有明鎮守府への遠征は、夕暮れ時に来栖鎮守府へ帰投出来たことで無事終了。目的の職人妖精送り届けを完遂させ、加賀による現況の説明も完了した。
「おう、帰ったかい」
「ここの職人妖精達だ。髪を滅茶苦茶に引っ張られて酷い目に遭った」
「職人妖精はやんちゃなのが多いからな。ご苦労さん」
工廠に着いたと同時に、私、若葉の頭の上に乗っていた妖精が肩まで来たため、そのまま床に下ろしてやった。久しぶりの我が家だと言わんばかりに奥に駆けていく。勿論金平糖を持って。
ずっと乗せてきたので肩が痛い。妖精とはいえ、それなりに重量はある。肩を回すとゴキゴキと鈍い音が鳴った。
「依頼通り、あちらの提督に全て話してきたわ。納得もしてくれたし、援軍も送ると言ってくれたから」
「そいつァ良かった。なら、俺らが出来る準備はここまでだな。時が来るまでは訓練あるのみだ」
これで後は準備が出来次第、手瀬鎮守府への襲撃を行なうのみ。その日程も近日中、早ければ明日にはわかることだろう。あれからもう数日経過しているのだから、これまでの経験則も鑑みて下呂大将が最善の手を考えてくれているはず。
とはいえ、大淀の今までの戦い方は思ったより力業だ。艦隊司令部によるこちら側の内輪揉めの誘発を中心に据えていたことで、大淀自身は慢心していたため、いざ自分が戦うことになった場合は違法改造による超火力の主砲やリミッターが外れた腕力や回避性能を使うだけに過ぎなかった。
私達だって成長している。あの時のままなら、数人がかりとはいえ大淀は圧倒出来る。その力業をより強化されている可能性も充分あるので、こちらは当然慢心などしないが。
「秘密兵器も明日にゃ完成するらしい。うまく行くかはわからねェけど、明石がやってくれたぜェ」
そういえばそんなことを言っていた。戦場で戦いやすくなるものを明石が鋭意制作中と言っていたが、まだそれの全容が掴めない。何でも完成したらちゃんと教えるとのこと。出来てもいないものに変な期待を寄せられても困るとも言っていた。
まぁ確かに変にその対策に期待して動きがぎこちなくなるくらいなら、そんなもの無くても戦えるくらいがいいだろう。ただ何かあるとだけ把握しておけばいい。
「朝からありがとな。丸一日使わせちまったが、今日はもうゆっくり休んでくれい」
「そうさせてもらうわ。赤城さんにも有明提督のことを話しておかなくては」
「ああ、そうしてやってくれ。旧友なんだってな」
行けるものなら赤城も行きたかっただろうに。今は土産話で我慢してもらうしかない。
「そうだ、先に言っておく。襲撃の日程が決まったぜェ」
私達が向かっている間に、重要なところが決まったようである。最後の戦いに向けて心構えをし、それに臨む。
大淀を倒してから今日でもう3日が経過している状態だ。下呂大将の憶測通り、大淀のクローンが作られているとしたら、これ以上時間をかけるわけにはいかない。こうしている間にも
「いつになった」
「明後日だ。明日中に全ての準備を終え、明後日の朝から向かうことになる。空母のことも考えて、真っ昼間に決着をつけるつもりだ」
決戦は明後日。今はもう1日も終わろうとする時間のため、決戦に挑むための残された時間は、あと1日と少し。
「それまでは、自由に過ごしてくれや」
「そうさせてもらう」
終わりは着実に近付いてきている。
決戦の日程は既に鎮守府内に知れ渡っており、今頃有明鎮守府にも伝えられているらしい。そのためか、夕食後も少し慌ただしかった。残り1日しか無いと、時間を惜しんで訓練に励む者。万全を期すために早々に休む者。ルーティンを守るために普段通りのペースを何も変えない者。多種多様。
「
「そうね。誰かに頼まれたら動くってことで」
「ああ、そうしよう。施設だったら雑務があるんだけどな」
私、若葉は3つ目。普段通りのルーティンを守ることで、戦闘でも焦らず普段通りの力を出せるように持っていこうと思う。三日月もそれに便乗してくれた。やはり私達は一緒に過ごすことが万全の態勢である。
