空母隊の哨戒に参加したことで、日向も少し前向きになれた。それにより全員の力を合わせて襲撃に挑める準備が進む。私、若葉も心身ともに休息を取ることが出来たおかげで、100%の力が出せそうだ。
夕食後も何事もなく、義理の姉となった二二駆やいろいろと親交を深めている二四駆と談笑して1日が終わる。こんな毎日が続けばいいと思える夜だった。私達は事が済めば施設に戻るが、生きていればまたここに来ることが出来る。この時間を糧に、最後の戦いに向かいたい。
「おう、若葉。ちょいといいか」
部屋の前で来栖提督が待っていた。夜で風呂にも入り寝間着の状態のため、傷が丸出しになってしまっている三日月がサッと私の後ろに隠れる。もう慣れ親しんだ来栖提督でも、こればっかりは難しいらしい。施設の仲間にもあまり見せないくらいだし仕方がないか。
「さっき施設を修復している妖精達から連絡があった。施設の修復は完了したってよ。明日の朝、迎えに行ってくれ」
「了解した。だが、どうやって連絡を?」
「そりゃあ、メールだ。言葉はわからねェけど、あちらはこっちの言葉はわかるみたいだからな。明石がそれを受け取ったんだよ」
予定通り施設の復旧は完了したようである。本来の私達の居場所は元に戻り、いつでも帰ることが出来るようになったようである。
だが、先日の通り事が済むまでは来栖鎮守府に世話になることになっている。施設が修復されたとしても、少しの間は無人で置いておいてもらう。とはいえ定期的に見に行く方がいいだろう。明日は私が施設へ職人妖精達を迎えに行くが、それ以降もまだ来栖鎮守府で世話になるようなら、毎日定期的な確認をしに行くべきだろう。
「明日は
「ああ、その手筈になってるぜェ。俺からも連絡済みだ」
「それなら安心だ。ちゃんとアポは取ってあるのならな」
有明鎮守府からの遣いとして来た利根と筑摩が、有明提督のうっかりでアポ無しで来てしまったのを思い出す。来栖提督はしっかりと連絡を取り、段取りも完璧にしてくれている。これなら突然の来訪にならずに混乱することは無いだろう。
「メンツだが、五三駆と加賀ってことにしてる。それで良かったか」
「ああ、それなら夜間警備と似たようなものだ。ありがたい」
来栖鎮守府の艦娘をつけることも考えたようだが、あまり大人数で行ってもあちらに迷惑ではないかと思い、有明提督と面識のある私と三日月、加賀の他は、行動のしやすい駆逐隊のメンバーで揃えることにしたらしい。それはそれでやりやすい。
「悪いな。俺んトコの妖精は後回しでいい。施設で拾ったらそのまま有明んトコに行ってやってくれ。朝から行けば何だかんだあっても夜までには戻れるだろ。そのように向こうにも伝えてあるからよォ」
「了解。明日の朝食後にすぐ向かう」
「ああ、頼んだぜェ」
明日は忙しくなりそうだ。もしかしたら、私達がこの鎮守府を出ている間に襲撃が決まる可能性もあるが、そうなった場合は有明鎮守府の艦娘と合流することになるはずだ。その時に私達も合流すればいい。
翌朝、予定通り施設へと向かい到着。最後に見たときは本当に酷いことになっていたが、今は壊れる前と同じになっていた。むしろ素材が新品同様になっているため、同じものでもすごく綺麗に見える。
施設を建て直されるのも二度目であるが、今回は前のまま据え置きという形で修復されていた。戦いが終わるのならそれでも大分空き部屋が増える予定だったが、一度拡げたものをまた狭くする必要も無いということになった。私と三日月は相部屋だが、他の者は1人部屋になるかもしれない。
「相変わらずいい手際だ。ありがとう」
そこにいた職人妖精達に金平糖を渡す。みんな大喜びで手に取り、そのまま私や三日月の肩に乗っかって来た。今から運ばれることを察していたようである。完了を来栖提督に伝えた時に、この件も聞いていたのか。
「中も見て回ろうか」
全員で工廠から中へ。誰もいない施設というのは実際初めて歩くが、少し物悲しさを感じる。
私がここに流れ着いたときは雷と摩耶しかいなかったが、今では大所帯。人が入ることが出来なくなってしまったから拡張した結果がこの広さである。今は電気もついていないので、少しだけ薄暗い。
