加賀が有明提督に説明が終わるまでは談話室で待機することとなった五三駆。そこには私、若葉と三日月が救出した三十駆が礼を言いたいと待ち構えていた。弥生のことでほんの少しの一悶着あったが、概ね良好な関係性を築くことが出来ている。一応は義理の姉扱いのため、あまりいざこざは起こしたくない。仲良くするのが一番だ。
今は完全に待ちの状態に入ったので談笑の場となっているが、部屋の前にはちょくちょくと所属している艦娘がこちらを興味深そうに眺めてくる。誰からも敵視の匂いはしないので痛くも痒くもないのだが、視線に慣れていない三日月はどうしても私の側から離れられない。
「やっぱ私達は珍しいモノなのかしらね」
「そんなに外から客が来ないから仕方ないんだよなぁー」
曙のボヤきに望月が答える。まだ規模がそこまで大きくないからか、そこまで交流があるわけでも無いらしい。手瀬鎮守府との交流は深かったようだが、それ以外だと監査くらいしか無かったようだ。
そう考えると、私達の施設と同じようなもの。来栖鎮守府としか交流はなく、監査である新提督と、贔屓にしてくれている下呂大将だけ。鎮守府単位は来栖鎮守府しかない。
「あの視線は好きになれません……」
「悪意の匂いは感じないから安心しろ。誰も三日月のことをおかしなものを見る目では見ていない」
「ええ……若葉がそう言うのなら……いいけど」
ピッタリと引っ付いて離れることはない。なるべく部屋の外も見ないようにしている。こればっかりは治らない心の病だ。だから私がずっと側にいてあげる。私が側にいれば、三日月も安心して過ごせるはずだ。
「ここ、いいお茶置いてあるわ。施設では飲んだことないくらい」
「司令官がそういうの拘る人なのよ。食生活でモチベーションアップって」
「そういうのいいわね! 今度先生に頼んでみようかしら」
ニコニコしながらお茶を淹れている雷。私達は客なのだが、そんなことお構いなしである。如月に茶葉の場所を聞いて全員分用意していた。確かに嗅いだことのない匂いのお茶。施設にあるものより上等らしい。
飲んでみると確かに違う。美味しい。三日月も喜んでいるようで何よりである。
「おお、お主ら来ておったか!」
しばらく寛いでいると、この鎮守府で唯一のちゃんとした顔見知りである利根と筑摩が談話室へ。騒がしい利根の後ろから、穏やかな筑摩が会釈していた。
「先程加賀の声が聞こえたのでな。もう着いておるとは思っておったが、ここであったか!」
「邪魔している」
「うむ、いつまでおるかは知らぬが、ゆっくりしていくがよいぞ!」
相変わらず豪快な利根。話していて気持ちがいい。一度演習で戦ったというのもあり、三日月も比較的慣れているように思える。押せ押せでズカズカ入ってくるが、利根には一切の嫌味が無いので、三日月でも大丈夫なようだ。最初は辛そうであったが、信用出来る者であると理解してしまえば問題無い。
「時間があればまた演習してもらいたかったんじゃが、いつ終わるかわからぬものな。今日は控えておこう」
「そうしてもらえると助かる。ここからまた帰らなくちゃいけないからな」
「うむ。次は例の件が片付いてからじゃな」
そうなると今度は私達が非武装の状態になるので難しいかもしれない。まぁその時にはこの鎮守府にまた来てからになるか。
そこから少しして、加賀の説明が終了したということで、全員工廠へ。時間的には予定よりもやや遅いくらいだったが、今から戻れば暗くなる前には来栖鎮守府に帰投出来る。急いで戻らなくてはいけないわけではないが、早ければ早いに越したことはない。
「現状がよくわかったよ。援軍はちゃんと出すから安心して」
「ええ、ありがとう。彼の仇を討ちたい気持ちはわかっているから」
説明の中でいろいろと思うところがあったようで、話が弾んでしまったのだろう。
ほんの少しだけ、有明提督からは涙の匂いがした。思い出話をしていたわけではないだろうが、手瀬提督の最期を見ており、それを伝えられる生き残りは間違いなく加賀だけ。語る資格があるのも加賀だけだ。それを聞いて、思わず涙したと思われる。
