修復が完了した施設を見て回った後は、そのまま有明鎮守府へと向かう。施設修復を手伝ってくれた職人妖精を送り届けがてら、現況を有明提督にも説明しておく手筈になっている。電話では話せないようなこともあり、直に話した方が早いと考えたからだ。
説明役は加賀。私達はその間は待機。少しだけ滞在させてもらい、暗くなる前には来栖鎮守府に帰投出来るようにする。施設から回収した職人妖精の半分は来栖鎮守府所属の者のため、それを送り届ける役目でもある。
今回は昼食代わりの戦闘糧食を食べながら、加賀が先頭で航路を駆ける。これは雷と鳳翔の合作。腹にも溜まり、味も美味しいという喜ばしいもの。ただのおにぎりでも、味付けと作る者でこうまで変わるとは。私達には到底作れそうにない。
回収した職人妖精は、私、若葉と三日月の肩や頭に乗っている状態。各3人ずつ乗っかった妖精達は、1人は頭頂部に、残り2人は肩に乗っている。
が、今の身体になって出来てしまった犬の耳のような癖っ毛を掴んで身体を支えているため、たまに首が持っていかれそうな遠心力がかかる時がある。
「もう少しジッと出来ないだろうか。髪と首が痛い」
「私も……皐月姉さんもいつもこうだったのかな……」
三日月も大分堪えているようである。三日月は私と違って頭頂部にも癖っ毛があるため、そこを思い切り掴まれていた。あれは痛そうだが、私の身体も満員御礼、引き取ってやることも出来ずに歯痒い思いをすることに。
艤装に乗ってもらえるように交渉したのだが、私の艤装は身体から浮いているせいでものすごく反動が大きいらしく、ここ以外は嫌だと言わんばかりに首を横に振られた。我慢するしかないようである。
「アンタ達大分気に入られているのね。ま、せいぜい頑張んなさいよ」
「お前の頭の方が乗りやすいだろ。髪は長いし結んでるし。三日月の1人くらい引き取ってやってくれ」
「お断りよ。その子達が三日月を優先したんだから」
雷は髪が短いから私と同じようなことになるだろうが、曙には馬鹿でかいサイドテールもあるのだから安定性は抜群だろうに。
「もう少しの辛抱だから、我慢して頂戴」
「ああ、なるべく早く終わってもらいたい」
この地味な苦痛はもう少し続くらしい。三日月は限界が来そうなので、どうにかしてやりたいのだが、結局最後まで髪を掴まれたままで終わることとなった。
時間的には昼食後くらいに有明鎮守府に到着。私と三日月は夜に来たので、全容は初めて見る。来栖鎮守府よりは確かに規模が小さい。今でもおそらく遠征による資源回収は続けているのだろう。
加賀から懐かしさを感じる匂いが漂う。手瀬鎮守府唯一の生き残りである加賀には、交流のある有明鎮守府が既にそういう感覚に浸れるもののようである。
「加賀! 利根と筑摩から聞いてるよ!」
加賀が先頭で工廠に入るなり、有明提督が笑顔で出迎えてくれた。隣の鹿島も満面の笑みだ。
手瀬提督の仇を討つために襲撃の援軍として名乗り出てくれた有明提督だ。全滅したと聞いていた鎮守府の生き残りが元気に顔を見せてくれたというだけでも、それは喜ばしいことだろう。
「有明提督、お久しぶり。生き残りとしては私だけになってしまったわ」
「全滅って聞いてたから驚いたよ! 本当によかった。いや、全然良くないけど」
姿を現してくれた加賀とガッチリ握手。触れて温もりを感じて、本当に生きていることを実感していた。加賀も有明提督が健在であることを表情を変えないにしても喜んでいるようである。
「借りていた職人妖精を運んできたわ。三日月の方だったかしら」
「そうみたいです……皆さん、到着ですよ」
疲れた顔の三日月が手を伸ばして職人妖精達を工廠に置いてやる。出張を終えた妖精達はサムズアップしながら本来の持ち場へと戻っていった。金平糖を一袋持っていったのは言うまでもない。
「現況を説明するわ。大分戦局が変わってきたの」
