないが」
「助けてもらった恩を返すくらい出来ない? 日向はそんなに薄情者なのかな?」
伊勢の煽りで、日向がイラッとしたのが手に取るようにわかった。身体は大丈夫になりつつあっても、心は未だにガタガタ。姉のカウンセリングを受けたのは知っているが、それだけではまだ足りないようである。
姉にいろいろと話して、さらには薬の力を使ってぐっすりと眠れるくらいには落ち着いたとは聞いていたが、寝て起きたらまた考えすぎているようだった。簡単には振り払えないのはわかるが、泥沼に嵌っては姉に引き揚げてもらうという毎日を繰り返すだけになってしまう。
「日向さ、今は心を落ち着かせるのが一番だよ。落ち着いて考えれば、日向もいろいろわかるから」
「どう落ち着けと言うんだ。罪悪感が付き纏ってくるんだぞ」
「初春にあれだけ聞いてもらってまだダメなわけ? 日向は考えすぎなんだって。リラックスリラックス」
話していくうちにどんどんイラついているようだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「日向、私は貴女を恨んでなんていないわよ」
そこに加賀が一言。日向も最初は睨み付けるような勢いだったが、加賀の姿を見てすぐに目を逸らした。加賀がどういう存在かを察したようだった。
加賀は伊勢と日向に居場所を奪われた者の1人だ。さらにはそこから人形に仕立て上げられ、五航戦に殺されかけるところまで行っている。それでも今は誰も恨んではいない。強いて言うなら現状を作り出した大淀一本に絞っている程度。
「私も日向さんは正直どうでもいいですかね。翔鶴の方が余程」
「あ、今ぶり返します?」
「喧嘩したら初霜が怒るわよ」
「する気なんて無いわ加賀さん。私達はちゃんと和解していますから」
加賀と同じ境遇である赤城も、深海棲艦としての憎しみは全て大淀に向けられている。赤城の中にいるという他の空母隊の憎しみも、日向のことなど毛ほども恨んでいないようだ。興味を持っていないという方が正しそうではあるが。
「日向さんの気持ちは私もわかりますよ。わかるだけですが」
「翔鶴姉はこんなになっちゃったからね。艦娘のままここにいられるだけでもマシだと思うけどなぁ」
伊勢日向と全く同じ境遇の翔鶴と瑞鶴。勿論2人も今までの行ないは全て覚えているが、ここであったいろいろなことを乗り越え、今ではこんなに開き直れている。
特に瑞鶴は、目覚めた直後に大分取り乱したものの、今では加賀に言われた言葉を糧にしているようだった。『生きていたらやり直せる。罪悪感があるのなら必死に生きて、必死に償え』という被害者からのこの言葉で、瑞鶴は前向きになれた。
「日向、尚更哨戒に付き合いなさい。いいわね」
「……私は」
「罪悪感があるのなら、被害者の言うことは聞いてもいいんじゃないですかね。それとも、それすら出来ない程追い詰められてるんですか?」
深海棲艦化した赤城はこういうところで容赦がない。加害者を追い詰めるような言動だが、まるで悪意無く言ってのける。別に被害者であることをひけらかしているわけでもなく、日向を歪ませるために言っているわけでもない。ただ思ったことを口にしただけ。
日向はそれを言われて何も否定出来なくなった。赤城の言うこともごもっともと納得出来てしまうくらいには真面目。伊勢に言われるより心には響いたのだと思う。
「……わかった。償うためにも手伝おう。だが私の装備は深海の物、罪深い物だ」
「ちゃんとうちの物を用意してあるぜェ。勿論、お前さんが欲しがりそうな装備も積んである」
ニカッと気持ちいい笑顔で日向の艤装を指差す来栖提督。欲しがりそうな装備というのがよくわからないが、来栖提督は来栖提督なりに、何かしらの力になるように手を回してくれていたようである。
「これだけ居れば哨戒も楽だね。それじゃあ日向、すぐに準備しよっか」
「……」
溜息を吐きながら哨戒の準備をしに行く。その後ろ姿を見て、加賀が少し安心したような匂いを醸し出した。
誰もが日向のことを心配している。同じ境遇の者も沢山いるし、被害者だって元凶がわかっている分あれだけのことをされてもまだ許せる。日向だって被害者だ。
艤装を装備した空母隊は、すぐに工廠から哨戒を始めた。赤城と翔鶴は艤装の都合上少しだけ海上で、残りは工廠の陸地から降りもせず、次々と艦載機を発艦させた。飛び立った後はまるで鳥の群れのようにバラけ、四方八方へと飛んで行く。
伊勢と日向も同じように艦載機を飛ばしていた。だが、敵対していた時の艦載機では無かったのがすぐにわかる。見たことがない水上機。施設に水上機を使う者がシロクロしかいない上に、当たり前だが使うのは深海の水上機なので、艦娘の扱える水上機を知らないというのがあるのだが。
私と三日月もそれを見学させてもらっている。矢を放っている時の加賀と瑞鶴は、何処か晴れやかな表情をするし、赤城と翔鶴も楽しんで哨戒をしているように見えた。そういうのを見ていると、私達も心が落ち着ける。
あとは、緊急時にすぐに出撃出来るように待機しているというのもある。今でも演習に勤しんでいる者もいるが、演習用の装備では即座に出撃出来ても戦いづらい。万が一のための待機である。
「みんな、楽しそうに哨戒するよね」