「いやぁ、ちょっと情けないところ見せちゃったかな」
「そんなこと無いわ。彼は非業の死を遂げてしまったんだもの。悔やんでくれるだけで私は嬉しい。泣いてくれるのなら尚更よ」
「あはは、そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
提督と艦娘という本来なら上下関係のある間柄の2人だが、今は友人という雰囲気に見えた。
「援軍の件は宜しく頼むわね」
「だね。うちもまだ小さい鎮守府だから、送れる援軍は少ないけどさ、必ず力になるよ」
「そうね。ここの子達は、みんな精鋭だものね」
加賀があまりしない優しい笑顔を見せる。やはりここも思い入れのある場所、こういう理由ででも、ここに来れたのは良かったようだ。加賀もこれにより癒された。
ここ最近は麻薬による禁断症状も見えなくなったらしい。本当に本調子と言える。これならば、さらなる活躍が見込めるだろう。
「私は戦場に赴くなんてことは出来ないから、終わったらまた遊びに来てよ。そっちの子達もね」
なんて眩しい笑顔。匂いも朗らかで、疑いようの無い善人。ドジを踏むのも愛嬌の内。今までに会ってきた人間の数なんてたかが知れたものだが、ここまでわかりやすい善人もいないと思う。
こういう人柄だから、この鎮守府で提督として一番上に立てるのだろう。この人ならばついていけると感じられる程だ。
「ちゃんと御礼が言えてよかったぞよ。睦月達は援軍にはいけないからね」
「戦力としては少し劣っちゃうものね。悔しいけれど」
「そりゃしょうがないじゃんさ。あたしらそういう艦娘なんだからさぁー」
三十駆の面々も見送ってくれる。少し名残惜しいものの、どうせまた会うことが出来るのだ。今回は明るく笑顔でおさらば。
「若葉……ありがとう、いろいろと」
「ああ。何と言うか、期待に添えずすまない」
「謝られると逆に困るから」
最後に弥生に握手を求められた。いわゆる
戦いが終わったら、と死亡フラグを立てそうになったが、加賀の言った通りそんなフラグへし折ってしまえばいい。だから、思ったことを率直に伝える。
「またここに来る。三日月と、みんなと一緒に」
「うん、また来て。若葉が勝つこと、弥生はここで祈ってる」
「勿論勝つさ。弥生の祈りがあれば百人力だ」
またぎこちない笑み。表情が硬くとも、私には感情が全て匂いとしてわかるのだから大丈夫。別れるのは辛いが、再会の時を待ってくれるという意気込み。これは余計に死ねなくなったというもの。
「三日月」
「はい、弥生姉さん」
「死なないように。もし三日月が死んだら、弥生が若葉貰っちゃうよ」
恐ろしい気合の入れ方である。
「死ぬわけには行きませんね。若葉は私のモノですから、誰にも渡すつもりはありません。勿論弥生姉さんにだって」
「そう、なら良し。また会おうね」
三日月とも握手。その時、心のダメージで弥生以上に表情が硬い三日月が微笑んだ。私でもなかなか引き出せない表情に、少し驚く。実の姉がライバルという稀有な状況を、三日月は勝ちを確信しつつも楽しんでいるようだった。
少なくとも私が三日月を愛しているのだから、三日月の勝ちは揺るがない。負ける時は、死ぬ時だ。そんなことになるわけにはいかない。
「本当に罪作りよね。若葉王子」
「曙、帰り道背中に気を付けろよ」
「後ろ弾とか洒落にならないから」
冗談でも王子と呼ぶのはやめていただきたい。嫌な渾名が出来てしまったものである。
「それじゃあ、帰投するわ」
「うん、またね」
最後は敬礼で締め。軽く気が引き締まると同時に、決意に満たされた。戦いを終わらせてここにまた来るというのも、大きな目標となる。
そのためには、誰も死なずに戦いを勝利で終わらせなくてはいけない。今の意気込みならそれも可能だろう。
帰路、加賀の匂いがいつも以上に明るいように思えた。有明提督と話が出来たことがそんなに喜ばしいことだったか。
「上機嫌だな」
「久しぶりに会えたんだもの、私だって嬉しいわよ。それに、少し決めていたことがあったの。それを話すことが出来たから」