「そうなんだ。確か来栖さんのところに戻るんだよね。じゃあすぐに始めた方がいいかな」
「そうしてくれると助かるわ」
そのまま加賀は有明提督に説明するために鎮守府の奥の方に向かう。鹿島もそれに便乗する形になるのだが、その前に私達の方へ。
「貴女達は待機になるんですか?」
「ああ、そうなる。加賀の話が終わるまでは自由だ」
「そうですか。ちょうど良かった。若葉ちゃんと三日月ちゃんに会いたいという子がいますので、談話室に案内しますね」
なんとなく誰のことかはわかる。どうせ自由時間なのだから、こういう場所でちゃんと交流しておきたい。
心の安寧にはこれが一番いいと思う。友人を、拠り所を、死にたくないと思える理由を増やす行為というのは、いつでも必要だ。
談話室。ここも来栖鎮守府よりは少しこぢんまりとしているイメージ。私達の施設の談話室に近いくらいである。
鹿島はそこに案内してくれたところで有明提督の下へと向かった。談話室には既に、私達に会いたいと言っていた者が待機していた。
「来たにゃし!」
まず声を上げたのは睦月。予想通り、私達に会いたいというのは三十駆である。
匂いからも何も感じず、私も三日月も4人から
「貴女達に御礼を言いたかったの。あまり覚えていないのだけど、如月達がおかしなことになっていた時に、それをどうにかしてくれたのは若葉ちゃんと三日月ちゃんなのはわかってるのよ」
支配されていた期間の記憶があやふやらしい。有明提督も、精神的なことを考えて詳細には語っていないようで、敵の攻撃を受けていた程度にしか伝えていない様子。洗脳されており、有明提督を殺すために動いていたなんてことは知らないままのようである。
暁は完全にスッポリと抜け落ちているが、三十駆は思い出しづらい夢のような感覚みたいだ。支配されてから今までの記憶があやふやになっているのだから、最初は大きく取り乱したらしい。
だから、覚えているのは
「ありがとうにゃしぃ!」
「三十駆は貴女達に感謝してるわ。ありがとう、2人とも」
睦月はすごくテンションが高いようで、飛びつくように私の方へ来ては、両手で私の手を取りブンブンと握手をしてくる。如月も三日月に笑みを浮かべて握手を求めた。実の姉のため、少し抵抗がありながらもおずおずと手を差し出し、やんわりと握手。
「あたしは妙に覚えてんだよなぁー。なんか刀でぶった斬られたんじゃなかったっけ」
「ああ、望月は神風に斬られている。峰打ちだったが、酷い音がしたのは覚えているぞ」
「やっぱり。そこだけ変に生々しい夢だったからさぁー。ゴリッて音が耳についてるんだよね」
大淀に支配されてやらされた部分は完全に抜け落ちているが、私達と戦った部分は夢として見たことで記憶にあるらしい。正直、そこが一番辛い部分だと思う。本来味方であるはずの艦娘に攻撃された記憶なのだから。とはいえ、それが救出のためのものということは聞いているため、私達のことは受け入れてくれた。
それが事実だったと言われても、すぐにはピンと来ないだろう。自分が知らず知らずのうちに裏切り者にされているだなんて信じたくもないだろうし。
「……弥生は若葉にされたはず」
「ああ。弥生は
「この鎮守府に若葉はいないし……見たことも無かったのに……夢で出てきたのがおかしいと思ってた。弥生を助けてくれたのは……若葉だね」
一番手近にいたという理由だが、弥生もそれをしっかりと覚えているようだ。こちらの場合は姿形までハッキリと。夢の中で見ず知らずの艦娘が現れたら流石に驚く。私だって驚く。
特に私や三日月は誰がどう見ても違う部分があるので、そんなものが夢の中に現れたら驚く以上に怖い。
「ありがとう、若葉」
「どういたしまして」
おずおずと手を差し出してきた。表情は硬いが感謝の気持ちが溢れているために、何の疑いもなくその握手に応じることが出来る。
私が手を握った途端、表情に変化は無いが、感謝の気持ちが