「早くここに戻りたいな」
「そうねー。やっぱりここの方が落ち着くのよね」
台所が元に戻っていることを確認しながら雷がぼやく。来栖鎮守府の居心地が悪いわけでは無いのだが、一番長くこの施設を使っていたのは雷だからか、こちらの方が生きやすいと本能的に思ってしまうようである。
食材などは当然何もない。全て燃えてしまったか、瓦礫に潰されて失われてしまったか。もし無傷であったとしても処分しなくてはいけないくらいに傷んでしまっているだろう。
「全部終わればここに戻るんでしょ。それまで我慢しなさいよ」
「わかってるわかってる。戻るためにはいろいろ準備しないといけないしね。日用品何にも無いんだもの」
流れで台所から食堂に向かい、そこから談話室や風呂、医務室、処置室と部屋を確認していく。本当に元の通り。
ここを一時的に離れる前と違うのは、消耗品が全て無くなっていること。食品は勿論のこと、薬の類も軒並み失われている。一応私達の入ることの出来ない地下室は、あれだけのことがあっても無傷に近いらしい。
そしてそのまま個人の部屋へ。ネームプレートがあるわけでは無いのだが、自分達の使っている部屋というのはすぐにわかる。中に入ると、そこも壊れる前の状態に戻されていた。机も、ベッドも、クローゼットも壊れる前の状態。
だが、明確に違うところがある。クローゼットの中身だ。私達の思い出の品が失われてしまっていた。本当に何もない、空っぽのクローゼットがそこにあった。着替え用の制服などはもう仕方のないこと。だが、私と三日月には、
「……やっぱり、無くなってるよね……ウェディングドレス」
「ああ……あれは流石に無理だろう。あったとしても、それは
三日月とケッコンした時に着た、私のタキシードと三日月のドレス。あれだけ施設を破壊されてしまったのだから、跡形もなく失われてしまっているのは最初からわかっていたことだ。だが、私達のあの時の思い出の一部は消えてしまったことをその目で確認してしまったことで、相当に心にクる。
それが一番辛かった。この指輪があるからケッコンしたという痕跡はあるのだが、式の痕跡はもう無い。戦いの中でも幸せの絶頂だった瞬間は、形として残っていない。
三日月はもう涙目だった。クローゼットの前で膝から崩れ落ち、悲しみに打ち拉がれているようだった。その姿に私も貰い泣きしそうになる。血が出そうなほどに拳を握りしめ、怒りと憎しみを灯す。これもまた大淀のせい。施設を破壊するなんて命令をしていなければ、こんなことにはならなかった。
身体も心もダメージを受ける襲撃。何も悪いことをしていないのに、何故こんな目に遭わなければならない。考えれば考えるほどに苛立つ。
「若葉、三日月、全てが終わったらもう一度式を挙げればいいわ」
私と三日月の気持ちを察してくれたのか、加賀が提案してくれる。それを皮切りに、曙と雷も少しノッてくる。私達のことを気遣ってくれていることが、匂いなんて関係無しにわかる。
「あの時以上に盛大にやればいいわよ。祝勝会も兼ねるかもしれないけど」
「人間のケッコン式というのは、ウェディングケーキという大きなケーキが出るらしいの。流石に気分が昂揚します」
「いいわね! ケーキなら私も焼けるし、とびきり美味しくて大きなものを作りましょ! みんなで食べられるくらいの!」
戻らないものはもう仕方ない。やり直しが利くようなことでは無いが、新しい思い出を作ればいい。あの時以上に思い出に残るくらい、盛大に。指輪の交換はもう出来ないとはいえ、式を挙げることが重要だ。
最初は式なんて別にと思っていたものの、一度やったことでその良さを知ってしまった。明石がノリノリだったことも今なら理解出来る。
「……そうだな。三日月、戦いが終わったらまた式を挙げよう。今度は来栖鎮守府のみんなにも祝福してもらおう」
「……うん、そうね。また思い出を作りたい。若葉と」
溢れそうな涙を袖で拭い、鼻をすすって立ち上がる。私も貰い泣きしそうな目を擦り、三日月の手を取る。悲観はまだあるが、次のために前向きになった。私も決意が漲る。