「決めていたこと?」
加賀の匂いが少し変化。先頭を駆けながらも身体をこちらに向け、私達全員に聞いてもらいたいと真剣な表情。
「この戦いが終わったら、皆新しい生活が始まるでしょう。施設に残る者もいれば、他の鎮守府に移籍する者もいる。貴女達は全員施設に残るんだったわよね」
「ああ。
「私がいなくなったら、先生絶対ズボラになるもの。蝦尾さんがいるにしても心配だわ」
雷の思惑はさておき、私達は施設に残る。現在施設にいる者のおおよそ半数は施設に籍を置いたままになるだろう。
加賀はもう半分、移籍組。私達のように深海のパーツが使われているわけではない。胸骨が深海のものではあるが、内臓をそのまま使っているわけでは無いため、移籍側に加わった。
「私は戦いが終わったら、有明提督の下に移籍しようと思っているの」
ほぼ全員が選択するであろう来栖鎮守府への移籍ではなく、有明鎮守府への移籍。おそらく施設にいるものの中で唯一の選択をする者になる。
「そのことを話したら、是非ともと言ってくれたわ。あの鎮守府、航空戦力がまだ足りないのよ」
別に来栖提督が嫌だとか、来栖鎮守府が居心地が悪いとかそういうわけではない。友人でもある有明提督に力を貸したいと考えてのこと。加賀自身もいろいろ考えて導き出した答えらしい。
夜の遠征の時からわかっていたことだが、来栖鎮守府より有明鎮守府の方が施設から遠いことは今回の任務で再度実感している。施設と交流することは来栖鎮守府よりも難しいだろう。そうだとしても、加賀はそれを選んだ。当然だが、施設にいたくないということでもない。
「そうか。加賀がそう決めたのなら、それでいいと思う」
「うん、私もいいと思うわ! 加賀さん、あの司令官と仲が良さそうだったものね!」
「ええ、あんなだけど彼女は、有明提督は芯の通った素晴らしい提督よ。私は彼女を支えたいと思ったわ」
とはいえ赤城と離れることになるかもしれないのは少し抵抗があると、無表情ながら冗談のように話す。
赤城が艦娘のままだったら何も問題なく2人で移籍というのが考えられたが、今や空母棲姫である赤城は普通の鎮守府に在籍するのも難しい存在だ。下呂大将がうまく手を回して、赤城も移籍可能なら万々歳だとは思う。
「そのためには誰も死なずに戦いを終わらせないといけないわね。私もフラグを立ててしまったわ」
「大淀ごと叩き折ってやればいいだろう」
「そうね、勿論。明るい明日のために、死ぬわけにはいかないもの。貴女達もでしょう?」
クスリと微笑む。今の加賀はとても前向きだ。戦いの後の明るい未来のために、足を止めずに真っ直ぐ進む覚悟を持っている。
「
「曙が言うと説得力があるな」
「あれ以上に怖い経験は無いもの」
一度死を経験している曙の言葉は非常に重い。あの言いようのない恐怖は、もう経験したくないし、誰にも経験させたくないと語る。
「それを聞くと、尚のこと死ねないわね」
「ホントよ。死ぬくらいだったら逃げた方がマシ。屈辱的だけど命はあるんだから」
この考え方は賛否両論ありそうだが、私達は当然賛同している。命あっての物種。生きていればどうとでもなる。その時は負けても、次は勝てる。私達はずっとそうやって戦ってきたのだ。
「ああ、曙の言う通りだ。死ななきゃ勝てる」
「そうですね。私達は負けばかりでしたが、アレにはもう負けません。蘇ったのなら、また勝つだけです」
三日月も意気込み充分。何度も負けてきたのだから、何度も勝ってやればいい。屈辱を味わったのだから、それをお返ししてやる。
負の感情で戦うのは良くないと思うのだが、戦いというのはそういうもの。それも受け入れて、私達は前に進む。
「さぁ、すぐに戻りましょう。皆が待ってるわ」
「ああ」
決意も新たに、私達は来栖鎮守府へと帰投する。近々来る決戦に向けて、私達は後ろを向くことなく進むのだ。
楽しく生きることが出来るように、ひたすら前向きに。それだけで私達には勝ち目が見えてくる。
若葉を未亡人にするわけにはいかないので、三日月も死ぬわけにはいかなくなりました。弥生に渡すわけにはいきません。