「あと……少しだけ言葉も覚えてる。若葉からしたら弥生は義理の姉って……どういう意味?」
「ああ、
恥ずかしげもなく堂々と。何も後ろめたいものが無いので、三日月の肩を抱きながら話せる。三日月も少し身を捩ったが、すぐに受け入れてくれて睦月達に見せつけるかのようになる。若干スイッチが入りかけたが、そこは抑えてもらって。
有明提督と鹿島は私と三日月の仲を知っているが、三十駆はそれを知らないため、こうしたことで途端に空気が色めき出した。この鎮守府にもケッコンカッコカリのことは知られているみたいだが、その対象は鹿島のみ。有明提督も来栖提督と同じで、いわゆる
「艦娘同士のケッコン! ふぁあ、ロマンチックだにゃあ」
「そういう関係もいいわよねぇ。色恋沙汰とは無縁のこの鎮守府でも、いろいろと可能性が出てきたんじゃないかしら」
「えー、如月姉はそういう感じなのな」
「あら、如月はラブロマンスは大好物よ? 好意に性別なんて関係ないもの」
思った以上に肯定派で助かる。人によってはあまり好意的ではないような関係だ。如月は何処の如月もこんな感じなのかと実感。うちの如月もやたら私達の関係の後押しをしてくれたものだ。
「ねぇ、弥生ちゃん?」
「……うん」
対して、弥生だけは少しガッカリしたような匂いを醸し出していた。相変わらず表情は殆ど変わっていないものの、匂いは顕著。見た目と反して感情はコロコロ変わる。
私への感情は好意のみだ。おそらくそれは自分で言うのはアレだが『尊敬』、『憧れ』の類だと思う。ガッカリしていても、そこは変わらない。
「
「そ、そういうことじゃ、ない……謝らなくて、いいから」
何というか、モヤモヤした言い方。拒絶しているわけではないが、目を合わせづらいというような、不思議な感情。
如月が何か察したようで、弥生を笑顔で引き寄せてボソボソと呟く。弥生がビクンと震えた後、頷いた。
「弥生ちゃんね、若葉ちゃんに憧れみたいなものがあったのよ。助けてくれた夢の中の王子様みたいな存在じゃない」
「王子……」
「だから……ね?」
曙が吹き出しそうになって堪えているのが見えた。後から文句を言うとして。
そこまで言われれば流石に私もわかる。だが、私には三日月がいる。浮気する気なんて毛頭ない。申し訳ないが、弥生の想いは受け入れられない。だが、こんな人前で口にすることもないことくらいもわかっている。私だって空気くらい読める。
「く、くくっ、罪作りよね若葉も。いや、若葉王子か、あっはは」
「曙、後で覚えてろよ」
もう堪えきれずに意地の悪い笑みを浮かべる曙は、文句だけじゃなく演習でボコボコにすることに決めた。音を上げるまで特訓してやる。私もリミッター解除して。
「弥生、
先程と同じく、今度は私から握手するために手を差し出す。手を払われたらそれはもう仕方のないこと。これは私のケジメでもある。私の色恋沙汰は三日月で完結している。他に目を向けるわけにはいかない。
「……うん、大丈夫。弥生の独りよがりなところもあったから、迷惑かけそうだった。ごめんなさい」
手を取ってくれた。こんなところで嫌な感じに終わらなくてよかった。
「三日月……」
「は、はい、なんですか弥生姉さん」
「姉として……2人の仲を応援してる」
「……ありがとうございます、姉さん」
ぎこちない笑みであったが、私と三日月の仲を祝福してくれたのはわかった。匂いも吹っ切れたかのような清々しさがある。若干の負の感情は混ざっていたものの、その辺りのケアはここの如月がやってくれそうだ。
握手を終えた後、その手をジッと見た後にボソリと呟く。
「ところで」
「はい」
「愛人はダメかな」
全員が一斉に吹き出した。私や三日月も例外なく。
「ね、姉さん!?」
「冗談。若葉は三日月だけのもの、そうでしょ」
無表情でダブルピース。これは吹っ切れたと言えるのだろうか。
罪作りな王子、若葉。中性的な外見に変化した口調も相まって、もうここの若葉は男の娘かもしれない。