だが、これだけ囃し立てた曙が何かに気付いたように言葉に詰まり、そして呟く。
「あんまりこういう時に水を差したくないんだけどさ。戦う前に後のこと考えるのって、あまりいいことじゃないわよね」
「あー……死亡フラグってヤツよね」
曙と雷に言われて、三日月が固まってしまった。余計なことを言うんじゃないと思ったが、確かにこういう時にこういう約束をすると、叶わないみたいな話がよくある。今の私達は見事にそこを踏み抜いてしまった。
「そんなフラグ、大淀ごと叩き折ってやればいいのよ」
それに対する加賀の頼もしい言葉。そうだ、加賀の言う通り、そんな死亡フラグなんて叩き折ってやる。何がフラグだ。それくらい、私と三日月の愛の力で消し飛ばしてやろう。
むしろモチベーションが上がった。もう一度式を挙げるため、必ず大淀を終わらせる。邪魔なんてさせない。
「やる前から死ぬだの死なないだの考えたって意味が無いわ。それに、私達は一度勝っているのよ。ネガティブになる要素は何処にも無いわ」
「……そうだな。
何も難しいことは無い。また勝てばいいのだ。あちらはこちらの対策をさんざんしてくるだろうが、それはこちらも同じこと。手の内を知らないわけでは無い。未知の力を発揮するとしても、その場で乗り越えてやる。
何度でも来るのなら、何度でも倒す。そして根本的な部分を潰す。ただそれだけだ。何も難しいことはない。作戦は下呂大将が練ってくれているし、何やら秘密兵器があると来栖提督も話していた。負ける要素を次々と潰してくれているのだ。
これまで何度も敗北を喫してきたのだ。もう負けない。負けるわけにはいかない。
全ての部屋をある程度確認して、施設の再建が完了したと認識。電気も当然繋がっているため、事前に聞いていた加賀が来栖鎮守府に電話を入れた。こういう定期連絡も大事。私達に異常が無いこと、施設に異常が無いことを伝えることで、任務を次の段階へ。
「施設からの航路は私が聞いてきているわ。それに、近海になればわかる」
「流石元から顔見知りなだけあるな」
「ええ、有明提督のこともある程度は知っているの」
利根と筑摩と顔見知りだった加賀なのだから、有明鎮守府にも行ったことはあり、そこにいる全員と面識があるとのこと。私と三日月は一晩だけ、出会ったのも支配されて暗示をかけられていた三十駆のみ。
あの4人がどうなったのかも気になっている。下呂大将の指示で適切な処置を受けたはずなので、今は全快しているとは思うが。睦月型、つまりは私の義理の姉になるわけで、気にならないわけがない。
「まだ暗示が解けてないとか無いわよね。一応武装はしっかりしてきてるけど」
「大丈夫、だと思う。行ってみなければわからないが」
曙の疑いはごもっともである。あの時は解決出来たが、実はかなり根深い暗示であり、今もトリガーを引いたら暴走するなんてこともあり得るかもしれない。
今なら私も三日月もその辺りは判断出来る。ダメそうならまた考えなければいけないが、あの後にもう一度暗示をかけられるようなことはされていないはずだし、大丈夫だと思いたい。
「じゃあ、行きましょうか。来栖提督がもう一度有明提督に連絡を入れてくれるらしいわ。今から施設を出ると、あちらに到着するのはおおよそ昼を少し過ぎたくらいね」
「了解」
本来なら帰投だったが、今はまた施設から離れなければならない。ここに帰ってこれる日はいつになるかわからないが、全員が生きて、必ずここに戻る。
五三駆は全員が継ぎ接ぎ。移籍することなんて一切考えていない、この施設が本当に戻る場所。私達の居場所だ。
「式もそうだが、誰も死なずに全員でここに戻ってこよう」
「そうね。若葉と一緒に、私もここに戻る」
工廠から出て、最後にまた施設の全容を見る。何も変わらない、私達の居場所だ。ここに戻ることが、私達の戦いの終わり。
次にこの風景を見るのは、全てを終わらせた後。その時がすぐに来ることを願って、私達は居場所を後にした。
職人妖精さんは少し空気を読み、私室の壁を厚くして防音効果を少し高めているというちょっとした裏設定。