とはいえ、ここは本来の居場所では無く出先。率先してやることは無く、結果的にはのんびりと過ごすことになるだろう。誰かが私達の力を欲した時、それに付き合うくらいでいい。
「それにしても、まさか夜間訓練なんてものもやっているとはな」
風呂までは時間があるため、夜の鎮守府周辺を散歩していた私と三日月なのだが、近海ではまさに訓練の真っ最中。ライトで照らされているものの、夜なのだから当然暗く、深海の眼のために夜目が利く私達でも誰が訓練中かは少しわかりづらい。
「いつも夜に襲撃してくるものね。でも今回はお昼にこちらから向かうんでしょう?」
「その予定だったな。だから、夜の戦いを想定しているわけでは無いだろうな。長期戦になったらどうなるかわからないが」
少し小さめに抑えられているとはいえ砲撃音が鳴り響き、稀に金属のぶつかり合うような音まで聞こえる。あれは近接戦闘まで行なっているような音だ。かなり激しい訓練になっている。
そうなってくると誰がやっているかは限られてくる。砲撃と近接戦闘を両立して戦う者なのだから、施設にいる者と考えてもいい。
「ああ、わかった。あれは暁だ」
「暁さん? 相手は?」
「……多分だが、鳥海だ。それに……リコもいるな。綾波までいるぞ」
時間を惜しんでまで訓練しているのは暁だった。砲撃と近接戦闘の両立は、リコからこれでもかと教え込まれている。そこに護衛を買って出るような実力者の鳥海や、新参とはいえ完成品として遠近共に鍛えられている綾波まで加わってしまっているのだから、暁の実力はうなぎのぼり。
少し音が続いたと思ったら、工廠の方に戻っていく。これで終わりのようには見えなかったが、何かあったか。
「あ、もしかして、暁さんの練度上げかな。ほら、暁さんだけケッコンまで届いてなかったから」
「そうかもしれないな。ちょっと見に行ってみるか」
興味本位で工廠へ。案の定、明石に練度を計測してもらっていた。暁のことだからか、雷も明石の側で待機していたようだ。
暁本人はゼエゼエと肩で息をしていたが、訓練を手伝っていた周りのものは息も切らしていない。出来が違うとも言ってしまえるが、リコと鳥海は体格差があるし、綾波は
「はい、練度上限達成です。ケッコンカッコカリ可能ですよ」
「はぁー……やっと届いたわ……。最後は意外と遠くてビックリしちゃった」
「もう少しって言ってたのに、今日1日かかっちゃったわね」
安心したように溜息を吐いた暁。雷も苦笑している。
「じゃあ、コレ。みんなと同じように左手の薬指に嵌めてくださいね」
「わかったわ」
「じゃあ、私はこれで。ああ忙しい忙しい。楽しいなぁ!」
秘密兵器開発も佳境に入っているようで、暁に指輪を渡したらすぐに工廠の奥に引っ込んでいった。口で言うよりも数倍は楽しそうにしている。そろそろ完成に近いためか、明石も大分テンションが高い。
「忙しないな、本当に」
「ああいうのを
その姿にリコと鳥海が苦笑していた。確かにここの明石はそんな雰囲気はする。仕事をしているのが楽しくて仕方がないような、そんな匂い。
「それじゃあ、嵌めるわね」
「せっかくだから私が嵌めてあげようか?」
「自分でやるわよ!」
一息入れた後、暁はケッコン指輪を左手薬指へあっさり嵌めた。少し雷が不服そう。これが目的だったのだから別にいいのだが、情緒もへったくれもない。これに関しては、式を挙げた私と三日月以外はみんな似たようなもの。自分の手で嵌めて、サクッと練度の限界を越えた。
指に嵌った指輪を見て、暁は自分がさらに強くなったことを実感していた。あれを嵌めた直後は力が漲るような感覚がする。先程まで訓練で大きく消耗していたのに、今ではピンピンしているようだ。
「んん、確かに何か変わった感じがする。暁が一人前のレディになったことを証明してくれているのね!」
「お姉ちゃんはとっくに一人前よ。それ以上にレディだって、私が保証できるわ」
そろそろレディというのが何かわからなくなってきてしまうが、暁が強くなったのは確かだ。
「これで事前にやっておきたいことは出来た」