「ああ。空母は艦載機を飛ばすのが楽しいんだろうな」
三日月とそれを見ながら談笑。哨戒というのも、平和を維持するために必要な仕事。つまりは、現在は平和であるとことを確認する作業でもある。だからか、緊張感があまり無く、心落ち着ける風景にも思えた。
特に、加賀や瑞鶴の弓を引く姿は、今こういう関係になった私や三日月から見ても惚れ惚れするほどの優美さだった。一挙手一投足が堂に入っている。
そして、問題の四航戦。こちらは甲板から次々と水上機が飛び立っていった。
四航戦の2人も弓を持っているようだが、飛ばすものによって使い分けるらしい。空母と同様の艦載機を飛ばす場合は弓を、航空戦艦ならではの水上機を飛ばす場合は甲板のみを使っての発艦のようである。
敵側で活動していた時は何のインチキか甲板ので空母の艦載機をバカスカ飛ばしていたような気がしないでもないが、おそらくそれが大淀に施された違法改造なのだろう。
「うん、やっぱり落ち着くね」
「いい飛ばし方するねぇ。やっぱりそっちの方が慣れてる?」
「そりゃあね。まぁ私は第一改装の時はお人形さんだったからあまり実感ないけどさ」
瑞鶴に尋ねられ、ケラケラ笑いながら返す伊勢。いい飛ばし方というのがよくわからないが、伊勢の発艦は綺麗なものらしい。確かに、飛んでいく水上機は、全くブレがなく真っ直ぐに目的の場所まで飛んでいくようだった。
四航戦は独特な艦娘のようで、最初から水上偵察機が、第一改装で水上爆撃機が、第二改装でさらに艦載機が飛ばせるようになるようである。何とも難しい存在。
「日向もいい感じじゃん。迷いは見えるけど」
「……そうか」
言われるがままに日向も発艦しているが、何か思うところがあるようである。1機発艦するごとに目を細め、何か考えているような仕草。瑞鶴の言葉にも反応が薄い。
「私よりも日向の方が
「あー、なんかそんな感じだよね」
発艦にもいろいろあるらしく、日向は特に集中するようなタイプだそうだ。周りの音が聞こえなくなるほどに集中し、発艦した水上機から伝わる情報を全身で感じているような、そんな感じ。
今だけは、日向は大分落ち着いているように見えた。飛ばしては、それを身に感じる。そして納得が行かないようにまた飛ばす。それの繰り返し。あまり哨戒というのを考えていないようにすら見えた。ただ飛ばしたい、それだけ。
「まぁこれ、私と加賀が裏で仕組んでたんだけどね」
「そうなの?」
「日向に落ち着いて考える時間を持ってもらいたくてさ。多分、悶々と部屋で過ごすよりも、こういうことやってる方がいいと思ったんだよ」
だから加賀が率先して来栖提督に申し出たのか。むしろ来栖提督も一枚噛んでいるのかもしれない。
「加賀さん、そういうこと言ってくれないよね」
「貴女は感情に任せて口にしてしまいそうでしょう。だから、私と伊勢だけで計画したわ。伊勢も正直不安だったけど」
こんな話を隣でしていても、日向は耳に入っていないようだった。黙々と飛ばし、戻ってきたものを甲板に着艦させ、また飛ばす。同じことの繰り返しでも、徐々にその発艦は精度が良くなっていく。
精度の悪さは心の迷い。自分と向き合わなくてはいいものも良くならない。今、日向は自分と向き合い、迷いを晴らそうとしている。その迷いというのは言うまでもなく罪悪感の件。
「定期的にさ、日向にはあれをやってもらうよ。考えすぎだって気付いてもらえそうだし」
「ええ、それがいいわ」
これからは定期的に日向にも哨戒をやってもらうようだ。部屋にこもっているより心にいい影響を与えるのなら、優先的にそちらを選ぶべき。とはいえ、日向はストレスで体調を崩しているのだから、身体に負担がかかるのなら休んだ方がいいだろうが。
「……やはりいいな、瑞雲は」
日向がボソリと呟く。瑞雲とは、今ずっと発艦している水上機のことか。その言葉をしっかりと聞いていた伊勢は、小憎たらしい笑みを浮かべながら日向に近付き、無理矢理肩を組む。
「でしょでしょぉ? もっとやってもいいんだよぉ?」
「やかましい。離れろ」
伊勢の額をはたいた後、また水上機の発艦に専念していた。何処か楽しげに。負の感情の匂いも薄れたように思えた。気晴らしなんてと言っていたことが嘘みたいに晴々としている。
「哨戒は異常無し。でも、しばらくは見ていきましょう。敵はいつ来てもおかしくないもの」
「日向さん、その水上機は潜水艦も確認出来ましたよね。その辺りも見てもらえます?」
「了解した。瑞雲は対潜も可能だからな。それも問題ない」
赤城の問いに機嫌良く答えていた。あの水上機に余程思い入れがあるのだろうか、発艦もどんどん精度が増していき、並ではない練度を見せてくれる。もう少ししたら日向も復帰できるだろう。その前に体調を万全にしてもらう必要はあるが。
まだ迷いはあるだろう。罪悪感からも逃れられない。だが、少しだけでも変われたのなら充分だ。前向きになるきっかけを掴めたのなら、周りの者がそれを支援する。ゆっくりでも進めるのならそれでいい。
日向といえば瑞雲。瑞雲といえば日向。前向きになるきっかけも瑞雲。来栖提督もそれを知っていて瑞雲を用意してくれました。多分この瑞雲は普通の瑞雲でしょうけど、日向手にかかればそれは熟練機体。