「ですね。暁ちゃんにはいろいろと教えることが出来ました」
「すごいですねぇ〜。暁ちゃん、呑み込みが早くてぇ〜」
暁を鍛えていた3人も納得の行く出来のようだ。
そもそもがリコの後継者として仕込まれたところに、鳥海と綾波の技術まで継承したことで、戦闘スタイルは淑女からは程遠いものになっている。特に近接戦闘はリコ仕込み。ただの格闘術ではなく喧嘩の技であるため、荒々しさが増している。
「アカツキ、明日は最後の慣らしだ。今日ほどハードにはしない。誰かと演習するのもいいだろう」
「ん、わかったわ」
リコも普段より楽しそうである。今まで暁を育ててきたことで、そういう感情が生まれたのかもしれない。母性本能のような何かも感じた。
そういう意味ではいい関係な気はする。艦娘と深海棲艦という本来は相容れない者同士での師弟関係は、どちらにもいい影響を与えているようだった。
「あ、若葉と三日月。暁も指輪を貰えたわ!」
「ああ、おめでとう。最後の1人だったもんな」
練度を上げ始めたのが遅かったのもあるため仕方あるまい。それに、真っ白な状態で仲間になっているわけだし。それがここまで育ったのだから、リコの喜びもひとしおだろう。
「暁は結局なんで施設に流れ着いてきたのかはわからないけど、助けてもらった恩は返せてるわよね。こんなに強くしてもらえて、ちゃんとみんなを守れるようになったもの」
暁の言葉に、見えないところで少し苦い顔をする鳥海。
暁の件は鳥海が大きく関係している。催眠のトリガーを引いたのは間違いなく鳥海であるため、暁の記憶喪失に対しても少なからず責任を感じているようだった。それもあってか、最後の練度上げには付き合ってるようにも思える。
今の今までその事実は暁に話していない。そしてこれからも話さないだろう。順風満帆に生きることが出来ている暁に、余計なことをする必要はない。
「記憶なんてどうでもいいわ! お姉ちゃんが今ここで生きてるんだもの!」
「そうね、雷にそれを言われると何も言えないわ」
仲のいい姉妹である。お互いに記憶を失っているというのもあり、同じ境遇もあることで特に仲がいい。雷に関しては記憶を失っているわけでなく、そもそも記憶そのものが無いわけだが。
似たような者がいるというだけでも暁には支えになっただろう。そして雷は欲しかった姉妹を手に入れた。ある意味相思相愛。お互いがお互いを支え合う関係にはなれている。存在そのものが支え。
「仲がいいですねぇ〜。戦った時も息があってましたもんねぇ〜」
その2人の仲を綾波が楽しそうに語る。洗脳されていたときの戦闘のことも笑顔で話せる程に回復している。
昨晩は曙と同じ部屋で眠ったらしいが、愚痴大会を開いたらしく、そのおかげで格段にスッキリしている。心の匂いも負の感情が大きく薄れていた。
「次の戦いでも一緒に戦うわ。私と、お姉ちゃんと、ボノ! 綾波も一緒に戦ってよね」
「はぁい、勿論。綾波もちょ〜っと恨みがありますからねぇ」
ちょっとどころではない負の感情が湧いてきているようだが、表情には一切出さない辺り、綾波は少し怖い。その空気を感じ取っていない暁と雷は同調するように頷くが、感じ取ったリコと鳥海は苦笑していた。
「その恨みを晴らすためにも、今は万全にしておくことだ。身体を休めて明日の最後の訓練に挑め」
「そうね。お姉ちゃん、お風呂行きましょうお風呂!」
「はいはい、雷はそういうところはお子様よねぇ」
リコに言われて雷が暁の手を引いて風呂に向かう。綾波もそれをニコニコしながら追った。残されたリコと鳥海も、穏やかな空気を醸し出しつつそれを追う。仲のいい師弟関係は見ていて気持ちがいい。
「
「そうね。そろそろ寝た方がいいだろうし」
これだけ見る限りでは、楽しく生きることが出来ている。こんな日常がもうそろそろ取り戻せるのだと思うと、心が躍るようだった。
決戦まであと僅か。有意義に過ごして、最高のモチベーションで戦いに臨みたい。
これにより施設所属の者は全員ケッコン済みとなりました。戦力として最大級。ただし施設は鎮守府ではない。